シン・アスカは不幸だった。
アカデミーを優秀な成績で卒業、成績優秀者十数名にのみ送られるザフト・レッドの地
位を手に入れた。しかも卒業僅か2ヶ月で、ギルバート・デュランダル最高評議会議長直
々に、国防委員会直属特務隊FAITHに任命された、ZAFT創始期を除けば史上最短でのFAITH
就任という栄誉を授かった。
そう、他の奴らが見たら羨ましいだろうよ、シンは自棄気味にそう思っていた。
────それが、こんな奴等のお守りじゃなけりゃな!
Oct・2・C.E.73
ZAFT大型戦闘艦『ガブリエル』は、L4宙域の警戒任務に、単独で就いていた。
「ねーねー、シン、暇だよぉ~。なんか暇つぶしないのぉ~。マンガでもエロゲでもいい
からさぁ」
ブリッジ後方から入ってきた、ザフト・レッドの制服を着る、どう見てもローティーン
の少女──実際にはシンより年上だという、シンにはまったく信じられない──が、そん
なことをのたまいながら、指揮官席のシンに、文字通り絡んでくる。
「エロゲってお前、まだ未成年だし!」
「あれ? プラントじゃ16で成人じゃん?」
シンのツッコミに、少女は即座に言い返し、特徴的なネコ口でニヤニヤ笑う。
シンは生粋のプラント人ではなく、本来はオーブ出身だから、そのあたりの感覚が、特
に未成年お断り関係になると混乱しやすい。まして、目の前にいる少女がナチュラルだと
知っていれば、尚更である。
────C.E.70の戦役により、地上圏からプラントに流失した人口は、全てがコーディ
ネィターというわけではなかった。
クライン派、すなわち対ナチュラル穏健派がプラントの実権を握った事により、“エイ
プリル・フール・クライシス”で居住地を失ったナチュラルの一部も、プラントへ難民と
なって流入した。
そうしたナチュラルの多くはしかし、プラントの市民1人1人にまで受け入れられたわ
けではない。プラントにはいまだ、コーディネィター絶対優越論を信じている者が大多数
であった。
その為、プラントへのナチュラル難民は、その多くが、新設されたアーモリー・シティ
の軍事工廠の一般作業員、単純作業の肉体労働者になった。しかし一部は、ZAFTの志願兵
になった。
デュランダル議長は彼らをZAFTに招き入れた。そして、“特殊遊撃任務部隊”という、
専門の部隊をいくつか、作ったのである。
デュランダル自身は「コーディネィターにはできない、ナチュラルならではの戦法に期
待する」と言っていたが、ZAFT軍組織の上層部は「隔離部隊」と認識していた。
もっとも、シン自身はデュランダルの言葉をまるっきり疑っているわけではない。元々
オーブ出身だけに、ナチュラルに対しアレルギーじみた反発感があるわけでもない。
しかし世の中、十人十色ピンからキリまで、ナチュラルとかコーディネィターとかそう
いうことに関係なく、人間やその集団というものには、性格というものがあるのである。
シンが、FAITHオブザーバーとして回されたのは、特殊遊撃任務部隊『ラッキースター3』。
この部隊、どういうわけか、ほとんどが特定の地域出身の、少女で構成されていた。い
や、それだけならまだ良い。その少女達は、やたらとアクが強い、つまり軍人としては著
しく問題がある連中ばかりだった。シンに言わせれば“適性がない”、そう断言して構わ
なかった。
しかもシンは、本来なら、間もなく就役する最新MS『セカンドステージシリーズ』のパ
イロットとして、同様に完成間近の最新の戦闘艦『ミネルバ』に乗り込むはずだった。そ
れがどういうわけか、突然、ラッキースター3のオブザーバー役、シン曰く“お守り役”
にされてしまったのである。もちろん、MSも最新型から一転、『ニューミレニアムシリー
ズ』の量産開始で余剰になったセコハンMSである。
