「おい!ゼシカ大丈夫か?」
「駄目・・・気持ち・・・ワルイ」
この状態で部屋に戻るより、少し風に当たらせようと思い、屋上に出る。
ベルガラックの夜は本当に暑い。
肩さえ冷やさなければ風邪を引くこともないだろう。
ククールは壁を背にして座り、自分にもたれかかるようにゼシカを座らせ、脱いだ上着をその肩に掛けてやった。
「アンタは、弱虫よ」
うつらうつら、ゼシカが言った。
「・・・まだ言うかよ。酔っ払いめ。」
顔を覗き込むとゼシカはすでに眠りに落ちている。
自分が何年もかけて作り上げて来た守りの城壁。
それをゼシカは人の気持ちを汲み取るのが上手くて、さらに正直者だから簡単に崩す。
―――愛し愛される人はいらないの、とゼシカは聞いた。
それは、自分は永遠に得られないもののような気がする。
本気で好きになんてなりたくなかった。
マイエラ修道院に入ったあの時から、ククールは他人に対する執着を捨てた。
互いを愛し通せなかった父母の、自分に対する愛情に疑いを持った。
自分の見てくれの良さに、絶えず寄ってくる他人たちにもシラけた。
そして何よりも異母兄からの拒絶は手痛かった。
一旦差し伸べた手を、引っ込められるのは、もうごめんだった。
神様は意地が悪くて、本当に欲しい物を目の前にぶら下げておいて、決して与えてはくれない。
それでも、どうしても自分は欲しがってしまう。
ゼシカが欲しくて、もう手の施しようのないところまで来ている。
「決めた。絶対にコイツ口説いてやる。絶対に振り向かせて―――ずっと守ってやる。」
「いたたた・・。アタマ痛い・・・。」
ゼシカは頭痛と共に目覚めた。
あたりを見回す。ベルガラックの宿の一室、自分にあてがわれたベッドの中だった。
部屋の中には自分の他に誰もいないようだ。日はずいぶん高くなっている。
酒場に行って、ククールに絡んだ所までは覚えていた。
―――そのあと・・・そのあとは!?ククールは?
ベッドで寝てはいたが、自力で歩いた記憶は無い。
―――ククールが部屋まで運んで・・・くれたんだよね?きっと。
なんとか記憶を絞り出そうと四苦八苦していると、部屋の扉が開き、当のククールが現れた。
ククールは、水の入ったグラスを差し出しながら、おはよう、とだけ言った。
「おはよう・・・みんなは?」
ゼシカは気まずそうに下を向いた。
「誰かさんが二日酔いで起きられないから、今日はカジノで遊ぶってさ。」
ククールが楽しそうに答えてくれたので、ほっとしつつ、もう一つ質問をする。
「あのー、ククールさん?私、昨日何かやらかして・・・ないよね?」
ククールは少しの間黙ってゼシカの事を眺めた。そして不意にニヤッと悪魔的な笑みを浮かべた。
「あー、やらかしてくれた。ほんとに参った。」
ツカツカとゼシカのベッドに歩み寄り、二の腕を掴むと体ごとベッドに押し倒した。
そして抵抗する間も与えずに、強引なキスをした。
ククールは体を離すと、あまりの展開に呆然と自分を見つめるゼシカに言い放った。
「覚悟しとけ。ドルマゲスを倒したら、お前、絶対にオレの女にしてやるからな。」
ククールはゼシカの鼻先を指で叩くと、そのまま扉を開けて出て行ってしまった。
―――なんで!?どうしよう!どうしよう!何かして怒らせた?でも楽しそうだった?
ドキドキと跳ね上がる自分の心臓の音を聞きながら、ゼシカは何時間もククールが出て行った扉を見つめ続けた。
最終更新:2008年10月23日 04:55