無題6

気に入らない。

「お手をどうぞ、お嬢さん」

「けっ・こ・う・で・す!」

気に入らない。こいつのこういうところ。

古代船を手に入れ、はじめて自分たちの船で海へ漕ぎだした私たちは、手始めにすぐ西の先に見えた小島におりてみることにした。
船から島へまさに降り立とうとしたとき、先におりていたククールが私に手を差し伸べてきた。…気障ったらしい台詞つきで。
ククールは、いつもそうだ。
日が落ちて風が冷たくなりはじめたと思ったら自分のマントを私の肩に羽織らせたり、足場の悪いところを歩くときはこうして今みたいに手を差し出してみせたり。
無論私はことごとくつっぱねた。
普通なら、少しは感心すべきところなのかもしれないけれど。
というか、最初はひどく感心したわ。ただの女ったらしかと思いきや、ちゃんとこういう紳士的なふるまいもごく自然にできるんだな、って。
けれど、よくよく考えてみたら、たぶんこれも手口のひとつなのよ。
こうやって、たくさんの女の子のご機嫌とってるんだわ、きっと。
…そう考えると、こいつにこういうことされるのは、なんだか気に食わなくて。
特に最近、むしょーーに鼻につく。

「そうつっぱるなって。レディの安全を確保するのは騎士の役目だろ?ほら。」

やめてよ。
レディ扱いするのはやめて。
どうせ同じ手で、たくさんの女の子のご機嫌とってるくせに。

「…………うっさいわねっ!」

胸のなかでもたげるいらいらに突き動かされ、私は思わず、差し出されたククールの手を乱暴にふりきっていた。

「な、、どうしたんだよゼシカ?そんなにムキになって」

手を振り払われたククールは戸惑いつつ私に問う。
どうしてか、わからないの?
…………バカ。

「女の子には誰でも見境なくレディ扱いするのが紳士だと思ってるなら、大間違いよ」

あいつとあいつをとりまく空気すべてが凍り付いてしまえばいいと念じて。
抑揚もなく、一気にその言葉を口にした。

「あんたなんか、嫌い」

見開かれるコバルトブルーの瞳。
…ほら見なさい。狙いどおり、凍り付くあいつの表情。

気づけば、あいつの次の言葉を待たぬうちに私は駆け出していた。
あんな顔、もう二度と見たくない。
走っても走っても雑念は消えなくて。
それどころか、言葉が渦をえがいて頭のなかから洪水のようにあふれてくる。
あいつのことばかり。

一見こまやかな気配りも歯の浮くような台詞も、ぜんぶ 対 女の子用の社交辞令。
レディ扱いするのは私に対してだけじゃない。きっと、いままでに出会ったほぼすべての女の子にも同じことをしてるはず。
あいつの鼻につくエスコートも、寒い口説き文句も、私に対してだけのものじゃないんだから。
私だけのものじゃ…ないんだから。
それだけのことが、どうしてこんなにむかむかするの?
だいたい、あんなケーハク男に期待なんかするほうが最初から間違ってるのに!

…ていうか、なに?私はあいつに期待してたわけ?

何を?
あいつの行動が、言動が、私に対してだけのものであることを?

「あらまぁ…」

取り残されたククールは、ゼシカの駆けていったほうをぼんやりと眺めていた。
力なく、口元を僅かに歪め。
瞳はさきほどの、凍り付いた表情のままで。

「本気になると、うまくいかないもんだねえ、」

そうつぶやく声も、どこか力なく小さく響いて。

「そりゃあ、かわいこちゃんはみんなレディだけどさ…」

伝えるのに間に合わなかった言葉が、悪ふざけ混じりに、とぎれ、とぎれ。
ククールの唇を動かす。

「俺のハニーは、ゼシカ。きみだけだぜ?」

とぎれ。

「………なーんて、さ…。」

また、とぎれ。

「言おうと思ったのに、な?」

言えなかった安っぽい響きの本音をのせて、見知らぬ島の風は吹く。

「さてと、騎士はお姫さまをお守りしないとな」

ゼシカの消えた方角へ向かって、ククールもまた追い掛けるように消えた。









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最終更新:2008年10月22日 19:20
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