.兵衛の助申けるはあれは父右大臣殿。くらまへ参給しに。くらまのばうのせんざいにしんくはんもんの菊とて。うつしうへてそろしを。大臣わりなくこいとりて。いゑにつたへんとてうへ置しを。父はかなく成て後いもうとこにて候もの父かたみに見んとて。おしみをきて候を。めしにしたがひて。参らせ候と申せばいもうとは。はりまのさんみのはら。そつのつぼねかととはせ給へば。さは候はず。われとおなじき。式部卿の宮はらなりと申ければ。みやおぼしめしけるは。いざやいまのもてなしにて。おぼえこそなけれども。ゐんにも。この兵衛のすけにならぶうんかくもなき物を。ましてをんなにて。かれがいもうとならば。いか.にいつくしからん。あはれ。見ばやと。ふかく御心うつりて。此兵部きやうの宮は。たうていの御腹ことの御おとゝ。よろづに御なさけふかく。此兵衛のすけをも兵部卿の宮。つねは御めをもかけさせ給ひて。あはれみ給ひける。此君の事。夜もすがらおもひあかし給ひて。宮の御ずいじん。ときはと申て。かみかたちたらいて。十四五ばかりにて。よろづ物なれなる。わらはをめして。あの菊のえだ。おりてまいれとおほせ。ありければ。あさぼらけの露のしげきに。さしぬきのすそをとりて。菊をた折てまいりけり。宮。おなじ色なる。菊かさねのうすやうにかくなむ
わかこゝろきみかまかきにうつろふはなをやのこせるしらきくのはな
菊のしら露は。をきそふるよりくるしき物をと。あそばし。菊のえだにむすびて。兵衛のすけいもうとのすむらんかたの。かうしにさしてかへれとおほせありければ。ときはもとより。此うちのしさいよくしりたる物にて。三条たかくらにゆき。此ひめ君のおはしますたいのなかかうしにさしてかへりぬ。女ばうたち御かうしあけんとてたちいで。此花をとり。是御らん候へ。花にそへて。なべてならぬにほひのうすやうに、哥のかゝれて候御らんせよとて。兵衛のすけ殿に見せまいらせたりければ。見給ひて。兵部きやうの宮の御てなり。こはいかに。宮の御てにてわたらせ給ふ。いかにしておぼしめしよりけるぞ。もとよりこれこそあらまほしき事にてあれ。父母いきておはせば。いまゝでかくてやおはすべき。いまはにようご。きさきの位にも。わたらせ給ふへきぞかし。此たび御文あるならば。御返事すゝめ給へ。女ばうたちとその給ひけり。又ひる程に。宮ときはを御つかひにて御文あり
ゆきかよふあとはしらねとあふさかのせきはいとこそこえまほしけれ
此たびは。あらはれての御返事をこへとおほせありければ。ときはたまはりて。三条へ行。にしのたいにて。これは兵部きやうの宮の御文よといへば。女ばうたちは。いかに思ひよらず。人たがへか。とく/\かへり給へと。とりいれず。むなしくかへりぬ。をしかへし。かくなん
くれなゐのすゑつむ花やわれならんふみかへさるゝ身こそつらけれ
とあそはして。つかはさるゝ。ときは。とりてゆき。やう/\にいへども出ず。いらへもせず。ときは。おさなき心ちにねたくおぼえて申やう。たうじ我が君の御文なんどを。めさましくしてもてなし給ふびんなさよ。とりだにいれさせ給へとて。みすうちあけて。なげ入ぬされども御返事はなかりけり。そのゝちいろ/\のうすやうに。さま/゛\の、御心をくだきて。をしかへしく。御文ひまなかりけれとも。行水にかずかく心ちして。一度も返事なかりけり。宮は。ねたくもいひける物かな。よし/\さらば。さてこそあらめ。と。かくゆはんほどに母女御殿の御かたへも。きこえんこそはづかしく思へなんと。おぼせども、わすられず。御心よはきにつけても。なさけのほどあらはれてたゞ一すぢにおもふ也。かくて日数もふるほどに。宮のうちしつかに。よろづ物あはれなるひるつかた。ときは。おさなき心に。宮のおぼしめししづみ給へるを。あはれに思ひまいらせ。まぢかくまいりて。やう/\さて。此御事はしらけて。やませ給ふべきか。つねはゆきて見るに。かひ/゛\しく。とがむべき。さふらひなんどもさふらはず。なか/\御文など。候はんよりも。たゞをしていらせ給へかし。しかも今夜は。兵衛のすけ。ゐんちうの御とのゐ。殿上に侍る也たれか。くるまともなく。あまたいでいり候へば。うちまぎれさせ給ひて。くるまをば。ちうもんにしのびたてさせ給ひて。女ばうたち。御とのあぶらなとひしめき怖はんまぎれに。にしのつま戸かたより。まぎれいらせ給ひて。ともしびのしろ/゛\となりて。よく/\御らんし候て。御心につかせ給ひ候はゝ。まぎれもいらせ給へかし。宮はさもあるべしとおぼしめして。御めのと。さのきのせうしやう。車をめして殿上人のまねびをして。宮す所を、出させ給ふ。
2009年
センター試験
異文
『室町時代物語大成』11の「一本菊(写本)」(上記は「一本菊(刊本)」)
最終更新:2015年06月17日 09:33