恋の病4

ある朝、目覚めたら恋をしていた。
といっても、天使が耳元でラッパを吹くとか、エロスの弓で胸を打ち抜かれるとか、劇的な衝撃があって唐突に恋をしたわけではなく、私の恋はゆっくりと時間をかけて育てられたものだ。
つまり自分の気持ちを認めざるを得なくなった―――これは恋心だと自覚をしたのが今朝だったというだけわけだ。
朝の支度をしようと、鏡を覗き込んでみたら、普段よりも格段に色ツヤのよい顔がそこにあった。
窓辺から見下ろす新しい光に満ちあふれた世界は美しく、何故か感傷的になっている私の瞳はつい、潤んでしまう。
ククールの事を考えると、甘くて苦い想いで息苦しくて―――でも幸福で。
ついにきた。これが私の恋の自覚症状。

宿の帳場に行くとエイトとヤンガスがいた。二人は既に出発の準備も済んでるみたいで、お茶しながら寛いでいた。
「ククールは?」
エイトに尋ねると、
「また寝坊」
とそっけない返事が返って来た。
彼らはククールを起こすのに飽き飽きしているらしく、仕方なく私が起こしに行く事にした。

彼の部屋に入る。
っていうか……。何この人、枕なんか抱いちゃって。変な男。
でも日頃のすれた態度とのギャップに胸がきゅんとなる。
朝の光を受けて、銀の髪はけぶるよう。長いまつげは羽根のよう。今さらだけれど、この人は本当にきれい。
あまりにも安らかなその寝顔に起こす事が躊躇われる。が、心を鬼にして肩を軽く揺さぶり、名前を呼ぼうとする。
「ククー…、わあっ!!」
呼び掛けたその声は、言葉にはならなかった。ククールによって腕をつかまれてベッドに引きずりこまれてしまったので。
顔を胸元に押しつけられて、僅かな汗の匂いが鼻先を掠め、頭の中が真っ白になる。
耳の上でくつくつと喉を鳴らせているのにはっと我にかえって、思わずその腕を振り払い、容赦ない平手打ちを食らわせた。
ククールは打たれた頬を押さえながらのっそりと起き上がる。
「いてぇ……、なんて暴力的な起こし方なんだ」
「何すンのよ!」
「見惚れてたくせに」
いけしゃあしゃあと言ってのけるククールは、私の手のひらに発生した炎を見て、顔色を変える。
「げっ……、ごめんなさい!すみません!!」
平謝りする様子が阿呆らしくてとりあえず炎を手の中に収めると、ククールはほっと一息ついて挨拶してきた。
「おはよ」
「……おはよう」
髪をかきあげるククールをあらためて見ると、髪はくしゃくしゃ、寝巻はしわくちゃ、仕草はフニャフニャ。

カッコ悪い……。
でも……。
可愛い……。

アバタもエクボってこーゆー事かぁ、なるほどね……って、何だそりゃー!!
やばい。なんだかドキドキしてきた。とてもじゃないけど、ククールを真っすぐに見ていられない。
「早く支度しなさいよ!みんな待ってんだからね!」
バンッ!!
扉を必要以上に勢いよく開けると、言い捨ててその場から逃げた。





ある朝、いつものように寝坊したら、ゼシカに叩き起こされた。
とりあえず身なりを整えようと鏡を覗き込んでみたら、ゼシカに打たれた左の頬が赤くなっていた。
女の子に叩かれた位ではオレ様の美形力が衰えるはずもないが……おぼこ娘め、なんだあの位で。
頬を掻きながら思う……絶対見惚れてると思ったんだけどな。ゼシカもとうとうオレの魅力に気付いたかと。

容姿端麗、八面玲瓏、なーんてね。
ガキの頃から呪文のように言われ続けてきた言葉。
あんまり周りが言うもんだから、オレ自身もそーなんだなぁなんて思うようになっていた。
でもゼシカにはそんな武器は全く通用しなくて、口説いても口説いても、ちっともなびきやしない。
恐ろしくブラコンで、美人のクセに浮いたエピソードの一つも持ってやしない。
……恋愛回路あるんだろうか。それすらも疑わしい。まぁ、くじけないで頑張るけどね。
好きなんだぜ?ハニー。いつの日か、目覚めた時に枕の代わりに君がいるといいんだけどな。

宿の帳場に行くと全員揃っていて、早速まじめなエイト君に毎度お馴染みの説教を食らう。
面倒臭くて話し半分にそれを聞きつつ視線を彷徨わせていると、ヤンガスのでっかい図体の向うのゼシカと目が合った。
ザマーミロ、というような顔で『あかんべ』を送ってきたので、ゼシカの専売特許『投げキッス』で応戦してやった。
いや、深い意味はなかったんだけどね……。
するとゼシカはこれ以上赤くなれないだろうという位赤くなって下を向いてしまった。
様子がおかしいので、ギャーギャーうるさいエイトを無視してゼシカの近くに寄ってみる。
「ゼシカ?」
「………。」
「おーい?ゼシカさん?」
話し掛けてもだんまりを決め込んでいるので、その肩に手を置こうとした……その時、
「触らないでよーーーーーっ!!」
ゼシカはネコ見た鼠のように、ものスゴイ勢いで飛びずさると一声叫んで一目散に外へと逃げてしまった。
取り残されたオレは、宙に浮いたまま行き場のなくなった手を気まずくぶらぶらさせる。
なんなんだろう……?
女の子の事は知り尽くしているつもりだけれど、あの子の事はわからない。


茫然としているオレをエイトとヤンガスがしたり顔で見ていた。










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最終更新:2008年10月22日 19:15
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