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14-421

(行ったか……)
 シンの背中が消えた出入り口を見つめながら、サトーは思う。
 昼休み中に突然の襲撃を受けてから、既に4時間あまりが経過していた。体育館に押し込められた学生たちの顔には、疲労の色が濃く出ていた。
(このような状況では、それも当然か……)
 嘆息して、先ほどのシンの行動を思い返す。
(俺を連れて行け……か……)
 連れて行かれる直前に、彼が叫んだ言葉を反芻する。
 常識で考えれば、愚かとしか言いようがない行動と言動だが、そうせずにはいられなかった彼の心情もまた理解していた。義勇兵を中心に構成されているザフトには、ああいった気性の持ち主が多かったこともまた事実であり、自分もその1人だったからだ。
(……あの目……おそらく、あいつはやる気だ)
 何を、というのは愚問だった。突然、平和な日常に土足で上がり込んできた不届きものに鉄槌を下す……プラントという、孤立した環境を守るザフト兵にとっては、至極当たり前の行動だった。
 個人主義のザフトにとっては、1対多も問題ではない。ある意味、絶好の好条件ともいえた。
アスカの正体に気づいているものは、連中にもそういないだろう……それよりも問題は泉か……行動を起こすのは間違いないだろうが……泉のことはどうするつもりだ?)
 問題はそこだった。このような状況では、同行者の存在など足かせにしかなるまい。彼の正体に気づいた、「ごく一部のもの」もそれを見越して、こなたを同行させたに違いあるまい。
(素人の同行者を守りながらの戦い……か……どう切り抜けるつもりだ?)
 こなたを見捨てるという選択肢は、最初から用意していないだろう。シン・アスカとは、そういう男だ。
「はぁ……」
 誰かが漏らしたため息に、サトーの思考は断ち切られた。
 ため息の持ち主は、同僚の黒井ななこだった。
「どうしました、黒井先生?」
「あ……サトー先生……」
 声をかけてみると、全く覇気のない返事がよこされた。心なしか、顔色も悪い。
「大丈夫ですか? 顔色も優れませんが?」
「いや何、大したことやないんです……ただ……」
「ただ?」
 静かに先を促す。
「ただ……うち、何にもできひんかったのが……悔しゅうて……アスカも岩崎も、あんな大男相手に、あれだけのことしたんに……ただ見てただけの自分が、悔しいんですわ……」
「…………」
 かける言葉が見つからなかった。あの状況ではあれだけのことが出来る人間のほうがまれだと言っても、軽薄なようでいて、どの教師よりもよく生徒のことを見ている彼女には通じまい。
「……仕方がないでしょう。状況が状況です。行動できる人間のほうが少数ですよ」
 それでも言わずにおれなかった。第一みなみはともかく、シンはついこの間まで本職の軍人だったのだ。危機に対する反応からして違う。
「……その少数が両方とも生徒やった、ていうのが、なぁ……」
 思った通り、通じなかった。言う前よりもふさぎ込んでしまったようにも思える。サトーは、自分の言動を後悔した。
「しかも、巻き添え食ったかなんか知らんけど、アスカだけやのうて泉まで連れてかれるし……あー、二人になにかあったら、うちどないしょう……」
(どうするつもりかは知らんが……)
 思いながら、監視役のテロリストたちを観察する。
(皆の気力もそう持つわけではない……勝算があるのなら、早くしろ)
 拳を握りしめる。
(ここは俺が守ってやる)
 同時に、決意を固めた。

 シンに銃口を突き付けていた男が、突然バランスを崩して吹っ飛ばされた。
 こなたに認識できたのはここまでだった。
 突き飛ばされて起きあがってみると、一人は顔面が血だらけに、一人は脇腹を押さえたままうつぶせに昏倒し、最後の一人は右の肩口からナイフを生やして気絶していた。
(う、嘘……)
 突き飛ばされてから一分と経っていないのに、自分たちを取り囲んでいた三人の男が全滅していた。その真ん中で、奪い取った拳銃を手にしたまま、シンは立っていた。
(じゃ、じゃあ、あのときって……)
 先ほどのシンの軽口は、相手の油断を誘うための芝居であると理解した。同時に、シンの戦闘能力に戦慄していた。
(わ、私一回も勝てなかったのに……それでも、ひょっとして……)
 彼女は、好奇心からシンと手合わせしたことがあった。
 結果は惨敗。シンに触れることすらかなわずに、一瞬にして取り押さえられた。その後、生来の負けず嫌いから似合わない努力までして何度も再戦したが、結果は全戦全敗。どの勝負でも最初と同じように、シンに触れることすら出来なかった。
(私って……まさか……!?)
