夜桜を見上げながらククールは、たいしてうまくもない缶チューハイを少しずつあおっていた。
少し肌寒い。綺麗な夜月。脱いだ上着とマントは、膝の上で寝こける恋人にかけられている。
暗黒神など足もとにも及ばない凶悪な美女3人の攻撃はククールの心に
著しいダメージを与えたが、こうして静かな月明かりに照らされ桜を愛でるうち、
激減していた心のHPもようやく回復しつつあった。
もっとも、かいしんのいちげきを叩きこんでくれたとうの本人は、幸せそうに
膝の上で丸まっている。時々寝言を言いながら腰に腕を回し抱きついてきたりするのでたまらない。
この、無邪気でカワイイ恋人。
好きだと思えば思うほど から回る。愛でようとすればするほど逃げられる。
泣かせないためにめいっぱい大事にしていたはずが、知らぬうちに傷つけている。
『――たまに想いをこめて言われるからこそ伝わるものじゃない?
アイツのあれはなんていうかもう、とりあえずそう言っとけばいい、みたいな…』
「…………きっつー」
ククールは自嘲気味に呟き、苦笑いを浮かべた。
彼女がそう思っていたことがショックなのではない。ぶっちゃけると「イタイとこ突かれた」のだ。
当然のことながら、彼女に対するほめ言葉や愛の言葉にウソ偽りは一切ないし、
彼女の言うようにおざなりでもなければその場しのぎでもない。
本当にそう思うから言葉に出るまでのこと。
…ただ。
真剣でないのは、事実。…だったりする。
これだから「サイテー」とか言われるのだ。自覚があるところにそのツッコミは非常に痛かった。
確かに本音ではあるのだが、真剣ではない。いや、真剣に「言えない」。それが正しい。
…そもそも思い返したって、自分たちの出会いからしてそうだったのだ。
―――オレはゼシカを褒め、口説き、好きだと何度も口にする。
―――ゼシカはオレのそんな態度をケイベツし、褒め言葉を無視し、愛の言葉を否定する。
彼女がオレに惚れる以前も、オレに惚れたあとも、常にそうだった。
お互いがその態度を絶対に崩さないことで、自分たちの関係は保たれていたんだ。
…なぜかって?そりゃあオレ達2人して、素直じゃないし照れ屋だからさ。
今さら、真顔で、真剣に、誠実に、心をこめて、「好きだ」なんて、言えない。
本当にカワイイって、今のオレが言ったって信憑性は薄い。
愛しいから抱きしめたって、ただのスケベとしか思われない。
―――……だったら、だ。
だったら、冗談混じりを突き通せばいい。
本音だと受け取ってもらえなくたって、言葉に出しておけば、少なくともこの関係は保たれる。
そう、まさに、『とりあえずそう言っとけばいい』……というわけだ。
ウザイと思われるのは、まぁかまわない。むしろ本望だ。
だけど、ゼシカがオレの微妙な「逃げ」に敏感に気付き、不安を感じていたことが正直辛かった。
「言わなくてもわかるだろ?」なんて、カッコつけてるだけで実際は臆病者のセリフだ。
本当のことは言葉に、態度に表わさないと伝わらない。
「……好きだよ」
眠ってる彼女にロマンチックに囁いてみたって、やっぱりいい加減男の戯言にしか聞こえない。
やっぱり日ごろの行いは大事ですねーと、桜を見上げ誰にともなく呟いてみる。
ククールは はあっと肩を落として大きなため息をついた。
ゼシカが膝の上で身動ぎ、むにゃむにゃと言いながら身体を起こした。
まだ半分夢の中で、さらに酒はほとんど抜けていないのだろう、正直ひどい顔だ。
この乙女らしからぬ間の抜けた表情さえ本気で愛しいと思ってしまう自分に呆れる。
しばらくぼ~~っとククールの顔を見つめ、半目になって再び目を閉じ、
後ろに倒れそうになる身体を慌てて受け止める。
引きよせて自分の胸に寄りかからせると、気持よさそうに身体を預けてきた。
寝ぼけた声で「ククのにおい…」と言われ、思わず赤面してから舌打ちする。
「……んん……」
「…起きたか?」
「んー…」
「起きたらそろそろ帰るぞ」
「やだぁ」
「風邪ひくぞ」
「さむぃ…」
「……ったく……」
大仰に息を吐いて、自分のかけた上着ごと抱きしめてやると、嬉しそうに笑って腕を回してきた。
「んふふ…」
「おじょーさま。飲みすぎですよ」
「そんなことないもん…。…あー、またククばっかりいいの飲んでるぅ」
脇に置いておいた缶を目ざとく見つけ、ゼシカが口を尖らせた。手を伸ばそうとするのを阻止し、
「ダメだって。ほら、いい子だから帰って寝よう。な?」
優しくさとしてみても、その手のあやし方は酔っぱらいを強情にさせるだけだ。
「やだ。めんどくさい」
「めんどくさいって、どうせルーラで帰るんだからお前は一歩も歩かないだろーが」
「やだー。まだ飲めるんだから。のむー。くくーるといっしょにのむのー」
「あああもう…わかったわかった…」
そう言いつつ一瞬だけゼシカの頭をぎゅっと胸に押し付け、
その隙に違う場所に置いてあった水を口に含んで、素早く彼女と口唇を合わせた。
「んぅ…」
