「オレは、姫のしあわせを守るのも、近衛隊長の仕事だと思うんだがな」
ラプソーンを倒し、皆がそれぞれの生活に戻ってから三カ月が経った。
明日は、ミーティア姫と、あのチャゴス王子との結婚式。
ククールは、さっきからエイトに結婚式をぶち壊すようにけしかけている。
でもエイトは首を縦には振らない。ミーティア姫のことだけじゃなく、自分を今まで育ててくれたトロデ王や、トロデーンの人達のことを思ってしまって動けないでいる。エイトはそういう人。
「・・・わかった。お前がどうしても動かないっていうなら、オレがやる。明日、姫様を大聖堂からさらって逃げる」
ククールのその言葉に、私は心臓が止まるかと思った。
「よく考えたら、近衛隊長なんて肩書背負っちまったお前と違って、オレは騎士団を抜けた身軽な体だしな。最初からオレがやるべきだった。じゃあ、そういうことで。無理言って悪かったな」
そう言ってククールは宿屋を出ていってしまう。
唖然としているエイトとヤンガスを残して、私は彼の後を追う。
さっきの言葉を、本気で言っているのかどうか確かめたかった。
ククールはすぐに見つかった。彼はとても目立つから。階段の途中に立って大聖堂を見上げていた。
「ゼシカ? お前、女の子がこんな時間に一人で出歩くなよ。・・・って、何かこういうセリフ、もうそろそろ言い飽きたな」
私の気配に気づいたククールは振り返って、呆れたように言う。
その響きがカンに障った私は、つい声を荒げてしまう。
「だったら、言わなきゃいいじゃない! そうやって保護者ヅラしないでよ。私、ククールのこと兄さんみたいだなんて思ったこと、一度もないんだからね!」
ククールは私の顔をしばらくジッと見つめてて、それからちょっと寂しげに笑った。
「そうだな。ゼシカの兄貴はサーベルト一人で充分だよな。前に言ったあの言葉、取り消すよ。変なこと言って悪かった」
・・・違う。違わないけど、違うの。こんな言い方したいんじゃない。だけど、訂正するよりも先に、訊きたいことがある。
「さっきの話、本気で言ってたの?」
今の私には、他のことを考える余裕はない。
「ククールは、ミーティア姫のこと、どう思ってるの?」
「そりゃあ、姫様は美人で可愛くて、健気だからな。幸せになってほしいと思ってるよ。あんなチャゴスなんかにくれてやるのは、もったいなさすぎる」
「愛してる、わけじゃないの?」
「そう訊かれると、違うっていうしかないな」
ククールはあっさりと言い放つ。
「そんな軽い気持ちでよくあんなこと言えたわね。もし捕まったら、きっと死罪よ。あんた一人の問題じゃなくて、いろんな人に迷惑がかかるのよ。同情でそうするんだったら、無責任すぎるわよ」
「同情で何が悪い?」
刺すようなククールの言葉の響きに、私は何も言えなくなった。
「同情でも何でも、助けが必要な時は誰にだってあると思うぜ」
それはわかるわ。でも私が言いたいのはそんなことじゃない。
「それに、捕まるようなヘマはしないさ。ゼシカも知ってるだろうけど、花嫁っていうのは父親にエスコートされて、外から入場する。その時に乱入してルーラを使えばいい。
行き先は、そうだな。レティシアあたりがいいか。普通の奴らは追ってこられないし、あそこの服装はオレ好みでもあるしな」
・・・確かに、そのやり方ならうまくいきそうだわ。
わかってる、ククールは勝てない勝負は決してしない人。成功するとわかってるから、あんなこと言い出したんだって。
「あとは、あの時のパーティーメンバーが見逃してくれれば、それでOKだ。それともゼシカ、オレたちをチャゴスの奴に売ってみるか?」
私は一瞬で頭に血が昇った。
「バカにしないで!」
ククールを殴ろうとするが、あっさりとかわされてしまう。
「危ねえな、こんなところで暴れるなよ。悪かった、冗談だって。そういうことする奴は一人もいないって信じてるよ。そうでなきゃ、こんなにペラペラ喋るかよ」
冗談だっていうのは、もちろんわかってる。でも私にとっては冗談じゃすまない。私、ミーティア姫に嫉妬してる。旅をしている間、私だけに差し出されていた手が、今度はミーティア姫に伸ばされる。
私と同じだけククールと旅をして、彼が本当に優しい人だってこと、ミーティア姫はきっとちゃんとわかってる。始めはエイトのことを想っていても、いつかはククールの事を愛するようになるかもしれない。そして、ククールはそんなミーティア姫を決して裏切ったりしない。
私は自信がない。そうなった時に、ククールが言ったように、醜い感情にかられてチャゴス王子に二人を売らないなんて言い切れない!
