6-無題9

リーザス村に滞在して三日目の朝、村を発つ前に教会に寄る事になった。

「あら?あそこでお祈りしているのは…」
教会に入って直ぐ、ゼシカが入り口付近で真剣そうに祈っている男に目を向けた。
「知り合いか?」
「ええ、村にたまに来る商人よ。…直接話した事はないけれど…、この教会によく来ていたし一応顔見知りかしら」
「ふうん…」
「随分と熱心に祈っているがすね。あっしらに全く気がつかないでがす」
「…あんなに一心不乱に祈っている姿を見るのは始めてだわ」
「一体何のお祈りしているのか聞いてみよーぜ」
男自体には微塵の興味もなかったが、あそこまで神経を集中して
何をそこまで思い悩んでいるのかには少しだけ興味があった。
「やめなさいよ、悪趣味だわ」
「そうでがすよ」
ゼシカ達の制止も聞かず、男のすぐ後ろに忍び寄る。
「ああっ…なんて美しいんだ。お祈りする姿も、溌剌とした笑顔も、その全てが…っ、美しすぎるぅっ!
神よ。身分も違い、心が他の人に捕らわれているお方に恋してしまった私は、どうすればよいのですかっ!?」
なんだコイツ、そんな事で悩んでいたのか。
もっと人生が掛かった何かかと思ったのに。
まあコイツにしてみれば重要問題なんだろう。
それにしても必死な…。
ふと俺の中に悪戯心が芽生え、口元が弧を描いた。


「ならばコクるがよい。ダメでもともと。当たって砕けろ。神は行動する者に祝福を与えよう」
落ち着いた声色を作り、頭上から諭すように言った。
「……今の声はもしかして神様っ!?わかりましたっ!必ずやおっしゃる通りに実行します!」
てっきり驚いてこちらを顧みると思ったが…。
まさか信じてしまうなんて、なんて単純な奴だ。
俺は込み上げてくる笑いを慌てて噛み殺した。
「神様がこの気持ちを告白せよとおっしゃったんだ!よーし、絶対あのお方にコクるぞ~」
叫びながら教会を後にした男を見て、とうとう抑えきれなくなり噴き出す。
エイトとヤンガスは呆然と男が立ち去った方を見つめていた。
最後まで俺たちの存在に気がつかないなんて、相当な盲だな。
「くっ…くくく…」
腹を抱え肩を震わせ嗤う俺に、ゼシカは呆れた様子で近づいてきて言った。
「ちょっといいの?あんなこと言っちゃって……」
「いいんだって。あの手のタイプは背中を押してやらないと何にもできねえんだから」
「私が言ってるのはそういうことじゃないの!
「仮にも聖堂騎士なんてやってるあんたが神の名を語ったりしていいのかってことよ」
「それこそノープロブレムさ!俺の神様はそんな細かいことに拘りゃしないからね」
ゼシカの苦言を軽く流す。
「……あんた、いつか絶対に天罰が下るわよ」


天罰って本当にあるのかもしれない。
俺は自分のほんのちょっとした悪戯心からの行動を後悔する事になるとは、
この時は思ってもみなかったんだ。

旅支度を全て整え、いざ出発だという頃には教会での事なんてすっかり忘れていた。
ゼシカの村を訪れるのは俺以外の面子は2回目だったらしく、
始めて来た俺はそれを口惜しいように思ったが、この三日間リーザス村をしっかり堪能させてもらった。
酒もポーカーもバニーちゃんもないような所だが、それなりに楽しめたのは
やはりゼシカの故郷であるという事が大きいだろう。
…ここでのゼシカは普段旅している時とどことなく違う感じがするだよなあ。雰囲気とか。
それにゼシカを色んな意味で育んだ村だと思うと色々感慨深い。
ほとんど無意識に眼下の胸元に視線をやると「何よ?」と不機嫌そうに睨み返された。
曖昧な笑みで誤魔化し、リーザス村の門を出ようとした時だった。

「ゼシカおじょおぉぉぉさまぁぁぁぁぁあぁぁ」
地を割くような轟音…じゃなくて大声が、俺達の足を止めた。
視線を転じると、あれは…。
間違いない、教会で必死にお祈りしていた男だ。
やたらと息が荒い。
エイトやヤンガス、それにゼシカも何事かと目を瞠っている。

