ベルガラックでの、ある暑い夜。
今日は戦闘がまるで無かったせいか、ゼシカは寝付けずにいた。
エイトとヤンガスはもう寝息を立てているようだ。
そしてククールのベッドはーーー今日も空だった。ククールは、滅多に自分のベッドで休まない。
行く先々で女の子に袖を引かれているから、その中から見繕ったコとそのコのベッドで楽しんでいるのかも知れない。
ーーー『オンナノコト・タノシム』
ゼシカは自分の考えに嫌悪して眉をひそめた。
『オタノシミ』というのがどういう事なのかは、ゼシカも知識としては知っていた。
若い健康な男が生理的にそれを必要とする理屈もなんとなくわかっている。
それでも、旅の中で自分をエスコートしてくれるその手が、どこの誰とも知らない、行きずりの女のからだに絡み付いていると思うと、喉に詰め物をされたかの様に息苦しくなる。
最近では町で寝具が整った宿に泊まるより、野宿のほうが気が休まるくらいだ。外には魔物はいるが女はいない。
『あーもう!何考えてるのよ。私は!』
ーーーこんなにもいらつくのは暑さのせい。胸がざわざわするのも、なんだか悲しい気がするのも、この暑さのせい。
なんとか寝直そうと頑張ってみるが、目は冴える一方だ。
『ーーー酒場にでも行ってるのかも・・・。』酒場はこの建物のすぐ下だ。
『ちょっとだけ見てこよう。』
ゼシカはベッドから降りた。
明るいピアノ曲と人のざわめき。
ククールはカウンター席にいた。右隣に座るバニーガールがしなだれかかるように誘い文句を囁いてくる。
ククールはそれに曖昧に答えながら酒を飲んでいた。
「ねぇ、私の部屋に行こうよ。」
「ダメ~」
「なんでよ~。ククールからお金取ったりしないわよぉ?」
「そういう事じゃなくてさ」
今日はずっとこのやりとりだ。面倒くさい。かったるい。今日は暑くて・・・いつものサービス精神は湧いて来ない。
ククールが河岸を変えようかと思い始めた時、背後で聞き慣れた声がした。
「マスター、お酒ちょーだい。隣の紳士と同じやつ。」
驚いてを振り向くと取り澄ました顔のゼシカが頬骨をついてこちらを見ていた。
「ゼシカ・・・なにしてんだよ。」
「お酒飲みにきたのよ。」
「ばっか・・・お前、女の子がこんな時間に一人でウロウロしてんじゃないよ。」
「そうね、ククールが居てくれて丁度良かったわ」
ゼシカは悪怯れずに笑って見せた。
ククールは脱力し、大きなため息をついた。目を見ればわかる。ゼシカはご機嫌が悪いらしい。
「お前いつも酒なんて飲まねーじゃ・・・」
「おまちどうさま」
マスターがカウンターにカクテルを置く。
「ありがとう」
ゼシカはそれを一口啜り、甘くて美味しいわ、と全て飲み干した。
「・・・ねェ、ククール・・・そのコなんなの?」
忘れられたバニーガールが存在を主張しはじめる。
「なに?オンナ付きだったの?早く言いなさいよ。こっちだって仕事あるってのに!時間、無駄にしちゃったじゃない―――バカにすんじゃないわよ!」
一瞬にしてククールの眼中から除外されてしまった事を悟ったバニーガールは、一気にまくしたて立ち上がった。
「振られちまったじゃねーか。」
足早に去って行くバニーガールを眺めながらククールがつぶやいた。
「ごめェん」
少しももすまなそうでないゼシカの前に、新しいグラスが置かれた。ゼシカはかなり赤くなって、手元も呂律も怪しくなっている。
「・・・マスター、このオンナ、何杯飲んだ・・・?」
ニヤつくマスターを睨み付け、ククールはこめかみに指をあて何度目か分からないため息をついた。
「ククールはぁ、みんなと・・・一緒にいるの、嫌い・・・なのぉ?」
「そんな事ないさ」
「じゃーあー・・・なんで・・・ククールは夜になると、そ・・・と・・・外に・・・出ちゃうのよ。じ・・・自分だけは・・心配されない・・とでも思ってンの?」
「・・・・・」
ゼシカの物言いはストレートだ。
「・・・お前酔ってるだろ。もう部屋に帰ろう。」
ゼシカの腕を掴み、立ち上がろうとすると、その手を振り払われた。
「それで・・・?ククールはさっきのバニーさんの部屋に行くわけ?」
ゼシカは気分が悪くなったのか、カウンターにうつぶせてしまった。ククールがもう一度その手を掴む。
「ククールはそんなんでいいわけ・・・?相手は誰でもいいの・・・?愛し愛される人は・・・いらないの・・・?―――メチャクチャ寂しがりやの癖に・・・!」
思わずカッとなり、ゼシカの腕を掴む手に力が入る。
ゼシカの恐い所はこういうところだ。感情に火をつけられる。ポーカーフェイスを崩される。
「好きなコがかわいーカオして寝てるのに、隣でグースカ寝れる程,出来た人間じゃないんだよ!オレは!!」
むかついた。お前は無神経だ。バカゼシカーーー言葉が止まらなくなる。
「いつか、きっと、どうにかしちゃうぜ?ゼシカの事。」
そこまで言うと突っ伏したゼシカから、すーすーと寝息が聞こえてきた。
「・・・ったく。最後まで聞けよ・・・。」
「お客さんお熱いですね。」ニヤニヤとマスターが笑った。
「いいなあ。こんな可愛いお嬢さんと・・・。」
ククールはマスターをバカヤローと心中で罵り、ゼシカを抱き抱えて店を出た。
最終更新:2008年10月23日 04:56