「アンタさ、それで潰しているヒマがあるんだったらシミュレーションでもやってたらど
うだ」
助け舟を出すかのように、メインオペレーター用のコンソールに向かっていた、同様に
赤服姿の少女が、呆れたような表情で振り返りながら、言う。
名前は柊かがみ。長い髪をツインテールにしている。このラッキースター3の中では良
識派に数えていい1人で、少し激情型の性格を除けば、頼れる方だった。
「別にあたしはMSに乗るわけじゃないからね~」
シンに絡み付いていた、小柄な少女が、
かがみに向かって言う。
「だったら艦の操作方法覚えろ」
「別にオペレーターや操舵手やるわけじゃないからね~」
「おい待てこら」
かがみとその少女とのやりとりに、シンは頭を抱えた。
この少女、泉こなたこそ、シンの一番の頭痛のタネだった。能力検査では知性、運動能
力共に、平凡なコーディネィターを凌ぐほどの能力を持ちながら、適性検査になると、MS
パイロット、オペレーター、操艦、砲撃、整備、果ては事務処理に至るまで、何かしら致
命的な欠陥が見つかるのである。
しかし、彼女をここに回した国防委員会も、デュランダル議長も、彼女の首切りには肯
定せず、ラッキースター3の一員として加えさせておくように、としか回答してこない。
────税金の無駄遣いだよな、まったく。
シンははぁ、と深くため息をついた。
「おやおやシン君、いけないね、そんな深刻な顔をしてため息をつくなんて、若さがたり
ないよ若さが」
「アンタのせいだっつー事を認識しろ」
シンが腹の中に収めようとした言葉を、かがみがまるで代弁するように言った。
「おおかがみん、今日は何気に好戦的だね」
「おまえな」
かがみの言葉では効いた様子のない
こなたに、シンはため息をつきつつ、指揮官席から
腰を上げる。
「良いから出てってくれ。何して遊んでても良いから、あー、危険な事以外は」
何しても、と言ってから、うかつなひと言だったと思いなおし、慌てて付け加えた。
「ここには俺か
ゆかりさんが呼んだとき以外来ないでくれ。他の人間の仕事のジャマだ」
そう言って、背後から肩を押しながら、ブリッジを追い出す。
「う~ん、シンのいけずぅ~」
こなたはしなを作るように身体をくねらせ、シンを上目遣いで見る。しかし、あからさ
まに人をおちょくっているその行為に、シンは黙ってブリッジの扉を閉めた。
そのまま指揮官席に座りなおし、僅かにリクライニングの効くその椅子にもたれかかっ
た。
「まったく、ただでさえ明日は忙しくなるかも知れないってのに」
ラッキースター3の母艦である『ガブリエル』は、押しも押されもせぬMS搭載の大型
戦闘艦であり、明日竣工式を迎える『ミネルバ』ともそう変わらない規模のフネである。
その外観は、かつて地球連合軍が建造した『アークエンジェル』に酷似している。
というか、『ガブリエル』は、まんまアークエンジェル型だった。
C.E.71のヘリオポリス襲撃の際、4機のGATの実機と共に、アークエンジェル型の設計
資料を入手していた。その後、ZAFTにおいてもMS搭載大型強襲戦闘艦(後のミネルバ型)
を建造する事になり、その前段階として、試験・検証用に、アークエンジェル型のコピー
艦を建造したのである。
こうして建造された『ガブリエル』は、ミネルバ型の起工と共に当初の役割を終え、実
戦部隊にまわされることになった。その際、元々ナチュラルの設計によるものだから、と
いう事で、特殊遊撃任務部隊にまわされたのである。
そして現在、ラッキースター3の母艦となって、L4宙域のパトロール任務に就いてい
る。
「まぁ、アーモリー・シティにも警備艦隊がいるんだし、わざわざ私達を呼び寄せるよう
な事にはならないでしょ」
オペレーター席でのびをしながら、かがみは苦笑混じりに、笑顔でシンに言った。
「あ、あぁ……」
かがみの歳相応な態度を見て、シンはふぅと息をつき、ようやく落ち着いたように微笑
