続・無人島





            *

雨風をしのぐために入ったのは、狭い洞窟の中だった。
焚き火がパチパチと小さく爆ぜる音と、遠くの波音。
しかし2人にはお互いの息遣いと、自分たちの心臓の音しか聞こえていなかった。

「…ッ、…ぁ…。……ク、ク」
何度も口をパクパクさせて、ようやく出せた声はあまりにか細く、呼びかけにすらならない。
ましてや抗議の声などにはとても聞こえない。
だからなのか。背後からゼシカの両肩をキツく抱きしめていたククールの左手は、徐々にゼシカの
二の腕をなぞりながら降下していく。性急ではなく、少しずつ、むしろ焦らすかのように。
その辿りなぞられる感覚がくすぐったくてかすかに身悶えながら、ゼシカは焦る。
自分が拒否の言葉を言わないことで、そうすることを許していると思われているのだろうか。
そうじゃない。そんなわけない。でも頭が真っ白で身動きできない。
―――ダメ、ククール、何してるのよ、待って、待って、やめて
そう言いたいのにひきつれたような声が喉からもれるばかり。
咄嗟に両手で覆うように胸を隠したものの、ゼシカの小さな手の平ではとてもじゃないが
隠し切れていない。かろうじて先端だけは死守している状態だった。
ククールの熱い手の平がゼシカの細い腰に到達し、指先がくすぐるように蠢いた。
ビクンと反応する敏感な身体。今やククールは埋めた肩にキスを降らし、
首筋から耳に舌を這わせ、ゼシカの滑らかな肌を文字通り味わってさえいた。
腰にあてがった指は今度は明確な意思をもたず、背中といわずお腹といわず、
さらけ出された白い肌を泳ぐように行き来し、手に吸いつくような肌の感触を楽しんでいる。
明らかに動揺しているゼシカの震える身体はあまりにも魅惑的で、さらなる愛撫で虐めたくなる。
肩に回されたままだった右手が移動し、必死に胸を隠しているゼシカの健気な手に重ねられた。
怯えるように大きく跳ねる身体。
ククールは一切かまわず、ゼシカの手の平ごとその大きな乳房をゆっくりと揉みしだく。
男の手が、自分の手ごと自分の胸にいたずらを仕掛けているという信じられない状況に、
ゼシカの思考は一気に許容を超えパンクする。拒絶の言葉よりも先に身体が動き、ゼシカは
背後から身体をなぶるその手からなんとか距離を取ろうと、咄嗟に前のめりになった。
「…ッヤ、やめ、て」
ようやくはじめてまともな抗議の声が絞り出る。
しかしククールの手は、あろうことかゼシカの手をかいくぐって、直に胸を揉みはじめた。
柔らかく、優しく、そしてゼシカが必死で守っていた淡く色づく先端までも、指先で刺激する、
小さな電流が走ったような感覚にゼシカはハッと我に返り、今度こそ拒否の声を上げた。
「バカッ!!やめて!!」
慌ててククールの手をひきはがそうとするが、ちっともうまくいかない。
いつの間にか左手ががっしりと腰に巻きつき、ゼシカは身動きが取れなくなっていた。
ククールの息遣いが実に近い。耳の中に直接息を吹き込まれゾクリとした。
「……~~ッ、ククールッ!!」
返事すらない。
いやらしい指が、誰にも触れられたことのない胸を好き放題にまさぐるのをどうにか止めようともがく。
羞恥心が破裂しそう。こんなやらしいこと、したくない…!

いきなり顎を掬い上げられ首を捻ると同時に、強引なキスがゼシカの口唇を奪った。
衝撃に見開かれる瞳を、ククールは目を閉じずに見つめ返す。
情熱的に燃え、切迫した何かに追い詰められているような焦燥と、
切なくひたむきな想いを伝えようとするかのように。
ゼシカははじめてククールの表情を間近で見せつけられ、わけもわからず胸を高鳴らせた。
さっきまで思い描いていた顔じゃない。軽薄で、女好きで、スケベなアイツの顔じゃない。
(―――イヤだ…そんな目で見ないで…っ)
身体から力が抜けるのがわかったが、ゼシカにはどうしようもなかった。
彼の口付けが巧みだから?身体をなぞる指が優しいから?わからないけれど、抵抗を忘れてしまった。
キスは長かった。当然ながらゼシカにとってこのような深いキスは、経験もなければ知識にもない。
それなのに、…拒めない。嫌じゃない。ククールに全てのリードを任せて、ゼシカは溺れた。
慈しむような、好きだという甘い告白が、絡み合った舌から伝わってくるような、そんなキス…
頭のどこかではわかっていた。こんなキスを自分も望んでいたのだと。だから嬉しくてたまらないのだと。
―――しかし初心なゼシカが望んだのは、あくまで「それ」だけであって…

