「良かったね、ミーティア。ずっとこの日が来るのを待ってたんだものね。二人ともよく我慢できたと思う。本当に立派だったわ」
サヴェッラ大聖堂から、エイトとミーティアが手を取り合って、結婚式を脱走してから丸二年。
一方的に婚約破棄したチャゴス王子に対してのせめてものお詫びとケジメのためと、王子の赦しが得られるまでは、二人は決して結ばれようとはしなかった。
私もククールも、ヤンガスやトロデ王も、チャゴス王子にそんな気持ちが通じるわけがない、赦しが出るのを待っていたら一生結婚なんて出来ないと説得したわ。
だけど二人は、クラビウス王が王位をチャゴス王子に譲った時に、争いの火種になるようなことにはなりたくないと、頑ななまでに王女と臣下という関係を守り通した。
それが三カ月前、何とあのチャゴス王子が結婚し、しかもそのお相手が、ダメダメ王子の首根っこを押さえ付けて叱ってくれるしっかりした女性で、正式にトロデーンに使者を寄越し、二つの国の間の友好と平和を約束してくれた。
ようやく二人は明日、このトロデーンの城で結婚式を挙げることになった。
ついさっきまで、東屋で一緒に旅した六人でお酒を飲んでたんだけど、男性陣は残して私とミーティアは二階のテラスで酔いを覚ましてる。
私は二人きりの時だけ、ミーティアから『姫様』を取って呼んでる。私もずっとリーザス村では『お嬢様』って着けて呼ばれてて、お互いに呼び捨て出来る女友達を持ったのは初めてだった。
「ほんとに私、何にもしてあげられなかったね。ようやく呪いが解けた後も、なかなか幸せになれないのを見てるのは辛かったわ」
「何にもできなかったなんて、そんなことありませんわ。ゼシカたちが暗黒神を倒してくれたからこそ、私もお父様も、そしてこの城の人たち全員が呪いから解放されたんですもの。それにサヴェッラ大聖堂で、聖堂騎士団の方たちと戦ってくださったこと、絶対に忘れませんわ」
サヴェッラでの話をされると、ちょっと胸が痛むわ。あの時はククールがエイトにハッパかけるために『オレが姫様さらって逃げる』なんて言ったもんだから、私そっちの方で頭が一杯で、ミーティアの心配してあげてなかったのよね。
そういうことを黙ってるのは得意じゃないし、そろそろ時効だとも思うので、その時のことをミーティアに打ち明けた。
「まあ、ゼシカって本当に鈍いわ。ククールさんがずっとゼシカを大事に想ってたことなんて、あのエイトやヤンガスさんでさえ丸分かりでしたのに」
私って鈍い? カンはいい方だと思うんだけど。それにエイトとヤンガスにさえ丸分かりって、そんなにわかりやすくなかったわよ。確かに優しくはあったけど、同じくらい意地悪もされてたもの。
「エイトもね、その時のことは一生忘れないって言ってましたわ。
ミーティアをさらって逃げるなんて言葉は、どうせハッパかけてるだけだっていうのはわかりきってたので、何とも思わなかったらしいんだけれど、大階段の下で『仲間だから力を貸す』って背中を押してもらった時、何も怖いものなんて無くなったんですって」
私もその時のことは覚えてる。それまでちょっと俯き加減だったエイトが、急に力を取り戻したように階段を駆け上がっていったのを。
「あれだけツンツンしてて、ひねくれたことばっかり言ってて、気まぐれで気難しくて素直じゃなかったククールさんに、面と向かって『仲間』だって言ってもらえる日がくるとは思ってなかったんですって。
その言葉を言ってもらうことに比べたら、結婚式の邪魔をすることなんて、大変でも何ともない。そう思ったって言ってましたわ」
・・・それ、ほめてないわよね?
でもエイトの気持ちはわかる気がする。確かに初めの頃のククールはひどかったわ。特にエイトに対して八つ当たりしすぎて、よくシメられてたものね。
そんなククールに認めてもらえたと思うと嬉しいよね。
・・・あれ?
