困った二人

酒場の扉をバン!!と開く。
静まりかえった客達など気にもとめず、ゼシカはツカツカと歩いて空いているテーブルを陣取った。
その顔は、美人も台無しの憤怒の形相。遠慮がちに注文を尋ねてきた店員にかなりアルコール度数の
高い酒を言いつけると、あとは運ばれてきたそれをひたすらグイグイと煽り続ける。

(もう知らないわあんな男。女と見れば誰でも追っかけてヘラヘラして)

―――あそこの酒場は、雰囲気は明るいがあんまりよくない連中がいる 
   だからお前は絶対一人で行くんじゃねぇぞ

(偉そうに、何よ年上ぶっちゃって。酒場くらい一人で来れるし、自分の面倒くらい自分で見れるわ)

―――ほんっとおっかねぇなゼシカは。もうちょっと可愛げってもんはねぇの?
   オレが昨日街で出会ったアイリスちゃんみたいにさ…

(悪かったわねっっ!!どうせ私は短気で不器用でお子様で…)

―――わ、わっ!!メラゾーマはやめろ!!せめてメラにしろっ!!!!

(…そうよ。いつも素直になれないかわいげのない女よッッ!!
 ククールのバカ!!!!だいっっきらい!!!!!!)

××× 

「…………おいおいお嬢ちゃん、こんなところで寝てたら風邪ひくぜぇ?」
たいした時間も経たないうちにゼシカはたちまち泥酔状態となり、まだ何かブツブツ文句を言いつつ、
グラスを握ったままテーブルに突っ伏してしまった。親切そうな言葉で近寄ってきたのは、
いかにもろくなこと考えていませんというような品のない笑みを浮かべた胡乱な男達だ。
はじめのうちはゼシカのただならぬ勢いに怖じ気づいていたが、遠巻きにずっと様子を窺っていたらしく、
このタイミングをここぞとばかりに見計らってきたのだろう。
男の一人が隣の席に座り、俯せのゼシカの耳元に話しかける。
「ちゃんとお部屋に帰ろうぜ?オレ達が連れてってやるからさぁ」
ゼシカはう~ん…と寝言のような声をもらすだけで、答える意識は残っていない様子だ。
男達はニヤニヤと笑い合い、まったく起きそうにない彼女の身体に手を伸ばした。
その時。

「―――ハイそこまで」
ゼシカの剥き出しの白い肩に手を回した男の鼻先に、突如スラリと突きつけられたレイピア。
世にも見目麗しい青年が、薄く笑いながらいつのまにか男達の後ろに立っている。
ギョッとして一瞬身を引くも、一見いかにも優男な風貌の彼をみとめると
男達はたちまち余裕を取り戻し、青年にからみ始めた。
「なんだぁ兄ちゃん?そんなおもちゃの剣持って本気かあ?王子様ごっこは顔だけにしろよ」
しかし青年は怯んだ風もなく鼻先でフッと笑う。そしてレイピアをかまえていた右手をすっと降ろし、
「あいにくオレは王子様じゃなくて、ただの騎士だけどな。
 ………ただ、お姫様をお護りすると誓いを立てた身としては―――」
今度はレイピアを左手に持ち替えた。そしてほんの刹那レイピアがヒュッと空を切ったかと思った
次の瞬間には、未だにゼシカの身体を触っていた男の前髪が、真一文字にバッサリと切られていたのである。
それまでの柔和な態度をいきなり変貌させ、凄味を帯びたオーラを全身から放つ青年は
笑っていない目で笑いながら、低い声で言い放った。
「―――もう一度お前達が彼女に触れたら最後。
1秒でお前達全員を地獄送りにすることくらい、なんの躊躇もないんだぜ?」
その目は、はったりなどでは決してない。
男達は本能に従いすぐさまゼシカの身体から手をどけ、格好悪く店の壁にベタッと張り付くのだった。


