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避11-442

 泉そうじろうは困惑していた。
 締め切りが迫っていた原稿を三日三晩かけて仕上げ、三日ぶりに布団に潜り込んで半日ほど寝て起きたら……
「家族が通っている学校が、テロリストに占拠されていた。おまけに家がマスコミに囲まれていた」
 現状を口にする。
 彼の独白の通り、家の周りにはカメラやらマイクやら抱えた多数の報道陣に取り囲まれており、外からはスタジオへ現状を伝える大声が聞こえてくる。
 起きてみるとなにやら外が騒がしいので、カーテンの隙間からのぞいてみるとこの有様である。さすがに仰天したそうじろうは、姪の成美ゆいに連絡し、そこで初めて事件を知った。
『今、署のほうは大騒ぎになってるよ!! 糟日部市始まって以来の大事件だって。なんか、大阪だか東京だかからSATを呼ぶとか呼ばないとかで大わらわになってる!!』
 仕事用とは別の、プライベート用の携帯電話のスピーカーからゆいの切迫した声が聞こえてくる。声の後ろから騒音が聞こえてくるあたり、パトカーの中から通話しているようだった。
「SATか……」
 苦い顔でそうじろうは呟く。開道教と言えば一連のテロは言うに及ばず、教祖である大導師・皇そうまの逮捕時に銃撃戦をやらかした連中だ。相応の訓練を積んだSATを派遣するのは当然の措置であろうが、問題はそこではなかった。
「人質は2000人近くいるんだろう? それでも警察は突入するつもりなのか!?」
 人質。問題はそこだった。この手の事件では多くの場合、警察や軍の突入時に人質に犠牲者が出る。多くの場合は流れ弾によるものだが、手榴弾やスタングレネードの破片で死傷する例もある。
『それはまだわかんない!! とりあえず私も現場に行ってみる!!』
「行ってみるって……交通課が入れてもらえるのか?」
『大丈夫だって!! それぐらいは何とか……ってどきなさぁぁぁい!! 妹たちの危機なのよ!!』
 叫び声。スリップ音。それを最後に通話は切れた。
 そうじろうはため息をついて携帯を閉じ、つけっぱなしのテレビに向き直る。
「占拠された学園の生徒、泉こなたさんの父親である作家の泉そうじろうさんの家の前にきております。現在、家の扉は固く閉ざされ、我々の呼びかけに応じる気配もありません。固く閉ざされた家の中で、泉さんは今何を思っているのでしょうか」
 娘と姪、居候の安否に決まっている。テレビのリポーターに向かって、胸中で毒づいた。

