そして-前編


自分でも呆れるほど早かった。ラプソーンを倒してから、ものの五分もかからなかったと思う。
オレが自分を見失うまでの時間のことだ。

レティスの背中に乗りトロデーンに向かう途中、ゼシカが口にした言葉で、オレはわかりきっていたはずのことに、改めて気づかされた。
「ふう・・・。これでやっとポルクとマルクに報告できるわ。あと、サーベルト兄さんにも、ちゃんと報告しなきゃ・・・。私、自分の信じた道を進んで、ここまで来たのって」
ゼシカには故郷があって、旅の目的を果たした今、その大事な故郷に戻るべきなんだってことだ。
急速に自分の中の何かが冷えていくのがわかった。
だけど皆が喜んでるっていうのに、それに水を差すこともできなくて、何とか言葉を振り絞る。
「・・・やれやれ。我ながら、とんでもないところまでつきあわされたもんだな」
スカした口調で、キザったらしく前髪を掻き上げる。
「さすがのおっさんも、ここまでは来られないようでがす!」
ヤンガスの言葉に笑い声をあげる仲間たち。
だけどオレの心だけが取り残されて、一緒に笑うことができなかった。
少しずつ、ゆっくりと剥がしてきたはずの冷たい仮面は、外すためにかけた時間をあざ笑うかのように、あっさりと元に戻ってくれていた。

姫様やトロデ王が元の姿に戻り、城も、城の住人も呪いから無事に解放された。
それは素直に良かったと思えるけど、宴を楽しむ気分にはなれない。
せっかくドニの安酒とは段違いの上等なワインが振る舞われてるっていうのに、城の壁にもたれて、それをグラスの中で遊ばせてるだけだ。
『終わった後の事を考えろ』『それもできるだけ楽しいこと』
偉そうにゼシカに忠告してきたくせに、いざ戦いが終わってみたら自分がこのザマだ。
最後にもう一つ付け足すのを忘れてたのが失敗だった。
『ただし、現実味のあることにしておけ』ってやつをな。
ラプソーンを倒して目的を果たしたら、ゼシカに想いを打ち明けるつもりでいた。そして・・・。
そして? 笑い話だ、その後を考えてなかった。
戦いが終わった時に、ゼシカの頭に真っ先に浮かんだのは故郷のこと、そして兄のサーベルトのこと。そこにオレの入り込む余地なんてない。
本当に筋金入りのブラコンだよな。まあ、だからってゼシカの兄になりたいとも思わんがね。

トロデ王は嬉しそうに宴を仕切り、エイトは同僚らしき奴らに、次から次へと話を聞かれてる。ヤンガスはとにかく食いまくり。ミーティア姫は飲み慣れてないのか、顔を赤くしながらワイングラスを傾けている。
そしてゼシカは子供になつかれて、魔法を見せてやってるようだ。
そういえば故郷のリーザス村でも、ずいぶんガキ共に慕われてたみたいだもんな。
ゲルダの家みたいなところで一人で暮らしたいなんて言ってるけど、ゼシカには無理だ。
何だかんだいって、あいつも寂しがりやだからな。オレも同じだからよくわかる。
やっぱりゼシカは故郷に帰るのが一番いいんだ。

「あの・・・」
声のした方に顔を向けると、栗色の髪を後ろで束ねた女性がワインのボトルを持って立っていた。どうやら注いでくれるつもりらしい。
女性の勧めを断るのは失礼だから、とりあえず今グラスに入ってる分は飲み干した。
「私、エイミといいます。このお城の厨房で働いています。・・・あなた、まだこの城が茨に覆われていた時に、エイトと一緒にいらしたことがありませんか?」
ワインを注いでくれながら、その女性が訊ねてきた。
「ああ、ここの図書室に用があったりで、何度か」
「その時、祈ってくださってましたよね?」
「どうして、そのこと・・・」
まさか、あんな姿に変えられながら、この城の人間には意識があったっていうのか?
その可能性に気がついた途端、胃の辺りを何かにつかまれたような気分になった。
苦しいなんてもんじゃなかったろう。一体オレたちは何カ月、時間を無駄にしてきた? 
ああ、でも大半はエイトの寄り道のせいだ。いいヤツではあるんだけど、度外れたマイペース野郎なんだよな、あいつ。
「ああ、やっぱりそうでしたか。私、呪われていた間、ずっと夢を見ていたんです。真っ暗な世界で一人で取り残されていました。でも、あなたが祈ってくださった時、世界が急に明るくなったんです。
エイトやお仲間の姿も見えました。そうしたら、自分を助けてくれようとしている人達がいるんだってことが伝わってきて、とても勇気づけられたんです。
すぐにまた真っ暗な世界に戻ってしまいましたけど、そのことはずっと私の支えになってくれました。こうしてお礼を言える日が来るのを信じることが・・・。本当にありがとうございます」