 こなたの疑問はだんだんと確信に変わっていく。
 自分はあのとき、あれでも手加減されていたのだ。その後の再戦も含めて。
 目の前の惨状を見る前の自分なら、そんなことはつゆほどにも考えなかっただろうが、今は違った。目の前に確固たる証拠が、三人もいるのだから。
 そんな彼女の驚きをよそに、シンは倒したばかりの男たちから装備を引き剥がしていた。
 拳銃をズボンに挟み、三人が着込んでいるボディアーマーとタクティカルベストを脱がして、左手にまとめて抱えると、最初の一人が落とした小銃と残る二人の小銃、それに通信機を手に立ち上がる。
「移動するぞ。ついてこい」
 それが自分に向けられた言葉だとわかったのは、シンが走り出してからだった。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
 言うだけ言って先を行くシンに、こなたはあわてて走り寄る。
「い、いきなりこんな事して何のつもり!? いくらシンがそこら辺の特殊部隊より強いって言っても、あんな大軍団相手じゃどうにもならないと思うんだけど!?」
「そんなことを言っていられる状況じゃない」
 こなたに答えるシンの声音は、いつになく硬い。
「もう警察の介入を待っていられる段階はすぎた。ここで行動を起こさなかったら、いずれは皆殺しだ」
「え? ど、どういう事?」
 物騒な発言に、こなたは惚けた表情で返す。
「何であいつらは顔をさらしていると思う? 何で名前で呼び合っていると思う? 隠す必要がないからだ」
 そこまで言われて、こなたもシンが言わんとしていることを理解した。
「最終的にみんな殺しちゃうから……素性も何も隠す必要がない……って事?」
 錆び付いた歯車のようにうまく回らない頭でようやく理解し、絞り出すように言うこなた。突き付けられた事実の重さに、肩に何かがのしかかったような錯覚を覚えていた。
「方法までは知らないけど、そう考えて間違いない。最悪、過去の事件で使ったようなのまで持ってきてるって考えとくべきだ」
「えーと、ラオックスとかGXとかそういうの?」
 こなたの言葉に躓きそうになる。
「セムテックスとVXだ……とりあえず、あそこで装備を整えよう」
 そういってシンが指さす先には、社会科資料室があった。途中、階段を上ってきたため、今は二階にきていた。
 戸を小さく開けて中の安全を確認し、こなたを先に入らせてから中に滑り込む。戸を閉めて鍵をかける。傍らでは、こなたが荒い息をつきながら、膝に手を当てて立ち尽くしていた。この緊張の中で全力疾走してきたのだから、無理もなかった。

 そんな状況を尻目に、シンは装備の点検を始めていた。奪い取った自動小銃……ベルギー・FN社製、SCAR─Hアサルトライフルの弾倉を引き抜き、弾薬を確認する。弾倉から顔をのぞかせる、鈍い金色の薬莢に納められた弾頭を見て舌打ちした。
 タングステン製の貫徹体を弾芯とした、アーマー・ピアッシング弾。しかも突撃銃としては最大クラスの30口径……7.62ミリ×51弾だ。
 この弾の前では、ボディアーマーもほとんど意味をなさない。間違いなく、特殊部隊との交戦を前提としたチョイスだった。
「セレクターはセミとフルか……指切りバーストまだ出来るかな?」
 呟きながら小銃を傍らに置き、ズボンに挟んだままだった拳銃を引き抜く。
 パラ・オーディナンスP14。カナダ製のガバメントコピーだった。同じガバメントの子孫を制式拳銃として使っていた身としては、嬉しい偶然だった。ダブルカアラムの太めのグリップも、初めて握るにしてはよく手になじんだ。
 装填されている弾はホローポイント弾だった。小銃に劣る貫通力は、ストッピングパワーで補うと言うことなのだろう。
 ほかに小銃の予備弾倉が3着のタクティカルベストから4本ずつ、計12本見つかった。手榴弾とスタングレネードもそれぞれ2個ずつ、合計で6個ずつ手に入れた。
「……初っ端から大収穫だねぇ」
「彼我戦力差を考えたら、これでも足りないよ。口径が大きい分、携行弾数も少なくなってしまうしな」
