本居宣長・手枕・坊におはしまいし時

 坊におはしまいし時、そのころの大臣のむかひばらに、いとになくかしづきたて給ひしみむすめ、ほい有りてまゐり給ひける、御心ざし浅からず、あはれなる御なからひにて、一すぢにまめやかなる御ちぎりふかかりしほどに、いときよらにうつくしげなる女宮をなむ、うみ奉り給ひける。二ところかぎりなくあはれなる物に思ひきこえさせ給ひつつ、明暮の御かしづきぐさにて、月日を過し給ひけるほどに、この宮の四ツになり給ひし年の秋、はかなき御こゝちのやうにて、父宮にはかにかくれさせ給ひぬ。まださかりの御よはひにて、かうにはかにあへなき御事を、おほやけにも、いみじうあたらしうおぼしめしなげき、世ノ中の人もをしみ聞えさせぬなし。まいて御息所の御心まどひ、たゞ何事もおもほしめされず、きしかたゆくさきかきくれて、あさましうおぼしまどふもことわりなり。年ごろふたつなき御契を、かたみにまたなくたのみかはし給ひつゝ、かた時にてもおくれ奉りては、世にあらんものともおぼさゞりしかど、かぎりある道は、御心にもかなはぬわざにて、えしたひきこえさせ給はぬぞ、くちをしういふかひなきや。いはけなき人は、何心もなく、されありき給ふを見給ふも、いとどしき御心のもよほしにて、中々の忍草なめり。




1990年・京都大学

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最終更新:2015年06月14日 10:48