あの時のあれは、別にそういうつもりじゃなかった。もちろん助けたいとは思ったさ。でもその手段は戦ってドルマゲスを倒すことであって、祈ることなんか気休めにしかならないと思ってた。神頼みなんか意味がないと思った。
でも・・・ああ、認めるよ。本当は祈ることは、ガキの頃からずっと嫌いじゃなかった。気は休めてくれるんだ、確かに。焦りや恐れは薄めることが出来る。根本の部分は解決されないにしても、その安らぎが必要な時だってあったんだ。
そんな自分のための祈りに、支えられたなんて言われると、正直ちょっと困る。

「少しでも・・・お役に立てたのなら何よりです」
騎士の礼をとって応えた。ラプソーンを倒したら騎士は廃業だと思ってたのに、身に染み付いたものは、なかなか取れない。
目を上げると、エイミさんは何やら様子がおかしくなっていた。何ていうか、オレを見る目がさっきまでとは違う。
「・・・何か?」
声をかけるとエイミさんは驚いたように飛び上がり、持っていたボトルが手を離れた。
下は芝生が生えているから割れはしないと思ったのに、運の悪いことにそのボトルは、剥き出しになっている石畳の上に落ちて砕け散った。
咄嗟にエイミさんの身体を引き寄せ、ガラスの破片から守る。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
服のすそに少しワインがかかった程度で、今更ガラスでケガするほどヤワじゃない。慌てるエイミさんに、オレは笑顔を向ける。
「このくらい平気さ。それよりエイミさんは?」
「ええ大丈夫です。あなたがかばってくださったから・・・」
まただ。エイミさんの瞳が熱を持ち、そわそわと落ちつかなげだ。
・・・ああ、そうか。何のことはない。この美貌と、洗練された立ち居振る舞いで魅了しちまっただけのことだ。
このところ、あんまりにも靡いてくれない女のことばっかり考えてたから、これが一般的な反応だってことを忘れてた。
「キミにケガがなくて良かった。美しいレディを守るのが、騎士の務めだからね」
「やだ、そんな、美しいなんて・・・」
その時だった。オレンジ色の火の玉がとんできて、すぐ横の壁に見事な黒焦げを作ってくれたのは。


どうしてゼシカは、こう乱暴者なんだろうな。
潔癖なゼシカにしてみりゃあ、女性と見れば誰にでもいい顔するのが気に入らないんだろうが、もう力を合わせなきゃならない戦いは終わったんだ。オレが何しようがゼシカには関係ないはずだ。
「ゼシカ! そうやって簡単に人に向けて・・・」
『魔法なんて放つな』そう言うつもりだった。
だけどゼシカの方を振り返ったオレは、言葉を失った。
気の強い顔で、軽薄な男に嫌悪と怒りを示している姿をオレは予想していた。
だけど今、オレの目に映っているゼシカは、悲しいような恨めしいような目をして、唇を噛み締め、スカートのすそを握り締めている。
今にも泣き出しそうなその姿に、オレはようやく気づいた。
・・・ゼシカ、まさか、オレのことを・・・?

「ごめんなさい! 本当にごめんなさい」
さっきからゼシカはあちこちに謝りまくりだ。
オレやエイミさんはもちろん、城を焦がした件でトロデ王やミーティア姫に。驚かせたからって、周りにいた人たちや子供たちに。
これに懲りて、人間に向けて魔法を放つのは控えるようになってほしい。自分の魔力がシャレにならないレベルだってこと、わかってないんだもんな。
ちなみに、エイトとヤンガスにはオレが怒られた。鈍いのにも限度があるってな。
あいつらに言われるのは腑に落ちないけど、確かにそれはその通りだった。
オレはまだ諦めグセが直ってなかったんだ。
気持ちを伝える前からゼシカの気持ちを決めつけて、拒絶されることを怖れて勝手に諦めた。
つくづく自分の鈍さに呆れる。
ちゃんと意識してゼシカの様子を見ていたら、好きでもない男には絶対しないだろう言動のオンパレードだった。思えば結構前からそうだった気がする。
ゼシカ自身に自覚がないらしいのが、せめてもの救いだ。
・・・今更気づいたところで、もう遅いからな。


