カリスマの苦悩




                   ***
オレは大変苦悩していた。
生まれてはじめて一人の女にマジ惚れしてしまった。その感情たるや想像の範疇を超えていた。
愛しさ、苛立ち、嫉妬、萌え、トキメキ☆…これらが荒波のように次から次へと押し寄せて
くるものだから、彼女と二人でいる時など、平静を保つことに死に物狂いにならなければいけない。
天下の色男カリスマ騎士ククール様が、だ。
もはや面目も体裁もあったものじゃない。最初はどうにか隠し通すか、
己の気持ちをなかったことにしようと必死になっていたのだが。
…さっさと気付いてしまう。こんな四六時中共に行動していてそれは不可能であると。
振り返ればそこに赤いツインテールが揺れていて、視線を下げれば最強の胸が揺れていて、
声をかければかわいい声が返ってきて、呼べばパタパタと傍までやってくる。
機嫌が良ければ手くらい繋げるし、ふいをつけばほっぺにチューだってできる(燃やされるが)。
この状態でどうこの気持ちを抑えつけろと言うのか…。

何が困るって、自分自身が制御できないことである。
自分で自分が何をしでかすか予想がつかない。それはあらゆる意味でだが、まず下半身が暴走する。
言うまでもなく性に関しては相当 奔放に好き放題してきた身ではあるが、
実のところオレは、自分が別に人並み外れて性欲旺盛というわけではないとわかっていた。
別に嫌いでもないが、なければないで恐らく全然耐えられる。自ら望まなくても
気付けばいつも目の前にさぁどうぞと用意されていたから食したまでで、なくても飢えはしない。
だから、はじめて彼女を無意識に襲いそうになった時は、そんな自分に本気で衝撃を受けた。
可愛い口唇にキスしたくなるのはいつものことだし、剥き出しのセクシーな肩に噛みついたり
滑らかな背中を舐めたくなるのも常だし、一日に一度は必ず、普通にそのへんの木陰に連れ込んで
押し倒したい衝動に駆られる。風呂上りとか真剣にやばい。同じ部屋でだけは寝られない。
カリスマが辛抱たまらず襲う、だと!?あまりにもあり得ない、あまりにも情けない。信じられない。
相手が例え、おいろけスキルを自在に操る最強の天然無防備巨乳娘だったとしても、だ。


そしてもう一つ困るのは、単純に感情が制御できないこと。
とくに最近はその傾向が激しい。これには本当にオレ自身困り果てていた。
正直自分はポーカーフェイスの達人であると自負してきた。でなければギャンブルで
イカサマはできない。喜も怒も哀も楽も、すべて意味ありげで謎めいた微笑の裏に隠してしまう、
どんな時も、優雅かつクール。それこそが色男ククールの真髄であると。
余裕のない姿なんて、レディの前で曝したことは一度もない。
例えば彼女の笑顔ひとつで赤面してしまうとか。
彼女をナンパするブ男共と、奴らを誘惑してるとしか思えない格好を
平然とする彼女自身に対して思わず声を荒げてしまうとか。
彼女の受けた哀しみを自分もそのまま感じ取り、その涙に叫び出したくなるほど胸が締め付けられるとか。
彼女がそばにいてくれるだけで楽しくて、もう他になんにもいらないなぁ、とゆるみきった顔で思ってしまうとか。
…ニヤケ顔を晒すとか、女の子に怒鳴るとか、相手の涙に自分も泣くとか、幸福の具現を実感し人生を顧みるとか…
クールに飄々と生きてきた色男にとって、そんなことはあり得なかったのだ。断じて。

一方で、表情が隠せないのに反して、逆に本心が全然素直に表現できない。
ものすごく可愛いのに「可愛くねぇなぁ」と口走ってしまったり、抱きしめたいのにからかってしまったり、
ここで口説いちゃいかんだろうとわかっていながらヘラヘラ口説いてしまったり、
優しくしたいのにそっけなくしてしまったり、素直に褒めればいいものをいちいち皮肉を言って
彼女を怒らせたり…(その顔がまた可愛いのでさらにいらんこと言って燃やされたり)。
そんな時、脳みそのどこかはパニック状態だ。アホかお前ともう一人の自分がブチ切れている。
でも、口から出てくるのはあまりにも素直じゃない言葉ばかり。自爆しまくりだ。

