「だがボストロール的には・・・。いい夢見させてもらったぜ!」
幸せそうな顔でボストロールは崩れ落ちた。
「変な奴だったな。オレたちのことは回復しといて、何で自分は一度も回復しなかったんだろうな。単にバカなだけか」
尤もなツッコミを入れながら、ククールは剣を鞘に収めた。
「あんたって、サイテー」
思わず悪態が口から飛び出す。
「なーにが『魔物にも食事を楽しむ権利がある』よ。そんなこと白々しいこと言って逃げようとしたくせに、回復してもらった途端、何事も無かったように退治するなんて信じられない。『恩を仇で返した』って怒られて当たり前よ」
「何言ってんだよ。勝てそうにない勝負を避けて通るのは当然だろ。そして勝てる勝負はキッチリ勝つのが当たり前。人間をエサにしてる奴なんて、見逃せるわけねえだろ」
「MPが無かったんなら言ってくれれば良かったのに、あんな乱暴なことするなんてひどいじゃない。窒息するかと思ったわよ」
「そのことは悪かったよ。だけど敵の真ん前で『MPが無い』なんて言うバカいるかよ。そんなに茹で魔法使いになりたかったのか?」
ククールはボストロールの落とした鍵で牢を開けて、大臣一家を出してやってる。
一緒にリレミトしてあげようと思ってたのに、大臣たちは自分たちだけでサッサと走っていってしまった。
あれ? そういえば私、大臣に話があって来たのよね。
「ゼシカ、いいのか? 大臣たち行っちまったぞ。言いたいことがあったんだろ?」
「・・・忘れてたー!!」
「忘れんなよ!」
この場合のククールのツッコミも、尤もだと思う。
「私、ラグサットとは結婚するつもりなんてありませんから! もうフィアンセでも何でもないってことで、いいですね!?」
無事屋敷に戻っていた大臣は、魔物に食べられそうになったショックから抜け切れてないのか、あんまりピンときてないみたい。
「ゼシカ・・・。おお! そなた、アルバート家のゼシカさんだったのか」
「おい! 息子のフィアンセの顔も知らなかったのかよ!?」
今日のククールは、ツッコミに忙しいわね。
「それは残念だが、そなたがそう言うのなら仕方ない。ラグサットもどこでどうしているかもわからんしの。それではこの婚約は無かったということで」
これで話は終わり。どうせこの婚約なんて、その程度のものだったのよ。
外に出ると、もう空が白んでいた。こうやって普通に朝は来るのに、私たちの目の届かないところで世界は着々と滅びの道を歩んでるのかもしれない。
それを止める手立てはラプソーンを倒すことだけ。だからこそ、絶対負けられない戦いに向かうためには、気持ちの整理を着けなきゃいけないこともあると思う。
「どう? これで文句ないでしょう?」
「ああ、はいはい。文句なんてとんでもない。そんなもん、初めからありませんよ」
・・・そんなもん? 初めからない?
「・・・なかったの? 文句」
「そう、文句なんてなかった。っていうか、どうでも良かった。話逸らそうとして、言い掛かりつけただけだ。オレが悪かったから、もう勘弁してくれ」
何だろう、この何とも言えない苛立ちは。
「本当に、どうでも良かったの?」
「何でそんなに絡むんだよ。文句あった方が良かったのか?」
「そうじゃないけど・・・何かモヤモヤするのよ」
だって、ククールにラグサットの名前出された時、すごく腹立ったんだもの。『あんたに関係ないでしょう!』って怒鳴ってやりたくなった。
だけど『どうでも良かった』って言われる方が何倍も腹立つのはどうしてなのかしら。
「ごめんなさい、ククール。もうマルチェロのことは言わないわ、私が間違ってた。ククールは私とは違うんだものね」
ベルガラックまで戻り、ホテルへ戻る道の途中で、ククールに謝っておいた。
私がククールの立場だったら、マルチェロのことを心に残したままで、戦いに集中することなんてきっと出来ない。それが原因でククールに大ケガしたりしてほしくなかった。だからマルチェロを捜そうとしつこく勧めたけど、本当によけいなお世話だったみたい。
鏡の中の迷宮でも、私はすっかり頭に血が昇ってたのに、ククールは全然冷静さを失ってなかったもの。
私が心配なんかしなくても、ククールはちゃんと気持ちの切り替えが出来る、しっかりした人なんだ。
なんて思ったのよ。なのに・・・。
「そういうこと。オレはゼシカと違って、あんなマルチェロなんかの心配してやれるほど優しくねぇんだよ。だけどあいつだってガキじゃねえんだから、自分の面倒くらい自分で見るさ。もうあんまり気にすんなよ」
・・・何なの、ほんとに。
「・・・バカ!!!」
もう他に何も言う言葉が浮かばない。
何で私が、あのマルチェロの心配なんかしなくちゃいけないのよ!
心配されてるのは自分だってこと、頭の片隅にも浮かばないわけ?
「あんたってどうしてそう、人の気持ちがわからないの? ああもう! この苛立ちを何て表現したらいいのかわからないわ!」
「わかんねぇのはこっちだよ。何でいきなり怒ってんだよ。オレ今『優しい』って褒めただろ? それで怒られてたんじゃ割にあわねえよ」
普段は信じられないほど頭も勘も良くて、全部わかってるような顔して人の気持ち見透かすくせに、こういう根本的なことになると全然何もわかってない。
ククールはまだ私が怒る理由がわからないらしく、途方に暮れた顔してる。
そして私はそんな姿を見てると、不思議と怒る気持ちが薄れていってしまう。
「ごめんね」
もう一回謝っておく。わかってるわよ、私が一方的に勝手なこと言って迷惑かけたってことくらい。
ククールはちょっと肩をすくめて、しょうがないって感じになる。
「もういいから、早いとこ戻って休もうぜ。さすがにちょっとばかり疲れた。出来ればバーで一杯引っかけてから寝たいんだけど、付き合ってくれるか?」
「・・・一杯だけよ」
一応お詫びのつもりで了承すると、ククールはちょっと驚いたような、意外そうな顔をした。
「・・・ほんとに?」
「自分で誘っておいて何よ。私だってたまには飲みたい時もあるの。一つ言っておくけどね、ククールって自分で思ってる程には私のことわかってくれてないからね。それだけは覚えておいてよ」
「そういうこと言うってことは、ゼシカも自分で思ってるほどにはオレの事わかってないな。オレはゼシカのこと理解できてるなんて思ったこと一度もないぜ。何やらかすか予測もつかないおかげで、スリルに満ちた毎日を送らせてもらってる。これはこれで楽しいけどな」
どうしてククールってこうなの?
強がって平気なフリばっかりして、わがままに付き合わせた私が気に病まないように、わざと意地悪な言い方をする。
やっぱりダメだわ。せめて私ぐらいは心配していてあげないと、この人どうなっちゃうかわからない。
その辺り、全然わかってくれてないみたいだけど仕方ないわ。
どうしても気になっちゃって、自分でもどうにもならないんだものね。
<終>
最終更新:2009年03月31日 15:26