 監視対象がいきなり立ち上がったのを見て、ノグチは仰天した。あのイイヅカが丸々一チームをその監視に割くような男が、こんな馬鹿なことをするのか、と。
(あの人が珍しく見誤ったか……?)
 ノグチは困惑する。その間にも、仲間と監視対象のにらみ合いが展開されている。
「俺を連れて行け、だ? お前、自分の立場がわかっているのか?」
 そういって男は、シンの眉間に自動拳銃の銃口を押しつける。
「お前は人質だ。俺達は違う。お前達は命令される立場で、俺達は命令する立場だ。身の程をわきまえろ」
「ちょ、ちょっとシン」
 座ったままのかがみが制止の声を上げるが、黙殺する。
「その子を離して、俺を連れて行け。さっきも言ったが、その子は体が弱いんだ」
 目前の45口径にも臆せず返したシンの頬を、台尻がなぎ払う。ゆたかがヒッと息をのむ声が、肉を打つ鈍い音の向こうにかすかに聞こえた。
「もう一度言うぞ? 身の程をわきまえろ、人質」
 その台詞と共に、撃鉄を起こす。
「…………」
 それでもシンは倒れなかった。口の端から血を滴らせながらも、拳銃を押しつける男を臆せずにらみ返した。
 学生らしからぬ覇気を持つ視線に、男はたじろいだ。膝でも見せしめに撃ち抜こうかと考えたとき、後ろから声がかけられる。
「騒々しいですよ? いったいどうしたんですか?」
「は!! こ、これは導師!!」
 間延びした声に、拳銃を突き付けていた男は直立不動となった。シンが声の方を見ると、先ほど壇上でしゃべっていたスーツ姿のめがねの男がいた。どうやら、この男が指揮官らしい。
「この学生が我々に反抗したため、灸を据えておりました!!」
「ほう……」
 男の言葉にめがねの男……導師は、興味深げにシンの方へと視線を向ける。この状況下で逆らってくる人質に興味が湧いたようだった。
「ほう、ほう、ほう……」
 言いながらシンをつま先から頭まで睨め回す導師。シンはその視線に、ミミズが背筋を這い上がっていくような嫌悪感を覚えた。
「君、学年と名前は?」
「……二年B組、シン・アスカ」
 シンは素直に答えた。どのみち、この状況では隠し立てしても意味がない。
「シン・アスカ君かぁ……声にも表情にも実に覇気がある!! 何らかの修羅場を生き延びてきたと推察するが……どうなのかね?」
 直球だな、オイ。端で見ていたノグチのこめかみを冷や汗が伝い落ちる。
「昔から施設をたらい回しにされたせいだ。両親は早くに死んだんでね」
 オーバーな身振り手振りを交えながら聞いてくる相手に少々たじろぎながら、シンは答える。さすがにここでは嘘をついた。見ただけでそこまで推測する相手に何処まで通じるかはわからなかったが。
「ふーむ、そうかぁ……だがそれにしてはこのような状況に慣れすぎているような気もするが……まぁいい。ところで君の要求は何かね?」
 ようやく本題だ。気を引き締め直しながら、シンは口を開く。
「その子を何のために連れて行くかは知らないが、彼女は体が弱いんだ。連れて行くなら、俺を代わりに連れて行ってくれ。たのむ!!」
 そういってシンは目の前の男に頭を下げる。
「貴様ぁ、いいかげんに……」
「まぁ、待ちたまえ」
 叫ぶ男を制し、導師と呼ばれる男はシンの方に向き直る。
「何のために、と聞いたね? それは簡単だ。政府に我々のメッセージをVTRで送るためだよ。見るからにか弱い彼女は最高の被写体だ。君もそう思わんかねぇ?」
「そうだとしても、彼女は俺の家族だ。そう簡単に連れて行かせるわけにはいかない」
「ほう……」
 導師の目がスッと、細められた。自らに向けられた銃口に臆することなく立ち上がるシンの周りを、ゆっくりと歩き出す。
「……止める、とでも言うつもりかね? シン・アスカ君」
「ああ。その通りだ」
 導師の表情が驚いたように凍り付く。
「俺の命に代えても、彼女は連れて行かせない。絶対に、だ」
 ちょうど背後に回っていた導師に振り返り、断言する。その瞳には、鋼鉄のごとく硬い決意が宿っていた。
「…………」
「…………」
 にらみ合うこと数秒。その時間がシンには永遠に感じられた。
「……く、くくくく……」
 その沈黙を笑い声で破ったのは導師だった。