好きなのよ。私はククールを愛してるのに!
私はバカだ。どうしてもっと早く気づかなかったんだろう。
会えなくなって初めて自分の気持ちに気が付いて、何度もククールに会いに行こうと思った。でもククールが私を守ってくれていたのは、世話の焼ける妹を見るような気持ちだったんだって知らされて、どうしても訪ねてなんていけなかった。
だけど、こうしてミーティア姫の護衛の同行を頼まれて、また会えるんだと思ったら、その前にこの気持ちに決着をつけたいと思った。妹じゃイヤだって。ククールのこと、お兄さんだなんて思えない。男の人として好きなのって、そう伝えたかった。
だから覚悟を決めてドニの町まで会いに行ったのに、その時ククールは出かけていて会えなくて。しかも、それを教えてくれたのが、ククールと今お付き合いしてるっていう踊り子さんで、ククールは今、その人の部屋で寝泊まりしてるってことまで教えてくれた。
確かにショックだったけど、私にそれを、どうこう言う権利はないのはわかってる。
だけど、それならどうして女の人をもう一人連れてきたりするの? それって二人ともに対して失礼じゃないの?
・・・でもそういうククールを最低だと思うのに、どうしても嫌いになれない。やっぱり好き。自分でもバカだと思うけど、どうにもならない。
花嫁強奪。それも一国の王女を一国の王子から奪うなんて危ないこと、してほしくない。
今よりも遠くには行かないでほしい。
でも言えない、どうしても。私は意気地無しだ。拒絶されて傷つくのが怖いのよ。
そして運命の夜が明けた。
ククールとヤンガスが起き上がって出て行くのがわかったけど、私はそのまま寝たふりをしていた。何となく、ククールと顔を合わせたくなかったから。
エイトは、まだ目を覚ます気配はない。一晩中ベッドに腰掛けて考えこんでたみたいだから無理ないけど。
でも私なんて横になってても眠れなくて、そのまま朝になっちゃったっていうのに、こうやって最終的に寝てるエイトも、やっぱりよくわかんない。
旅の間は、どこでも、どんな状況でも熟睡してる姿を頼もしいと思うこともあったけど、呑気者なだけなのかも。
そもそも、エイトが自分でミーティア姫をさらってくれれば、ククールが代わりにやろうなんて言い出さなくて済んだのに。その辺り、わかってるのかしら。
・・・ごめんね、エイト。今のは八つ当たり。相手は仕えてるお城のお姫様だもんね。そんなこと簡単にできるはずないよね。
『好き』って一言さえ言えない私に、そんなこと思う資格なかったわ。
そろそろ結婚式が始まってしまう。エイトはまだ眠ってるけど、私もとりあえず宿屋を出た。
大階段の下で、ククールとヤンガスが何か相談してるらしき雰囲気。本当にミーティア姫をさらって逃げるつもりなのかしら。
そう思って見ていたら、いきなりヤンガスがククールの向こう脛を蹴飛ばした。遠目に見ても、すごく痛そう。
「一応これで勘弁してやる。今度はちゃんとやれよ」
私が近づくと、珍しくヤンガスが真面目な口調でククールに言っているのが聞こえた。
「じゃあ、アッシはエイトの兄貴を呼んでくるでげす。あ、ゼシカの姉ちゃん、おはようでがす」
ヤンガスは普通に私に朝の挨拶をして、宿屋へと歩いていった。
「何やってたの?」
私が訊いてもククールは何事もなかったような顔をする。痛む足はおさえてるくせにね。
「いや、別に何も」
そうやって、私はいつも仲間外れ。何よ、いいわよ、もう。
・・・ククールを止めるなら今が最後のチャンスなのよね。でも何て言えばいいの? 私は散々助けてもらっておいて、ミーティア姫を助けるのはやめてって? 言えるわけないじゃない、そんなこと。
エイトが起き出してきた。もう結婚式は始まってしまっている。
「あんだけ人が多けりゃよ、どさくさにまぎれて、何かやらかしても大丈夫なんじゃねーかな」
ククールはあっさりと言う。人が多いとか少ないとか、そういう問題じゃないと思うわ。
