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写真 - (2009/08/31 (月) 20:22:41) の編集履歴(バックアップ)


今までに取り上げた写真関連リスト


写真-覚書-2009

2009-07-03-写真論×2



■写真空間3 /特集 レクチャー写真論!

  • 第1章 ヴァルター・ベンヤミン
  • 第2章 ロラン・バルト
  • 第3章 アンドレ・バザンからケンドール・ウォルトンへ
  • 第4章 ヴィレム・フルッサー
  • 第5章 ジョン・シャーカフスキー
  • 第6章 スーザン・ソンタグ
  • 第7章 ロザリンド・クラウス
  • 第8章 アラン・セクーラ
  • 第9章 ジェフリー・バッチェンと「写真への欲望」

この雑誌、毎回購入しているけれど、やっと読みはじめた。しかも最新号から。今回は有名な写真論の解説集。読んだものもあるし、読んでないものもあるけれど、すべてにおいて衝撃的。MOMAのジョン・シャーカフスキーが現代写真の批評軸をつくったところが写真論の大きな転換期となっているのか、とか。ヴィレム・フルッサーの本はとても個性的で、写真家を特別な存在として定義している点も面白い、など。後半は難しくてよく分からなかった。写真論には常に「写ってしまった現実」や、「リアルとは」の話が登場する。モノ自体に向き合う態度を考察する、まるで禅・思想のようにストイックだ。


■日々是写真 /清水穣 著

マイケル・フリードのアブソープションとシアトリカリティ―という概念を使って、モダニズム写真から、ポストモダンへの動きを解き明かす清水さんの写真論。とっても刺激的。彼の著作はどれもキレ味がスゴくって、あまり理解できていないかも知れないが、その鋭利さが読んでいて面白い。

  • 眼と被写体 柳宗悦・青山二郎・土門拳

などは、「スナップ写真」と「民芸」を対比。モデニズム写真のディスクールへ民芸理論は反映出来る、とした野心作。これ自体が芸術のように創造的な批評だと思う。

2009-06-08-写真展×3


■張照堂 Chang,Chao-Tang
Place M
台湾はやっぱり昔の日本のようだと思い見ていたら、1980年代の写真ばかりで、実際にも古い時代だった。けれどもう一歩昔の雰囲気がある。寺山修二・映画のように前衛的で懐かしい。カッコ良くて滑稽、哀愁があって痛々しい。

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■「人間国宝」/岡正也
TOTEM POLE PHOTO GALLERY
ほんと、写真ギャラリーってへんな所にあるよな、の代表選手のような構え。ところで、新宿に集中しているのはなぜだろう。沖縄米軍基地の風景。集合写真が妙に迫力があってよかった。米兵と日本人女性の2ショットは、スナップなのか演出なのか微妙な距離感だと思った。

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■ 「be above ground」/渡辺友規
ニコンサロン bis
野口里佳の写真家と思うような、限りなく白く焼いた写真。けれどその透明感と、現実への関与感みたいなものが、彼女と決定的に違うようにも。逆に彼の写真には現実が持ってしまう生々しさを排除していくことで得られるユートピアを感じた。それでも完全にフィクションとならない写真が面白い。

写真-覚書-2004-2005

2005-06-05-不在の眼差し

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写真はその初めから人間を瞬間的に死の遺物として形象化し続けた。写真の出現は明らかにひとつの死であり、不在の眼差しの表明であった。(20世紀写真史:伊藤俊治) ●これは写真を「見る」ことでも、「撮る」ことでもあらわれる関係性のようなものらしい。自分を撮られた写真を見ることでより顕著にあらわれるのだ。死への眼差しに敏感になるというよりも、写真がそういった死そのものの観念をつくってしまったのではないか・・。などなど。

2005-06-03-身体感覚とでもいうべきもの

都市写真とは単なる都市を写した写真なのではなく、その撮影者がどのように都市と対峙し、いかに都市を通過したかという身体感覚とでもいうべきものの痕跡を明確に残してしまうのだ。(20世紀写真史:伊藤俊治) ●なるほどねー。無意識のあらわれという文脈で写真をみていくとなんでも出てしまうんだなー。恐ろしい。写真論が恐ろしい・・。

