本当にゼシカは自分の感情に素直だな。
気負ったり、怒ったり、落ち込んだり、張り切ったり。全部背中越しに伝わってくる。
この素直さは、人生のどの辺りでなのか覚えてないけど、オレが置き忘れてきてしまったものだ。今さら取り戻したいとは思わないけど、羨ましいと思う気持ちは少しある。
だけど、やっぱりゼシカは変わってる。
普通の女の子だったら、『君を守る騎士になる』で喜んで『強いから頼りにしてる』なんて言ったら怒りそうなもんなのに、全く逆だ。
機嫌が悪くなるとスパンコールドレスは突っぱねるくせに、どんなに怒っててもグリンガムのムチは受け取る。
まあ、スパンコールドレスはエイトの錬金用にくれてやることになり、今はプリンセスローブになって着てもらえてるからいいけど。
・・・修道院にいた頃はこうやって誰かに背中を預けられる日がくるなんて、思ってもみなかった。ましてその相手が、か弱いはずの女の子だなんてな。
思えばオレの壁によりかかるクセ。あれは誰かに背後に立たれるのが嫌だっていう、自己防衛の気持ちがあったのかもしれない。
誰も本当には信じようとしないで、感情を表に表すことは、弱みを見せることと同じだと思い込んで、自分で自分を檻の中に閉じ込めてた。
でも、それはもう過去の話だ。
「悪かったよ。サヴェッラへ行くのに、置いてけぼりくらわして。だけど仮にも聖堂騎士団員として行くのに、女連れってのはマズいと思ったんだ。ヤンガスみたいな悪人ヅラの強面と一緒なのもな」
その一件以来、ゼシカはずっと機嫌が悪かった。でも文句の一つも言ってくれれば、こっちだって弁解できるのに、何も言わないもんだから、ついそのままになってた。ついでにスッキリさせとくか。
「・・・それはいいのよ。人助けのために必要なことだったんだから。でも今度から、ああいう時は目的を教えてよ。そうしてくれれば、こっちだってよけいな心配しなくて済むんだから。約束して」
オレはバカだ。
すれば良かったんだ、約束。滅多にあることじゃないんだし、口先だけで簡単に。でもしなかった。
オレは基本的に嘘つきだけど、本音でぶつかってくるゼシカに嘘はつきたくなかった。
「それは約束できない。だいたいあの件は、基本的にゼシカには関係なかったことだしな」
結果は予想通りだ。ゼシカは過去最高レベルにスネちまった。
自分が間違ってるとは思わない。
他のことならともかく、煉獄島のことも、ゴルドの崩壊も、オレの兄貴がやらかしてくれたことだ。
そして、その発端はオレへの憎しみだ。だからオレには責任がある。
特に煉獄島に送られた囚人たちは、暗黒神とは無関係のところで起こってることだ。何とかしたいと思うのは、オレの個人的感情でしかない。
だから万一、嘘がバレて罰せられることになったとしても、それはオレ一人でいい。他のヤツまで巻き込むことはない。
知らずにいてくれれば、それで良かったんだ。知ってて、知らないフリをするなんて芸当、初めから期待してないからな。
やっぱり、エイトも置いてけば良かったんだ。あのヤロウ、案外口の軽いところがありやがるから。
でも一人では行かせないっていう、心配してくれる仲間の気持ちはありがたいと思ったから、つい情にほだされたのが間違いだった。
・・・中途半端に考えが甘くなってたのが悪かった。
以前のオレなら、皆が起き出す前に黙ってサヴェッラまで行って、一人でサッサと用件済まして、帰ってから問い詰められても適当にごまかして終わらせてたはずだ。
だけど、黙っていなくなって心配させるのは悪いなんて思ったりするから、面倒なことになる。
マルチェロの指輪を利用して、サヴェッラで一芝居打ったことに関しても、オレは何もおかしなことしたとは思ってない。
でもゼシカは帰ってきたオレに、心の底から意外そうに訊いてきた。
『指輪を見つめて考えてたのって、このことだったの?』
ゼシカが一番ひっかかったのは、どうやらそのことらしい。そしてこう続けた。
『私、ククールはマルチェロの心配してるんだと思ってた』
ああ、全く心配してないってことはないさ。でもあいつはいい年した一人前の男で、回復呪文だって使えるんだ。少なくとも生きてはいるだろうから、今は気持ちを切り替えて、自分にできることをしようと考えただけだ。
そのために、あいつから『奪った』んじゃなく、初めて『貰った』物を少しでもまともなことに使って、ちょっとでも罪滅ぼしになってくれればいいって思うことが、そんなにおかしいか?