「ふふふふふふ……はははははははははははははは!!」
 目の前の男の口からほどばしる哄笑に、さすがのシンも呆気にとられた。ぽかんと口を開けた表情が、さらに男の笑いを誘う。
「ど、導師?」
「は、はははははは……面白い、君は実に面白いな!! この圧倒的な暴力を前にしてなお、『命に代えても絶対に』ときたか!! はははははははは!!」 
 戸惑った声をかけてくる部下にもかまわず、導師は笑い続けた。
「ははははは……よぉし、決めた。君のそのおもしろさに免じて、予定を変更しよう。君たち、被写体にはこの少年を使う。その子は解放したまえ」
 導師の言葉に男たちは仰天した表情を見せる。同時にシンは安堵した。
(覚悟を決めるか……)
 これで初期の目的は達成。後は……。
「ただし!!」
 次へと向かっていたシンの思考を、導師の声が絶ち切った。
「もう一人、被写体を連れて行くとしよう」
「な……そんな!!」
「文句は言わせないよ? 最善から次善になるのだから、それを補う措置をとるのは当然だ。それに、目的の達成に犠牲はつきものだろう? 何もかも君の思い通りにするほど、我々も甘くはない。特に!!」
 そこで言葉を切って、シンの耳元に口を近づける。
「君のような危険な男の思い通りには、ね」
 クスクスと笑う導師の言葉にシンは臍を噛む。自分の正体も全て見抜かれていたと言うことか。相手の想像以上の手強さに戦慄した。
「さてさて……誰を連れて行こうかなぁ……」
 言いながら人質たちを眺め回す導師。視線が交錯するたびに人質たちは身をすくませ、おびえた目を導師に向ける。
 ゆっくりと左右をさまよっていた導師の視線が、一人の女子生徒に据えられ、止まった。
「君、ちょっと言いかね?」
「え? わ、私?」
 その女子生徒……泉こなたは突然の呼びかけに、自分の顔を指さしながら裏返った声で応じる。
「そう、君だ……んー……私の記憶が正しければ、君は泉こなたさんですよねぇ? 作家の泉そうじろうの御息女の?」
「そ、そうですけど……」
「やぁはぁりぃ!! 私の記憶に間違いはなかった!!」
 こなたへの返答は絶叫だった。体育館全体を震わせる声量に、こなたほかの人質はおろか、シンでさえも身をすくませた。
「お会い出来て光栄です!! お父上の著書は愛読させております!! 特に第3作のあれなどは……」
 その後は修飾過多なほめ言葉延々と15分ほど続いた。何度か付いていったイベントで、実際のファンを見たことはあるが、さすがにここまで来ると何か病気でも患っているか、薬でも決めているのかと疑いたくなった(父親がほめられていることには変わりないので悪い気はしなかったが)。
「ねぇ……」
「なぁに、かがみん……」
「あんたのお父さんのファンって……」
「続きは言わなくてもわかるけど、違うよ。この人が特殊なだけ、間違いなく……」
 お互いげんなりした表情を突き合わせて、ため息をつく。そのゆるい空気を、次の導師の一言が一気に現実に引き戻した。
「……よし、もう一人の被写体は君に決めた!! 彼女をその勇敢な少年と共に連れて行きたまえ」
「えぅぇっ!?」
「そんな!!」
「さっきも言ったが、君のような危険な男の思惑通りに行動するほど、我々も甘くはない。それに今まで観察した限りでは、君はこのこなたさんとそれなりに親しい間柄のようだ。その事実を保険にしない手はないだろう?」
 シンの抗議の声を、導師は一蹴した。
「それに、か弱い少女を身を挺して守った少年と、その友人の著名な作家の一人娘という組み合わせもなかなか絵になる。VTRにいい花が咲きそうだよ。それでは君。先ほど言ったようにしたまえ」
「了解しました」
 その返事と共に、銃口が向けられる。
「う、撃たないで下さないね?」
 同じように銃口を向けられたこなたも、最初につれてこられたときのように両手を後ろに組んで立ち上がる。
「シンお兄ちゃん、こなたお姉ちゃん……」
「大丈夫だ、心配しなくていいよ。すぐに戻ってくる」
 そういってほほえみ、涙を滲ませるゆたかの頭を軽くなでた。
「そ、そうだよゆーちゃん。い、いざとなったらシンに守ってもらうからさ、大丈夫だって!!」
 こなたも元気づけようとしたが、さすがに声が震えていた。
「お涙頂戴はそれぐらいにしてもらおうか? こっちも時間が迫っているんだ」
 そういって男の一人が小銃のボルトを動かした。場違いにすんだその金属音は広い体育館に大きく響き、その場にいる人質の全てを威圧した。
 相手を怒らせるわけにはいかない。男の言葉に従い、シンとこなたは歩き出す。
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
 その光景は、ゆたかに自分は無力だという、変えられない現実を見せつけた。

