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18-521

 黒塗りの戦闘指揮車両から降りてきた戦闘服姿の男を、富野は笑顔で出迎えた。
「お久しぶりですなぁ、逢坂巡査長」
「こちらこそ、富野警部。大導師逮捕以来ですな」
 逢坂と呼ばれた男は、やはり笑顔で富野に答えた。革製のシューティンググローブに包まれた右手で、富野と握手を交わす。その拍子に肩に吊られたSAT仕様のMP5カスタムがかすかに揺れた。
 腰に吊ったホルスターには、近年になって導入されたベレッタM92ヴァーテックスが納められている。
 二人に警官は挨拶もそこそこに、状況の確認にうつる。
「それで、状況は?」
「連中からの犯行声明があったのが2時間前。それからすぐに機動隊を展開しましたが、現状は見ての通りですな」
 そう言って高等部校舎を手のひらで指し示す富野。その屋上には、相変わらず機関銃を携えたテロリストたちがにらみをきかせていた。
「到着したときからあの通りだよ。こっからは見えないけれど、多分狙撃犯も配置してるだろうね」
「あれは自衛隊も使ってる機関銃ですな……正面からの接近は不可能でしょう。あの銃の射程も併せて考えると、潜入するにはかなりの回り道が必要になりますな……」
 仮説の指揮所内でテーブルの上に広げられた学園の見取り図に目をやりながら、逢坂は言う。
「それですめばいいんだけどねぇ……占拠されてから時間が経ってるから、どんな罠が仕掛けられているかわかったもんじゃない」
「……多少、強硬な手も必要かもしれませんな」
 苦々しげに呟く逢坂に、どのような手段が考えられるか問いただそうとした瞬間、それはとどろいた。
 まず響いてきたのは、耳をつんざく爆音だった。続いて、それよりも小さな、それでいて力強い炸裂音がこだました。
 その場にいる全員が、指揮所から出て音の出所へと視線を向ける。
「……銃声?」
 誰かが呟いた。

 間一髪だった。伏せるのが1秒でも遅れていたら、間違いなく蜂の巣にされていただろう。盾にした事務机の影で、シンは安堵した。
 だが、危機であることには変わりはない。今も7.62ミリ弾と45ACP弾がひっきりなしに撃ち込まれていた。机の上の本立てに立てかけられた日誌や、積み上げられたプリントが銃弾に砕かれ、紙吹雪となって乱舞する。
(東西の出入り口に2人ずつ、それぞれアサルトライフルが2、サブマシンガンが2、合計4……そのうちの最低1人はグレネーダー、予備兵力と周辺警戒に後2人はいると見るべきか……)
 銃声の数と種類から、敵戦力をおおざっぱに分析する。数の差は明らかだが、倒せないほどではない。そう判断する。
「し、シン!!」
 下敷きにしたこなたが小さく悲鳴を上げた。おそらく、状況を把握できていないのだろう、その声には得体の知れない事態への不安と恐怖が滲み出ていた。
「伏せてろ!! 絶対に頭を上げるな!!」
 半ば怒鳴りつけてから起きあがる。
 アカデミー時代の学んだ白兵戦のイロハを思い出す前に、体のほうが先に動いていた。
 SCARのセレクターをセミオートに合わせ、銃撃の切れ目を狙って肩から上だけを机の影からだし、右手でグリップを押し出し、フォアグリップを左手で引き寄せながら照準する。狙うのは西側の出入り口だ。
 発砲。
 30口径ならではの力強く、頼もしいリコイルがストックを通してシンの全身に伝わった。ほぼ同時に銃声がとどろき、排莢口から弾き飛ばされた空薬莢が金色の弧を描いた。
 突然の応戦に泡を食ったテロリストたちが、あわてて入り口の影にはいるのが見えた。そのまま再び出てくる間を与えず、東側に4発、西側にはさらに3発撃ち込んで、再び机の影に退避する。
 その瞬間に応射が返ってきた。盾にした事務机に次々と銃弾が突き刺さる。
 タングステン弾芯のAP弾とはいえ、私物や書類がぎっしりと詰まった事務机を貫通するほどの力はない。しばらく好きに撃たせて、再び応戦する。
 しかし、シンが引き金を引くときには、既に相手も遮蔽物の影に退避した後だった。撃ち放たれた東西3発ずつの銃弾は、遮蔽物や廊下の壁に弾痕を穿つにとどまった。さすがに、そう簡単には当てさせてはくれないらしい。
(それなら、攻め方を変えるだけだ)
 再び相手の銃撃をやり過ごし、再び切れ目を見計らって応戦する。今度も東西に3発ずつ撃ち込んで退避し、遮蔽物の影で薬室の1発を残した状態で空になった弾倉を交換する。
 相手の銃弾をしのぎながら、シンはセレクターをフルオートに切り替えた。

