とりかへばや物語・その日になりて

その日になりて渡り給ふ。儀式いとめでたし。中の君も、おくらかし給ふべきならねば、具し聞えてぞ出で給ふ。女君は、なほいさや、いかなるべき事にかと、物憂くのみおぼさるれど、父宮もあるべきさまおぼしおきてゝ「今はなにしかはこのいほりをまた立ちかへり見給ふべき。みづからも、都に立ち出で侍るべきならねば、これなむ對面の限にて侍るめり。年ごろさり難きほだしとかゝづらひ聞えて、後の世のつとめも、おのづからけだいし侍りつるを、今よりは一すぢに行ひ勤め侍るべきなれば、いみじうなむ嬉しかるべき」とて、うち泣き給ひて、
 「行く末もはるけかるべき別には逢ひ見むことのいつとなきかな」
とて「今日はこといみすべしや」と、おしのごひかくし給ふ。女君、
 「逢ふ事をいつとも知らぬ別れ路はいづべきかたもなくなくぞゆく」
と、袖を顔におしあてゝ出てやり給はず。中の君、
 「いづかたに身をたぐへましとゞまるも出づるも共にをしき別を」。
我は必すしも急ぎ出給ふ御有様ども、いといかめしういきほひことにて、さるべきてんじやうびと、五位六位などまで多く仕うまつれり。女房もえんにふれつゝ、めやすき人々尋ね出でつゝぞ侍はせ給うける。中の君の御車は少しひきさがりて、出し車みつばかりして、これもさるべき人、御前など數多して、ねび人どもは、この御方のあがれにてぞ忍ひ參りける。宮はいと嬉しく、かひあるさまと見送り聞え給ふ。名殘なくかいすむ心ちして心細くおぼさるれど、一すぢに行ひ勤めさせ給ひければ、いみじく嬉しく、年ごろおぼしつるほい、かなひはてぬる心ちせさせ給ふ。






1991年・センター試験(異文)
新編日本古典文学全集 pp.462-464
新日本古典文学大系 pp.314-316
講談社学術文庫 pp.120-126
いずれとも異文

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最終更新:2015年06月15日 10:27