2005-05-29-木村伊兵衛写真賞の30年



時代を切り開くまなざし●開催期間 2005年04月23日(土)~2005年06月19日(日) 、会場 川崎市市民ミュージアム 企画展示室+ギャラリー●木村伊兵衛写真賞の30年軌跡。36人、400点!。すごいボリューム。しかも面白い。こうしてみるとこの賞がいかに時代を切り取ってきたかがよく分かる。会場は4ブロックに分かれていて、第4展示場ではじめてチケットを切られた。それはちょうどホンマタカシ以降90年代の写真家達で、出版されたカタログで飯沢耕太郎さんも書かれているようにそれまでの流れとは違った空気感があった。自分が特別興味をそそられるのもこの時代からの作品が多い。今日30年の軌跡をみてさらにその空気の差を感じ取ったように思う。それは表面的でもあり、根深いものでもありそうだ。それをはっきりできるまで、まだまだ興味は尽きない。

2005-05-24-写真美術館へようこそ


飯沢 耕太郎・講談社● 人間は謎であるとともに”驚異”でもあります。そのことをはっきりと感じたのはダイアン・アーバスの写真を見た時でした。 写ってしまった驚異として感じるこれらが、リアルにすくってしまえるそのクオリティーにあるのだとすれば、映画と変わらないはずだ。けれど写真はもっと生々しい。それは静止しているからだろう。この当たり前のことを「見る」という行為は何度も訴えかけてくる。写真は止まっているから、いくらでも想像を掻き立てるのだろう。逆に言えば、人間がその思考をいくらでも投影したい対象として、写真は止まっているのだろう。もうちょっと歴史的な流れから勉強になった一冊です。

2005-05-21-眼から眼へ


飯沢 耕太郎 (著)●いきなり写真論やらバルトやらを読んでみたけど、この本のように、もっと写真の楽しさを基本的な所から語ってくれるものも楽しい。そういうわけで飯沢さんのはもう少し読んでみよう。ここでは36もの写真展についてレビューが載っている。幾つかは聞いた事のある写真家だったけど、まだそんれほど興味のなかった時期(3年前くらい)の展示なのでどれも行っていない。いまだ写真そのものに直面したときよりも、書かれたものを読むほうが楽しい。これは映画やアートと比較しても、自分的には変わったアプローチかもしれない。

2005-05-15-写真の狂気

映し出された写真のなかへ自己を投影していく。なるほど人間は不思議な生き物だ。自分が撮影した写真の中へ意味を見出したくなるのだ。無意識の現前化。シュルレアリスト達が繰り返してきたその活動とは、普通に写真を撮る人たちにも共有されていく。裸の自分になって、対象へとぶつかっていく。その時何が写っているのか、それは言葉で表現できない「何か」なのか、だとすれば思考とは言語でされ得ないものなのか。かつて中平卓馬と森山大道がぶつかっていった言葉と写真の関係とは、投影を内面へ向けるのか、あるいはモノとしての対象へ向けるかの試練だったのだろうか。他者をかえしてのみ感じることのできる自分というモノは、写真という対象物を生産した本人によって分析の対象になったのだろう。自分を対象化し、分析すること。それは自覚的でなくとも繰り返し撮影し、確認することのなかに入り込んでしまうのだ。ある日突然、目の前にさらけだされた自分というモノ。その生産へ、耐え難さを覚えるのだろうか。

2005-05-15-飯沢耕太郎の個展

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  • 写真評論家・飯沢耕太郎の個展/紙百科ギャラリー第14回企画展/2005年4月12日(火)~2005年6月18日(土)/飯沢耕太郎の写真評論活動を通して選ばれた/写真家の作品集18点を展示し解説。
  • ギャラリートーク /第1回5月14日(土)15:00~16:30/対談「60年代以降の日本の現代写真」/大竹昭子(文筆家)+飯沢耕太郎

文章のキレがすばらしく、きっと本人も強かな雰囲気を持っているのだとう、最近すっかりお気に入りの文筆家、大竹昭子さんを目当てに行きました。もちろん飯沢さんにも興味はあり、まだそれほど探っていない方なのでちょうどよい企画でした。結果は正解。とても楽しいトークで満足。