(な、何これ……)
 眼前で展開されている状況は、こなたの思考能力を完全に凌駕していた。
 シンに押し倒された直後、とんでもない爆音が鳴り響いたのは覚えていた。シンの指示がなかったら、気絶していたかもしれない。
 だが、安堵する暇など無かった。ほとんど間をおかずに、似たような轟音で職員室が満たされたのだから。しかも日誌やプリント、テストの答案で出来た紙吹雪と(赤点よ、さらば)、事務机に轟くがつん、ごつんと言う着弾音、それに伴う振動のおまけ付きだった。
(これ……夢だよね?)
 一瞬、そんなことが頭をよぎる。
 その瞬間、頬にかすかな痛みが走る。銃弾に砕かれた遮蔽物の破片が、こなたの頬を浅く切り裂いたのだ。その痛みで、一気に現実に引き戻される。
 そう、これは夢などではなく、紛う方無き現実だった。
 衝撃波を伴って全身を駆け抜ける銃声。
 つんと鼻を突く異臭と共に、視界を白く煙らせる硝煙。
 その中で場違いに澄んだ金属音を響かせる空薬莢。
 それら全てが、こなたに逃避を許さなかった。
(こ、これが銃撃戦……)
 実感する。
(これが……戦場……)
 思考の途中で、いきなり頭を床に押しつけられた。
「むぎゅっ!!」
「頭を上げるなって言っただろう!!」
 シンに再び怒鳴られた。そこでまた違和感を感じる。
(何だろう?)
 はっきりとは言い表せないが、今のシンの言動に違和感を感じていた。社会科資料室でも、同様のものを感じ取っていた。
 正体がわからないそれは、こなたの中でしこりとなった。

