「ああ! 今日僕は片思いの相手を見かけてしまいました。
でもその人は僕に振り向いてくれる気配が全然ありません。
神よ、僕は一体どうすればよいのですかっ!?」
「ならば コクるがよい。ダメでもともと。当たって砕けろ。
神は行動する者に祝福を与えよう。」
「…今の声はもしかして神様っ!? わかりましたっ!
必ずやおっしゃる通りに実行します!」
「いやぁ、絶好のカジノ日和だね、今日は」
「バカ言ってんじゃないわよ。ほどほどにしておきなさいよねっ!」
「ハイハイ、わかってますよ」
昼間の賑やかなベルガラックの街に、石畳の床を踏みしめて歩く影が二つ。
先日の激しい戦闘のため、旅の一行は今日一日この街に留まることにした。
一番の理由は、旅のリーダーがその身に深い傷を受けてしまったからだ。
傷自体は治癒魔法で大方治ってはいるのだが、まだ完治というわけではなく
無理は禁物ということで休養を取ることになったのだ。
本当ならゼシカはエイトの看病をしてあげたいところではあったが
彼にはヤンガスがついているし、何よりククールがカジノに行くと言うので
あまり無駄使いしないようにと監視役として彼についていくことにした。
「しかし思わぬところでゼシカとデートできるなんてな」
「バカ言わないで。私はあくまで見張り役なんだから」
「相変わらずお堅いことで」
「ゼシカさんっっ!」
何か自分の名前が呼ばれた気がして振り向けば、そこにはどこかで見た顔があった。
「ゲッ! あいつは…」
「ゼシカの知り合いか?」
「ここまで出掛かってるんだけど」
「ひどい…。 ほら、ゼシカさんの婚約者のラグサットだよ。」
心底がっかりしたような顔で告げる名前には、確かに聞き覚えがあり、
同時に記憶の中のそれと一致する。
「「ああ! 思い出した!」」
「なんであんたがここにいるのよ?」
「偶然ですよ、偶然。 いや、運命と言うべきか。」
いつもよりどこか自信のある様子で、そんな歯の浮くようなセリフをさらりと言う。
その自信の原因にククールはひとつ心当たりがあった。
「あー。なんか嫌な予感がする。どっかで見た顔だとは思ってたんだがな。」
「?」
ククールの零した言葉を聞き逃さなかったゼシカに構わず、彼は言葉を続けた。
「ゼシカさんっ! 今日こそ僕と結婚してください!」
「…………は?」
「あーらら。 んじゃま、ゼシカがんばって…」
「ちょっと待ちなさい。 あんた何か知ってるでしょ?」
怪しい言葉を残してどこかに行こうとするククールをゼシカが逃がす筈もなく、
その襟元をゼシカはしっかりと掴んでいた。
「………。」
彼女から逃げられないことは、今までの経験からも嫌と言う程分かっていた。
「教会で嗾けたあ?」
「面白そうだったから、つい。」
「あんたねぇ…どう責任取ってくれんのよ?
家同士のこともあるし、今ここで軽々と返事するわけにもいかないのよ?」
「いや、ゼシカちゃんモテモテで困っちゃうね」
「そんなに灰になりたいかぁっ」
「わ、悪い悪い! 判った、なんとかする」
「何してるんだろう、ゼシカさん。 フフ、きっと照れてるんだな。
そうに違いない! 何しろ今日の僕には神がついてるんだから!」
幸せな想像をしている彼に、裏路地から凛とした声が響く。
「待たせたわね」
「いや、全然待ってないよ。 そ、それで、返事は…」
ゼシカはどうするのよ?と視線をククールに投げ掛けると、
彼はいつも通りの堂々とした態度で口を開いた。
「ゼシカはお前とは結婚しない」
「どうしてだ! ていうかお前誰」
「オレ?」
ゼシカは何となく嫌な予感がした。
ククールはにんまりと意地悪い笑顔を作り、腕をゼシカの肩に回し自分の方に抱き寄せ
ると、もう片方の手の親指を自分に向けた。
「ゼシカのカ・レ・シ」
「なにぃぃーーーー!!」
「なんですってぇ?!」
予想外の発言にさすがのゼシカも反応せずにはいられない。
全く心当たりのない発言に、一気に顔が熱くなる。
直ぐ様ククールはグローブ越しに、驚くゼシカの口を塞いだ。
「な、ゼシカ?」
何が何だかわからない様子のゼシカに構わずククールは同意を求める。
ゼシカはパニック状態の頭をなんとか落ち着かせ、少しずつ状況を飲み込むと、
眉間に皺をよせ、鋭い視線でククールを睨みつけた。
いろいろ文句を言ってやりたいところなのだが、口を塞ぐ大きな手がそうさせてくれない。
もちろん、そんな状態では例え同意することだってできるわけがない。
「ほら、頷いてるぜ」
頭が短く動いているのは頷いているのではなく、声にならない声を発しているからなのだ
が、彼はそれで押し通す気らしい。
冷静に見ればそれはとても強引な光景なのだが、ショックのあまり頭が回っていないラグ
サットを騙し通すには十分だった。
「そんな……バカな…」
「まっ、トーゼンだって。お前よりオレの方が全ての点で上回ってるぜ。
顔は当然オレの方がいいし、イカサマの腕も、剣の腕も……なんなら試してみる?」
マントの下からチラと剣を覗かせる仕草に、剣の心得があまりないラグサットはぶんぶん
と首を振った。
「相手が悪かったな。このククール様に適う男なんてそうそういまい。」
慰めるようにラグサットの肩を大袈裟にぽんぽんと叩くと、今度は促すよう片手をひらひ
らと返す。
「ホラ、分かったら帰った帰った」
「ああ、神よ!! 神は僕を見放されたのですか?!」
遠ざかっていく叫び声と共に、どうやら教会へ向かったらしい足音。
ようやくククールがゼシカを開放すると間髪入れずに怒声が響き渡った。
「どういうつもりよっっっ!!」
「うまい具合に追い返せただろ?」
「どこがよっ! ますますややこしくなっちゃったじゃないのっ」
「ゼシカが責任取れっていったんだろ? 責任とってあげるよ、
ハニー」
「バカバカバカっ、だいたい、この話が母さんの耳にでも入ったらどうするのよ!」
「いいんじゃない? 別に」
「あんたね……っ …それ、どういう意味かわかってんの?」
「オレが婚約者じゃ申し分ないだろ?」
「あんたなんか真っ平ごめんだわっ」
「顔赤らめながら言われても説得力ないんですけど?」
「~~…」
その後、街の真ん中で爆音が聞こえたとか聞こえてないとか。
最終更新:2008年10月22日 19:22