三日三晩続いた祝宴も終わりを告げ、それぞれが元の生活に戻ることになった。
エイトはもちろんトロデーンの復興に。ヤンガスはエイトと一緒にいるのかと思いきや、パルミドに戻った。もちろんその前にゲルダの所に怒りの鉄球を返しに行くって言ってたけどな。
いい加減観念して、そのまま住み着いちまえばいいのによ。
そして今、オレはゼシカと二人で世界を回ってる。
リブルアーチや聖地ゴルド、焼け落ちてしまったメディばあさんの家。その他にも暗黒神に命を奪われた人達に、敵討ちが終わった報告と墓参りをして回りたいとゼシカが望んだからだ。
ゼシカは全部の場所に花束を供え、オレは一応僧侶として祈りを捧げる。
失われた命は決して戻ってこないけど、ラプソーンを倒す前よりは、静かな気持ちでその場に立つことは出来た。
ゼシカも同じように感じてると思う。悲しみは伝わるけど、救えなかった人達への罪の意識や、それがもたらす痛みは大分薄れてるとわかる。
こんな華奢な女の子が、よくあんな化け物と最後まで戦い抜いたと思う。それどころか、最後の方は間違いなく人類最強だったからな。
・・・こうしてると、自分がラプソーンを倒した後、どうするつもりだったのか、漠然と考えてはいたのに気づく。
きっとこんなふうに二人で世界を旅したかったんだ。墓参りなんかが目的じゃなく、気の向くままに、自由にな。・・・ほんと夢みたいな話だぜ。

移動方法はほとんどルーラだから、三角谷で一泊しただけで、行きたいとこには全部行くことが出来た。
かなりハイペースだったとは思うけど、出来るだけ早く済ませちまいたかったからだ。
ルーラでリーザス村の入り口に着いた時も、まだ陽は落ち切っていなかった。

「ありがとう、いろいろ付き合ってくれて。私、ルーラ使えないから助かったわ。疲れたでしょう? 少しうちで休んでいって」
せっかくのゼシカの勧めだけど、オレは首を横に振った。
「いや、そんな疲れてもないさ。遠慮しとくよ」
今は少しでも早く、この場を離れたい。オレが取り返しのつかない行動に出る前に。
本当は、こんなふうに二人きりになることも避けたかった。
でもゼシカ一人で世界を回らせるなんて出来るわけがなく、オレがお供するって言ったらゼシカも喜んでくれて、他に選択肢なんて無かった。

「・・・あの、ククール? だいぶ前になるけど、覚えてる? 敵討ちが終わったら、リーザス村に来ること考えてほしいって約束したの・・・考えておいてくれた?」
・・・この話が切り出される前に、姿を消したかったんだ。
考えたさ、もちろん。この何日か、そのことばかり考えてたって言ってもいいくらいな。
でも何度考えたって答えは変わらなかった。
オレには無理だ。この村で暮らす自分なんて、とてもじゃないが想像つかない。
気づく順番が逆なら良かったんだ。ゼシカの、故郷や兄への思いと、オレへの想い。そうしたらゼシカを離しはしなかった。リーザス村になんて近づきもせずに、二人でゆっくり気ままに世界中を旅して回ってた。
そうしてる間はうまくやっていける自信はある。つまらないことでケンカしたりもするだろうけど、それでも仲良く過ごせただろう。
だけど、そんな時間はいつまでも続かない。いつかはどこかに落ち着きたくなる日が来て、そして思い出すんだ。大事な人が暮らしてる、生まれ育った故郷があったってことを。懐かしんで、帰りたくなる日がきっと来る。

でもきっとそうなっても、オレはこの村では暮らせない。
どうしてなんだか理由はわからないが、ゼシカの母親にも嫌われてるみたいだしな。
いや、理由なんて簡単だ。普通に考えて、母親として娘に近づいてほしくないタイプの筆頭だよな。軽薄な女好きで、なまじ美形なもんだから女の方からも寄ってくる根無し草。
そんなのが、美人で世間知らずで、男に免疫のない良家のお嬢様の相手なんて、どこかの捻りの無い芝居の脚本みたいで、本気だなんて受け取ってもらえるはずがない。
そして板挟みになって辛い思いをするのは、ゼシカだ。そんなことにはさせられない。
「・・・考えてはみたけどさ、やっぱりやめとくよ。こんな酒場も無いような健全な村で、オレが暮らせると思うか? どう考えても無理だろ? 気持ちだけもらっとくよ」
ゼシカもオレの答えは予測してたんだろう。少し寂しげではあるが、ショックを受けた様子はない。
「うん・・・そうよね。でもたまには遊びに来てね。そりゃあ遊ぶところなんて無いけど、私、いつでも待ってるから」