「ゼシカお嬢様、私は…私は…!」
ま、まさか──。
嫌な予感が背中を走り、咄嗟に男の行動を阻止しようとした──

「私はゼシカお嬢様をお慕いしています!!」
…言いやがった。
伸ばしかけた手が行き場を失い、宙を彷徨う。
一緒にいる俺達には目もくれずに、一直線にゼシカの所へ駆けてきやがって。
猪みたいな奴だ。
ゼシカの方を見やると、唖然とした表情で立ち尽くしていた。
あー、こんなに目を見開いて。元々でかい目がさらにでかくなってら。
こりゃー頭の隅にも考えてなかったって顔だな。
諦めろよ、見込み0だぜ。頭の中で男にぼやく。
固まったようになっていたゼシカがようやく戸惑い気味に口を開いた。
「…ちょっと、いきなり何言ってんの、…冗談」
「冗談ではありません!ずっと…ずっと前から私はゼシカお嬢様に恋焦がれていました!」
男はそれを遮り畳み掛けるように言うと、尚もゼシカに詰め寄る。
ゼシカはいよいよ困惑状態で陥ってしまったようで、エイトに心許なげな視線を送ってきた。
眉根に皺を寄せ上目使い気味の目線はなかなか色っぽい──って、違うだろ。
なんで俺に助けを求めないんだ。…エイトなんかよりよっぽど場慣れしているぞ、俺は。
「い、いきなり、そんな急に言われても…」
困ったように眉を八の字に寄せるだけのエイトを見て、頼りにならない事を悟ったのか
ゼシカは男の方に視線を戻すと自身で説得を始めた。
だから何で俺を頼らない。
人の恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて死んじまえって言うが…。
ゼシカが俺に助けを求めてくれたなら、迷わず馬に蹴られてやるぜ。
それで死ぬなんてヘマは俺はしないけどな。
しかしながら…ゼシカにしちゃ随分と腰が低くないか?
俺に対してはもっとこうー…ズバズバ言うのにな。
「第一、あなたと私…喋った事ないじゃない…」
…なまじ気心が知れた相手じゃないというのがネックなのかもな。
ま、それだけ俺とゼシカが親密って事だな、うん。


せっかく一人納得していていた所だってのに、男の忌々しい台詞がそれを打ち消した。
「リーザス村を訪れるたびにあなたの事を見ていました。教会でお祈りをしたり、花に水をやったり、
村の子供達を見守る温かい視線とか…そんな些細な事一つ一つが全部眩しくて、
ずっとずっとお話したいと心の底から望んでいました」
一言一句に想いを強く籠めるような、熱の入った言葉。
こっ恥ずかしい台詞をよくもまあ…、顔から火が出そうだぜ──なんて、日頃の自分を棚に上げて思う。
だけどよ、自分に酔い女性を骨抜きにするような甘い台詞を吐けるのは美男子の特権だろ?
それにしても気に食わない。胃がムカムカする。
なんだ、これ…。
ゼシカがこいつの言葉を受けて顔をほ仄か赤らめたからか?
俺が口説いた時みたいに一刀両断にしてしまわないからか?
──違う。それもあるだろうけど、それだけじゃない。

…俺の知らないゼシカを、こいつは沢山知っている。


まさか教会でのインチキアドバイスがこんな事態に発展するとは思わなかった。
俺としたことが、身分違いがどうとか述べている時点でどうして気づけなかったのか。
ゼシカが口を聞いた事がないとか言っていたから、無意識の内に安全牌としていたのかもしれない。
考えてみればゼシカくらいの美人なら、話した事なんかなくても一目惚れされたりとかあるよな…。
だけど、もう一つ引っかかる事がある。さっき、こいつは──…。
「なあ、“心が他の人に捕らわれている”ってどういう事だ?」
俺はここで始めてまともに男に話しかけた。同時にゼシカを自分の背に隠すようにして男の前に出る。
もちろん、さっきみたいな神様ごっこはなしだ。
「なんだ、お前?いつの間にここに…!」
「…さっきからいたでがすよ」
「ええい、いきなり湧いて出てきやがって…。
 私は今ゼシカお嬢様と大事なお話の最中なんだ!邪魔をするな!」
ヤンガスのツッコミをあっさり無視し俺に食って掛かる。
こいつ、夢中になるととことん一つの事しか目に入らないタイプなんだな。
俺が気になっている事の答えを聞こうにも、こいつのこの状況を見る限り無理だ。
こちらが受け答えをせずとも一人で熱くなり、ぎゃんぎゃんと喚く男を一瞥する。
ああ鬱陶しい野郎だぜ。

