おべんとう

今、目の前でちょっとした惨劇が起きている。
机に突っ伏したままピクリとも動かないのは、かつての旅仲間であるククール。
ぼんやりと見ていると、力なく投げ出されていた指先がググッ…と渾身の力をこめて動きだし、
脇にあるカップを掴んだ。土気色の悲惨な形相でその中身を飲み干した彼は、しばらくすると
ようやくまともな顔色を取り戻し、ふうっ、と一息つく。
「あぶねぇあぶねぇ…やっぱゼシカの弁当には上毒消し草ブレンドが一番合うな…」
なんか、一仕事やり終えた男のいい笑顔でひたいの汗をぬぐっている。
合うとか合わないとかの問題じゃないと思うよ。
「ククールさぁ…。…前から言おうと思ってたんだけど」
「なんだよ…って、やらねぇぞ!これはゼシカがオレのためにつk」
「いらない。あのさ、ゼシカは知ってるの?ククールが毎回毎回こんな風になってるってこと」
「オレがハニーの手作り弁当にメロメロメロンになってるってことか?」
「………あぁ、いや、それもだけど。じゃなくて、こうやって毎回毎回、死にかけてるってこと」


旅が終わったあとも、俺達は時折こうして顔を合わせ、近況を報告し合っている。
どうやらククールとゼシカは、すったもんだの挙げ句なんとか納まるところに納まったらしい。
女と見ればのべつまくなし口説きにかかっていた最強の色男も、今ではぶっちゃけ軽く引くぐらい
ゼシカ一筋。ゼシカ命。ゼシカにぞっこん。彼女もさぞかし迷惑がって…と思いきや、ククールが
出かける時には一生懸命手製のおべんとうを作って持たせる かいがいしさだ。
まったく2人とも旅中はあんなに素直じゃなくて、見てるこっちまでなんだかやきもきさせられたのにね。
特にククールは、どっかネジでも一本吹き飛んだんじゃないの?っていうぐらいの はっちゃけぶりで
正直 き も ち わ る ……いや、恋は盲目。俺にだって身に覚えはあるから、なんにも言えないや。

今日はヤンガスとゼシカが来られなかったので、俺とククールだけで酒場に入った。
注文もそこそこにククールはうきうきして、色男に似つかわしくないファンシーな巾着から
ご自慢の手作り弁当を取り出す。持参した上毒消しブレンドも忘れずにカップに注ぎ。
…その後はまぁいつもの通り、あやうく死にかけたわけです。
「あー、いや、知らないね。ハニーを悲しませるようなことオレがわざわざ言うと思うか?」
「だろうね…。じゃあ、君たち2人でゼシカの弁当食べる時あるだろ?その時は?いくら君でも
 演技で完璧にごまかせるレベルの代物じゃあないよね、この呪いのアイテム」
「呪われてねぇよ!!………そうだな、さすがにゼシカも自分の腕前がイマイチなのわかってるから、
 オレがどく状態になったらすぐブレンド飲ませてくれるぜ。でも瀕死になるほどだとは思ってねぇかな。
 前に一回平気なフリする間もなく昇天しかけた時、”もうククールったら慌てて詰め込みすぎよ、
 食べ物のどにつまらせて瀕死なんて、子供みたいなんだから☆”って背中をたたいてくれたもんだぜ」
「…………。」
ゼシカは自分の作る料理の破壊力のほどをわかってないわけだ。もはやちょっとした兵器なのにね…。
「でもほら問題ねぇって。あいつザオリク使えるし」
そんなこと嬉しそうに言われても。使えるからって手製の弁当で恋人殺してもいいわけじゃないよ。

「………あのさ」
「でもさ、そうやってオレが具合悪そうになった時のさ、ゼシカがまたかわいいんだよ。
 普段がアレだろ?それが大慌てで手当してくれてさぁ、時にはひざまくらで頭なでてくれたりさぁ、
 そんで落ち着いてから、しゅんとうなだれて ”ごめんね…私どうしていつまでたっても
 上手にできないんだろう…ククールにおいしいお弁当作ってあげたいだけなのに…”
 ときたもんだ、あのゼシカが、だぜ??!!くううぅぅ、たまんねぇなコンチクショウ!!
 しかもほら、いつもピョンピョンしてる愛しいツインテールがさ、しゅ~んって
 元気なく垂れ下がってるの見ると、もうそれだけで押し倒したくなるんだよな、わかるだろ?」
ククールウザい。
あのさ、他人の色恋沙汰にクチ突っ込むのは趣味じゃないけど、
 それ そろそろどうにかした方がいいと思うんだよね、絶対」
ククールのきょとんとした顔がなんだかものすごくバカに見える…。
「常識的に考えて、べんとう1つで人一人瀕死状態にするってあり得ないよね。
 控えめに見ても殺人未遂だよね。ていうかオレ何度かククールにザオラルかけた記憶あるし、
 すでに殺っちゃってるよね。訴えたら多分法廷でも勝てるよククール」
「オイオイ、その場合被害者と弁護人と証人はオレだな。ゼシカが愛ゆえにやらかしたかわいいドジ☆
 だって証言してやるよ。そして真の加害者は、ゼシカをそこまで夢中にさせたこ・の・オ・レ」
「オレはゼシカが悪いって言ってるんじゃないよ。彼女が努力家なのは知ってるし、精一杯頑張ってる
 んだろうってわかってるから。だからね、悪いのは確かにククールだよ」
旅の途中でも、ゼシカが料理当番の日はそりゃあもうみんなしてガクブルだった。でも彼女が本気で真面目に
悪戦苦闘してる姿を後ろで見てたんだ。真剣に取り組んだ末にあのウェポンクッキングと呼ぶべき代物
(一度こっそりスライムに食べさせたらドロッと溶けた)ができあがるのは、才能なんだろう、きっと。

