「つ、疲れた…」
さすがのコーディネーターも、慣れない人ごみのなかでの接客は堪えたようである。
鷹宮神社から泉家へ。シンはバイクを家の脇停めながら独り言を吐いた。
「シン、あけましておめでとう。雪、降らなくてよかったね。」
振り返ると、そこにはパジャマに上着を羽織った
こなたがいた。
「ああこなた、おめでとう。早いな、もう起きたのか?」
そこまで言って気付いた。
こなたは早起きしたのではない、寝ていないだけだった。
「やだなぁ~あたしが早起きするわけないじゃーん。」
ニヤニヤしながら答えるこなた。シンはそれにあきれた様子で言った。
「ハァ…よく元旦からネットゲームなんてできるな…そのやる気はどこから出てくるんだ。」
「ネトゲ?何のことかな?シン・アスカくん♪」
妙である。大抵こなたが夜を明かすのは、ネトゲか
アニメかパソコンと相場が決まっている。
(それ以外の理由で徹夜…?面白いテレビでもやってたのか?)
さらにこなたは続ける。
「誰かさんが留守の間、大変だったんだよ~?台所的な意味で」
「台所的な意味ってなんなんだよ…」
「まぁまぁ、立ち話もなんだし、中に入ろうよ」
よほど寒かったのだろうか、そういうとこなたはシンを置いてさっさと中に入ってしまった。
(台所…?年越しそばでも食べてたか?)
首を傾げながら、シンも続いて中に入った。
こなたが泉家の戸を開け、続いてシンが中に入る。
(このにおいは…)
鼻をくすぐるいいにおい。空腹のシンにはたまらないものであった。
「さっ、はやくはやく」
こなたの手招きで居間に入るシン。
そこには、重箱に入った豪華なおせちが並んでいた。
「これって…おせち料理、ってやつか?すごいな、どこで買ったんだ?」
ジャケットを脱ぎながら聞くシン。C.E.の世界では見たことのない料理ばかりである。
「買った…?何を?何を買ったって~?」
一気に不機嫌そうな表情になるこなた。アヒルのような口をして怒っているつもりらしい。
「え、だからこのおせち…ってまさか、作ったのか!?」
まるで売り物のような豪華なおせち。シンが間違うのも無理はなかった。
「そうだよ~、あたしとゆうちゃん、お父さんで作ったんだから!」
えっへん、とこなたは無い胸をはった。
「すごいな…自分たちで作ったのか…」
シンはただただ目を丸くして驚くばかりだった。
「フッフッフ~、さらに味噌汁も作っておいたのだよ、シン!」
そういいながらこなたは台所へ向かった。
「手作りか…。でもなんで急に?いつもは作ってない、っていつか言ってなかったか?」
「・・・・・」
「こなた?」
無言で味噌汁をおわんへ注ぐこなた。
その様子に、シンはなにか悪いことでも聞いてしまったか?と思った。
「だって・・・だって・・・」
こなたの手が止まる。
「食べたいって言ってたから。」
お盆にのせた二杯の味噌汁を運ぶこなた。
机の上にそれを置き、さらに言葉を続ける。
「シンが食べたいって言ったんだよ…?」
「俺が?」
「ほら、いつだったか、お正月の話をしたでしょ?その時にシン…」
こなたが珍しく語尾を濁した。
その顔は照れているようにも見える。
「ああ!そうだ、あの時だ!確かにそんな話もした気がする…でもそれでわざわざ?」
「そりゃあ…ねぇ?たまにはあたしも頑張らないと…皆においてけぼりにされちゃうし…」
俯きながらそう話す少女の頬は、すこしばかり赤く染まっていた。
大切な人が食べたがっている料理を作ってあげる。なかなか機会の無いものである。
せっかくの"一つ屋根の下"というシチュエーション。たまには活用するのもアリ…こなたはそう考えたのだろう。
「おいてけぼり?"上手い"と思うぞ、お前の料理は」
「ほんとに?"美味い"!?」
「ああ」
こなたの顔が明るくなる。二人の『うまい』の認識に多少のズレはあるが…
意中の人に褒められたのだ。嬉しくない訳が無い。
家の事情でやむなくこなしている料理ではあるが、たまには役に立つものである。
「そっか…よかったよ☆」
いつもの明るい笑顔で笑うこなた。シンもつられて微笑む。
「ああ、ありがとうな、こなた!」
何度見ても、その笑顔はたまらない。見るたびに心惹かれる不思議な笑顔。
深く紅い瞳もあいまって、その笑顔にこなたは惹きつけられる。
(ハァ…こりゃ完全にフラグをたてられたね…)
あれほどシンと他人のフラグが立つのを楽しんでいたのに今では…。
そんな自分に内心あきれながら、彼に料理を勧めた。
この一瞬が自分にとって大切な一瞬である事をかみしめながら。
「はぁ~よく食べた、ごちそうさま!」
「よく食べたねぇ~ついでにあたしもたべちゃって☆」
「ハイハイ…で、冗談は置いといて…」
「冗談ですか…」
ジョークをスルーされ、涙ぐむこなたをよそにシンは言う。
「ちょっと風呂に入って仮眠を取りたいんだけど…」
「ああ、お風呂ね、沸いてるよ~。背中流してあげようか?」
「断っておこう。…んじゃちょっと入ってくるな」
「はいな~♪」
着替えと一緒にシンは風呂場へと歩いていった。
(あたしのフラグに終わりはあるのかねぇ~…)
そんな事を考えながら、こなたは彼を見送った。
風呂から上がると、髪を乾かすのもそこそこにシンはすぐに床についた。
(いろいろな事があった大晦日だった…今年は…俺はどうなるんだろうな…)
よほど疲れていたのだろう、そんな事を考えているうちにシンは深い眠りへと落ちていった。
・
・
・
暖房の効いた暖かい部屋。時計は12時前を指している。
(仮眠だったのに寝すぎたかな…)
さあ起きよう、そう思い布団の中で伸びを…
フニッフニッ
シンの手が何やら柔らかいものに触れる。
(…なんだ?)