「ミーティア姫様もガンコよね。いくら先代の約束でも、イヤなら、やめればいいのに・・・」
・・・イヤだ、こんな自分勝手なこと言うの。だけど思っちゃうのよ、どうしても。こんな結婚無かったことにしてくれれば、ククールだって無茶なことしなくて済むのにって。
「一国の姫君ともなると、そういうわけにも、いかないのかな?」
フォローの言葉のつもりで付け足したけど、だからって私の醜い感情が消えてくれるわけじゃない。
「あとオレたちは仲間だ。お前が何かするつもりなら、ちからを貸すぜ」
ククールの言葉に、それまでうつむき加減だったエイトが顔を上げた。その目には輝きが戻っている。
「ほら、行ってこい。姫様が待ってるぜ」
ククールに背を押され、エイトは弾かれたように階段を駆け上がっていった。
「はあ~っ、やっと行ったか。全く世話の焼けるヤツだぜ」
エイトの背中を見送るククールの目は、とっても優しかった。でも何だか、もう自分の役目は全部終わったって感じ。
「・・・ククールは、行かないの?」
「何で、オレが?」
「何でって、昨夜言ってたじゃない。ミーティア姫をさらって逃げるって」
「その時ちゃんと言ったろ? エイトが動かないならオレがやるって。あいつが自分でやるなら、オレの出る幕じゃないさ」
・・・何よ、それ。要するにエイトにハッパかけただけってこと?
「ま、エイトが最後まで渋るようなら、姫様をさらった後にエイトのヤツもぶん殴って、レティシアに強制連行するつもりだったけどな」
・・・やりかねないわ、この人なら。でもこんなこと言ったって、多分ククールは信じてたと思う。エイトが自分の意志でミーティア姫を迎えに行くこと。
だけどどっちにしても、エイトとミーティア姫を結び付けるつもりだったってことで、自分が姫と暮らすつもりは無かったってことよね。私一人でヤキモキしてバカみたい。
「でも退路は確保してやらないとな。大聖堂の警護の騎士団員は腕の立つヤツが揃ってそうだしな」
そうね。私、自分のことばかりで、エイトのこともミーティア姫のこともちゃんと心配してあげられなかった。そのお詫びをしなくちゃ。
それに、煉獄島に押し込められたお返しをするチャンスでもあるんだわ。
「ゼシカ、手加減て言葉知ってるよな?」
またククールが見透かしたようなことを言ってきた。
「失礼ね、当たり前でしょ」
・・・ベギラマくらいはいいかなって思ってたけど、メラで勘弁してあげるわ。
エイトが大聖堂に乗り込むより先に、ミーティア姫とトロデ王は式場から逃げ出していた。
一国の主としては間違った行動かもしれないけど何だか嬉しい。土壇場で自分の気持ちに正直になってくれたミーティア姫も、王であることよりも娘の幸せを願う父親であってくれたトロデ王も。
騎士団員たちを蹴散らした私たちは、エイトたちが乗っている馬車が見えなくなるまで、その姿を見送った。
また私たちは解散して、それぞれの生活に戻る。そして・・・。
そして? それでいいの? エイトたちは国同士の結婚をぶち壊してまで、自分たちの想いを貫いたのよ? 私には失うものなんて何もないのに、何をためらってるの?
「ククール~! 見てたわよ、すごくカッコ良かったー!」
私がやっとの思いで絞り出そうとした声は、バニーさんの声であっさり遮られた。
「エイトさんに会わせてくれてありがと。でもお姫様と駆け落ちしちゃうんだもの、つまんない。ねえ、そっちの丸くてワイルドなお兄さん。あたしのヤケ酒に付き合ってくれない? 一人で飲むのは寂しいの。でも飲むだけよ、パフパフとかはナシよ」
「アッシの場合はヤケ酒じゃなくて祝い酒でがすが、それで良ければ付き合うでがす」
意外なほとアッサリとお誘いを受けたヤンガスは、ククールを上目使いで睨んで言った。
「さっきの話、覚えてるな? これ以上ゴチャゴチャしてると・・・」
「わかってるって。今度は大丈夫だ、ちゃんと言う。もう蹴られるのはゴメンだしな」
何? 言わないと蹴られる言葉?
