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私は最近とても悩んでいる。
―――ダイキライなヤツがいる。もう大大大大ダイッキライ。気にくわない、腹が立つ、ムカつく!!
どこがって?一言でなんて言えないわ。
まずケーハク。ちゃらんぽらんで適当でいい加減でめんどくさがり。女好きで手が早くてエッチ。
僧侶のくせに賭けごとするしイカサマするしお酒大好きだしサボるのも遊ぶのも大好きだし、
愚痴は多いし文句も多いし根性ないし体力ないし、強引、嘘つき、狡猾、うぬぼれやさん!!
ハァハァ…
ま、まだまだあるけどもういいわ。とにかく、許せないところが多すぎるのよ。
どうやったらここまで私の気に入らないセンサーに引っかかることができるのか不思議なくらい。
もう、目の前にいるだけでイライラして…いてもたってもいられなくて…
話しかけてこようものなら、すぐ叩いたり燃やしたり無視しちゃうし。
アイツ見てると無性にイライラする。イライラ…っていうか、…うーん。
胸が…ザワザワ?って感じ。キリキリする時もあるけど、なんか平静でいられない感じ。
それくらいキライ。気に入らない。ダイキライ!
私、ホントはこんなんじゃないのよ?こんなに度量せまくない。少しくらい気が合わなくたって、
頭から拒絶してツンケンしたりしない。もちろんしょっちゅう叩いたり殴ったり、ましてや
人に向けて魔法を使うなんて絶対しないんだから!
…まぁ、アイツは多少 魔法耐性があるってわかってるから使っちゃうんだけど。
何が一番キライかって、すぐに私を口説いてくるところ。
そりゃあの容姿ですもの、さぞかしご自分に自信がおありなんでしょうよ。
それが、キライッ。だからうぬぼれやさんだっていうのよ!女ならすべからく自分のこと
好きになるって信じて疑ってない。くさいセリフと仕草を並べ立てて肩に手でも回せば、
すぐに落ちるって思ってる。女なんてその程度だと思ってる。……私のことも。
ふざけるんじゃないわよ!私をそこらへんの見かけだけで判断する軽い女と一緒にしないでっ。
わたしの理想の男の人は、サーベルト兄さん。アンタとは真逆なの。好きになんかなるわけない。
だから毎日毎日、顔見るたびにカワイイとか美人とかハニーとか言ってこないで。
その口でついさっきまで違う女に同じこと言ってたくせに、平然と口説いてこないで。
―――私をアンタの口説くその他大勢の女たちと一緒にしないでよ。
本気じゃないくせに本気のフリして見つめてこないで。
下心しかないくせに優しいフリして触れてこないで。
どうせすぐ飽きるくせに気が向いた時だけ声かけてこないで。
知ってるんだから!私の胸にしか興味ないくせに、「好きだ」とか言わないでよ!!
キライ!!
かと思えばあの皮肉に満ちた笑みで人を小馬鹿にして、可愛くないだの色気がないだのガキだの
お転婆だのじゃじゃ馬だのと、人を怒らせていかにも楽しんでる、あの性格の悪さ!
ああもう、ダイッッキライ!!!!
…あの、ね。
ここまで言っといてなんだけど、もちろんイイとこだってないことはないの。あることはあるのよ。
意外とね。ただ顔がいいだけの苦労知らずってわけじゃないの。…うん。
軽薄なのも、自分の容姿を武器にするのも、そうするしかなかった。そうせざるを得なかった。
…そういう人なの。普段は憎らしいくらい自信満々なくせに、ふとした瞬間に自棄になる。
どうでもいいとか、オレなんかとか。自分の容姿にはなんの価値もないんだって、だから
自分には何にもないんだって、そういう諦観をにじませる。
…私たちと出会う前、彼がどんな日々を送っていたのか、どんな境遇でどんなものを見てきたのか、
私はほんの少ししか知らない。知りたいと思わないでもないけど、それよりも私は今の彼を
もっと知りたいと思った。過去ではなくて、私たちと共にいる今の彼を。
本当は、すごくナイーブなのよね。あんなにふてぶてしいフリしてるくせに…ふふ。
ふてぶてしさならエイトの方が上かもね?