さて、どうしたものかと考える。
教会で男が言っていた「心が他の人に捕らわれているお方に」という言葉が、
どうにも気になって仕方がない。
ゼシカが心を捕らわる程に想っている男の存在なんて俺は皆目覚えがなかった。
今日という今日まで一緒に旅をしてきて、ゼシカの事は特に注意深く見ていたが、
そんな影を臭わせる様子なんて微塵もなかった。
強いて言えばドルマゲスのせいで不幸な最期を遂げてしまった兄の事だが…。
そりゃ論外だ。男つっても身内だし、恋い慕うようなもんじゃない。
考えれば考えるほど思考の迷宮へと誘われて行く。
ふと頭を過ぎる、よく知った御人好しの顔。
…意外とありえるかもしれない。
人相の悪い男の隣で、いかにもこの状況を持て余していますという感じの我等がリーダーを横目に確認する。
いやいやいやいやいや、ないない。それはない。絶対ない。
確かにゼシカはエイトに対してかなりの好感を持っているように見えるが…。
ただ純粋に仲間のリーダーとして頼っているだけだ。うん。よし、落ち着け。
焦ってはだめだ。急いては事を仕損じるだ。冷静になれ、ククール…。
まずはこの、目の前で発狂して聞く耳持たずの男をどうにかしなければ。
…ふう。
殊更に溜め息を一つ吐くと、男の目を真っ直ぐ見据える。
「ゼシカはお前には靡かないよ。諦めるんだな」
「な…っ?!そんな事お前に言われる筋合いはない!大体お前はゼシカお嬢様の何なんだ?!」
「何って…言っていいかな、ハニー?」
自慢の銀髪を片手で掻き上げながらゼシカを振り向くと、わざと意味深長に問いかける。
「誰がハニーよ…ただの旅の仲間でしょ」
「照れない、照れない」
「…あのねえ…」
男とのやりとりのせいで疲れ果てているのか、ゼシカの返しにいつもの切れがない。
俺が男との衝立のようになっている事に、内心ほっとしているようにも感じられた。
なんか俺の後ろで気弱そうにしているゼシカも新鮮で可愛いな、なんて呑気に思ったりしたもんだが…。
ひりつくような視線を感じ、男の方に向き直ると、怒りと嫉妬に燃える瞳がはっきりと俺を捉えていた。
「お前ぇ…、ゼシカお嬢様に慣れ慣れしすぎるぞ。はっ!もしやお前…っ!」
憤然とした声をさらに荒げ、ついに大爆発──


「…いや、そんなはずはない」
するかと思ったんだが、急に治まりやがった。正直拍子抜けだ。
まるで空気が抜けて萎んじまった風船のようだな。
「ゼシカお嬢様があのお方以外に心奪われるはずがないんだ…」
しかも今度は一人で何やらぶつぶつと言い始めた。ちょっと気持ち悪い。
「そうさ。私が何度とと声をかけようとし躊躇ったのは、いつもあの方がゼシカお嬢様と共にいたから…」
「お、おい?」
だからあのお方ってのは誰だ。ゼシカの何だっていうんだ?
思わず振り返り視線を交えたゼシカは、ぽかんとした表情をしていた。
ゼシカもこの男の言っている事がよく飲み込めずにいるらしい。
どういう事だ?!
「ゼシカお嬢様の目を見ていれば分かる…ゼシカお嬢様はあのお方しか見ていないと…」
まるで俺達と男との空間が切り離され、男からは見えなくなってしまったかのように独言が続けられる。
あのお方、あのお方って…自分の世界に閉じ篭りやがって…。
なんとか抑えてきた憤りの芽がそろそろ地上に這い出してきそうだ。
まともな対話というものができないのか、こいつは。
人が優しく言ってやっているうちに大人しく言う事聞くもんだぜ。
眉間に刻まれた皺を伸ばすように額に手を置く。
このまま突っ立ってても埒が明かない、そう判断し男に再度声をかけた。
「お前な、いい加減人の話を…」
「まるで恋人同士のように寄り添うお二人のお姿…」
──我慢の限界だった。