「眼の狩人」 /この著作についてたくさん話が聞けました。写真という行為にひそむ狂気性。その恐ろしさでなぜか盛り上がり、何人もの崩壊寸前、してしまった写真家のエピソード。大竹さん自身が写真に魅了され、スナップ写真にはまり、そして撮り続けていくことへの恐怖心の芽生えを語り、飯沢さんが同時に解説をくわえていくという展開。前の方に座っていて分からなかったのですが、終了して振り返ると、若い方がどっさり来ていました。いやー。皆さん、写真好きなんですねーw。

2005-05-15-楢橋朝子写真展

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楢橋朝子写真展「half awake and half asleep in the water 04/05」ZEIT-FOTO SALON ●水辺の写真。というか半分もぐった感じ。通常のアイレベルで想定される海の画だと、中間あたりに水平線がある。けれどこの展示にある写真はほとんどが8:2、9:1くらいで「水」のほうが大きい。不安定な波に揺られながら泳いでいるようでもあり、溺れているようでもある。つまり風景写真という了解されたバランスを裏切っただけでなく、動的なものをむりやりおさえこんだ暴力性がある。水は景色を安定させるキャンバスではなくって、山とその周辺の街を「浮かべている」。そんな力強さでもってアピールしているのだ。

2005-05-13-明るい部屋


明るい部屋―写真についての覚書ロラン バルト (著),Roland Barthes (原著),花輪 光 (翻訳) )● ストゥディウムとプンクトゥムの関係(この後者が見出される場合)に、規則を定めることは不可能である。重要なのは、両者が共存するということであり、言えるのは、ただこれだけである。 うーむ。また厄介な言葉だ。シニファン、シニフィエみたくごちゃごちゃになりそうだ。とりあえずストゥディウムはコード化された、とか、常識的な志向かな・・。後者のほうがやっかいそうだ。 「ART IT」での大竹昭子・小崎哲哉の対談では、「グッと来る」写真ということだった。ベンヤミンのアウラとも違うかな・・。たとえば「追憶のロード・ムーヴィー」(エスクァイア マガジン)で、見開きいっぱいに「イージー・ライダー」の一場面が掲載されているのを見ていると、ピーター・フォンダの「あの」衝撃的なラストが、こんなに生々しい血の色と輝く緑の対比に満ちていたのかと驚く。これは映画では気づかなかった発見であるというよりも、写真そのものがもっているものだ。このあたりにプンクトゥムのヒントがありそうか・・w。

2005-05-11-写真論


スーザン・ソンタグ (著), 近藤 耕人 (翻訳) ● 写真術のためにおどんなお題目が並べられようと、それの主な効果は世界をデパートか壁のない美術館に変えてしまうことで、そこではあらゆる主題が消費物と堕すか、美的鑑賞の対象物に高められる。 これって、写真を受け止める側の心構えが、ある形に出来あがっていることを示しているのだろうか。どんな些細なことでもワイドショー化し、どんな事件でも矮小化してしまう。つまり、写真にすることで、すべてを一定のレベルに拡大・縮小して認識させる働きがあるということだろうか。レストランで食事をするときにデジカメでパチリ。車の衝突事故を目撃したらデジカメでパチリ。恐らく70年代にソンタグが言っていたようなことは、携帯やデジカメ世代の今、究極的に近い状態としてなぞられているのではないか・・。半分も理解できてないと思うけど、センテンスに含まれるものが今の世の中で焼きなおされるのを待っているかのように楽しい本です。

2005-05-04-ウナセラ・ディ・トーキョー

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ウナセラ・ディ・トーキョー残像の東京物語1935~1992(世田谷美術館)●'''自分ではなにも説明できない写真は、推論、思索、空想へのつきることのない誘いである。(スーザン・ソンタグ) '''1935~1992年の東京が写真家の目を通して見られた。知っているところも、そうでない場所も。懐かしむ人、驚いている人。昔はとても元気があった。エネルギーを感じる人物がたくさん。都市というものが、たくさんの記憶の集積としてあるのだと実感した。写真とは、記憶のアーカイブとしても機能的だ。今はどうか。砧公園にはたくさんの人。必死で遊ぶ姿。

2005-05-03-MoMA巡回建築展

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ニューヨーク近代美術館(MoMA)巡回建築展「谷口吉生のミュージアム」カラースキームパネル、実施図面、VTRなど資料豊富。谷口さんの路線で勝負しても一生かなわないだろう。けれど自分にも出来そうに見えてしまう。正攻法でいて、ものすごく知的な建築。槇文彦さんにも言えることだけど、決してプランが明快なカタチをしているわけではない。けれど空間から感じられるものはとても明快だ。必ず配置される入れ子のような吹き抜け。そこを何段にも横断するブリッジ。障子のように重なるカーテンウォール。今日もまた建築を続けることを元気づけられました。

