15-396

『たかが呼び方
   されど呼び方』

『いただきま~す』
 今日も5人そろっての教室での昼食。
 最初は女4人に対して 、男はオレ1人の状態に少し戸惑ってたけど、今ではなんの気にもならない。
 慣れというのは凄いというか、怖いというか………。
「シン、なに2828してんの~?」
「に、ニヤニヤなんて、し、してねぇよ!」
 こなたのからかいが多分に含まれた指摘を、オレは慌てて否定した。まさか、和んでました~♪、とは絶対に言えない!言えるわけがない!
「ですが、暖かくなってきましたし、頬が緩んでも仕方ありませんよ」
「だ、だからニヤニヤなんて……もういい………でも、ホントに暖かくなってきたよな~」
 ここでかたくなに否定するのもなんだし、オレはみゆきさんの話題にのることにした。
「そうだね~。そして、ネジが何本か飛んでる人の季節だね☆」
「ちょ、おまっ!また、そう言う、爆弾発言を……まぁ、確かに変質者が多くなる時期よね」
「ええ。……私もつい先日電車で痴漢に………」
「ゆきちゃんも?わたしもなのー、嫌だよね~」

「そんな場合は声を出して周りに知らせるなり、取っ捕まえて引き渡せばいいんじゃないのか?」
 オレは思った疑問を口にする。
「それはそうなのですが………」
「フッ、さすが女心がわからないのはアスカ家のお家芸だな!!」
「な、何でだよ!?」
 どっかで聞いたような挑発的なこなたのセリフに、オレは噛み付いた。
「そ、その、お恥ずかしながら、その時になると、怖くて何も出来なくなってしまい………」
「だよね~。わたしもお姉ちゃんに助けてもらわなかったら、危なかったよ」
「ていうことよ。あんたの言ったことが出来る女の子は少ないのよ」
「そんなもんなのか……」
 確かに、世の中にはかがみの様な、ハッキリと言える女ばかりじゃなく、つかさやみゆきさんの様な、大人しい女もいるもんな………。
「わかったかね?だからシンも気をつけるんだよ」
「ああ……空気読めない発言して悪かった………」
「そうじゃないよ~☆わたしが言いたいのは、パルマする時は相手を選べってこと♪」
「オレを変質者と一緒にすんな!!!」
 オレは机を叩いて絶叫した。
「ほな授業はこれで終わりや。あ、そや高良」
「はい。なんでしょう?」
 授業が終わり黒井先生が私を呼び出しました。
「今日の放課後、学級委員は体育館で卒業式の準備やそうや」
「わかりました」
「後、人数足らんから誰かを1人連れて来いっちゅうことや」
「では、どなたかに頼んでみます」
 そう言いながら、誘う人はもう決まっています。
「ほな、頼むな」
 そう言うと、黒井先生は教室を出て行かれました。


「みゆきさん、先生の話なんだったの?」
 私があの方の席に行くと、泉さんが声をかけてこられました。
「ええ、実は――
というわけなので、真に心苦しいのですが、シンさんお手伝いお願い出来ますか?」
「オレ?」
「はい。こういう場合男の方の方が効率がいいと思いますので」
 私の言葉に御2人が僅かですが反応なされました。私の言葉が口実であることを解っておられるのでしょう。
 以前の私でしたら泉さん達に遠慮していたでしょう。ですが、今は…遠慮するわけには行きません!
「わかった」
 私達の見えない火花に気付かれる事もなく、あの方はあっさりと了承してくださいました。
「ありがとうございます」
「まあ、みゆきさんには色々と世話になってるしな。
というわけだ。2人とも今日は一緒に帰れないってかがみにも言っといてくれ」
「はいはい。今日はみゆきさんのターンってわけだね」
「ゆきちゃん、今度奢ってね~」
「ええ」
「何言ってるんだ?お前ら?」
 そう言いながらあの方は笑っている私達3人を不思議そうに見つめていました。

「あの、シンさん」

「まだ何かあるのか?」
 話が一段落したところで、私は再びあの方に話しかけました。
「いえ、そうではないのですが…そ、その……どうして私だけ「さん」づけなのですか?」
「え?」
 とある本に親密度によって呼び方が違う、と描いてありました。これが本当かどうかは解りませんが、自分だけ「さん」づけされているのは、やはり気になってしまいます。
「何でと言われても、気づいたらだしな~」
 ……これこそ親密度というものなのでしょうか?
「この呼び方が気に入らないのか?」
「いえ、そ、そんなことは決してないです!へ、変な事を聞いて申し訳ありません!」
 こういうのは自主的に言ってもらわないと意味がないのです。そのためにも、放課後にあの方との仲を少しでも深めないと、と私は決意を新たにしました。