こくり、とゼシカののどが波打つ。
「んはぁ……おいしぃ…」
「だろ」
酒で乾いたのどに、水が一番おいしいのは間違いない。
満足そうにニコニコするゼシカに何度か同じように水を飲ませた。
そのまま舌を絡めあわせ、柔らかい身体をまさぐろうとしてしまうのは、
やっぱりオレが変態僧侶だからなんだろうか。
「……自分で言って凹むわ」
「ん?」
いや、そのありがたい称号を授けてくださったのは目の前にいる、天使の顔した小悪魔なのだが。
「ゼシカちゃん。オレは今、ちょっとブロークンハートなの。聞いてくれる?」
「んん」
「オレ、大好きなオンナノコに嫌われちゃたんだ」
「なんで?」
「なんでだと思う?」
少し首をかたむけて考えてから、悪意のない笑顔で楽しそうにゼシカは答える。
「ククが、ばかで、エッチだから?」
「正解」
あはははは、とツボに入る酔っぱらいと複雑な表情の傷心男。
「…そ、オレはバカだから、その子のことが好きで好きで仕方ないの。可愛くて可愛くて
たまんないの。そんでいつも、好きとかカワイイとか言いまくっちゃうの」
「うんうん」
「そんでオレはスケベだから、すぐぎゅーってしたくなるし、チューってしたくなるし、
もっとエッチなことも、いつだってその子としてたいんだ」
「ククのエッチ」
無論 誰の話なのかはわかっていて、ゼシカは終始楽しそうにしている。
「――――……だから、さ」
ククールは半ば上の空で、ポツリと。
「…もう言うのやめようかなと思ってさ…」
「………………すきって?」
きょとんとゼシカが尋ねる。
「うん」
「なんで?」
「ウザイから」
どうやらそうらしいから。
色男の口の軽さは、恋に真剣な乙女たちにはどうにも不評だ。
「……。…………………やだぁ……」
いきなりゼシカが泣きそうな声で言ったので、ククールはぎょっとした。
見ると涙目になりながらも、怒った表情でこちらをじっと睨みあげている。
「やだ…そんなの…言ってよ…」
ククールは面食らった。深く考えず口にしたのだが、どうやらゼシカの稜線に触れてしまったらしい。
「いままでいっぱい言ってたくせに、いきなり言わないなんて、ずるい…」
「ずるいって…」
「……うざいなんて、ひどいよ…」
「いや、それは言うのがウザイって意味じゃなくて、お前が…」
「やだぁ……」
「……」
ゼシカが力のない腕で抱きついてくる。
ククールは唖然とした。なんだこのカワイイ生物…じゃなくて。
彼女の頬に手を添えて視線を合わせながら、
「……言ってほしいか?」
静かに尋ねると、ゼシカは素直に頷く。
「言って…」
「…好きだよ」
微笑んでそう告げると、ゼシカは駄々っ子のようにプルプルと首を振った。
「ちがうの…。……ちゃんと、言って…ちゃんと」
その言葉の意味を考えて、ククールは彼女の瞳をじっと見つめる。
酔った勢い。そうかもしれない。
でも、そうでもしないと吐露できない本音だってある。
ククールはゼシカの瞳を真正面から見据えて、その愛しい頬を撫でた。
ゼシカの瞳は潤み、少し恥ずかしげに、でもまっすぐに、ククールを見つめ返す。
「――――好きだ」
いつもと同じ言葉なのに、口を開くのにひどく時間がかかった。
そして、こんな風に目を見て告白するのは彼女と出会ってからいつ以来だろう、と思った。
『想いをこめて言われるからこそ伝わるもの』
まさにその通りだ。言葉の重み。それを身に沁みて思い知る。
ゼシカが少し背伸びをしてきたので、身をかがめて口付けした。
最初は戯れるように何度も軽く交わしていたものが、いつしか深く情熱的なキスに変わる。
背中にあるコルセットの紐をほどくが、夢中になっているゼシカは気がつかない。
そっと下から手の平を忍ばせて素肌を撫でると、悩ましい表情がククールを見つめる。
「…オレはスケベだけど、ちゃんと、真剣に、ゼシカのことが好きだよ」
「……うん……」
「だから、こういうこともしたくなる」
「………………」
ゼシカは頬を染めて目線を逸らした。
「それとも、こういうことはもうやめてほしい?ゼシカがそう望むなら、もうしない」
また、ゼシカが子供のように無言で首を振る。
「どうしてほしい?」
「…やめるのは、やだ…」
「じゃあこれからも、こういうこと、ゼシカにいっぱいしてもいいか?」
そう言って柔らかいふくらみを優しく掴むと、ゼシカは身をすくめた。
「………………………………いいよ……」
羞恥に消え入りそうな声が聞こえ、ククールは破顔する。
でも、とゼシカが小さく付け足し。
「…………“ちゃんと”、して」
ククールは一瞬虚を突かれ、それからわかった、と言って優しく笑った。
「ちゃんとゼシカを抱くよ」
おざなりなんかじゃない。でも、そう思わせないように。
彼女を不安にさせないように。
いつだって。
「真剣に、ゼシカを愛する」
ゼシカの頬が桜色になり、花が咲いたようにほころんだ。
桜は、愛でられてこそ美しい。
最終更新:2010年05月07日 22:12