そちらに顔を向けるとそこには…
(げぇこなた!)
目の前にはスースーと寝息を立てるよく知った顔。
朝会ったときのままのパジャマで、同じ布団にいた。
(って事はさっきのはまさか……!?)
顔を真っ赤にして慌てるシン。MSでの戦いならばどんな状況でも慌てないが彼には自信がある。
が、しかし目の前に広がるこの状況には、さすがのザフトレッドも慌てるほか無かった。
(と、と、とにかくこいつを起こして部屋に戻すのが先決だよな!?いや待て、下手に騒いで
そうじろうさんたちに誤解されでもしたら…!?)
まるでどこかのジャスティスのパイロットのようにアタフタするシン。
と、不意にこなたの口が開いた。
「…ん…シン…」
「ち、違うんだ!俺は、俺はなにもしてない、触ってない!!」
「スースー…」
(…って…なんだよ寝言かよ…)
フゥ、と息を入れながら自分に言い聞かせる。しかし、状況は変わってはいない。
一つの布団に男女が一緒に入っている。しかも女が男に寄り添うようにしがみついて寝ている…
普通の人が見れば、明らかに誤解するような場面、それが現実のものとなっていた。
(しかしなんでまた俺の布団なんかに…)
はぁ、とため息をつきながらシンはこなたの頭を撫でた。
寝息をたてるその寝顔は穏やかで幸せそうだった。
(もう少し…このまま寝かせてやるか。)
そう思った矢先・・・
―――コンコン。
「!!」
不意に扉をノックする音がした。
「シンお兄ちゃん、もう起きてるかな?お昼ができたよ」
声の主は
ゆたかであった。寝ているであろうシンにわざわざ昼食の要否を聞きに来てくれたのだろう。
しかしその言葉はシンの体から一気に冷静さが失わせた。
今部屋に入られるとまずい。誰しもが思うことをシンも思っていた。
「え、ちょっとまて!まっ…」
しかし・・・無常にもドアは開いてしまった。
「実はね、お姉ちゃんがおせちを作ってくれ―――。」
そこでゆたかの言葉はとまった。
無理もない。目の前には男女二人が…それも実の姉同様、姉と慕っていた少女と、憧れの兄のような存在が一緒のベッドに入っているのだ。
誰だって誤解してしまうものである。
「…えっと…その…ご、ごめんなさいっ!」
「まて!まってくれ!これは誤解だ!!」
顔を真っ赤にしながらあやまるゆたかにシンの弁解は届かなかった。
「お邪魔しましたぁ~!」
「まて、待ってくれぇぇ~~~・・・」
元旦の泉家に、シンの声。
しかしそれはむなしく響くのみだった―――
ちなみに、なぜこなたはシンのベッドで寝ていたのか?
「大体なんで俺のベッドで寝てるんだよ…そのせいでゆたかから誤解を受けたぞ…」
「なぜ?なぜかって言うとあたしも寝不足でねぇ~半分頭が寝てたみたいで、寝ぼけてたみたいだね!」
「そんな理由で俺は誤解を受けたのか…全く、いい迷惑だよ!」
「まぁまぁ、シンだってあたしの胸さわったんだからおあいこだよ♪」
「!」
「嫁入り前の娘をベッドに引き込んで、しかも二度も胸をさわるなんて…お父さんが聞いたらショックだろうなぁ…」
「あ、あんたってひとはぁ~!」
「あは☆」
シンはまた一つ、こなたに弱みを握られたとかないとか…。
おわり
最終更新:2008年03月12日 14:25