ずっと二人で-前編


いったい、何が起こってるんだ?
マルチェロを捜す旅から戻ってみると、リーザス村はもぬけの空になっていた。
武器屋にも、防具屋にも、宿屋にも、教会にさえ人っ子一人いない。
いつも村を巡回してるポルクとマルクの姿もない。
旅に出てたのは、二カ月ちょっとだ。だけど一月前に様子を見にきた時には、何か起こるような気配は無かったのに・・・。
アルバート家に向けて足を速める。
ゼシカはどうなった? 仮に何かが襲ってきたんだとしても、あいつだったら必ず抵抗するはずだ。それなのに争ったような跡はどこにもない。静かすぎて、かえって不気味だ。
頼むから、どうか無事でいてくれ・・・!

「ゼシカ!! どこにいるんだ!? いたら返事してくれ! ゼシカ!」
アルバート家の屋敷中探しても、やっぱり誰もいない。
ゼシカも、アローザさんも、使用人たちも、影も形も見えない。
一体、何がどうなってやがるんだ。
この村を離れるべきじゃなかったのか? もしオレがそばにいたら、少しはマシなことになってたんだろうか。
・・・落ち着け。
まだ何があったかもわかってないんだ。サザンビークの大臣の家の鏡みたいに、異世界に通じる何かがあって、村中全員がそこに迷い込んだのかもしれない。少なくとも一カ月前までは無事だったんだ。今からでも助けられる可能性は十分ある。
最悪の事態ばかり考えるのは、オレの悪いクセだ。
まずはもう一度村の中を見て回って、何か変わったことが無いかをチェックして、ポルトリンクの様子も確かめて、それでも何もわからないようだったら、トロデーン城に応援を頼もう。
動揺も後悔も、やれることを全部やってからだ。
まずはアルバート家の中を探索する。村中の人間が消えてしまうなんて現象の原因になりそうなのは、こういう名家に伝わる魔法のアイテムなんてもんに、ありがちだ。
・・・そうだ、魔法の力といえば、リーザス像と何か関係してるのかもしれない。
一度そう思いつくと、もう他の可能性は考えられなくなり、オレはアルバートの屋敷を飛びだした。


それは不幸な事故だった。出合い頭の一発ってヤツだ。
リーザス像の塔に向かおうと勢いよく開けた扉が、向こう側から同じように扉を開こうとしていた、この屋敷の用心棒に直撃した。
「わ、悪い! 大丈夫か?」
とりあえずホイミをかける。運の悪いヤツ。いや、本当に悪いのはオレなんだけど。
・・・人がいる。
用心棒だけじゃなく、メイドやコック、そしてアローザさんも。
「無事だったのか・・・」
思わず口にしてしまった言葉に、アローザさんが怪訝な顔をする。
「何の話をしてるんです?」
「いや、あの・・・ゼシカは?」
これじゃあ、返事になってねぇし。
「まだリーザス像の塔にいますよ。まったくあの娘ときたら、聖なる日に塔の中庭でお祭りなんて何を考えてるのかしら。先祖の加護に感謝して、厳かに過ごすべき日だというのに、困ったものだわ」
・・・聖なる日・・・。
一気に身体の力が抜けた。
そういえば、この前会った時にゼシカが言ってたよな、聖なる日が近いって。年に一度だけ塔の中に魔物が出ないその日に、村の皆でリーザス像にお参りするんだって。
でも皆って、本当に村中全員、総出でなのかよ! 留守番くらい残してけよ、いつか盗賊団とかに狙われるぞ! さっきまでのオレの焦りは何なんだよ、恥ずかしくてやってらんねえよ!
・・・誰も見てなかったのが、せめてもの救いか・・・。
「どうかしました?」
アローザさんは、完全にオレをうさん臭いものとして見てる。そりゃあ、そうか。
「すいません、あの・・・よけいなことだけど、戸締まりくらいはした方がいいですよ?」
自分で自分のセリフのマヌケさに呆れる。まだ動揺さめやらぬといったところだから、どうにもならない。
だけどまた怒らせると思ったのに、アローザさんはちょっと大きく目を見開いて、それからクスクスと笑い出した。
「そうね、こんなふうに勝手に入り込む人もいることだしね。・・・忠告のお礼にお茶でもいかが? だいぶお疲れのようですわね」