 息を整えたこなたの軽口に律儀に答えながら、奪ったボディアーマーの中から一番サイズが近いものを選び、夏服の上から着込む。その上にタクティカルベストを着込み、拳銃のホルスターをベルクロテープで太ももに巻き付ける。
 タクティカルベストに予備弾倉を詰め込み、小銃のスリングに肩を通す。残りの症状をどうするか、少し迷ったが持って行くことにした。孤立無援の現状では、武器は多い方がいい。
 二挺の小銃を背に負い、スリングをいっぱいに絞って固定すると、こなたに2着のボディアーマーと1着のタクティカルベストを突き出した。
「制服の上から全部着ろ」
「えっ? でも防弾チョッキは1着あればいいんじゃ……」
「徹甲弾が装填されてる。1着じゃ心許ない」
 最後まで言わせないシンの言葉に、こなたの顔面から血の気が引いた。徹甲弾が何であるかぐらいは、主に漫画で得た知識で知っていた。何も言わずに、指示通りにする。が……。
「……これはなかなか楽しい格好だねぇ……」
 指示通りに全部着た自分の体を見下ろしてため息をつく。元々小さい体に、サイズが大きすぎるボディアーマーとタクティカルベストを計3着も着込んでいるのだ。服を着ていると言うよりも、服に着られているという風情だった。
(うわー……)
 ずんぐりむっくりのシルエットから、某何ともないモビルスーツの姿を思い浮かべてしまうこなただった。
「タクティカルベストには、持ちきれない分の手榴弾とスタングレネードを入れてある。いじくるなよ」
「そういわれるといじくりたくなっちゃうのが……」
「い・じ・く・る・な・よ?」
「……はい」
 険悪な表情でにらみつけられて、思わず返事を返す。
「わかればいい。出発するぞ」
「…………」
 シンの表情と口調に言いしれぬ違和感を感じながら、こなたはシンと共に駆けだした。

 目の前の惨状をイイヅカは無言で見つめていた。
 臨時の野戦病院と化した体育教官室で、3人の男たちが治療を受けている。三者三様の負傷それぞれに衛生兵であるアオヤマが処置を施していく。時折、治療の苦痛にうめき声が上がる。
「……どうだ?」
 治療が一段落したところを見計らい、イイヅカはアオヤマに問う。
「クロサキは顎を、シノハラは肋を、タカヤマは利き腕をそれぞれやられています。戦線復帰は不可能です」
「たいした腕だ……発砲させずに、3人も無力するとはな」
 額の汗を拭いながらのアオヤマの言葉に、ノグチが苦々しげに答えた。
 シン達を連行しているチームからの連絡が途絶えたのが、20分前。捜索を開始し、発見に至ったのが10分前だった。そのときは既に被写体の姿は影も形もなかった。3人の装備も同様である。
「連中、小銃も拳銃も持って行っています。放っておけば、相当な驚異になるかと……」
「たかだかガキが二人だろ? 何を恐れる必要がある」
「……この3人を無力化したのは、そのガキ二人なのだがな」
 イイヅカの言葉に、沈黙がおりた。
「3人とも、例え油断していたとしても、子供にやられるような兵士ではない……それだけ、相手が精鋭だと言うことだ」
「彼の言うとおりだね」
 そこに新たな声が挟まれる。教官室に姿を現したのは、導師だった。
「例の彼、ただ者ではないと思っていたけれど、正直ここまでとは思わなかった……まさかイイヅカ君が鍛えた兵士を素手でのしてしまうとはね。驚きだよ」
 軽薄な声と表情で表する導師。その裏では精緻な計算が働いていることを、メンバーの全員が知っていた。
「追跡のほうはどうなっているのかね?」
「ツザキ、コウノ、ハタの3チームに捜索させている。発見次第連絡するように言い渡して……」
 イイヅカの言葉が終わる前に、通信機がアラームを奏でた。

 それより少し前。
 準備を整え、社会科資料室を出た二人が真っ先に向かったのは、3階に位置する情報実習室だった。
 授業の準備中だったのか、解錠されたままのドアをくぐり、中に侵入する。
 視線と一体化させた銃口を左右に素早く振って安全を確認し、ストックをしっかりと肩付けして銃口を下に向けて移動する。初めて見る本物の軍人の動きに、こなたは思わず見ほれてしまっていた。
