L5宙域付近……
ZAFT軍強襲揚陸型MS運用母艦、『ガブリエル』は、異例のパトロール任務に就いていた。
その外観は、四足歩行の動物のようにも、双頭の銛のようにも見える、モビルスーツ運用デ
ッキを左右に持った独特の形状。
地球連合軍がかつて建造した、アークエンジェル型に酷似している。
…………言ってしまえば、アークエンジェル型そのものだった。
地球連合軍から入手したアークエンジェル型の設計図を元に、ZAFTで建艦されたフネで、
間もなく──プラント時間で明日──就役する、最新鋭の『ミネルバ』のテスト・評価用として
供された。その後、実戦配備されている。
色は地球軍のそれとは異なり、灰色と赤を基調にしていた。
「暇ね……」
無人に近いブリッジ。単独でのパトロール任務という異質の命令を受けているガブリエルは、
特に有事と言うわけでもなく、緊張感は緩みきっている。
艦長兼、特殊遊撃部隊『ラッキースター3』司令のカナタ・イズミは、艦長席でクロスワード・
パズルの雑誌を左手に、右手にシャープペンシルを持ち、あからさまに暇を潰していた。
ブリッジ後部の扉が開き、ショートカットの少女が入ってくる。ミナミ・イワサキ。もっとも、プラ
ントでは、16歳の彼女はすでに成人だった。
「……司令も就寝時間でしょう?」
静かな、淡々とした口調でミナミは言う。
「そうなんだけどね、どうもこういうのって途中で終わらなくて」
ミナミより頭ひとつ小柄なカナタは、少年のような口調で言う。傍から見ればどこからどう見
てもミナミの方が3は年上に見えるのだが、実際にはその逆。しかも、カナタはミナミほどの歳
の子供がいてもおかしくはない年齢なのだ。
「いけません……もし、万一のことがあったら……どうするのですか」
寝巻姿のミナミが言う。寝巻と言っても、華美なパジャマなどではない。ファスナー1本です
るりと抜け出せるような代物だ。下着などもなく、これ1枚である。
「大丈夫、万一なんて起こらないよ。それに、他に常設の警備艦隊だっているんだから、大丈
夫」
「そういう問題では……ありません」
カナタが言い訳すると、ミナミは睨み付けるような表情で、即座に言い返す。
「わざわざ私達をこの宙域に裂いたのですから……何か理由があるはず……」
「そうかなぁ。ただの嫌がらせのような気もしないでもないけど」
カナタが言う。その言葉には根拠があった。
彼女達、『ラッキースター3』は、ZAFTの部隊であるにもかかわらず、全てナチュラルのみで
構成されているのだ。
先の一連の大戦で、地球の各地から追い出されるように、プラントへの難民となった彼女達
……しかし、ギルバート・デュランダルら穏健派が政権中枢を担っているとは言え、ZAFT内部
ではやはり反ナチュラル意識が強い。
その、ナチュラル避難民の中から勧誘されたZAFT兵も存在するが、それを、事実上“隔離”
する為に編成されているのが、こうした特殊遊撃部隊であった。
中でも、この『ラッキースター3』は、特に変わっている事で知られていた。
まず、母艦であるガブリエルはアークエンジェル型のデッドコピー。
だが、何より異様なのは、この『ラッキースター3』の構成員が、ほぼ全員、女性のみで構成
されていることだ。それも、少女と呼んで差し支えない年齢の者が、少なくない。
こうした特殊遊撃部隊はしかし、やはりZAFT内部の反ナチュラル勢力の影響もあって、カ
ナタの言う“嫌がらせ”、平時にあっては、“どうでもいい事”“やらなくてもいい事”をやらされる
傾向にあった。
だから、今回の単独パトロール任務も、カナタたちはその一環だと思い込んでいた。
「だったら尚更……また、いい加減な仕事をしていると中央に睨まれます……」
「はいはい」
ヤブニラミするようなミナミの視線に、カナタはついに根負けしたように、本とシャーペンを下
ろす。
「ミナミちゃんは怒らすと怖いんだから」
そう言って、カナタは艦長席から立ち上がる。
「別に……そんなつもりじゃ……」
「わかってる、私の心配してくれたんだよね?」