「ククールがいつまでもそうやって甘やかすから、上達しないんじゃないか。はっきり言って
 この上達しなさかげんは異常だよ?ゼシカは賢い人なんだから、ちゃんと教えてあげれば
 今の破壊的な才能を生産的な才能に生かせるはずだ。…わかってるんだろうけどね」
「お察しの通り…。毎回毎回うまくいかねぇで落ち込んでる姿がかわいいって思っちゃってるからなぁ。
 オレのためにさ、必死で大騒ぎして作ってくれてるんだぜ?それに水差すような真似できねぇよ。 
 お前だってわかるだろ?姫さんがお前のために破壊爆弾みたいな卵焼き作ってくれたってさ…」
「ミ ー テ ィ ア は 料 理 上 手 だ」
おっと…いけないいけない、思わずハイテンションな顔つきになってしまった。でもそれは本当だ。
「まぁ、確かにミーティアは、食事はあまり自分で作ることはないけど…
 お菓子は得意だよ。しょっちゅうクッキーやケーキを作っては食べさせてくれるんだ。
 あぁそうだ、この間なんて∞LOVEと象った手作りパンを…」
「でゼシカがなんだって?」
…………くっ…ちょっとぐらい聞いてくれたっていいだろうに。
普段いかに自分のノロケ話が相手を退屈にさせているか少しは思い知ったか。
「そうそう…ゼシカだけど。だからね、確かに気持ちはわかるよ。でもさ、ほら。
 君たちそのうちもし結婚でもして、子供ができたらさ」
「ベイビーか…そうだなぁ、今はハニーだけでオレの両手は塞がっちまってるからなぁ。
 でもかわいいだろうなオレとゼシカのベィビーなんて。まさに天使そのもの…」
「その子供も食べるんだよ? あ の おべんとうを」
夢想にひたっていたククールがうっ、と言葉をつまらせた。
「まずいよね?」
「…………確かにまずいな」
「だから、料理上手な美人ママに軌道修正するなら今のうちだよ」
「………………う~~~ん」


ククールが今日はじめて真面目にオレの話を聞いた気がする。
”子供”と”美人ママ”のキーワードが効いたかな。でも自分で言っておいてなんだけど、
この2人に子供が生まれたりしたら、ククールのウザさと気持ち悪さと面倒くささが
今の数倍増しになるのは目に見えてるなぁ。今から頭が痛いや…
でも生まれてくる子供に罪はないよね。ママが料理上手であるにこしたことはないし。
だからククール、さっさと彼女に指南しておいでよ。君的に言えば優しくエスコート、ってとこ?

…………ま、どうせ君がまだ当分そんな気にならないだろうってことは、わかってるんだけどね。


                   ***

「ゼシカ」
リーザスに戻ると、村の用事をすませたらしいゼシカの後ろ姿を見つけた。
いつもと違う清楚なワンピース姿はいかにもお嬢様然としていて、惚れ直すほど美しい。
「ククール!どうしたの?今日はエイトと会ってきたんでしょう?」
「あぁ、今おひらきにしてきた。相変わらずだったよ。朝、わざわざありがとうな、これ」
オレがおべんとうを掲げると、ゼシカはわずかに顔を赤らめた。
「やだ、こんなの…今度会った時でよかったのに」
「会いたかったから、さ」
ダメだなオレ。ゼシカに対しては、ろくな口説き文句が思い浮かばねぇ。
こんなストレートな言葉しか出てこないのは、何よりこれが本心だからなんだよなぁ。
ますます赤くなった彼女の頬に手を当てて、触れるだけのキスをすると。
「……バカ。やめてよね、こんなところで」
「じゃ、2人きりになる?」
「ねぇ…」
半分本気で言ったんだが、ゼシカはそれをスルーして、オレの服のすそをキュッと掴んできた。


「あの…。………ぉ、おいしかった?」
うつむいた顔は見えないが、言葉には不安な響きがにじんでいる。
オレが答える前にゼシカはまくしたてるように話し始めた。
「あ、あのね。今回はけっこう頑張ったのよ。いつもよりマシにできたんじゃないかなって。
 たまごやきがね、ちょっと自信作で…見かけは今イチだけど、あ、あとハンバーグが、
 ハート型なの…わかった?うさぎのリンゴも、時間はかかったけどなんとか形に…」
握りしめられた彼女の手をとる。いつもはしない白いレースの手袋は今の姿の可憐さを
より際だたせているが、オレは直に彼女の白く細い指を触りたかった。
「あ、だめククール」
ゼシカはわずかに抵抗して見せたが、気にせず手袋を取り去ってしまう。
現れた指先には、思った通り、たくさんの傷とばんそうこうだ。
オレは指先に口づけ、そのまま静かにホイミを唱えた。小さな切り傷がなくなっていく。

彼女の顔を見るまで、なんて言えばいいか。「実のところ何回か死にかけてるんだ」とか
「今日の卵焼き爆発したんだ」とか「オレが教えてやるから今度一緒に作らないか」とか…
色々考えていたんだが、もう、そんなことどうでもいい。
こんなに愛しいのに、何を諫めて改める必要があるってんだ。オレのために指先を
傷だらけにしてお弁当を作ってくれる。そんな恋人に、これ以上何を求めるものがある?

「ククール…」
「最高においしかった。ありがとう、ゼシカ。愛してるよ」

ほらな。また、こんな、ありふれた言葉しか出てこない。
忠告してくれたアイツには悪いけど、オレはやっぱり彼女の弁当を食べ続けるよ。
大丈夫。まだまだ当分の間は、ゼシカの弁当を食べるのは、このオレだけだから。












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最終更新:2008年10月27日 04:13
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