「………へ、へッ!騎士サマだぁ?か、かっこつけやがって、結局てめぇの女なんだろうがよ!」
すっかり固まってしまった男達は、それでもまだ小さなプライドがこのまま引き下がるのを許さないのか、
青年と一定の距離を保ちつつ負け惜しみをわめき立てた。
「あぁ、だったらいいんだけどな」
青年はスラリとレイピアをしまうと、この騒ぎにもまったく目を覚まさない彼女に歩み寄り、
床に片膝をついてかがみ込むと、頭を撫でながら耳元に何ごとか囁きかける。
「………でもまぁ、当たらずとも遠からず、かな」
微笑みながら青年は呟く。
眠り込んでいたゼシカがむにゃむにゃと寝言を言いながら顔を上げ、ねぼけまなこで彼を見る。
ほら帰るぞ、と両腕を差し出す彼をぼーっと見てから、くくーる、とねぼけた声を出すと、
ゼシカはそのまま青年―――ククールの首に手を回して抱きついた。
小さくよいしょ、と言いながら、ごく自然な動作でそれを抱き上げる。
ククールは苦笑しつつ。

「こいつ、オレに惚れてるからさ」

美しいお姫様を抱き上げ連れ去る麗しい騎士。
その光景はあまりにもサマになりすぎていて、酒場の誰もが言葉もなく、去ってゆく後ろ姿を眺めていた。

                  ×××

宿のゼシカの部屋に戻り、眠っている彼女をそっとベッドに横たえて布団をかける。
この旅をはじめてから、何度このお役目をつとめてきただろうか。騎士稼業もラクじゃねぇな、と一人ごちる。
まぁ彼女が酒場で飲んだくれるのも、原因のほとんどは自分が作っているようなものなので
文句を言える立場ではないのだが。しかしゼシカはあまりにも無防備にすぎるのだ。
ゼシカが寝返りをうち、ククールの方に身体を向けた。幸せそうに眠る幼い寝顔と、
腕と脇の下でいかにも柔らかそうにはみ出している大きな胸、晒け出される白い肩のギャップ。
「………ホント ラクじゃねぇ…」
ククールは苦い心の呟きを思わず声に出し、わざと大きくため息をつくと、
平静のままさっさとこの場を退出しようと、改めて布団をかけ直すために手を伸ばした。

―――ふと、酒場の下卑た男が、彼女の肩になれなれしく触れていたことを思い出す。

唐突に沸き上がった強烈な不快感に逆らえず、ククールは眠るゼシカに覆い被さり、その細い肩に口づけた。
それは明らかに丸出しの独占欲。その行為に、先ほど酒場で見せたモテる男の余裕はカケラもない。
一度口唇を離し、再度口付ける。今度は軽く歯を立てて。跡すらつけたい欲望にかられたところで
ゼシカが小さく身じろぎしたため、ハッとして身体を離す。
小さな寝言がしばらく続き、最後にゼシカはポツリと呟いた。

「………………ククール……」

その半開きの口唇に、瞬間、色んなことが頭からふっ飛んだ。
ククールは引き寄せられるようにゼシカに口付けていた。夢うつつのゼシカをいいことに、
触れるだけでは足りなくて、舌を潜り込ませて、さらに深く味わおうとして…。
その時お互いの口唇の合間で、ゼシカの微かな声が聞こえた。
だいきらい、と。

ククールはギョッとして顔を離し、間近に彼女の顔を見つめる。
ゼシカは未だ夢の中だ。ククールは安堵の息をつくと、今度こそゆっくりと彼女の身体の上から身を引く。
(…………寝込みを襲うとか…)
顔を片手で覆って、はぁっと深いため息をつく。モテる男のする真似じゃない。
「…誰が誰に惚れてるって?」
素直じゃないのはどっちなのやら。
答えなどわかりきっているようにククールは苦笑すると、穏やかな寝息を立てる愛しい寝顔をのぞきこむ。
じゃあな、ゼシカと囁いて。

「………明日もヤキモチ、妬いてくれよな」

どんな夢を見ているのか。ゼシカは眠りの中で、小さく ばか と呟くのだった。












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最終更新:2008年10月27日 04:32
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