 ハタは困惑していた。
(セミオートでの応戦だと!?)
 完璧なタイミングでの奇襲をかわされたこともあるが、相手が応射にフルオートではなく、セミオートで使ってきたことに驚愕していた。通常、銃撃戦というものはフルオート射撃はほとんど使わず、セミオートによる精密射撃の押収に終始する。
 フルオート射撃は援護や移動の際に弾幕として使われるか、先ほどのように視界がきかない状態での奇襲に使われる程度である。
 それがわかっていると言うことは、相手も相応の訓練を積んだプロであると知れた。それはいいのだが……
(そんなのが何で学生やってんだよ!?)
 胸中で絶叫する。弾が切れたSCARの弾倉を交換し、再び攻撃しようと銃口を突き出した瞬間、相手が銃を構えるのが見えた。あわてて遮蔽物の影に退避する。
 銃声。
 今までのようなセミオートの銃声ではなく、フルオートのそれだった。SCAR特有の遅いサイクルで3発の銃声が響き、3発の銃弾が遮蔽物とした出入り口のほぼ一点に殺到した。
 壁材が大きく砕け、その破片がまるで散弾のようにハタのほうへと吹き飛ばされる。同じような光景が反対側の出入り口と、膝撃ちで攻撃している仲間の眼前で展開される。それだけで相手の意図を察した。
「破片でのダメージを狙ってるぞ!! いったん離れろ!!」
 ハタの声に応じて、全員がいったん入り口から距離をとる。
「野郎、相当慣れてるな。追いつめられた素人って感じじゃねぇぞ」
 ドイツ製のサブマシンガン……H&K UMPを構えた仲間が言う。ハタも同意見だった。遮蔽物の使い方といい、2、3度の銃撃で攻め方を変える決断力といい、相当な実戦経験を積んでいることは間違いなかった。
「どうする? 持久戦に持ち込むか?」
「それでいいだろう。どのみち相手は1人だ。じわじわと嬲り殺して……」
 かつん。
 ハタの言葉は、何かが床を撃つ金属音に遮られた。
「手榴弾!!」
 全員が爆発に備えて耳をふさぎながらその場に伏せる。やがて襲って来るであろう衝撃波を予期して、ハタは身を堅くした。
 …………。
 何も起きない。
「……何?」
 おそるおそる顔を上げてみると、投げ込まれた手榴弾はピンが抜かれていなかった。実戦経験を積んだ兵士にしては、あり得ないミスだった。
 仲間と困惑顔を見合わせていると、再び同じような金属音が起こる。
 今度はスタングレネードが投げ込まれていた。ピンが引き抜かれた状態で。
 爆発。閃光。
 完全な不意打ちに、体勢を整える暇など無かった。視界が白い闇に塗りつぶされ、空間を圧する轟音に、聴覚を痛めつけられる。
「くそっ!!」
 真っ白な視界と馬鹿になりかけた聴覚に眉をひそめながら、職員室に向かってでたらめに撃ちまくるが、手応えはなかった。
「ガス弾を撃ち込め!! 燻り出すぞ!!」

(やったか……!?)
 スタングレネードが爆発した廊下を警戒しながら、シンはグリップを握り直す。
 正攻法は通じないと考えた末での行動だったが、意外に効果はあったようだ。直後の銃撃以後は、反撃もない。
 一瞬安堵した瞬間、東側の出入り口から再び銃口が突き出される。が、その次に響いたのは銃声ではなく、空気が抜けるような軽い発射音だった。
(催涙ガスか!!)
 白煙を引きながら室内に撃ち込まれたそれの正体を一瞬で看破する。それと同時に、黒い弾体から吹き出す催涙ガスが室内に満ち始める。
「げほっ、げほっ」
 ガスを吸ったこなたが咳き込むのが見えた。耐性訓練を受けていない彼女にはつらいだろう。
「ハンカチで口と鼻を押さえろ」
 シンの言葉を聞き、言われたとおりにするこなた。それを視界の端に捉えながら、西側の出入り口にフルオート射撃を叩き込む。AP弾で砕かれた壁材を避け、出入り口から退避する敵を確認しながら、弾倉を交換する。
「こなた。よく聞け」
 目と鼻腔を刺激するガスに眉をひそめているこなたに、シンは話しかける。
「ここから退避する。俺が入り口の連中を黙らせるから、合図したら抜けるぞ」
「抜けるって……あんたちょっと、何簡単に言ってんですかぁ!?」
 シンの言葉に対し、素っ頓狂な声を上げるこなた。それにかまわずにシンは続ける。
「相手は戦い慣れているから、銃撃に対しても敏感だ。遮蔽物に撃ち込んでいる間は絶対に顔を出さないよ。それは俺が保証する」
「でも……相手はあんなにいるんだよ?」
「大丈夫だ」
 心配顔のこなたに、シンは力強く断言する。
「俺が完全に無力化する」
 そう言ってタクティカルジャケットのパウチから手榴弾を取り出し、ピンを引き抜いた。撃鉄が落ちたそれを一拍の間を開けてから、西側に向かって投げつける。
 放物線を描いて飛んだ手榴弾は、シンと相手のちょうど中間あたりで炸裂した。黒煙と破片が爆音と共にまき散らされ、お互いの視界をふさぐ。
 そのことを確認したシンは、SCARを構えて叫んだ。
「抜けるぞ!! 走れ!!」
 同時にバースト射撃を繰り返しながら、東側の出入り口に駆けだした。
「サァァァァァァムラァァァァァァイ!! ブゥゥゥゥゥゥシドォォォォォォ!!」
 ヤケになって叫びながら、こなたは豹のごときしなやかな動きを見せるシンの背中に追随した。
 だんだんと大きくなっていくしこりを抱えながら。