オレ、何やってんだろう?
オレを毛嫌いしてるはずのアローザさんに誘われるままに、二階の居間で差し向かいで茶を飲んでる。まさか毒を入れたりしてはこないとは思うけど、真意はつかめない。
でも不思議なもんだな。嫌われるってのは、やっぱり少し辛くて、アローザさんのことは正直少し苦手だった。だけど今は、そうは感じない。
この人がいなければ、ゼシカは生まれてきてなかった。もしゼシカに逢えてなかったら、オレは一体どうなっていただろう。そう思うと、感謝の気持ち以外を抱くことなんてできない。
「さっきあなたが言っていた戸締まりですけどね、したくても出来ないのよ。初めから扉には鍵がついていないの」
アローザさんの言葉で、衝撃の事実を初めて知った。
「私も他所から嫁いできた身ですからね、初めは驚いたものですよ。これだけの屋敷に鍵がついてないなんて、思いもしなかったわ。だけどこのアルバート家は、代々魔法剣士の力を受け継がれている家系ですから、悪意を持って侵入する者などいないのよ」
なるほど、侵入者の方が痛い思いをするだけだと。
「だからあなたが、無人になってしまった村を見て慌てふためくのも、わからなくはないわ。来年以降はポルトリンクからでも、留守番役を寄越してもらった方が良さそうね」
・・・バレバレだし。あー、みっともねえ。
「いつも私が何を言おうと眉一つ動かさないあなたが、あれだけ顔色を変えるとは思わなかったわ。どうやら本当に、ゼシカのことを大事に想ってはくれてるようね」
言葉面だけ捕らえると認めてくれたように聞こえるけど、その声は今までの中でも一番冷たい響きだった。
「それなのにどうしてこんなに何度も、あの娘を放っておくことが出来るの? 残される者の気持ちを、少しでも考えてみたことがあるの? 勝手なのにも程があるわ」
今のはきいた。言葉に詰まる。
「兄のサーベルトの仇を討つという目的を果たして、気持ちの整理をつけて元気に戻ってきてくれると思いきや、毎日毎日物思いにふけって溜め息ばかり。ろくに外にも出ず、食事もまともに取らない有り様。
大事な娘にそんな思いをさせ続けた男を、どうして母親の私が認める気持ちになどなれると思うの? たとえあなたが悪い評判など何もない人だったとしても、そのことを許すつもりはないわ」

「・・・返す言葉もありません」
ゼシカはずっとアローザさんのオレに対する態度に怒ってたけど、オレはそのことを理不尽だと感じたことは一度も無かった。
死んだオレの親父の面影や、世間の評判で嫌ってた部分も確かにあったんだろうけど、言い訳しようのないオレ自身の行いが一番大きな怒りの理由だってことに、自分でも知らない間に気づいてたのかもしれない。
「だけどゼシカは私の言うことなど聞くつもりは無いようだし、このまま反対しつづけたら、また家出でもされかねないし・・・だからククールさん、もしどうしてもゼシカとの仲を認めてほしいというのなら、この先もう二度と剣をとらないと約束してちょうだい」
「・・・剣を?」
想像もつかなかった条件を出され、少しとまどった。
「ポルトリンクから出ている定期船のお客様の中には、マイエラ修道院への巡礼者も多いのよ。半年ほど前に、よく耳にする噂があったわ。
それまで修道院の周りにはいなかった凶悪な魔物が出るということと、その魔物から一人で巡礼者を守っている、真っ赤な服を着た銀髪の剣士さんの話をね」
さすがに定期船のオーナーは、耳が早い。
確かに、オレがあの頃ゼシカを放ったらかしにしてた理由の一つは、グダグダになってた聖堂騎士団の代わりに巡礼者たちを守るためだった。
でもそれを、ゼシカに寂しい思いさせ続けたことの言い訳には出来ない。
「息子のサーベルトが、リーザス像の様子を一人で見に行ったために殺されてしまったのは、ご存じよね? サーベルトとゼシカの父親も子供たちがまだ小さい頃、定期船を襲う凶悪な魔物を一人で退治しに行き、相打ちになって還らぬ人になりました」
父親が死んだ時にはゼシカはまだ小さすぎて、ほとんど何も覚えてないと言ってたから、魔物と戦って死んだという話は初めて聞いた。
「夫も息子も、いつもあなたのように剣を身体から離さない人でした。危険なことはやめてほしいと頼んでも、『自分には力があるから責任もある』と何でも自分でやろうとして、結局は二人とも還ってきてはくれなかった。私はただ残されるだけ・・・。
ゼシカには私と同じ思いはさせたくないの。だからあの娘の結婚相手には、武器なんて扱えない人がいい、そう思ったのよ。これ以上ゼシカを悲しませたくないのなら、危険なことはせずに、あの娘のそばにずっといてやってちょうだい」