傷つきやすくて…特にあの兄に関することには本当に痛々しいくらい神経剥き出しになる。
こればかりは仕方ないのかもしれないけど…見ていて、胸が締め付けられる。
本当は、すごく不器用。器用なのは見かけだけ。多分自分でもそれを知っているから、隠そうとする。
かっこつけてばかり。強がってばかり。平気なフリばかり。本音を隠して、逃げてばかり。
……バカね。わかんないとでも思ってるの?アンタめちゃくちゃ顔に出るのよ。
普段のポーカーフェイスなんか、まるで役に立たないんだから。
そして本当は、すごく…優しい、のかも。
い、一概には言えないけど。
でも、思いやりはある。弱者の気持ちを推しはかれる。口は悪いけど、面倒見はいいし。
自分本位だけどいざとなったら絶対に他人を見捨てられない奴だし。
…私の騎士と称して守ってくれるのも、女好きだからってだけじゃない、優しいから。
下心60%だとしたら、残り40%が本来の優しさ、ってところね。
で、そーいうのが恥ずかしいと思ってるのよ。かっこ悪いって。
褒められるとなぜか逆ギレするんだもの、ほんと素直じゃないんだから!
…でもそういうところは、キライじゃ…ない。
キライばっかりじゃ、ない。
例えば私はアイツの手がひそかに…嫌いじゃない。たまに手袋を外した時に、ちょっとドキッとする。
…べ、別に手だけよ!?アイツ本人がどうとかの話じゃないのよ!?…。
私の手をスッポリ包み込んでしまうくらい大きくて、でも繊細で、すごく綺麗な指。
きどってる仕草はどうでもいいけど、戦ってる時や、私をかばってくれる時、そして、
私を回復してくれる時…。アイツは私に回復呪文をかける時、必ず素手で触れてくるから。
そんな時に思わず魅入ってしまう。優しい手だなぁ、となぜか思う。…絶対言わないけどね。
キライばっかりじゃ、ない。
何よりアイツの弱い部分が、私を、アイツから離れられなくさせている。
心の底から拒絶するならもっといくらでも方法があるはずだ。でも私はそれができないでいる。
…………放っておけないの。
だってだって、……アイツ、すっっんごいヘタレなんだから!!
ホントは甘えんぼだし寂しがりやだし、ひねくれもので天の邪鬼で!!
時々小さな子供みたいなのよ、迷子になってる一人ぼっちの子供…
アイツの虚勢の全てを知っていれば、途端に何もかもがカワイク思えてきて。…愛しくて。突き放せなくて。
――――キライじゃないのよ。
「……キライじゃないの」
私がボソリと呟くと、ミーティア姫が小さくいななき顔を向けた。
「もちろん仲間として信頼してるし、一緒にいるとそれなりに楽しい、し…。……」
沈黙。
「―――か…っ、かっこいいわよ!?そりゃあね!?あの顔であの声であのスタイルで
剣も弓も魔法も使えるんだもの、何したってかっこいいに決まってるじゃない!!
…ッわ、私の好みの話じゃなくて、一般的な美醜のはなしよ!?」
ブルル。姫様の目は笑っている。
その穏やかな目に途端に恥ずかしさがこみあげ、私は彼女のたてがみに触れて少し落ち着くことにした。
カッポカッポ…のどかな姫様の蹄の音。遠くの方にエイトとヤンガスが見える。トロデ王はさっきから
いびきをかいて寝ている。ククールは…歩くのたりぃとか言ってたから、ずっと後ろの方ね、多分。
はぁ…。この重くて苦い胸の内の理由が自分でもよくわかって、溜息が出た。
「……ねぇ、ミーティア姫…。……私って、…かわいくないよね」
思いきり自嘲の呟き。わかりきっているのに、人に聞かずにはいられない。
姫様は首を大きく左右に振って否定してくれる。優しく微笑んだままの瞳に、私も微笑み返す。
「…ありがと。でもね、やっぱりかわいくないし…素直じゃないよね」
すると姫様は、今度は大きく頷いて見せた。ちょっぴり楽しそうに、いたずらを含んだ目で。
私はなぜか顔が赤らんで、苦笑しながら姫様の首に抱きついた。そしてすぐ離す。
「ね、明日…ううん、今日このあとにでも、泉に出かけてお話ししようよ。今日はエイトは後回し。
女同士でお話ししましょ。大丈夫!姫様のお願いなら絶対エイトは断れないから!」
姫様はすこし驚いた様子だったけど、すぐに嬉しそうに小さく啼いて、私にスリスリしてくれた。
2人でクスクスと笑い合いながら、秘密のないしょ話を囁き合う…
――――ゴンッッッ
前触れなく何かにぶつかる大きな音がして、私達は後ろを振り返った。
……。
……………そこには若干前のめりになって、大木と正面衝突してる自称カリスマの姿があった…。
「――~~~んな、な、何やってんのよあんた…っ!!そんな大きな木にぶつかるって、…っ、
あっははははははははははは!!!!!!!!!!!お、おなか痛い…っっ!!!!!!」
ダメ、あり得ない、っていうかヤメテよもうっっ!!おかしすぎるッッ!!!!!