を浮かべる。
「おおー、かがみん、シンちゃんフラグ立ててるねー」
指揮官席の反対側にうずくまり、コンソールから頭を覗かせながら、こなたがニヤニヤ
してシンを見る。
「って、どっから湧いた、お前はっ!!」
シンは声を上げながら、反射的に飛び退いていた。
…………結局、こなたはシンにネコづかみされ、ブリッジをつまみ出された。
「ったく、もう……」
「って、えぇ!?」
シンが気を取り直して指揮官席に座りなおすと、その直後、かがみが驚いたような声を
上げた。
「どうした!?」
シンが聞き返すと、振り返ったかがみは、気まずそうな表情をしている。
「マジで異常事態発生! 警備艦隊とUNKOWNがアーモリー・ワン外周で戦闘中!?」
「なんだって!?」
シンはかがみから、正面下方、操舵席の方に向かって声を出す。
「全速で急行!」
「了解シマシタ」
妙な抑揚で答える、緑服の操舵手。やはり少女で、癖のあるブロンドを持っている。彼
女はこのフネの中では数少ない例外の1人で、完全なナチュラルではない。所謂ハーフコ
ーディネィターだった。
メインスラスターのスロットルを全開にし、操縦艦を両手で握る。
増速するガブリエル。
ゴンッ!
ブリッジの緊張感を破るように、後部の扉のところで派手な打撃音がした。
シンが思わず振り返ると、扉が開き、癖毛をショートカットにした女性がふらふら~と
現れた。おでこに赤い、打撲の痕がある。
「はぅ~ またやっちゃったぁ」
高良ゆかり、“一応”このガブリエルの艦長である。軍艦の中でも就寝時間帯にはフリ
フリのネグリジェで寝る女性である。別名、シンの頭痛のタネ第2号。
「それで~、今どうなってるの?」
艦長席に腰を下ろしながら、涙目で訊ねてくる。
「そうだ、続報は何かないのか?」
本音では自分が把握するつもりで、シンはかがみに問いかける。
「アーモリー・シティーの軍司令部が応答しません」
かがみ自身も、その事に不愉快そうに答える。
「よほどの事態ってことか……艦長?」
シンは呟くように言いつつ、一応ゆかりに伺いを立てる。
「あー、そのあたりの細かい事はシンちゃんに任せる~」
手をパタパタ振りながら、ゆかりは言う。
「MS隊発艦準備」
「格納庫、MS隊発艦準備願います」
かがみはコンソール越しに格納庫にそう伝えてから、シンを振り返る。
「シンはどうする?」
「俺はもう少し状況を見たい」
そう言って、目の前の艦長席を見る。コンソールを手悪戯しているゆかりの後姿を見て、
ため息をついた。
「一番後から出られるように、すぐに起動はできるように頼む」
「了解」
かがみも呆れたように苦笑しながら、コンソールに向き直った。
「レーザーサイトに反応、不明のMSが宇宙港のゲートに侵入してマス」
操舵手として前方に注意を払う彼女、パトリシア・マーティンが報告してくる。
「UNKOWNは複数のMS、とりあえずゲートに取り付いている奴を何とかしてやってくれ」
シンは直接、艦内通信用のインカムに向かって言う。
「頼んだぞ、
みなみ」
「了解」
静かに聞こえるが、はっきりとした言葉が返ってきた。
「
あやのもな」
「はい、任されました」
丁寧だが、どこか緊張感に欠ける声が返ってくる。
「よし、MS隊発進開始」
「ちょっと待て、あたしには何にもなしってか~!?」
甲高い、怒気を孕んだ声が聞こえてきた。
「ったく、本来の隊長はあたしだっつぅのぉ。まぁそりゃ確かに、みなみんみたく特別な
機体乗ってるわけじゃないけど」
ブツクサ言いつつ、起動したMSのコンディションチェックをかける。
「ま、いっか」
ケロッと忘れたかのように、発進待機位置に進めつつ、前を見る。
「日下部みさお、ジン・ウィザード、出るよーん」
ZGMF-1017M3R-W2。元々は、旧型のジンに、新鋭機のザクシリーズと互換のウィザード