 視界をふさぐ爆炎を目にしたハタは、さらに困惑していた。
(何故こちらに投げない?)
 今のタイミングは完璧だった。こちらに向かって投げつけていれば、少なくとも西側で陣取る自分と2人の仲間を確実に無力化できたはずだ。
(ひょっとすると、奴は……)
 心中で結論を出す前に、東側の仲間が襲撃を受けていた。

 爆発の熱と催涙ガス、そして相手が放つ殺気で満たされた職員室をバースト射撃を繰り返しながら疾走する。放たれた弾丸が出入り口に縁に立て続けに着弾し、相手を釘付けにする。
 それを確認しながら、シンは銃撃を切り上げ、腰からナイフを引き抜き、逆手に持ったまま敵の集団に突撃した。
 廊下に躍り出た瞬間、小銃を持った敵の1人と目があった。その表情が驚愕に引きつっている。
 相手が行動する前に、シンは手にしたナイフを相手の腕の腱に向かって振るっていた。
 右腕の腱を正確に切断された男の手から小銃が落ちた。間髪入れずに、男の顔をナイフの柄で殴り飛ばす。その一撃で相手の頬骨を砕いていた。
 そちらはもう一顧だにせず、片膝を突いてサブマシンガンを構えていた男の顔面を容赦なく蹴り飛ばした。苦悶の叫びを上げて倒れた男のみぞおちを踏みつけて気絶させ、残った1人に向けていつの間にか引き抜いていた拳銃を発砲する。この間、10秒未満。
 膝と肩を撃ち抜かれて、最後の男が転倒した。そのことを確認し、反対側に視線を送る。丁度、増援が到着したところだった。
「……!?」
 倒れている3人の男の姿に驚いたのか、出入り口から飛び出してきたこなたの足が止まる。
「止まるな!! そのまま走れ!!」
 その背中に向かって怒鳴りつけながら、シンは相手が持つ小銃の予備弾倉とサブマシンガンを取り上げた。残弾を確認し、先を行くこなたの背を追いながら、敵に向かってサブマシンガンのフルオート射撃を浴びせる。
 相手が後退するところを確認しながら、シンは反対側の階段に向かってこなたと共に疾走する。
 銃声。すぐ傍らを銃弾が空気を切り裂きながら疾走した。身をひねって半身になり、サブマシンガンの片手撃ちで応戦する。
 はずれてくれた幸運に感謝しながら、こなたの肩を掴み、まっすぐではなくジグザグに走らせる。出来れば接近される前に階段にたどり着きたかった。
 階段までおおよそ5メートル。背後から立て続けに銃弾が飛んでくる現状では、永遠に等しい距離だった。
 隣のこなたの激しい息づかいが聞こえてくる。それを銃声がかき消す。こちらの放った銃声がそこに押し被さる。自分やこなたの肉体から出る音は全てかき消され、感知できるのは銃声のみとなった。
(あと少し……)
 早鐘のような自分の鼓動を感じながら、弾が切れたサブマシンガンを放り捨て、走る。階段口に到達する。
 その瞬間にこなたを抱きかかえる。
「ふえ!?」
 こなたが驚きの声を上げるがそれにもかまわず、目の前の踊り場に向かって跳躍、着地。こなたを傍らに乱暴に下ろし、SCARの銃口を階段口に向け、静止する。
「ちょっとシン、何やってんの!?」
 こなたの問いにシンは答えない。銃口を階段口に向けたまま沈黙する。
「シン!! こんなときに冗談はやめてよ!!」
 それでもシンは答えない。銃口を固定したまま、立ち続ける。
「シン!! 聞いてるの!?」
 しびれを切らしたこなたが叫ぶのと、フルオートの銃声が踊り場にこだまするのはほぼ同時だった。
 銃口から打ち出された10発あまりの7.62ミリ弾は、敵が顔を出しかけていた階段口の縁のほぼ一点に殺到した。コンクリートの壁材が派手にえぐり飛ばされ、砕けた破片が射出口側へと勢いよく弾き飛ばされた。同時に苦悶の叫びがあがる。
 こなたはシンがここで相手を待ち伏せていたのだと理解した。このままでは追いつかれることから下した判断なのだろう。それはいいのだが……。
「う、撃つなら撃つっていってよ……」
 きんきんなってる耳を押さえながら、こなたはうめいた。
 そんなこなたには目もくれずに、シンは手榴弾のピンを引き抜いた。

