北海を望む美しきトロデーンへ続く階段道を上りながら、ゼシカはうんと伸びをした。
「気持ちいいわね!」
二歩遅れてゆっくり上っていたククールは、その仕草に笑む。
「はしゃぎすぎて足踏み外すなよ?」
ゼシカはむぅっとふくれた。
「なにそれ、失礼ね。久しぶりのトロデーンだっていうのに、そんなことしか言えないわけ?」
返されて、ククールはクックッと意地悪く笑った。
「もうっ」
「…いやごめん。俺、今
ハニーしか見えてねーから」
冗談めかして巫山戯ると、ゼシカがジト目になり、少し頬を紅潮させて「………バカ」と呟く。
ぷいと向こうを向いてしまった。
しかたがないので、ククールは肩をすくめるとまっとうな話に流れを向ける。
「ほんと久しぶりだな。あいつも姫様と結婚してしばらく立つがどうしてんのかね?
ったく、忙しいには違いないだろうが、友達がいのないやつだぜ。
こっちがわざわざ出向いてやらねーと、顔も会わせられない」
「それは、ククールが悪いんじゃない。いっつもふらふらしちゃってさ。
一体どこで何してるんだか。
おかげで、連絡取るのも一苦労だって彼困ってたわよ?」
「そりゃ悪かったな」
今度は彼がむくれる番だった。
ゼシカはそれで気分が良くなり、階段を上っていた足を止めて、くるりと振り向く。
「ねえ? この階段を初めて上った時のこと、覚えてる?」
「あ?」
唐突な話題に、ククールは間抜けな声を上げた。
「だから、古代船の手がかりを求めてこの城を目指したじゃない」
「…ああ」
彼はとたんに不機嫌なコトを思い出したのだろう。
たしかに、あの時トロデーン城は呪われていて、冗談ではすまされない凶悪なモンスターが徘徊していた。
しかも、あの頃の自分達はまだとても弱くて、そのうろつくモンスターの群れに不意打ちをくらい、あわや全滅しかけたのだ。
「ククールがいなきゃ、あたしここにいなかったかも」
そう、懐かしげにしみじみとした表情で思い出を語るゼシカとは対照的に、ククールはますます不機嫌な記憶を思い出していた。
本当に、死んでしまうかと思ったのだ。
目の前でどんどん体温が奪われていくゼシカと、覚えたてで使い慣れず、何度も失敗し続ける己のザオラル。
「それで?」
嫌な気分がダイレクトに伝わる低い彼の声に、ゼシカはすこし思い出す仕草をする。
「んー。お礼してなかったから、しとこうかな~って」
「お礼?」
ククールは眉を上げると、階段の先に立つ彼女を見上げた。
彼女は聞いてくる。
「覚えてる?」
「何を?」
「ほら、ククール言ったじゃない」
「何か言ったっけ?」
本気で覚えていないらしいククールの様子が、ゼシカはおかしくてくすくす笑った。
「なんだよ?」
覚えていないのも無理はない。
彼はその台詞を、深く意味を持たせずいつも口にするのだ。
-お礼なら、ハニーの熱い口づけを希望するね-
ま、たまにはね。
ゼシカはくすくす笑いながら、上った階段をとんとんと下りる。
降りると、彼の顔が丁度、目の前に来た。
ククールの肩にそっと手を添えると、やっと、彼の青い目に理解の色が灯った。
「マジ?」
「思い出した?」
「…ああ」
まだ信じられないという当惑した顔を瞼に、ゼシカは瞳を閉じると。
ククールの腕が彼女の背中と腰を抱き寄せ。
ゼシカはククールに『熱い』口づけをした。
最終更新:2008年10月22日 19:15