システムを搭載可能にして、延命しようとした機体。ザクの生産数が確保できる見通しが
たった為、本格的な改造計画は放棄された。少数が改造されてナチュラル用に調整したOS
を載せたもので、特殊遊撃特務隊では主力機だった。
カタパルトのガイドLEDが、艦の方向に対して後方から前方に順次点灯していく。そし
て、リニアカタパルトが、スラッシュウィザードを背負う
みさお機を射出した。
その後ろに、もう1機、同型が続く。
「峰岸あやの、ジン・ウィザード、行きます!」
スラッシュ・ジン・ウィザードが、やはり同じように宇宙空間に射出される。
そして、それにつづく3機目のMSは、ZAFTのMSにしてはがらりとイメージが変わ
った。
それもそのはず、そもそもは母艦であるガブリエル同様、連合のMSの設計を奪取し、
その性能評価、技術検証の為に製造された機体なのだから。
フリーダム、ジャスティス、そしてZGMF-X12A……これら初期のZAFT・GUNDAM
の完成により、一度は用途廃止品扱いとなった。しかし、ユニウス条約の締結により、核
動力MSが事実上不可能になった為、解体を免れる。
その後、プラントの技術を用いてズープ・アップと最適化が行われ、その後のニューミ
レニアムシリーズと同等の性能を確保した上で運用されていたが、セカンドステージシリ
ーズ開発にあたり、その新機軸である「シルエットシステム」の開発・試験用のテストベ
ッド機として提供されることになった。
シルエットシステムの開発は終了し、採用するMS「インパルス」も落成したが、こちら
も能力は非常に高い物を維持できている為、解体せず、『ラッキースター3』に転用され
たのである。
ZGAT-X105として生み出されたその機体。今はZGAT-X105Gと形式号を変えていた。
リニアカタパルトの発振待機位置に進むそれは、胴の一部に朱色の帯が入っている以外
は、かのスーパーコーディネィター、キラ・ヤマトの伝説の発端となった、あのMSとほぼ
同じ姿をしていた。
「岩崎みなみ。シャドゥストライク、行きます」
スターカットの入った、静かだがはっきりとした声で、告げる。
リニアカタパルトが作動し、シャドゥストライクは、同じく色と所属の違う母艦から射
出される。
『みなみちゃん、フォースシルエット、行くよ』
「了解です」
3機のMSが射出されたそれとは、反対側の発艦デッキのハッチが開き、大気圏内用の
翼を持った無人機、シルエットフライヤーが、フォースシルエットを連結した状態で、リ
ニアカタパルトで射出されていく。
速度を緩めていたシャドゥストライクに追いつくと、背後でシルエットとフライヤーが
分離し、フォースシルエットはシャドゥストライクとドッキングする。
みなみはビームサーベルを抜くと、先行している2機を追う。
宇宙港のゲートのひとつで、みさお達ジン・ウィザードと、“敵”のMSがやり合って
いた。
“敵”は、みなみの乗るシャドゥストライクと良く似た機体。ダガーシリーズ。肩口に
大口径の砲を搭載している。本来は対艦・火力支援型なのだろう。
みなみは、ノーマークだった1機に目をつけると、真正面から切りかかる。背負った大
口径砲が重いのか、その敵MSはろくに回避行動もできず、袈裟斬りにされ、スクラップに
変わる。
『敵はダガー系統の機体、連合です!』
「なんだって!?」
あやのから入った報告を、スピーカー越しに聞き、シンは思わず、指揮官席から立ち上
がっていた。
「どうして…………」
「シンちゃん!?」
はっ、と気付いたように、ゆかりが振り返る。
その次の瞬間、シンは、視界の先の相手に、伝わるはずもないのに、叫んでいた。
「そんなに、また戦争がしたいのか、アンタ達はぁぁっ!!!!」
最終更新:2007年12月02日 10:30