「何ぼけっとしてるんだ?」
 短い叱責に我に返り、シンの後を追う。
 室内に侵入すると、シンは手近なパソコンにかじりついて操作を始める。ブラウザを開くが、ネットワーク接続不可の表示が現れる。舌打ちしながら接続状態を確認すると、全てオフラインになっていた。
「シン!! こっちきて!!」
 こなたの声に小銃のグリップを握り直して駆け出す。こなたの元にたどり着き、目の前の「それ」に愕然となった。
 そこにあるのは、サーバーだった。正確に言えば、サーバーだったものだ。
 平時ならば学園のネットワークを一括して管理しているサーバーは、手斧でも使われたのか、乱暴に砕かれた外装と電子部品が火花を散らしながら無惨な屍を晒していた。
「あちゃー……こういうケースって、保険きくのかな?」
 ピントのずれた心配をするこなたに沈黙を返すシン。さすがに居心地が悪くなったのか、こなたが再び口を開く。
「どうするの? これじゃ外に連絡できないけど……」
「方法はこれだけじゃない。職員室に行くぞ」
 そういってシンは駆け出す。
「ちょ、ちょっと待ってよ!!」
 こなたもあわてて追随する。突然駆けだしても、シンはいつもこなたに追いつける程度に速度を抑えていた。
(何というか……こういう状況でもシンはシンだねぇ……)
 無言で思いながら、シンと並んで廊下を駆ける。もう1度階段を下りて2階に戻り、管理棟の中心に位置する職員室に向かう。
 情報実習室と同様の方法で安全を確認し、職員室に忍び込む二人。
 室内はテロリスト突入時の混乱がそのまま残っていた。あちこちに散らばった書類、食べかけのまま机上に放置された昼食、開け放たれた引き出しは、中身を荒らされた後だろうか。
「なにか残ってるかな……?」
「とりあえず、探してみよう。あっちのほうを頼む」
 こなたの言葉に手短に答え、手近な机の中身をひっくり返す。ノートパソコン、携帯電話、PDF……外と連絡が取れれば、何でもよかった。が……。
「やっぱり持ち去られた後か」
 苦々しげに呟くシン。片っ端から机の中身をひっくり返していくが、出てくるのは書類かがらくたばかりで、外と連絡が取れそうな電子機器は一つも見つからなかった。
 捜索をあきらめて、こなたのほうへと駆け寄る。
「なにか見つかったか?」
「一応、黒井先生の机からDSとPSPが出てきたけど、サーバーが死んでるから使えないと思う」
「やっぱりこれしかないのか……」
 呟いて、奪った通信機に視線を落とす。奪った当初はテロリストの通信が入ってきていたが、今は完全に沈黙している。自分たちの逃走に気づいた相手が、周波数を予備のものに変えたのだろう。既に自分たちのことは気づかれている。
「でも、誰に連絡を入れるの? 相手の周波数もわからないと、どうしようもないんでしょう?」
「ランダムに通信を送って、誰かが拾ってくれることを祈るしかないな……」
「あ……」
 シンの一言に、こなたが何かに気づいたかのような声を上げた。
「どうしたんだ?」
 怪訝な表情でこなたに問うシン。
「周波数と言えば、実は以前……」
 こなたの言葉は、床を打つ軽い金属音に断ち切られた。
 そろってそちらのほうに視線を送る二人。そこには、関すプレーのような金属製の物体が転がっていた。
 それを認識した瞬間に、シンはこなたを体当たりの要領で机の影に押し倒す。
「ちょ、何!?」
「スタングレネードだ!! 目を閉じて耳をふさげ!!」
 次の瞬間、250万カンデラの閃光と、187デシベルの轟音が職員室を切り裂いた。
 その一瞬後に、フルオートの銃声が鳴り響き、床と机に跳弾の火花を散らした。
 これが、占拠後の陵桜学園に初めて響いた銃声だった。 

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最終更新:2008年06月09日 11:32
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