 シンの銃撃で砕かれた破片をまともに浴びて、顔から血を流す仲間にハタは駆け寄った。その仲間、クボタは破片を浴びた左目を押さえながら苦悶の叫び声を上げていた。勢い込んで先行しすぎた結果だった。
「あああああ!! あ、あの野郎!!」
「落ち着け!!」
 叫んだ瞬間に、つい一分ほど前に聞いた金属音がハタの耳朶を打った。
 見慣れた黒い金属の固まり……手榴弾だった。
「伏せろ!!」
 それを認識したハタの行動は迅速だった。後方の仲間に指示を飛ばしつつ、負傷したクボタを抱えて手近な教室に飛び込んだ。
 その直後、投げ込まれた手榴弾が炸裂し、廊下が黒煙で包まれる。同時にわずかに残っていた窓ガラスが衝撃で全て砕け散った。
 衝撃で霞がかった頭を振りながら、ハタは通信機を取り上げる。
「HQ!! HQ!! 至急増援を要請する!! 奴は化け物だ!! 繰り返す!!」
 震える声で通信機に吹き込む。今まで様々な戦場で戦い、様々な恐怖を味わってきた彼だったが、今感じてる恐怖は全く異質なものだった。
 これはあの男……イイヅカと初めてであったとき同質のものだった。
「奴は化け物だ!!」


「ふーーーむ……」
 通信機から響いてくるハタの声に、導師は眉をひそめた。
 多少のイレギュラーは覚悟していたが、ここまでのものはさすがに予想していなかった。人質が脱出するというシナリオは想定していたが、その人質が反撃に出てくるとは考えもしなかった。しかも、相応の実戦経験を積んだ部下たちを相手に、だ。
 占拠した学園に、偶々実戦経験を積んだ人間がいた……偶然では片づけたくない事実だった。
「損害を報告しろ」
 導師の思考をイイヅカの冷たい声が遮った。損害。そうだ、今現実の問題に対応しなければならない。
『キタオカ、オオスギ、サカモト、クボタの4人が重傷です!! 現在残ったメンバーで追跡を続行していますが、正直現状の戦力では対応できません!! 至急増援を要請します!!』
 早口で告げられるハタの言葉に、イイヅカはしばらく黙考し、やがて重々しく口を開いた。
「俺が直接行こう。目標との一定の距離を保ち、追跡しろ。俺が行くまでは交戦するな。いいな?」
『りょ、了解しました』
 困惑したハタのいらえを最後に、通信は打ち切られた。
「君が行かないと無理かね?」
「それはどうかわからんが、時間が迫っている。早く障害を取り除くにこしたことはあるまい」
「まっ、それはそうだね。あんまり遅らせて、『スポンサー』を怒らせるわけにも行かないしね」
 導師の最後の言葉を聞き、感情を感じさせない声で淡々と答えていたイイヅカの顔に、初めて感情のようなものが浮かび上がった。
 それは、間違いなく嫌悪感だった。
「気に入らないかね? 『彼ら』と手を結んだこと」
 それをめざとく見つけた導師が、イイヅカに問う。
「……『奴ら』の存在自体は、特戦群時代に聞いてはいた。汚い商売でもうけている輩だと」
「だが、『彼ら』の存在は世界になくてはならないものになりつつある。彼らのビジネス……君の言葉を借りるなら、汚い商売によって世界経済の一部が支えられていることは間違いないのだからね」
 そう言って肩をすくめる。
「『彼ら』の行為を一方的に悪と決めつけることは出来ないよ。『彼ら』がビジネスを押し進めた結果、今日の科学の発展とネットワークの構築があるのだから。『彼ら』は必要悪だよ。我々人類が円満に発展するための、ね」
 そこで言葉を切り、イイヅカの方へと向き直る導師。
「君は、彼らのことはどう思っている?」
「……どうでもいいさ」
 淡々とイイヅカは答えた。
「俺の望みを実現しうるのならば……この国に『現実』を知らしめられるのならば……俺は悪魔にでも魂を売ってみせる」
 一息にそう告げて、イイヅカは小銃を取り上げる。
「時間が迫っている……行ってくる」
 そう言って、体育教官室から駆けだした。