このまま何も考えず、何もかも振り切って、どこかにゼシカをさらって行きたい衝動にかられる。
でも、ゼシカの身体越しに教会が目に映り、ふと会ったこともない男のことが頭をよぎる。おかげで頭は冷えてくれた。
思いを馳せたのは、ゼシカの兄のサーベルトのことだ。
仲の良かった妹が、か弱い女性の身で、暗黒神なんてものを倒すために命懸けの戦いに身を投じる。
お嬢様育ちなのに、野宿もザラな旅を続けて、周りにいるのは空気読めない寄り道好きの呑気者と、思考がメルヘンなむさ苦しい悪人顔と、下心のある何やらせても半端な頼りない男。
そして可愛い妹がそんな道を選んだのは、自分が死んでしまったことが発端だなんて、たまったもんじゃなかっただろうな。
つまらないことで嫉妬して、ブラコン呼ばわりしてゼシカをいじめたりして、本当に悪かったと思ってる。
生きて力を貸せたことが、どれほど幸運なことか、わかってなかった。
辛いよな、死んじまったら何もできない。大事な人間が傷ついてても泣いてても、そばにいてやることさえ出来ない。
そんな簡単なことに今になってようやく気付けるほど、オレは勝手な人間なんだ。
・・・ちゃんと返すよ、あんたの大事な妹。
『守る』なんて大口叩いたけど、オレはほとんど上手くやれなくて、それでも何とかなったのは、ゼシカ自身が強かったからだ。逆にオレの方が随分救われてきた。本当に感謝してる。
「サーベルトは・・・死にたくなかっただろうな。可愛いゼシカを残して」
オレがサーベルトの名前なんて出すもんだから、ゼシカは少し驚いてる。
「でも、幸せだったとも思う。その大事な妹が、自分を慕ってくれたこと。・・・その点だけは羨ましいよ。オレもゼシカみたいな妹、欲しかったな」
オレにとっては嘘つくことなんて簡単なことで、自分の本音を晒すことの方がずっと難しかった。でも今は、こんな心にもないことを言うのが、やけに苦しい。

まっすぐ見つめてくるゼシカの視線が耐え難くて、逃れるためにゼシカの前髪を掻き上げ、その額にそっと口づけた。
「・・・何?」
ゼシカはとまどったような顔をしている。
「ラプソーンと戦う前、生きて帰ってきたら、キスしていいって言ってただろ? まさか忘れたのか?」
「・・・あれは、キスしていいなんて言ってない。そういう話は帰ってからにしてって言っただけよ・・・」
悲しそうな、困ったような顔。オレの態度に混乱してるのがわかる。
結局オレはこうなんだな。ゼシカを戸惑わせる存在でしかない。オレと一緒にいたってゼシカは幸せにはなれない。
わかってたはずだ、棲む世界が違うって。それなのに、すっかり忘れて勘違いして、一緒に生きていけるもんだと思い込んだ。
・・・でも無かったことにはしたくない。
顔だけが取り柄じゃないと言ってくれたこと。いつも心配してくれてたこと。迷わずに信頼してくれたこと。たくさんの小さな優しさ。そしてこんなふうに誰かを大切に思える気持ち。
ゼシカはオレに大切なものをたくさんくれた。それだけでもう充分だ。オレの全てを捧げると思う気持ちに変わりはない。たとえそばにはいられなくても。
「しばらくはドニの町にいるから、何か困ったことがあったらいつでも来いよ。必ず力になるから。ゼシカはほっとけないからな・・・世話のやける可愛い妹みたいでさ」
数秒しか経ってないのに、さっきよりずっと楽に嘘が言えた。
「ゼシカ姉ちゃ~ん!」
いつも村中走り回ってるガキ共がゼシカの姿に気づいて、走りよってきた。
「ポルク、マルク」
ゼシカもそれに気づいて振り返る。
「じゃあな、ゼシカ」
そのスキにオレは数歩後ろにさがる。もう一度あの真っすぐな瞳に見つめられたら、抑えが効かなくなってバカなマネしちまいそうだ。
「えっ、ちょっと待って・・・」
ゼシカに止める間も与えず、オレはルーラの呪文を唱えた。
お互いのためにこれが一番いいんだと、自分に言い聞かせて。







最終更新:2008年10月24日 03:29
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