今思い返して見ると私、もしかして一度もククールに『仲間』って言ってもらったこと無いんじゃないかしら・・・。
「お前の話なんかまともに聞こうとしたオレがバカだったよ。だいたい、ムサ苦しい野郎ばかりのとこで酒飲んだってうまくねえや。オレはレディたちに交ぜてもらうぜ」
ククールが何やら怒りながらテラスにやって来た。エイトが一生懸命、宥めようとしながら着いてきてる。
「どうしたの?」
「どうしたもこうしたもねえよ。珍しくひとのこと褒めてんのかと思いきや、ツンツンしてたの、ひねくれ者だの、きまぐれで気難しくて素直じゃねえだの、言いたい放題言いやがって。
このおとなしい顔に騙されるけど、こいつとんでもなく毒舌で容赦なくて、腹ん中は真っ黒だぞ」
・・・もしかして、さっきミーティアが言ってたのと、全く同じことを言ったのかしら。
ミーティアと顔を見合わせて笑ってしまう。
多分エイトはお礼を言ったつもりなんだろうけど、ククールじゃなくたってそうは思えないわよ。エイト、思ったままを正直に言い過ぎよ。
新郎新婦が結婚式の場でお酒臭いのは問題ありなので、いろいろ話は尽きないけれど、早めにそれぞれの部屋に引き取った。
誰が部屋割りしたのかは知らないけど、私とククールは当たり前のように同じ部屋をあてがわれてしまった。もちろん今更、そのことに抵抗はないけれど。
「なあ、エイトのやつ、少し元気なかったと思わなかったか?」
ククールがいきなり深刻そうに言い出すから、私はドキッする。
「ううん、気が付かなかった。元気ないってどんな風に?」
「初めはマリッジブルーかとも思ったけど、あの呑気者にそんなのあるわけねぇし、どっちかっていうと精神的な問題じゃなくて、身体の方が弱ってるような感じなんだよな。でもヤンガスも気づかなかったって言ってたから、オレの思い過ごしだな」
そんなこと言われても、ちょっと不安にはなる。だって、ククールのそういう感覚って怖いくらい外れないから。
「そんな顔するなよ。多分、結婚式の準備なんかで疲れてたんだろ。エイトがそういうのに向いてるとは思えないからな」
ククールの声は真面目なのに、手の方は私の服を脱がせはじめてる。
「何やってるの?」
「何って、こうやって二人きりでゆっくりできるの久しぶりなんだから、有意義に過ごそうとしてるだけ」
お母さんが自分の手でサーベルト兄さんの部屋を片付けて、そこをククールの為にあけてくれてから、もう半年。
だけど結婚はおろか、つきあいすら認めてないと言い張ってる。
なまじ同じ家に住んでるのに、家長の目が光ってるという微妙な状態だから、確かにゆっくり二人きりにはなりにくい。
お母さんたら、私よりもククールとの方が気が合うみたいなのに、本当に何がいつまでも気にいらないのかしら。
ここまで来るともう、ただ意固地になってるとしか思えないわ。
結婚式はトロデーン城の中庭で行われた。
サザンビークへの遠慮もあって、招待されたのは少数の親しい人たちだけなんだけど、二人の晴れの姿を一目見たいと多くの人が集まってくれることは予測できていたので、
自分たちの幸せな姿を見てもらうために、教会の建物の中ではなく、こうして外に面した場所で永遠の愛を誓うことを選んだんだとミーティアが教えてくれた。
広大なお城よりも更に広い面積を誇る中庭は、国中から集まった人たちで溢れかえり、高価なものや豪華なものなんて何もなかったけど、喜びや幸せ、祝福と感謝が一杯で、何よりも素敵な時間だった。
結婚式から一週間後。明日はエイトとミーティアが新婚旅行に出発し、私たちもそれぞれの生活に戻るという日、おかしな夢を見た。
星空がとても近い、高いところにある祭壇のような場所。大きな竜の石像が、何も記されていない石碑を守るかのようにたたずんでいる。やがて炎に照らされたその石碑の中央に、何か紋章のようなものが浮かびあがる。神秘的な光景のようで、何か恐ろしい程の力を感じた。
目を覚ました時、それがどこかで見た覚えのある場所だと気づく。
確かあれは、ベルガラックからサザンビークへ続く街道の途中にある高台の上の遺跡。
空を飛ばなきゃ行けないような所に、どうしてこんな巨大な建造物があるのかと思った場所だったはず。
何でこんな変な夢を見たりしたのかしら?