「だからその、“あのお方”とやらは一体何なんだよ?!」
「ゼシカお嬢様はサーベルト様以外の男には一切の興味もないんだ!」
俺と男が叫ぶのはほぼ同時だった。
突然降って来た怒鳴り声に男はようやく我に返りこちらの世界へ戻ってきた。
敵対心を顕にした顔で睨みつけ、また煩く吠え始めたが…。
わりいな、お前の相手をする気はもうないんだ。
「おい、お前無視するな!」
さっき散々置いてかれた事だし、今度はこちらが男の存在を無き者とする。
今はそれ所じゃない。
男の口をついて出た言葉、ゼシカと恋人同士のように寄り添うよな男の正体。
──聞き間違い、だよな?
だけど…。
その名前には確かに聞き覚えがあった。



「サーベルトってゼシカの兄さんだよな?」
ゼシカを顧み半信半疑といった感じに尋ねる。
すると、俺の背中から半分くらい身体を出して、ぎこちなげに俺と目を合わせた。
何故か迷子になった子供みたいな顔をしていて、ひどく幼く感じられた。
どうしてだか胸が騒めく。
「そうだけど…」
あまり切なそうな顔しないでくれよ…。
分かっているさ。ゼシカがどれだけ自分の兄を敬愛していたかくらいは。
でも兄貴はあくまで兄貴だ。
「別にサーベルト兄さん以外に興味ないわけじゃないわ」
ほらな。恋愛とは別物だ。教えてくれ、ゼシカ。
お前には、心捕らわれるような男が既にいるのか…?
気がつけば完全にゼシカと向き合った状態で、喉をごくりと鳴らしていた。
次の瞬間俺は、がらにもなく凍りついたかのように固まってしまう。
「…兄さん以上に素敵な人が、今までいなかっただけで…」

思考が一旦停止ののち再び回り始める。
おいおいおい、ゼシカさーん?
なんでそこで頬染めるんだよ…。
さっきあの男の熱烈な愛の告白の時とは比べ物にならないくらい真っ赤じゃねーか…。



その後暫くしてゼシカを見送るため駆けつけたポルクとマルクに、
ゼシカに恋情を抱いた男を強引に引き渡す事で、なんとかその場を収めた。
エイトやヤンガスはこれで一件落着と思っているみたいだが、俺としてはまだ全然終わっていない。
まだ微かに頬から赤みが抜けないゼシカを見据え、思い切って問いかけた。

「ゼシカ…もしかして、兄貴以外の男好きになった事ない?」
───嘘だろ…。
聞かなきゃ良かった。
見る見るうちに顔が上気していくゼシカに俺は目を剥いた。これ以上ないくらいに赤くなり俯く。
どうやら俺は、いよいよ確信に触れてしまったみたいだ。
耳の先から項の方まで、まるで泥酔した人間のような色味を帯びている…。
…レディを酔っ払いに例えるなんて、些かロマンチックではかったな。
もっと他に──そうだ。
今まで俺と見詰め合い、耳元に愛の言葉を囁きかけてきた女の子達と同じくらいの“赤”だ。
同じくらいの……──だけど、既視感なんてまるでなかった。
こんなゼシカ見た事がない。
まるで…というよりまんま恋する乙女にしか見えねえ。
「…こんなゼシカの姉ちゃん始めて見たでがす…」
不意に耳に飛び込んできたヤンガスの声。それに頷くエイトの気配。
やはり皆同じ風に思ったらしい。
……あーあ、折角こんな可愛らしく珍しいゼシカを拝めたっていうのに、ちっとも楽しくねえな。
ゼシカに告白してきやがった男の件だけでも胸糞悪いってのに…。サーベルト兄さんねえ…。
厄日だな、今日は。