 シンとこなたは管理棟から渡り廊下を渡って、美術室へと退避してきていた。室内へと飛び込むなり、シンは警戒の視線を走らせ、入り口を施錠する。
 そうしてからシンは小銃を下ろし、教卓の中に手を突っ込んで何かを探しているようだった。
「…………」
 その口径を端で見つめながら、こなたはずっと胸の中にあるしこりについて考えていた。
(何なんだろう? この感じ……)
 しこりの存在にというより、しこりを生み出した自分自身に驚いていた。こんな感覚はシンに出会うまでは感じたことはなかった。
 正確に言うなら、シンへの自分の感情に気づくまでは、だが。
(でも……いつもの気持ちとは違う……何というか……怖いの? 誰が?)
 シンが。
 理屈では答えはわかっていたが、感情がそれを認めなかった。
(でも、シンは確かに私を助けてくれたし、今も守ってくれている……でも……そのシンは、本当に今までのシン?)
 感情と疑問を整理できずに1人悶々としていると、シンが目的のものを見つけたらしく、小さく歓声を上げていた。
 彼が教卓から探し出したのは、伸縮式の教鞭だった。のばしたそれの先端に引き裂いたシャツを結びつけると、おもむろに銃口に突っ込み、銃身の内部を清掃する。
 10回ほど往復させ、教鞭を銃口から取り出す。先端に結びつけられた布きれに、黒く、どろりとしたタール状のものがこびりついていた。
 そのことに満足したのか、弾倉を交換するシン。そう言えば、階段で使い果たしてそれっきりだったか。
 次の瞬間、シンの顔に浮かんだ表情に、こなたは金槌で殴られたような気分になった。
 笑みを浮かべたのだ。それもとびっきり質が悪く、どう猛な笑顔を。
 胸のしこりへの疑問が、急速に氷解していくのを感じた。自分は間違いなく、今目の前にいる、『別の誰かになってしまったシン』を怖がっているのだ。
「敵が来る前に移動するぞ」
 そう言ってシンは立ち上がる。それを見たこなたの恐怖は、急速に怒りへと取って代わっていった。
「どうしたんだ? 追いつかれる前に行くぞ」
 いっこうに動こうとしないこなたに、怪訝な声をかける。
「……どこか負傷しているのか?」
 負傷。けがじゃなく、負傷。口調が完全に軍人のそれになっていた。
 そのことを理解した瞬間、こなたの怒りは爆発していた。
「いい加減にしてよ!!」
 自分でも驚くほど大声が迸り、お互いの胸に突き刺さった。 

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最終更新:2008年06月09日 11:44
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