それなのに、あんな別世界のものでも見るような目で見られると、やっぱり結構傷つくんだぞ。根っからの正直者だから仕方ないとは思うけど。
・・・それとも、やっぱりオレはおかしいんだろうか?
姫様と心ゆくまで話したエイトは、今度は呑気に世界一周を始めた。
パルミドやゲルダの家、寂れたままのトロデーンにリーザス村。それにご丁寧にマイエラ修道院にまで寄ってくれた。
こんなふうに世界を回ったって、何もいいことなんてない。
結構しんどい思いして、命懸けで戦ってるっていうのに、チヤホヤしてもらえるわけでもなく、知名度は限りなくゼロに近い。
パルミドは相変わらず貧乏臭いし、ゲルダとヤンガスの仲は進展しないし、トロデーンは悲惨な光景だし、ゼシカのお袋さんには意味もなく睨まれるし、修道院では自分が品行方正だったと錯覚おこしちまう様な乱痴気騒ぎが繰り広げられてる。
呑気にしてる連中にイラついて意地の悪い気持ちになったりもするし、サッサと空に行ってラプソーンなんて倒しちまいたいのに、エイトの奴が相変わらずの寄り道好きと錬金マニアぶりを発揮してくれるもんだから、そうもいかない。
きりがないから、そろそろ一発殴って、引きずってでもレティスのところへ行くとするか。
『四人全員が祈れた時、賢者の魂はひとつ・・・またひとつとオーブに宿りゆき救いの手を差し伸べるでしょう』
レティスがそう言うのを聞いた時、オレの人生はほんとに皮肉で構成されてると思ったね。
七賢者の命を守ってくれなかった神様に腹立てて、もう二度と祈らないって思った矢先に、七回も祈れだ? 何の嫌がらせだよ。
『暗黒神のもとへ急ぎましょう。すぐに行けますか?』
しかもレティス、気ィはえーし。
盾や兜なんて、四六時中身につけてるわけじゃない。少し時間をもらって装備を整え、エルフの飲み薬やまんげつそうなんかの道具も確認する。
何げなくゼシカの方を見ると、杖を手に深刻な顔をしていた。
鳥だから仕方ないのかもしれないけど、レティスもデリカシーが無い。
ゼシカにとってこの杖は、暗黒神に乗っ取られた時のことを思い出させる最悪のものだっていうのに、そんなものに向かって祈れっていうのは、ずいぶん酷な話だ。
「ゼシカ、大丈夫か?」
今はオレに心配されても嬉しくないだろうとは思うけど、つい訊いちまった。
「え? 何? ごめん、ちょっと考え事してたから、聞いてなかった」
「・・・いや、いい。何でもない」
心配したところで、他の手段を思いつくわけじゃないんだ。これはオレの自己満足でしかない。
「ねえ、この杖でラプソーンを殴っちゃダメかしら?」
「・・・は?」
あまりにも突拍子もないことを言われて、オレはマヌケな声をあげる。
「ほら、あいつって、自分を封じた岩を女神像に変えたご先祖様への当てつけで、私の身体を乗っ取ろうとしたじゃない?