・・・何だよ、ゼシカ。お前、メチャメチャ愛されてんじゃねえかよ。
アルバート家がどうとかじゃなくて、ただゼシカに幸せになってほしいだけ。寂しい思い、悲しい思いをさせたくない。だからオレみたいにいつ死ぬかわからない生き方してた人間は、認めたくない。
大事な人間に先立たれる悲しみを、二度も味わってしまってるからこその想いだ。
でも・・・。
「すみませんけど、それはできません」
ゼシカはずっと、この村を懐かしいとは思えないと言っていた。贅沢言ってるとは思ったけど、ラプソーンが復活した後で寄ったこの村の様子を見ていて、何となく理由もわかるような気はした。
村の住人はほとんどが、ゼシカが家族と最期の時を迎えるために帰ってきたなんて言ってたよな。それは普通の反応で、空を赤く染めるようなヤツと戦おうなんて考える人間はほんの一握りだ。
だけどゼシカの父親や兄は、大切なものを守るために自分で武器を取って戦うっていう考え方で、そういう人間が一番身近な存在だったゼシカにとっては、自分の力で戦って大事なものを勝ち取ることが当たり前のことだった。
そんなゼシカにとって、何かあった時に一緒に戦ってくれる人間はいないってことは、結構寂しいことなのかもしれない。ポルクとマルクは違うけど、あいつらはまだガキだしな。
「何かあった時は、ゼシカは真っ先に飛び出して先頭に立って戦うはずです。その時に隣に並んで戦えない人間にはなりたくありません」
そんなオレがずっとそばにいたって、ゼシカにとってはやっぱり寂しいはずだ。
「あなたは、ゼシカを危ない目に遇わせても平気なの? あの娘を幸せにしたいとは思わないの?」
『幸せにしたい』か、もちろんそう思ってはいるけど、肝心のゼシカがそれを望んでない。いや、望んでないっていうより、あてにされてないってのが正しいか。
「ゼシカは本当に強くて、オレなんかが彼女の幸せをどうにかするのは無理です。それどころか『あんた頼りないから私が幸せにしてやる』なんて言われる次第で。あの逞しさの1/10でいいから分けてほしいと思ってるけど、足元にも及ばなくて・・・。
でも逆にオレなんかに、ゼシカを不幸にすることも絶対できないと思うから、そういう意味では安心してもらえると思います」

アローザさんは大きな溜め息を吐き、カップをソーサーに置いた。
「いいえ、あなたも立派に逞しくて図太いわ。付き合いを反対してる母親の前で、よくそんなしまりのない顔してノロケられるものね。普通の神経じゃないわよ」
・・・今、ノロケてたっけ? それにしまりのない顔って、どんな顔してたんだ?
「もういいわ。サッサとゼシカの所にでも行ってくださいな。もうその顔を見ていたくありません。ゼシカの顔も見たくないから、今日は帰ってこなくて結構って伝えておいてちょうだい」
・・・ゼシカ、アローザさん、頭固くねぇよ。話がわかりすぎ。外泊OKだってさ。
「これで認めたと思ったら大間違いよ。そうそう思い通りにはさせません。結局最後には私の方が折れるハメになるんだから、尚更です」
苦労してるんだな、この人も。オレとの仲を反対する本当の理由を言うわけにもいかなくて、憎まれ役をしなきゃいけないのは辛かっただろう。思わずアローザさんの方の味方したくなる。
「それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらいます。ゼシカを家出させるようなことは絶対にしませんから、それだけは心配しないでください。それと彼女を残していくようなことも、もう無いと思います。・・・今日はお話できて良かった。ありがとうございました」
オレも知ってる、置いていかれることの痛み。自分が味わうことも、誰かに味あわせることも、確かにもうたくさんだよな。
「これからのあてはあるの? 住む所や仕事のことだけど」
唐突に現実的な質問をされてしまった。
確かに今のオレは、住所不定無職状態だ。ルーラが使えるおかげでどこに住んでもリーザス村との距離はゼロに等しい分、選択肢が多すぎる。
「ゼシカが、西の大陸に定期船を出したいと計画してるのよ。もっと安全な方法で世界を旅できる人が増えるようにしたいと言ってね。だけど安全な航路を探すのには、海の魔物に強い護衛がいないと現実には難しいわ。
腕に覚えがあるのなら、引き受けてくださらない? ポルトリンクで良ければ、お部屋の手配もさせてもらうわ。返事は明日で結構よ。夕食にご招待するから、その時までに考えておいてくださいな」
・・・どうにも、まいったな。ありがたいような、怖いような。
アローザさんはオレより数段、役者が上らしい。これから先どうあっても、この親心を裏切ることは出来ないようだ。