朝になって、エイトが高熱を出して起きあがることさえ出来ないほどに弱った状態になっていると知らされた。
病気に対しては回復魔法は効かず、出来ることといえばオークニスのグラッドさんの所へ行って、良く効く解熱薬を貰ってくることぐらい。
さすがにグラッドさんの調合した薬の効き目はすごくて、熱だけは程なく下がったけど、何かに生気を吸い取られているように感じて、力が入らないらしい。
ねずみのトーポも、飼い主の不調に同調してしまったように、力無く横たわってしまっている。
ミーティアの話によると、私が見たのと全く同じ、祭壇の遺跡をミーティアもエイトも見たらしい。そしてその直後に、エイトは熱を出して寝込んでしまった。
ククールとヤンガス、トロデ王も同じ夢を見たという。この事とエイトの異変が無関係だとはとても思えない。
「だけど、もう神鳥のたましいは親のレティスとどっかへ行っちまったでがす。確かめに行こうにもお手上げでがすよ」
ヤンガスの言葉に、ククールが答える。
「いや、様子を見に行くぐらいなら、多分何とかなるぜ。あそこは街道からは離れてないから、二日あれば行って戻って来れると思う」
ククールはずっとバギの魔法を、切り裂くだけじゃなくて、物を動かしたり持ち上げたりするのに使えるんじゃないかって、風の制御の練習をしていた。
亡くなったオディロ院長がそういう風の使い方をしていたらしく、そのご先祖の予言者エジェウスも、空を飛ばなきゃいけないような所に石碑を残していたことから、使いようによっては空ぐらい飛べるんじゃないかって思ったんだって。
実際に、鳥のように飛ぶことは出来てないけど、真上にだったら、かなりの高さまで浮きあがることが出来るようになってる。
ヤンガスも一緒に行きたがったけど、『その体重を抱えて飛ぶ自信は無い』というククールの言葉で、おとなしく留守番することになった。
そして私とククールの二人だけで、謎の石碑の様子を確かめにいく。
そこには夢で見たのと同じ光景があった。初めて見た時には確かに何も記されていなかったのに、今は翼を広げた竜のような紋章が浮かび上がっている。
そしてその紋章に手を触れると辺りの風景が変わり、洞窟のような場所に出る。だけど、ほんの少し進んだだけで、すぐに引き返すことになった。
出現する魔物の強さが半端じゃないんだもの。何があるかわからないから、一応武装はしてあったけど、ラプソーンの空飛ぶ城にいたのより、更に強い魔物がゴロゴロしていた。
二人だけで先に進むのは、諦めるしかなかった。
トロデーンに戻ると、エイトは大分元気を取り戻して、起き上がれるようにはなっていた。
だけど何かに体力を奪われてるような感覚が完全に無くなったわけでもなくて、本人曰く『慣れた』らしい。
あと嘘みたいな話だけど、ヤンガスのアドバイス通り、とにかく食べまくったら少しはマシになったそうだ。トーポにも大好物のチーズをたくさんあげたら、ちょっとだけ元気になったって。
その辺りは、いろんな意味で『さすがエイト』っていうしか無いわよね。
トロデ王を含めた六人で、この後どうするべきかを相談した。
やっぱりあの石碑が無関係じゃないっていうのは、全員一致した意見なんだけど、簡単に『行けるとこまで行こう』というわけにもいかない。
出てくる魔物が普通の強さじゃなくて、エイトもいつまた倒れるかわからない状態。ククールも石碑までは一人ずつ運ぶので精一杯で、体重が二人分は軽くあるヤンガスは最悪残ってもらって、ルーラ可能な町があるようなら、そこから合流ってことになる。
あんまりにも戦力が心もとなさすぎる。
それにエイトはこのトロデーンの近衛隊長であると同時に、世継ぎの王女の夫でもあるんだもの。どれだけかかるかわからない旅に出るなんて簡単には出来るわけがない。
「では、新婚旅行はそこにしましょう」
そんなことを色々考えていたのにミーティアは、その辺の湖にピクニックでも行くような調子でそう言ってきた。
「もう馬車を引いてお手伝いすることは出来ませんけど、ご一緒させてください。今度はミーティアがエイトの為に力になりたいんです。自分のことは自分で守れるようにしますから、どうか連れていってください」
ククールとヤンガスは慌てて止めようとするけど、トロデ王はアッサリ賛成した。
「そうじゃな、それがいいかもしれん。二年もの間、我慢を続けてきたのじゃから、新婚旅行が少しぐらい長くなっても、異を唱える者はおらんじゃろう」
二人を一番近くで見守り続けていたトロデ王は反対しない。
ドルマゲスがこの城から杖を強奪した日、賊が潜んでいるかもしれない場所に愛娘のミーティアを同行させた話を聞いた時は、少し驚いた。旅の間は、ミーティアを危険な場所に連れていくのを何より嫌がっていたトロデ王だから。
でもトロデ王は知ってるんだ。それが必要な時はどんな危険な場所でも、ミーティアは必ず行く人だってことを。まして今度はエイトのことだもの。お城で留守番なんて絶対しないわよね。
そして私はこれも知っている。実はミーティアが、とっても力持ちだということ。
馬に姿を変えられて、旅の間引き続けていた馬車は錬金大好きエイトのせいで、使わない武器防具も捨てられずに荷物が増える一方だった。そうしてる内に自然に足腰は鍛えられていき、腕も足と同じだけの力に持つに至ったことを。
確かに自分の身ぐらいは自分で守れるかもしれない。
出発は三日後に決まり、準備のために一旦それぞれの住まいに帰ることになった。
「ククールさん、あなた一体いつになったら落ち着いてくれるの? おまけに今度はゼシカまで連れていくのね。それなら許されると思ってるわけ?」
事情を説明して家を開けることを伝えると、お母さんは深い溜め息を吐いてククールに文句を言う。
「すみません。でもほら、もう残してはいかないっていうのは嘘じゃなかったっていうことで」
それに対してククールは全く悪びれない。私には今一つ意味がわからないんだけど、二人には通じてるみたいで、お母さんはククールを睨みながら、更に大きな溜め息を吐いた。
「・・・三カ月だけですよ。三カ月経ったら絶対に戻ってきなさい。私はその間、ウエディングドレスでも縫いながら待ってることにしますから」
お母さんにしては、ずいぶん諦めが早いわ。って・・・ウエディングドレス?