そういうイヤミなことする奴には、こっちもそのぐらいのイヤミで返してもいいんじゃないかと思って。この杖で殴られたら、あいつきっと凄く悔しがるわよ」
「・・・いや、ダメだろ、それ。宿ってる七賢者が気の毒だ」
「あ、そっか・・・じゃあ諦めるしかないわね、残念」
・・・心配して損した。
オレだったらこんな杖、触るのもイヤだと思うだろうに、本当にゼシカは逞しい。そういうところ、半分とまでは言わない。1/10でいいから分けてほしいもんだぜ。
「ねえ、ククール。マルチェロから貰った指輪は?」
また唐突もないことを言われる。
「・・・持ってるよ」
「持ってるのはわかってるわよ。ちょっと出して」
何となく拒否するのも面倒で、オレは言われた通りに騎士団長の指輪を懐から取り出す。
「やっぱり、そういう無造作な持ち方してたのね。落としたりしたらどうするのよ」
「そんなヘマしねえよ。仕方ねえだろ。あいつ手ェごついし、おまけにそれ、手袋の上から嵌めてたんだぜ? ブカブカで、オレの繊細な指に嵌めたらそれこそ絶対落とす」
もうその件に関しては放っといてほしい。マルチェロの話題が出るたびに、ゼシカとの関係は気まずくなるだけだ。いい加減に懲りた。
「そう思って、これ、買っておいたの」
そう言ったゼシカの手には、細い銀の鎖。ゼシカはオレの手から指輪を取り、鎖に通してペンダントにしてくれた。
「こうして首にかけておけば、簡単には無くならないでしょう? はい、どうぞ」
差し出されたペンダントに、オレは手を伸ばさなかった。
「・・・もしかして気にいらなかった? 余計なことだっていうのは承知してるわよ。でもやっぱり口出ししないなんて私には無理。
だって気になるし、心配だし、放っておけないんだもの。この鎖も本当はプラチナとかにしたかったけど、あんまり高いのは手が出なくて・・・」
「いや、こういうのが欲しいと思ってた」
慌てたように弁解するゼシカに、ようやくかける言葉が見つけられた。
「ゼシカにかけてほしいな」
「は?」
今度はゼシカがマヌケな声をあげる番だった。
「何甘えてるのよ、子供じゃあるまいし」
やっぱりな。さすがにそこまではしてくれないか。
「ほら、頭さげて」
「へ?」
「まったくククールときたら、中身がコレなのに背ばっかり高いんだから。届かないのよ、早く」
「あ、ああ」
言われた通りに頭を低くすると、ゼシカが背伸びをして、ペンダントをかけてくれた。
「・・・ありがとう」
何かいいよな、こういうの。
誰かが自分を気にかけてくれて、ささやかな優しさをくれる。世界中探したって、これ以上のものなんて、きっとどこにもない。
「何よ、しまりのない顔して」
かけてくれる言葉には優しさはないけどな。
「いや、この体勢だと、抱き締めてキスしたくなるなぁと」
覚悟はしてたけど、やっぱり殴られた。しかも顔の両側から挟むようなビンタ。痛い上に、見た目にも結構マヌケだ。
「あのねえ、そういう話は帰ってきてからにしてって言ってるでしょう? 何度も言わせないでよ」
・・・。
帰ってきてからなら・・・いいのか?
「用意できたのなら、サッサと行くわよ。今度こそ本当に終わりにするんだから」
ゼシカはもう戦闘モードに入ってる。いったいどういうつもりで、あんなふうに言ったのか、聞ける雰囲気じゃない。
・・・とにかくラプソーンを倒してからだ。
思えば杖に宿ってるのは人間だ。神にはごめんだが、かつて頑張った人間になら祈ることに抵抗なんてない。七回でも十回でも祈ってやるさ。
よし、テンション上がってきた!
『ゼシカだけを守る騎士』じゃなく、『一人の男として、ゼシカの大事なもの全てを守る』って、さっきは言いそびれちまったからな。
チャッチャとラプソーンはぶちのめして、泉での話の続きと、『そういう話』の続きをするぜ!
<終>
最終更新:2008年10月24日 03:17