「…イッ!!―――やッッ!!やめて!!!!!」
とろけきったゼシカの様子を見計らったように、ククールの指先が下腹部に伸び下着をなぞった瞬間、
ゼシカは一気に現実を思い出した。
自分の望みなど関係なく、目の前の男が、今、この場でしようとしている行為がなんなのかを!
キスしている間にゆるんだ彼の腕の中からガバッと抜け出し、洞窟の岩肌に張り付く。
といっても狭い空間なので、たいした距離をとることはできない。
先ほど脱いで脇に置いておいた自分の服に手が届くほどの距離。ゼシカは座り込んだまま
すぐさまそれを手にとって、裸の身体を隠した。しかし隠せるのはせいぜい胸元くらいで、
剥き出しの肩や足、下半身のほとんどは曝け出されたままの心もとない状態だ。
ククールが無言のままムクリと身を起こし這い寄ってくるのに、ゼシカは恐怖心を押し殺して叫んだ。
「こっ、来ないでよ!バカ!!」
今できるのは精一杯の抗議で彼を拒むことだけ。
「これ以上何かしたら…っ、……お、怒るわよ…」
語尾に勢いがないのは気のせいじゃない。何を考えているのかわからないククールの表情が、
少しだけ皮肉に歪んだのも気のせいじゃないだろう。
「燃やすわよ」と言えないことが悔しい。クタクタの身体でこの島に着いた時点で、MPなんて
底をついていた。武器も流された。今のゼシカは本当の意味で、ククールには、絶対かなわない。
わかっていてもそう簡単にこの状況に流されてしまうわけにはいかなかった。
いつもとあまりに違う環境だったから2人ともどこかおかしかったんだ、なんて、
あとで言い訳なんかしたくない。後悔するのは目に見えている。
ゼシカは真っ赤な顔を抑えられないままで、自分自身も確認するように、ゆっくりと言った。
「…ククール。…私たち……そんなんじゃ、……ないでしょ」
心底不思議そうな顔で、ククールは小首を傾げる。
ゼシカは自分の方がおかしなことを言ってるような気持になって、さらに顔を赤くした。
「あ、あんたはッ!裸の女が目の前にいたら、誰でもいいんでしょうけどッ!私はッ」
胸を隠している服をギュウッと握りしめる。
「私は…ッ…ちがうでしょ…私は、ただの、……………なか」

「オレはゼシカが好きだ」


―――息が詰まった。
なに…ソレ。
「だからゼシカに触れたいし、抱きたい――」
「バカなこと言わないでよッッ!!!!!」
一気に感情が爆発した。頭に血が昇る。もちろん嬉しくなんかない。ただ腹立たしくて。
許せない。許せない。やっぱり軽薄で最低な男。キライ、キライ、――キライ!!
「なんでそんな顔でそんなこと言えるの!?なんで!?信じられない!ダイキライ!!」
「なんでって」
「そんな当たり前みたいな顔でっ!よくそんな適当に言えるわね!!最低!!ホントに最低…っ」
「適当なんかじゃねぇよ」
腹立たしくて…悔しい…!悔しすぎて、涙が出そうになる…
「今ここに他の女がいたって!平然とした顔で!おんなじこと言って!それで…っ
 …やらしいことするんでしょう…っ…わかってるんだから…!……最低…っ」

なんの躊躇もなく告げられた愛の告白。ゼシカはそれにひどく怒り、そして傷ついた。
なぜこんなに心掻き乱されるのかわからない。いつものことだと流してしまえばいいのに。
ただ、彼のその淡白さが、あからさまに「他の女を抱く時と同じやり方」なのだと思い知らされ、
それなのに「好きだ」という一言にこんなにも動揺している自分ひとりが惨めで。
(――ククールには簡単な言葉なんでしょ。平気で口にできる言葉。言った次の瞬間に忘れてしまえる程度の)
それが腹立たしくて、悔しくて…悲しい…!