リーザス像の塔から、音楽や村の人たちの楽しそうな声が聞こえてくる。ご先祖たちに楽しく生きてる姿を見てほしいと、ゼシカが計画したそうだ。定期船を西の大陸まで運行することといい、ゼシカもいろいろ考えて頑張ってたんだな。
ゼシカとオレだけが知っている目印、塔のてっぺんにある風車を魔法で回す。初めて試した時よりも、風の制御はうまくなったと思う。もっと訓練重ねていけば、空を飛ぶとこも出来るかもしれない。
ゼシカは気づいてくれただろうか? オレの方から塔に入っていってもいいんだけど、再会の抱擁やキスを村の人間に見せつけるのは、ゼシカが嫌がるだろうしな。
「ククール!」
背後からの声に振り返る。
ああ、そういえばこの塔は、リレミトで出ると随分離れたところに出るんだったっけ。
気品は漂うのに、おてんばぶりは相変わらずで、スカートのすそを跳ね上げて駆けてくる。
今日のゼシカは白いブラウスの普段着姿だ。やっぱり旅の間に着てた服より、こっちの格好の方が可愛いよな。目が赤くて、ツインテールが耳みたいで、ぴょんぴょん撥ねてくるウサギみたいだ。
態勢を整えて、飛びついてくるゼシカを抱きとめた。ゼシカのタックルは結構強力で、油断してると受け止めきれずに引っ繰り返るハメになる。
でも頬を上気させて、喜びを全面に表してくるその姿に、たまらない愛しさが込み上げてくる。
なのに・・・。
「お酒くさっ!!!」
おい! 再会の第一声は、これかよ!?
いや待て。確かに酒臭くて当たり前な量を飲んだんだ。
「・・・そんなに?」
「すごいわよ。だいぶ前に二日酔いになってた時よりひどいかも」
よくアローザさん、そんな奴に文句も言わず、夕食に招待までしてくれたよな。
「ホントまいったんだよな。あいつ、そっちの方では堅物だったから、酒なんてほとんど飲んだことないはずなのに、つえーの何のって。親父が大酒飲みだったから、血筋なのかもな」
「・・・会えたの? マルチェロに?」
ゼシカが心配そうな顔で訊ねてきた。
「それがさ、聞いてくれよ。あのクソ兄貴、会うなりいきなり斬りつけてきやがって、反射神経のいいオレじゃなかったら死んでたぞ、絶対。
おまけに『貴様のようなヤツと素面で話など出来るか』なんて言いやがって『だから酒飲みながら話すぞ』ってことになって。しかも酒代は全部オレ持ち」

「それで出た結論は『しがらみとか血の繋がりとか因縁なんて一切関係なく、やっぱりお互いソリが合わない』だった。だけど仲の悪い兄弟なんて、世の中には溢れる程いるだろうし、オレとしてはもう充分スッキリしたんだけど・・・これって変か?」
ゼシカはさっきから、異世界の話でも聞いてるような顔をしてる。
まっとうな兄弟だったことが一度もないから、標準がどういうもんかわからねぇんだよな。だけどいい年した男同士の兄弟って、意外とそんなもんかとも思ってるんだけど、やっぱりちょっとは不安になる。
この期に及んで、実は気持ちの整理はついてませんってオチは目も当てられない。
ゼシカはちょっとだけ呆れたような顔をして、だけどすぐに柔らかく微笑みかけてくれた。
「ううん、変じゃない。・・・良かったね」
心の中にゆっくりと染みてくる言葉。
そうだな、良かったんだ。その証拠に、ゼシカの瞳を真っすぐに見つめ返せる。心の奥まで見透かされるのが怖くて、今まで何度も逃げ続けてきた瞳。でももう、心の中全部見られても、何一つ後ろめたいことはない。
「ああ、ありがとう。ずっと待たせてごめん。今度こそ、もうどこにも行かない」
そこまで言った後に、とりあえず付けたしといた。
「多分」
何となく、オレはそう簡単に平穏な暮らしは出来ないような予感がしたからだ。あと一回ぐらいは、揉め事に巻き込まれそうな気がする。
「何よ、その多分って! 普段嘘つきなくせに、どうしてこういう時だけバカ正直なの!?」
やっぱり怒られた。
「だけど、もうゼシカを残してはいかない。何かあった時は力を貸してほしい。・・・酒臭くて悪いけど、キスしていいか?」
「・・・そういうことは、いちいち訊かないでちょうだい」
ちょっとテレたように怒る顔が可愛くて、つい笑ってしまう。
「相変わらずイジワルなんだから。でも変わってないから、ホッとした。おかえりなさい」
「・・・ただいま」
ずいぶん遠回りして、ようやく辿り着くことが出来た。真っすぐにゼシカと向き合える自分に。
今度こそ本当に大丈夫だ。
これからは何があっても、ずっと二人で生きていける。





最終更新:2008年10月24日 13:07
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