 同じ頃、校門前に封鎖線を張った警察の指揮官は頭を抱えていた。
「……県警は何だって?」
「大阪府警SATが到着するまで、現状を維持せよ、とのことです」
 県警から指示を読み上げた福田警部補の言葉に、封鎖線の指揮を任されている富野警部は二人でそろってため息をついた。
「SATが到着して……それからどうしろってのかねぇ、上は。これじゃどうしようもないって言うのにさ」
 そういって富野が親指を向けた先には、高等部校舎の屋上で機関銃を構える男が四人ばかりいた。ここからは見えないが、おそらく狙撃手も配置しているはずである。これでは機動隊の装備では突入はおろか、接近もままならなかった。
「人質が集められているのは体育館でしょうが、現状で突入すれば確実に犠牲者が出ます。それぐらいは上もわかっているはずなんですが……」
 そういって福田は言葉を切った。犯人グループの規模や練度は現状では不明だが、校舎に分散して閉じ込めるなどと言う、効率の悪いまねはすまい。相手も孤立無援な上、中高一貫校の陵桜学園はほかの学校に比べて広い。見回りにそれなりの人手が必要なのだから、生徒の監視は最小限の人員で行うはずだ。
 そのためには学園で最も広い空間を持つ体育館に全員を押し込めるのが早道だと、富野たちは考えていた。
「何とかしてSATの方々に偵察してもらう腹づもりなんだろうけど……現状がこれで何処までうまくいくやら……」
 機関銃数挺による鉄壁の防御はむろん、相手には人質というアドバンテージがある。下手な行動をとれば、人質が盾にされるだろう。最悪、その場で見せしめに射殺されることも考えられる。そんな事態は現場の富野たちも、上層部の人間も避けたかった。
「お願いします!! 通してください!! 中に妹がいるんです!!」
 突然上がった叫び声に、富野は怪訝な表情を向ける。
「気持ちはわかるが、正直交通課なんぞに入ってこられると足手まといなんだよ!! 外で待機していてくれ、情報は渡すから」
 応対の機動隊員の一喝に、叫んでいためがねの婦警は唇を噛んで黙り込んだ。その様子を最後まで見ずに、隊員は引き返す。
「どうしたの?」
「はっ、あの婦警、交通課らしいんですが、何でも妹がこの学園の生徒だとかで、中に入れてくれと言ってきたんですが……」
「入れるな、絶対に。こんなときに雑音を増やしたくない」
 にべもなく言い放ち、富野は眼前の事件に集中した。

 視聴覚室から体育館へと向かう廊下を、シンとこなたは3人の男たちに連れられていた。シンとこなたの監視にそれぞれ1人、残りの1人が周辺警戒という配置だった。
 撮影は思っていたよりも早く、何事もなく終わった。ただ単に並んで座らされて、カメラで撮られただけなのだから当然ではあるが、ナイフを首に当てられるとか、小銃でめった打ちにされるとかを想像していた身としては、正直拍子抜けだった。
(……やるなら、今か?)
 まだ体育館には遠い。今のペースで歩くなら、まだ五分はかかる。行動を起こすには十分すぎる時間だったが……
(こなたはどうする?)
 そこで思考は停止する。
 ゆたかの身代わりになって被写体になったまではよかったが、同行者……それもよりによってこなたを一緒に連れてこられたのは完全な誤算だった。間違いなく、あの男は自分の正体に気づいている。そうでなければ、『危険な男』だの『保険』だのと言った言葉は出てこない。
 自分一人ならどうとでも行動できるが、同行者がいるとなると話は別だ。圧倒的な不利から、圧倒的な窮地に追い込まれる。不利なだけなら逆転の目もあるが、窮地に追い込まれては覆す自信はシンにはなかった。
「ちょ、ちょっと押さないでください……」
「だったら速く歩け。1分1秒も惜しいんだよ、こっちは」
 銃口で小突かれたのか、こなたが泣きそうな声を上げた。そこに男の野太い声が重なる。
 その瞬間、シンの脳裏にちぎれた妹の右腕と、目を閉じて湖の底へと沈んでいくステラの姿がフラッシュバックした。
(……何だ、こんなときに)
 疑問には感じたが、自分でも答えはわかっていた。
 おびえているのだ。失うことに。
(…………)
 自分には、おびえることなど許されていない。コズミック・イラでの人生と引き替えにこの世界にきて、恵まれた生活を与えられた自分の何処にそんな権利があるというのだろう?
(……守ればいい)
 今の自分に許されているのは、大切なものを失わないために力を行使することだった。力を持つものが、おびえることなど許されない。
(……失えないなら、守ればいい。そうするための力が、俺にはある。そうしなければならない義務が、俺にはあるんだ!!)
 ちぎれた右腕と沈んでいく少女の姿が、シンの脳裏に焼き付いた。

(うう……思った以上にきついよこれは……)
 二人の男に銃口を向けられた状態で廊下を連れられながら、こなたは思った。ゆたかには安心しろなどと無い胸を張ってブチ上げたが、現実は甘くはなかった。今まで漫画やアニメで、人に銃を突き付けられるシーンを軽い気持ちで見ていたが、その状態が想像を絶する恐怖を伴うことを思い知っていた。
(シンはよく平気でいられるなぁ……)
 先ほどの体育館での騒ぎで、シンは眉間に銃口を突き付けられても動じなかった。コズミック・イラでの経験によるものかもしれないが、それでもあの恐怖を克服できているというのはすごいと思う。
(……まーだ、ゆるくなりきってない証拠なのかねぇ……)
「なあ、あんた」
 そう考えたとき、シンが突然声を上げた。