こんままじゃいかんと身を引き締めても彼女を前にすると、オレがそれまで己を保つために隠し通してきた
「本当の性根」がズルズルと引き出されてしまい、いつのまにか壁も楯もなくなってしまう。
かっこつけられない。レディに対して振舞うべき余裕のポーズがどうにも決まらない。
それはオレがあくまで「軽薄男」を演じる上で何より重要なことなのに、どうしてもうまくいかない。
彼女の前だからこそ悠然と、優雅に、クールに振舞いたいのに、そう努めたところで彼女はそんなもんに
興味を示さないし。どうすりゃいいんだよ、と不貞腐れている姿がまたカッコ悪いことはよくわかっている。

これだけ振り回されるといい加減腹が立つ。しかし、正直なところどこかでそれを楽しんでいる。
恋愛は駆け引きだ。しかも相手は難攻不落。ギャンブラーとしてやりがいがあると言えばこれ以上はない。
生まれて初めての「マジ惚れ」は、まったく知らなかった自分の一面を次々と目の当たりにさせてくれた。
仇をうつことも世界を救うことも全部含めて、毎日が予想のつかないことだらけで退屈のしようがない。
一種あきらめの境地に立って、開き直るしかないのかもしれない。惚れてしまった以上は。
―――可愛いのだから仕方がない、と。



自分のななめ前で、ゼシカが馬姫様に話しかけながら笑っている。
その花のような笑顔に心が奪われる。文字通り本当に奪われる。
見惚れながら、あぁ ちょっとでいいから抱きしめてぇキスしてぇ、とぼんやり考えていると、
眼の前の木にぶつかりまた色男としての株を下げた。

大きな音に目を丸くして振り向いたゼシカが、次の瞬間腹を抱えて爆笑した。
「~~~んな、な、何やってんのよあんた…っ!!そんな大きな木にぶつかるって、…っ、
あっははははははははははは!!!!!!!!!!!お、おなか痛い…っっ!!!!!!」
………………この女。
お前のこと考えてたからだよ、責任取れ。
むすっとしたまま無言でスタスタと先を行く。
ちくしょう、やっぱり理不尽だ。なんでこんな可愛げのない女のためにオレがこんなカッコ悪い目…

「大丈夫?」

ハッと気づくといつのまにか前に回り込んだゼシカが、からかうのではなく、邪気のない笑みでオレの顔を
のぞきこんでいた。思わず言葉に詰まる。今どんな言葉を返してもカッコ悪いことになる気がした。
「……別に、なんとも―――」
「おでこ、赤いわよ」
ゼシカの指がオレの額にひんやりと触れる。
…つくづく思うのだが、恋愛って心臓に悪すぎるよな。いつかショック死しそうだぜ。
彼女の方からふいうちで触れてくるとか、嬉しいけどマジ勘弁してほしい。
鼓動を押さえてなんとか平静を保ちつつ、オレは精一杯の力を振り絞ってにっこりと余裕の笑みを浮かべ、
ゼシカの砂糖菓子みたいな手をさっと取った。…自分から触れる分には問題ないんだけどなぁ。
「ゼシカちゃんが舐めてくれたらすぐ治るんだけど?」
「…するわけないでしょっ!バカ!!」
途端にプイッとそっぽ向いてしまった赤い顔が可愛い。…やっぱりカワイイ。
顔はそむけたくせに、握られた手はそのままでいてくれることに気づいた。
顔がニヤける。存分に調子に乗りたいのを我慢して、オレは握った手にそっと力をこめる。
そのまま並んで歩き、ゼシカは色々とオレの文句を言いながらも、その手を振り払おうとはしなかった。

…まぁ、苦悩も幸せのうちなのかもしれない。
だとすれば一人の女にマジ惚れするのも、正直悪くないなと思った。





同シリーズ作品:乙女の悩み


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最終更新:2009年09月05日 10:32
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