「いつまでも独り身でいるから、フラフラするのかもしれないわね。あなたたちも、いつまでも若くないんだから、いい加減に家庭を持ってしっかりしてちょうだい」
自分で反対しまくってたくせに、よくそんなセリフが口から出てくるもんだと思う。だけどあんまり突然のことで、声の出し方を思い出せない。
「ありがとう、ございます・・・」
いつもは冷静なククールも、それだけ言うのがやっとみたい。
「いいから、早くお行きなさい。そして忘れないで、三カ月だけですよ。三カ月経ったら、どこにいようとどんな状況だろうと、必ず戻ってらっしゃい。あなたたちが帰ってくる場所はここなんですからね」
支度を終え、トロデーン城へルーラするために家の外に出た時、ククールが呟いた。
「三カ月か・・・」
お母さんがとうとう認めてくれたことで頭がいっぱいだった私は、ククールのその言葉で三カ月という期限をつけられたことを思い出す。
あんなふうに言ってくれたお母さんの気持ちを裏切ることは出来ない。だけど三カ月経ってもまだ問題が解決してなかったとしたら、エイトをそのままにして戻るなんて、もっと出来ない。
何とか三カ月の間に、エイトの体調不良の原因を突き止めて、それを取り除けるように頑張らなくちゃ・・・。
「なあゼシカ。仮にこの件を二カ月で片付けたとして、その後の一カ月はゆっくり二人旅なんてするのはダメだと思うか?」
後に続く言葉があんまりにも予想外のことで、咄嗟に意味がわからなかった。
「次に帰ってきたら、さすがにしばらくおとなしくしてないといけない気はするし、せっかく三カ月も時間くれたんだから、目一杯使わせてもらうのも悪くないかな、と。・・・ダメ?」
「・・・ダメよ」
バカみたい。ククールがじゃなくて、私が。
「それじゃ短いわ。この件を一カ月で片付けて、残りの二カ月で二人旅しましょう」
エイトをあんな体調のままで、三カ月も過ごさせるわけにいかないわよね。一日でも早く解決させた方がいいに決まってるわ。そんなのわかりきってたことなのに。
もしリーザス像の塔でエイトに出会わなければ、私はポルトリンクから先へは行けなかった。南の大陸にさえ渡れずに兄さんの仇も討てなくて、そしてククールに逢うことも出来なかった。
ずっと感謝してた。だから今度は私がエイトを助ける番。ううん『私たち』でよね。
「最悪ヤンガスは留守番だし、エイトとミーティア姫様は戦力として計算に入れない方がいいから、実際はオレとゼシカの二人であいつらを守って戦うことになると思う。かなりキツいだろうけど、しっかりやろうぜ」
ククールが私の手をしっかりと握ってくれる。この手の暖かさが、私に何度も前に進む力をくれた。
「まかせといて」
以前の私だったら、ククールに一度も『仲間』だって言ってもらったことがないのに気づいた時、寂しい気持ちになって、エイトを羨ましく思ったかもしれない。
でも、そんな言葉なんてもう必要ないのよね。ククールが私を信じてくれてるのなんて、確かめるまでもないことだもの。
今回のことだって、一度だって私に『どうする?』って訊いてはこなかった。私が一緒に行くことなんて、言うまでもなくわかってくれてた。
ククールとは考え方や価値観が違いすぎて、ぶつかることさえ出来ずに悲しい思いしたことも何度もあった。
だけど一番大事な時はいつだって、同じ答えを選んでいた。大切なものは自分自身の力で守るということ。
握っているものがお互いの手じゃなく武器に変わっても、私たちはもう離れたりしない。
進む道は同じだから、ずっと二人で生きていける。
<終>
最終更新:2008年10月24日 13:09