有時靈山の褒貶〈ヘン〉の會に、御出座あるやうにと。長嘯公より申つかはし給ければ。其はめづらしき雅遊なり。やがて參らんと御領掌有き。比は慶長六年九月十三日。兼題は。月照菊、名所月、月前戀、此三首の和歌にて侍し。但きくのはなの御歌は。失念申たれば不記
名所月 也足
名にしあふ秋の二よののちせやまのちせかはらず月もすまなむ
月前戀
くもるらん月さへうとくなりにけりこぬ人つらき袖のなみだに
かやうにあそばされて、ひそかに執筆のもとへつかはされき。扨座定り。褒貶の人數なみゐたれば。始て御覽ずる御目よりは、定而歴々の者や有と思召候はん處に。貴人へむかひ物云すべもしらず。きゝにくき音聲にて。片言をのみ云ちらし。つゝしむ躰もなく、此御歌ども散々にそしりのゝしる。其そしりやう古歌をしらざれば、等類ありともきらはず。同心病。同字病。平頭・平尾の名をも辨へざれば、病の有無をいはず。少將殿の歌の外は。みなそしらむとのみ思ひければ、愛拶によみ給ひし。後瀬山にもこゝろをつけず。あまつさへ此山の名は、朝夕聞馴し、みなよみふるしたる事を。今日又よみたるは初心なる歌と、一方にいへば、亦一方より、いや初心にはあるべからず。下手功者のものゝこせ/\と聞にくきなりなむと、我意に任てのゝしる。丸會ごとにはやく詞をいだせば。口まねするがうるさくて、いづれの歌をも先えきかぬふりをして。いづれも各にしたがひ侍る。此時あまりに。にが/\しく存。「いや/\是はむさとそしるべき歌とはおぼえぬなり。よく/\吟味し給へと申けれど、たゞ市人の立さはがれるやうに。誰聞いるゝ者もなければ。三首ともにわるき歌になりて事はてぬ。凡歌合には、左右をたてゝ難陳あり。褒貶の會には。獨/\此うたには此難有、此こと葉はふるしなどゝ、神妙に取ざた有てこそ。そしられても、ほめられても、殊勝の會席なるべけれ。
最終更新:2015年06月14日 09:42