瞳に涙がたまって、零れ落ちる―――その寸前で、ククールの腕がゼシカをしっかりと抱きしめた。
ゼシカが握りしめていた上着を手から滑らせ、膝の上にパサリと落ちる。
お互いの素肌が合わさり、鼓動までもが重なった。
「………っっ!!は…っ、離してよっ、アンタなんか」
「―――どうしたら信じてくれる?」
「な……。…………なに、が」
「もうオレにとって、ゼシカだけが大切な女の子なんだって」
「は…っ?しん、信じられると思ってるの…っ?バカじゃないの…」
「もしこの場にいたのがゼシカ以外の女だったら、手ぇ出す気になんか絶対ならなかったって」
「信じないって言ってるでしょ!」
「本当にどうでもいいんだ、ゼシカ以外の女なんて。オレ今、けっこう命も危ない危機的状況
だってのに、このまま誰もオレ達を助けに来なければいいって思ってる。ゼシカだけはオレが
命に代えても守るから、ゼシカとオレとずーっと永遠に2人きりで、世界の終りまでここにいたい」
「……なに、……言ってるのよ……」
「こんなわけわかんねぇ状況に陥って、はじめて自覚したよ。オレもう、」
「く、ククール…っ」
「ゼシカがいないと生きていけない」
ククールの両手がゼシカの赤く染まった頬を包みこみ、これ以上ない真剣さで瞳をのぞきこむ。
「――――もうゼシカしかいらない」

そこに、余裕はなく。
この想いが伝わってほしいという切望だけが、まっすぐにゼシカの心に突き刺さった。
ウソばっかり、ともう一人の自分が悪あがく。認めない、と悪あがく。
それなのに、もう一度近づいてくる口唇を拒めない…
静かに口唇が重ね合わされ、ゼシカは眠るように目を閉じた。身体中の力を抜いて、全てを彼に預ける。
「んぅ…」
誘うように舌をからめられて、ゼシカはまたあの抗えない虚脱感を味わった。
どうしてこんなに逆らえないんだろう…でも、また溺れる。ゼシカはうっとりしている自分を自覚する。
すると唐突にキスが中断され、ククールの濡れた舌と口唇がなぜか不機嫌な響きでボソリと呟いた。
「…………嫌がれよ」
「…………ぇ」
「さっきもお前、イヤだイヤだって言いながら抵抗もしないでそんなエロい顔するから
こっちだって抑えきかなくなるんだろ。ホントに嫌ならそう言えよ。頼むから」
ゼシカの顔がこれ以上ないくらい赤らむ。それでも、拒まない理由は一つしかない。
「……っだ、だって……。……イヤじゃ…ないんだもの…ど、どうしてかわかんないけど…」
凝視されるのが恥ずかしくて、ククールの穴を穿たんばかりの視線から目を逸らす。
「し、仕方ないでしょ。そうなんだから。………………………………。……あんまり見ないでよッ!」
「―――……なぁゼシカ、オレのこと好き?」
「はあっっ!?!?」
人を裸で腕の中に抱きしめたまま、真顔で何を言い出すのかこの色ボケ僧侶は。
「人にばっか言わせてズルいだろ。お前も答えろよ」
「ず、ずるいとか何言って…」
「オレにキスされるの嫌じゃないの?もっとしてもいい?」
「いいわけないでしょ!バカバカッ!変態ッ!」
「お前なぁ…」


ククールが眉間にしわを寄せ、何に対して頭痛てぇ…と呟いたのか。
にぶすぎる、とか、素直じゃなさすぎる、とか、かわいすぎる、とか。ゼシカにはさっぱりわからない。
ただ沸騰しそうな顔で、今さら自分の大きな乳房が素肌でククールの胸に
押し付けられているのに気づき、慌てて距離をとろうともがくのだった。
ククールが一瞬にして背負った心労も、しかし考えてみればなんて幸せな心労であることだろう。
開き直ったようにいきなり満面の笑みを浮かべ、ククールはゼシカのかわいいおでこに口づける。
「なぁ、オレのこと好き?」
「…ッ!だから…っ!なんでそういう話になるのよ!」
「だってオレはちゃんと言ったぜ。お前の返事は聞いてない」
「…ぅ……し、知らないわよ…」
「オレにキスされるの好きなんだろ?」
「それとこれとは話が別よ…!」
「それともやっぱりオレにキスされるのは嫌?」
「…………。………そんなこと言ってない……」
「もしオレ以外の男にいきなりキスされたらどうする?」
「――ッそ、そんなのッ!!アンタ以外の男なんて死んでもイ――」