「はい……」
こくり、とうなずくミナミ。
「それじゃ、寝るから、ミナミちゃんもおやすみ」
カナタはそう言って艦橋を出て行く。ミナミもそれに続いていった。
────4時間後。
ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ、ヴィーッ……
「やれやれ、ミナミちゃんの予感的中とはね」
仮眠程度の睡眠で起こされることになったミナミは、素早くザフト・ホワイトの制服に着替え、
ブリッジに飛び込んでくる。
「なにがあったの!?」
「アーモリー1、及びアーモリーシティー警備艦隊に敵襲です」
ツインテールのオペレーターの報告に、カナタは不機嫌そうな表情になる。
「それだけじゃ解らないってば」
叱責するように言うが、まるで迫力がない。
「それ以上は何も……アーモリー・シティーの軍司令部が応答しないんです!」
きつい目をしたオペレーターも、激しく言い返す。
「しょうがないから、急行するよ! 全員たたき起こして!」
「諒解っ」
眼鏡をかけた操舵手が、ガブリエルを回頭・増速させる。遥か彼方、恒星の光に混じって瞬
くアーモリー・コロニー群へ向かう。
「ニュートロンジャマー反応増大!」
オペレーターが報告してくる。
「右上方にナスカ級、それにUNKNOWN、交戦中です……味方のMS反応ありません」
「ありゃりゃ……ピンチね、どうにも」
カナタは、艦長席でう~、と、唸りながら前方をにらむ。
「とりあえず、港に張り付いてる奴から追い払うよ! ミナミちゃんたち、よろしくね!」
カナタの下例に、ミナミよりは少し長めの、ショートカットにした女性──やはり少女──が、
舌打ちする。
「ちぇっ、ミナミちゃんって……あたしの方が年上なのに……モビルスーツもなんかいいの乗っ
てるし!」
ブツクサ言いながら発艦デッキにMSを移動させ、待機位置に入る。
「まぁ、いっか」
コロッと態度を変えて笑顔になると、大雑把にコンディションを確認する。
「ミサオ・クサカベ、ジン・ウィザード、出るよーん」
ZGMF-1017M3R-W2。元々は、旧型のジンに、新鋭機のザクシリーズと互換のウィザードシ
ステムを搭載可能にして、延命しようとした機体だが、ザクの生産数が確保できる見通しがた
った為、本格的な改造計画は放棄された物。それに、ナチュラル用に調整したOSを載せたも
ので、特殊遊撃特務隊では主力機だった。
リニア・カタパルトに沿ってガイド用のLED照明が点灯し、銀色のスラッシュ・ジン・ウィザー
ドが射出される。
「アヤノ・ミネギシ、ジン・ウィザード、行きます」
ミサオとは対照的に、どこかのほほんとした感じの少女が、同じくスラッシュ・ジン・ウィザー
ドで飛び出していく。
そして、続く3機目は、異質の機体。ZAFTのMSとは趣を異にする。
それも当然だった。この機体は、連合の機体の設計を、モルゲンレーテのZAFTスパイから
入手し、独自の改修を加えた物だったからである。
それはフリーダム・ジャスティスの完成によって一度は無意味な物になったが、ユニウス条
約の締結で廃棄を免れた。
明日、竣工式を迎えるミネルバと同時に就役するはずだった、最新鋭MS・インパルス。現在
この機体は、それのために開発されたシルエットシステムのテストベッド機に改造されていた。
その役割も終え、しかし性能は決して低くない機体ということで、『ラッキースター3』に“お下が
り”したものである。
「ミナミ・イワサキ……シャドゥストライク……出る!!」
ZGAT-X105F。背中にシルエット用の連結機構があることと、胴体の一部が朱色の帯に変
わったこと以外は、あのキラ・ヤマトが伝説の発端を作った気体とほぼ同じそれは、同じく色と
所属の違う母艦から射出された。
「逃がさない……また戦争をしようとする人たち……」
シルエット連結に備えて緩い速度で飛行しつつ、ミナミは港を襲うバスターダガーの群れを
にらみつけた。
最終更新:2007年12月02日 10:30