2004-11-14-フィリップ・ガレル

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「愛の誕生」を3回に分けてみた。ほとんど音楽のない映画だけど、時折入るピアノの音にやられました。

2004-11-14-ヴォルフガング・ティルマンス展


やっと行けた。とても良かったw。カタログを買った。カタログはお得だ。これだけの内容で、この値段だし。家でなんども見返した。大きさがやはり重要だ。あの大きさが。「泳ぎ出るもの」っていいタイトルだ。写真もいい。あれはとてもよい。ポートレイトと風景とミニマムなものとスケール感をずらした展示は、それ自体にこだわりを感じ、インスタレーションになっていることと、写真という枠にとらわれない彼のスタイルをよくあらわしていると思った。

2004-10-13-現代写真集=青木淳作品集



面白い建築作品集だ。とくに各地のヴィトンは米田知子、蜷川実花、杉浦邦恵、久家靖秀、ホンマタカシなど著名な現代写真家に撮らせている。それだけで充分に楽しめる。蜷川実花の六本木などは建物の構成ではなく心象風景のようだし、ホンマタカシの銀座は空虚さを表してしまっている。画期的だ。

2004-08-28-ウィリアム・クライン展

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今日は仕事に行くつもりだったが、朝早くからの予定があって疲れたのでやめた。そこで出先から恵比寿に行き、本日から始まったウィリアム・クライン「PARIS+KLEIN」展を見た。すごい!。かっこいい!。よかった!。正直60年代や70年代の濃いモノって、写真集でみるとその生々しさへちょっと引いてしまうのだけど、今回のように展示会で接するとまったく違う。それは写真との距離感を自分なりに保てるからだろうか。とにかくあの大きさと、ほの暗いなかでスポットライトのあたった写真一つ一つはとてもスバラシイ。やはり空間体験として、写真展も在るのだろう。

2004-08-22-本音トーク?

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フォトグラファーの仕事(平凡社)太陽レクチャー・ブック ●写真家の本音トーク。佐内正史さん軽い!。薄着がいいんじゃない。ってぇ。これからの写真家へのアドバイスで。たぶん女の人みんな30になったほうが、気が楽だと思う。っと長島有理枝さん。デジカメはすぐみれちゃうから良くない。っと蜷川実花さん。幻想系、耽美系、禁断系の作家がすきだった。っと藤代冥砂さん。 でもそんな中でひときわ発言のすわっているのが野口里佳さんだ。会話が生まれたことで、そこの現実が変わってしまったように感じて。・・うーんストイック。同い年としてもリスペクト。

2004-08-21-眼の狩人


東松照明、森山大道、中平卓馬、荒木経惟、篠山紀信など戦後を代表する写真家へのインタビューがまとめられているのだけれど、読んでみると写真家がいかに沖縄へ魅了されているか。それが気になって、沖縄行きたい。そればかり膨らんでくる。しっかし。大竹昭子さんの文章は切れが良い!。

2004-08-15-鉄火-COYOTE創刊号

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森山大道は今年何度も企画されているような・・。とにかくラッキーだったのは、「短編 新宿ヨドバシカメラ 阿部和重」だった。これが掲載されているのは知らなかった。いやー。面白い。やっぱし阿部和重だ。シンセミア的なドキュメントタッチもあり。彼にもっと「都市論」を書かせたい。

2004-08-15-鉄火

imageプラグインエラー : ご指定のファイルが見つかりません。ファイル名を確認して、再度指定してください。 (title=鉄火)
うわー。紀伊国屋書店へ14歳からの哲学を買いにいったついでに、佐内さんの写真集買ってしまったぁ。まあ欲しかったし。お盆遠出しなかったし。(自分への言い訳しても)コヨーテも買ったし。あーあ。