ドォーー…ン

その時、浜辺からそれほど遠くない位置にあるこの洞窟に、かすかな振動と大きな音が響いた。
ザザーン、と打ち寄せる大きな波音。そしてほどなくして、
自分たちの名を呼ぶ聞き慣れた声が方々から聞こえはじめる。
それが仲間の声だと認識した瞬間、2人して唐突に、…夢から覚めた。
ここが遭難したあげく漂着した無人島であること、命も危うい危機的状況であることを。
波音、風音、薪の爆ぜる音、暗い洞窟の中、あらゆる事象に一瞬にして思い出す。
…そして、お互い裸で抱き合っていることを、今さら、本当に今さら自覚して、いたたまれなくなる。
ククールは視線をあさっての方向に固定したまま、さりげなさを装ってゼシカの身体から手を離した。
「……ぁー…あいつら、助けに来てくれたみたいだな…」
しかしわずかに距離をとると、逆にゼシカの露わな胸が視界に飛び込んでくるのに気づき
心の中で悲鳴をあげる。慌ててわざとよっこらしょ、などと言いながら腰をあげ、
「オレ呼んでくるな。ゼシカはちゃんと服着てここで待ってろよ」
まだほとんど乾いていないずぶ濡れのズボンとシャツを適当に身につけ、ククールは背中越しにそう言った。
ゼシカの返事はない。多分恥ずかしさのあまり絶句しているのだろう。
ここで何か言うべきかと思ったが、何もかけるべき言葉が思いつかない。
むしろ下手に何か言ったら大失敗しそうな予感がものすごくする。
ククールは微妙すぎる空気の中、不本意ながら無言でゼシカを置いて、洞窟の外に出ようとした。
その時、…ポツリと。

「―――――……私も…好き…なの……?」 

外から聞こえてくる波と風の音にまじって、ククールの耳にわずかに届いた囁き声は、
ククールの思考を停止させた。
ゆっくりと振り返る。スカートで胸元を隠す、裸のゼシカがうつむいている。
「…………ぇ?」
思わず声がもれた。なんだか間抜けな声だった。
ゼシカが、愛らしく染めた顔を戸惑いがちにあげ、2人の視線が合わさる。
再び彼らには、何も聞こえずお互い以外何も目に入らなくなった。まさにそこは2人だけの世界。
そして、世界が制止する――
「………わたしも……ククールの、こと―――」


「兄貴―!!ここに洞窟があるでげすよー!!中から煙も………って、おぅわぁ!?ククール!?」
「―――ちょっ、おまっ!!!!!馬鹿ヤロ、なんつータイミングで…っ」
「何言ってるでげすか、ゼシカは!?ゼシカは無事でがすか!?」
「うあああああああああああ 待て 入んなっ!!!!」
「ヤンガス2人ともいた!?…あ、ククール!よかった無事だったんだ!!ゼシカは?奥にいる?」
「だから無事だからちょっと待てって!!……ゼシカッ!早く服着ろっ!!」
入口に立ちふさがり必死でバリケードをはるククールが、奥にいるらしいゼシカに肩越しにそう
叫んだ瞬間、エイトとヤンガスはぎょっとして彼を見上げた。
「……服って……。……ククールまさか」
「こっ、この破廉恥ヤロウ…っ!」
「は?………っち、ちがう!ヤってねぇ!!じゃなくてっ」
「誰にも助けを求められない状況だからって娘っこに手ぇ出すなんざ…!見損なったぜククール!!」
「うるっせえ!!話を聞け!!」
「……とりあえず弁明はあとで聞くよ。事と次第によっちゃ、ぼくも容赦しないからね?」
「あああもうだからちがうっつってんだろぉぉおお!!!!!!!!!!!!」

短い無人島生活を経ていつもの旅に戻ったククールとゼシカ。
そしてこの直後ついにドルマゲスと対決し、その翌日にゼシカはククールの前から姿を消すことになる…







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最終更新:2009年09月05日 10:48
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