「ゼシカはまだまだお子様なんだな」
旅路を急ぐ中この先の事を悶々と考えあぐねていて、何となく零れ出た呟きは、
すぐ傍を歩いていたゼシカにばっちりと聞こえてしまったらしい。
「何よ?」
すぐさま返ってきた声は普段の勝気なものに思えた。
「いや、まさか未だに初恋が兄貴とはなー…」
「…そんなんじゃないわよ」
「だったら何だって言うんだ?」
押し黙ってしまったゼシカに、少し決まり悪い気分になる。
あの男との一件以降何か様子がちがくて、どうも調子が狂う。
「大人の恋の手ほどきを、俺がしてやりましょうか、お嬢様?」
またもやもやしたものに蝕まれそうになって、侵食されまいと
半ば無意識のうちにいつもみたいな軽口が飛び出していた。

「結・構・よ!聖堂騎士さん」
ふんっと顔を背けずんずんと前を行くゼシカを見て、
俺のよく知っているゼシカにやっと会えた──そんな気がした。

…そうだな、あいつは俺がゼシカと出会う前からゼシカの事を見知っていて、
俺が見た事ない数々のゼシカを見てきたんだろう。
例えば、サーベルト兄さんとやらにべったりなゼシカとかな。
だけど俺はこうやってゼシカ一緒に旅をし…まあ二人きりではないが…こうやって話し、
あいつの知らないゼシカを俺は俺でいっぱい知っているってこった。
そう思ったら少しは気分が晴れたような気がした。





━ゼシカ視点━

「ゼシカ…もしかして、兄貴以外の男好きになった事ない?」
この質問に私は自分の顔がさらに熱くなるのを感じた。
なんて答えたらいいのか分からない。
仰ぎ見ると信じられないって顔でククールが私を見ている。
でも、だって…。言えるわけないじゃない。
私は確かに、今まで兄さん以外の男の人になんて目もくれずに来た。
そう今までは…。男の人がこんなにも気になるの、兄さん以外で始めてなんだもの…。
だけど兄さんの時とは何か違う。
こんなにもドキドキして、相手の一挙一動に心が掻き乱される。
始めての感覚だった。
その本人からこんな質問されたら、なんて返したらいいのよ…!

マルクとポルクのおかげであの場はなんとか片付いて、これで終わりかと思った。
だけど次の町を目指し歩いている最中にククールに言われたの。

「ゼシカはまだまだお子様なんだな」
なあに、そのわざとらしい溜め息混じりの話し方は。
瞳に揶揄の色をたっぷり浮かべて言うククールを恨めしそうな顔で見上げる。
「何よ」
「いや、まさか未だに恋慕の相手が兄貴とはなー…」
違う。私はあんたの事が──思わず口をついて出そうになった言葉を、慌てて引っ込める。
「…そんなんじゃないわよ」
「だったら何だって言うんだ?」
「…」
ずるい。そんな風に聞くなんて…急に真剣な顔しないでよ、バカ…。
さっきの商人の男を思い出す。
あまりに真摯に告げられた想いに、私はどうすればいいか分からなくなってしまった。
軽いナンパ男をあしらうのは訳がないのに…。
同時にショックだったわ。
本気の言葉って、こんなにも違うものなのね、って。
いつも私に囁かれる、どの女の子にに対するのと変わらない火遊びの言葉とは全然別物で、
泣きたいような衝動に駆られた。
…ククールにとって私って一体何なの…?






「大人の恋の手ほどきを、俺がしてやりましょうか?お嬢様」
…またこれだわ。
くやしい。
本気じゃないくせに軽々しく言わないでよ。
やたらと気障ったらしい笑みを湛える男を思いっきり睨みつけてやった。

「結・構・よ!聖堂騎士さん」

私ばかりククールを好きで、ばかみたいじゃない。


《完》








タグ:

+ タグ編集
  • タグ:
最終更新:2008年10月26日 00:36
ツールボックス

下から選んでください:

新しいページを作成する
ヘルプ / FAQ もご覧ください。