ヤンガスは今度は私の方を向く。
「いいでがすか、ゼシカの姉ちゃん。ククールに泣かされるようなことがあったら、すぐにアッシに言ってくるでげすよ」
「うるせえよ、いいからサッサと行け」
ククールが追い払うような仕草を見せる。私は全然ついていけない。
「じゃあね~、ククール~」
ヤンガスとバニーさんは、キメラのつばさを使ってどこかへ飛んでいってしまった。
「ほんとにそのお嬢様、強いんだ」
今度は踊り子さんが声をかけてきた。
・・・この二人は今、一緒に暮らしてるのよね。ってことは、この場のお邪魔虫は私ってことで、私がどこかに消えた方がいいのよね。
「いいよ。もうこれで許してあげる。お嬢様、ククールのことよろしくね。ククール、このコのことまで泣かせたら、承知しないんだから」
・・・えっ?
ククールが申し訳なさそうにうなだれる。
「ああ、わかってる。本当に・・・」
「ゴメンなんて言ったら、別れてやらないよ」
「・・・ありがとう」
「そう、それでいいの。じゃあね、二人とも、お幸せに」
そう言って踊り子さんも、キメラのつばさでとんでいってしまう。
「とりあえず、オレたちも移動しよう。騎士団員たちが追ってきたら面倒だ」
そしてククールはルーラの呪文を唱えた。
着いたのはリーザス村の入り口。私の頭は本当に置いてけぼりで、何がおこってるのか考えが追いつかない。
「ゼシカ・・・」
ククールの手が、私の前髪を掻き上げる。そこまでは三カ月前の別れの時と同じ。
でも、今ククールの唇が重なっているのは額じゃなくて、私の唇。
「・・・愛してる」
今、何がおきてるの?
「今までごめん。オレは本当に意気地無しで、ゼシカに悲しい思いさせてきた。でももう逃げない、約束する。ようやく勇気が持てた、自分の気持ちに嘘はつかない。許してくれるのなら、ゼシカとずっと一緒に生きていきたい」
ククールの目はとても真剣で・・・でも、私はすぐには信じられない。
「だって・・・じゃあ、なんで女のひと二人も連れてきたりするの? それでそんなこと言われたって、信じられないわよ」
ククールはちょっと目を泳がせて、それからようやく聞き取れるような声でボソリと呟いた。
「断れなかったんだ・・・」
・・・何だか、急に納得いってしまった。
「・・・そうよね。ククールって、意外と押しに弱くて、頼まれたらイヤって言えないところあるわよね」
エイトの寄り道も、文句言いながら全部付き合わされてたものね。
「ん、まあ、そうなんだけど・・・。ほんとゴメン。なんていうか、こんな情けないヤツで。多分この先、いろいろガッカリさせることあると思うけど、出来るだけ直すようにするから」
「・・・知ってるわ。他の人の為だと大胆だけど、自分のことになると結構臆病なところあるのよね」
でもそれは誰でも同じ。私だってそうだったもの。
「嘘つきなのも、見えっ張りなのも、意地悪なのも、単純なところあるのも、お調子者だったりするのも、全部知ってるわ」
それをうまく隠せてると思ってるあたりが、またマヌケなのよ。
「クールぶってるのがカッコいいって勘違いしてるところや、見た目は大人っぽいけど中身は子供なところも、全部知ってるわよ。今さら何を見たってガッカリなんてするわけないじゃない」
ククールはガックリと肩を落としてしまった。
「前からそうじゃないかと思ってたけど、ゼシカ、男の趣味悪いんじゃないか? どこがいいんだよ、こんなヤツ」
もうダメ、なんてカワイイ人なの! 好きになる以外、どうしようもないじゃないの。
「そういうとこ、全部よ!」
いろいろ言いたいこともあるけど、今はいいわ、全部許せちゃう。
我慢できなくて、ククールに抱き着いた。ククールもちゃんと抱き返してくれる。
「信じられないかもしれないけど、ほんとにずっとゼシカだけ見てた」
「知ってたわ・・・ずっと」
そうよ、気づいてなかってけど知っていた。ククールがどんなに私を優しく見ていてくれたか。だから私は自分の信じた道を進むことが出来た。
「愛してる」
声と身体の振動で二重に伝わる言葉。今度こそ本当に信じられる。
「私も、愛してる」
ようやく素直に伝えられた言葉。幸せすぎて怖いくらい。
また仲間たちは解散して、それぞれの暮らしに戻って、そして・・・。
そしてその後はこう続くのよ。
二人はいつまでも、仲良く幸せに暮らしましたって!
<終>
最終更新:2008年10月24日 11:16