 目の前の人質が突然上げた声に、銃口を突き付けている男……クロサキは怪訝な表情を向ける。
「なんか、大導師の釈放を要求とか言ってたけど、ホントに実現できると思ってんの?」
 何を言い出すかと思えば、こんなことか。クロサキはため息をつく。最近はゆとり教育だかなんだかの影響か、若者の口の利き方がなっていないとよく耳にするが、どうやらそれは事実らしい。
「無理だと思うよ? あんたらみたいなテロリストの言うことなんか、政府が聞くわけ無いじゃん?」
 そういってシンは立ち止まった。

(い、いきなり何言い出してんの!?)
 シンの言葉にこなたは激しく混乱した。同時に彼らしくない言動に違和感を覚える。
 それが彼の決断の結果だとわかるのは、もう少し時間が進んでからだった。

(……こいつなめてんのか?)
 相手の言動と行動に、クロサキは内心激怒していた。下らないことべらべらとくっちゃべった挙げ句、この時間が惜しい中立ち止まったのだ。これで怒らない方がどうかしている。
「ねぇ? 実のところどうなのさ?」
「そんなことはお前には関係ない。向こうでも言ったが、こっちは1分1秒でも惜しいんだ。ぶっ殺されたくなかったとっとと歩け!!」
 最後の叫び声と共に、相手の背中に銃口を押しつける。
 瞬間。
 その背中が、勢いよく回転した。
 当然、押しつけていた銃口はその勢いに弾かれた。同時に相手にその銃身を掴まれ、勢いよく引き寄せられてバランスを崩された挙げ句、偶々踏み出していた右の膝を蹴り砕かれていた。
「……へっ?」
 間抜けな声が口から漏れる。そんな状態のクロサキに、掴んだまま突き出されたストックを避けるすべなど無かった。
 ラバーコーティングが施されたバットプレートが顔面に炸裂し、クロサキの前歯と鼻骨と顎骨をまとめて粉砕した。
(いったい……何が……)
 その思考を最後に、彼は意識を手放した。

(まずは一人!!)
 シンは相手の無力化を確信すると、倒れかかっているその襟を掴んで引き寄せ、そのまま残る二人に向かって突撃する。
 一方の相手には目の前の突然の出来事と、仲間が盾にされているという状況から行動に移るまでにシンと比べて二秒ほどの差が生まれた。実戦では致命的なタイムロスである。
 こなたを挟んでいる二人組のところに到達すると、シンは真っ先に彼女を突き飛ばして二人から引き離した。続けて顔面を血だらけにしたままぐったりしているクロサキを放り出すと、まずは向かって右の男の脇腹に肘をたたき込む。相手のあばらが折れる感触が、タクティカルベスト越しに生々しく伝わった。
 浮き足だったもう一人の男が銃口を向けるが、同士討ち覚悟で引き金を引く前にその肩口にシンがクロサキからくすねていたナイフが投擲される。
 風を切って飛んだ切っ先は、男の腕の神経を正確に断裂していた。激痛が走ると同時に右腕から力が抜け、手放された小銃が硬い音を立てて床に転がる。
 続けて先にあばらを砕いた男の頭を掴んで、その顔面を膝で叩き潰し、後頭部を肘で殴打して昏倒させる。
(二人!!)
「き、貴様ぁぁぁぁ!!」
 残った最後の男が、残った無事な左手で拳銃を向ける。しかし、引き金を引くよりも、シンが相手の懐に飛び込む方が早かった。
 銃を握った手首を掴んで背後に回りながらねじり上げ、膝裏を蹴りつけて這い蹲らせると、衝撃で力の抜けた手から拳銃を奪い取り、後頭部に突き付ける。
「き、きさ……」
「寝てろ」
 底冷えする声で呟き、台尻を後頭部にたたき込む。それで相手は昏倒した。
「三人」
 最後は声に出してカウントした。
 肉を打つ感触。骨を砕く感触。そして血のにおい……それら全てが、シンに古巣……“戦場”への帰還を実感させた。

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最終更新:2008年02月17日 04:54
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