このページについて

こちらはカテゴリーであると同時に写真について興味を掘り下げていくページ。まだ何にも知らないので、見たり・読んだり・感じたりして積み重ねて行きたいです。

あまり写真展へは行っていませんでしたが、最近になって佐内さんの「鉄火」を買いました。先日、野口里佳さんの「飛ぶ夢をみた」へ行きました。そして写真美術館の「世界は歪んでいる」なども。特別思い入れある写真家などはまだいません。写真論にも興味があります。実は「明るい部屋」をだいぶ前に購入したきり読んでいません。ロラン・バルトは好きなんですけど。今は大竹昭子さんや深川雅文さんの書かれるものを読んでいます。

東松照明、森山大道、中平卓馬、といった戦後を代表する写真家にもとても興味あります。ただ漠然とした印象ですが、川内倫子さんなどのような現代のやわらかい写真にたいして、濃くてハードな写真が生々しく感じられます。一方で、川内さんよりも野口さんや佐内さんの写真のほうが好きです。その差がどこにあるのかまだうまく言えませんが、後者のほうがモノにたいして素直に向かっていくような清々しさを感じます。今のところそのような「清々しさ」が興味の対象です。今後ウィリアム・クラインや、ヴォルフガング・ティルマンスなどの楽しみな展示がありますので、もっと探りたいと思います。2004-08-16/k.m

お聞きしてみたいこと

写真に関してあなたの印象に残っているモノ・コトを教えて下さい。

  • >どうもはじめましてです。SIZE(10){2004-08-26 (木) 20:11:46}
  • niki>間違えちゃった・・。写真については無知なんですが先日『日常』という写真集をなんとなく買ってみました(古本屋さんで)。その中に鈴木清順の撮った写真も載っていて自転車に乗った女子学生の通学風景を撮っているだけのそれが妙に面白かった。SIZE(10){2004-08-26 (木) 20:20:17}
  • k.m>nikiさんはじめまして。それはひょとして「日常生活」というタイトルでしょうか。SIZE(10){2004-08-27 (金) 00:59:09}
  • niki>『日常生活』です。佐内正史氏とかも参加してますね。SIZE(10){2004-08-27 (金) 11:06:34}
  • ふじた>音楽や写真って僕にとってはダイレクトに心の中に入ってきます、文章の想像力がイマイチないかも...SIZE(10){2004-09-06 (月) 01:36:29}
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あなたの注目する写真家を教えて下さい。

  • cafe>私は川内倫子さんが好きです。日常風景にある生と死。私たち現代人が忘れている光景を、彼女の透明感ある作品によってより鮮明に心に響いてくる。繊細で清らかで温かみのある印象を受けつつも、胸の奥を抉り取られる様な衝撃を与える、そんな彼女の作品が好きです。SIZE(10){2004-09-20 (月) 14:48:36}

ギャラリーリスト

京橋・銀座


  • ZEIT-FOTO SALON
    • 日本の現代写真を中心とした展覧会が中心。
    • 東京都中央区京橋1-10-5 松本ビル4f
    • http://www.zeit-foto.com

  • gallery Archipelago
    • 東京綜合写真専門学校の卒業生を中心とした自主運営ギャラリー。
    • 東京都中央区京橋1-8-11 田口ビル4F
    • http://www.archi-pelago.net

  • PUNCTUM Photo+Graphix Tokyo
    • 後藤繁雄プロデュース、仲條正義、服部滋樹らが協力。
    • 東京都中央区京橋1-6-6 ハラダビル2F
    • http://www.punctum.jp

  • コダックフォトサロン
    • 東京都中央区銀座 6-4-1 東海堂銀座ビル3階

新宿

  • PLACE M
    • 大野伸彦、瀬戸正人、中居裕恭、水谷幹治、森山大道による自主運営ギャラリー。
    • 東京都新宿区新宿1-2-11 近代ビル3F
    • http://www.placem.com

  • photographers' gallery
    • 北島敬三ほか若手写真家たちによる自主運営ギャラリー。
    • 東京都新宿区新宿2-16-11-401
    • http://www.pg-web.net




その他都内



  • art & river bank



  • Roof
    • カフェ&バー・ギャラリー(オーダー制)。
    • 東京都国分寺市本町3-12-12
    • http://www.roofhp.com

  • Art Photo Site Gallery
    • ポータル・サイト「Art Photo Site」と連動したギャラリー。
    • 東京都目黒区下目黒6-20-29
    • http://www.artphoto-site.com

  • 再春館ギャラリー

  • Photographic Gallery Jy

  • DAZZLE

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