立ってられなくて姫様にもたれかかりながら、呼吸困難になりそうにヒーヒー笑い転げる。
だって仕方ないわ!なんで無言なのよ!イテ、とかなんとか言いなさいよ!わけわかんない!!
ひとしきり姫様と笑いあってようやく涙目で顔をあげると、ククールは私たちを追い越して
スタスタと先に行ってしまった。思わず目がテンになる。
…そして再びクスリと笑いがこぼれる。姫様の背をポンと叩いて、私は赤い背中を追った。
「大丈夫?」
回り込んで下から見上げると、ぎょっとしたように彼の足が思わず止まった。キマリ悪げにプイと目を逸らす。
まったくもう、言い訳くらいしなさいよね。そんなにカッコ悪いとこ見られたのが悔しいの?
素直じゃないのは、私だけじゃないよね。子供みたいにすねちゃって。
……こういうところ、ほんと、カワイイんだから。
「……別に、なんとも―――」
「おでこ、赤いわよ」
言いながらおでこに4本の指をペタンと貼りつける。
ちょっとだけ熱いかしら?ぶつけたのならコブになる可能性もあるわよね。早いうちにホイミでもしておいた方が…
今さら心配になってきてそんなこと考えていると、ククールがその手をサッと握って言った。
「ゼシカちゃんが舐めてくれたらすぐ治るんだけど?」
思わず眉をしかめてみると、そこにあるのはいつも通りのふてぶてしくだらしないニヤケ顔。
「…するわけないでしょっ!バカッ!!」
…まったく、こういう時ばっかり立ち直り早いんだから。未だに咄嗟のこのテのセリフに耐性のない
自分に腹が立つわ…。きっと私は少しだけ頬を染めているんだろう。見られたくなくて顔を逸らす。
これじゃさっきと逆じゃない!なんか悔しいッ。
……ふと、握ってくる手があたたかいのに気づく。
見ると、いつのまに脱いだのか、その手は手袋をしていなかった。
大きな手。長くて綺麗な指。――私の好きな手。
「……ったく、もう!何考えてたのか知らないけど前方不注意にもほどがあるんじゃない!?」
「何考えてたかって?ゼシカのことに決まってるじゃん」
「バカッ!どうせ街で出会ったカワイコちゃんのことで頭いっぱいだったんでしょうけどね、
もしかしたらケガしてたかもしれないのよ?妄想は夢の中だけでしてなさい!」
「ハイハイ」
「まったく、どこが天下の色男なのよ。カリスマなんて大それた肩書きが泣くわよ。ほんとバカなんだから」
「ハーイ」
「ちょっと!何よそのふぬけた返事は!ちゃんと聞いてるの!?」
「聞いてるよ。…ゼシカの言葉は全部聞いてる」
「……ッ」
もう…やめてよ、そういう真剣な顔でそういうこと言うの。下手に口説かれるよりよっぽど恥ずかしくなる…
気付かれないようにと祈りながら、あたたかく包みこむ手をわずかに握り返した。
キライじゃ、ない。キライじゃなければなんなんだろう?こんな悩み、バカバカしくて誰にも言えない。
だって答えはすっごくカンタンな気がするんだもの。
―――ククールのこと、キライじゃない。…それだけなの。
最終更新:2009年09月05日 10:31