「『どうして「さん」づけで呼ぶのですか?』か………」
 放課後、卒業式の準備をしながら、オレは彼女からの昼間の質問の答えをぼんやりと考えていた。
「やっぱ、気づいたらだよな~」
 誰にともなくオレはそう呟く。
 恐らく彼女を『みゆきさん』と呼ぶようになったのは、こなたがオレに彼女を紹介する時に、その呼び方で呼んだからだろう。
 オレも別にあだ名みたいなものだろう、と気にせず『みゆきさん』と呼んでいたが、昼間の様子からだと、オレにそう呼ばれるのはあんまり望ましくないらしい。
 けれど、1回定着した呼び方を変えるのは難しいし、変わりに何て呼んでいいのかもわかんないしな~。
「よーし、今日はこんなもんでいいだろ。もう暗いし、気をつけて帰るようにー」
 そんなことを考えていると現場責任者の桜庭先生が今日の終了を宣言していた。


「お疲れ様です。お陰で助かりました」
「いや、そっちこそお疲れ」
 帰り支度をしながらオレ達は互いに労いの言葉をかける。
「もう、こんな時間ですね。急いで帰らないと」
 彼女の言葉に時計を見ると、19時を回ろうとしていた。
 空はすっかり暗くなっていた。
「………あら?」
「どうしたんだ?みゆきさ…ん」
 携帯電話に呟く彼女に、オレはぎこちない呼び方で声をかけた。
 ……やっぱ、いきなりは変えれないな………。
「迎えに来てもらおうと思ったのですが、家につながらないんです。…恐らく母が長電話してるのかと………」
 オレの脳裏にゆかりさんがセールスマンと電話でにこやかに話しているのが思い浮かんだ。
「……まあ、あの人ならありうるな………。で、どうするんだ?」
「仕方ありませんが、1人で帰ることにします。まだ、そんなに遅い時間ではありませんし」
「それでも危ないな…よし!オレが家まで送るよ」
「いえ、そんな……シンさんと私の家は反対方向ですし………」

「さすがに昼間あんな話を聞いて1人で帰らせるわけには行かないだろ!みゆきさ…んにもし、何かあったらこなた達が心配するだろ」
 なおも渋る彼女にオレは彼女の親友の名前を出して説得する。
「……は、はい。ではよろしくお願いします」
 しばし考えた後、彼女はそう言うと90度近くまで頭を下げた。
 電車内に立って揺られながら私は考えていました。
 今日はどうだったのだろうか?と。

 確かに今、あの方は私を家まで送って下さっていますが、先程の言葉からすると、やはりこれは泉さん達のためなのでしょうか………。
 それに昼間の私の失言で、あの方は私を呼ぶのが少なくなってしまわれました。
 私にも泉さんがよく口になさるフラグブレイクというのがわかった気がします………。
 そう考えて私は隣りに立つ、あの人に視線を移します。あの人はそんな私の視線に気付く事なく、壁に貼ってある脳内トレーニングを頑張って解いておられます。
 私は見ているのを気づかれないように、視線を正面に戻しました。

 サワッ
「あっ………」
 き、気のせいでしょうか!?今、お尻を触られた気が――
 サワッ
 き、気のせいなんかではありません!……こ、これは痴漢………!
「あっ……うっ……」 振りほどこうにも体が動きません………
 あの方に助けてもらおうにも声が出ません………
 痴漢は私が何も出来ない事がわかると、胸を触ろうと手を近付けてきます。
 いやっ!助け――

「うが!?」
 次の瞬間声を出したのは痴漢のほうでした。
 痴漢の手を捻っていたのは――
「アンタ、みゆきに何してるんだ!?」

「本当にごめん……オレがいながら、みゆきを痴漢に触らせるなんて………」
 痴漢を駅員の方に引き渡し、私の最寄り駅を降りた瞬間にあの方はそう言って、90度以上に頭を下げられました。
「そ、そんな!頭を上げて下さい!シンさんに感謝こそすれ怒ってなんかいません」
「いや、そう言われても………」
「それに、私は嬉しいんです」
「嬉しい?」
 顔を上げるあの方に私は笑顔で答えます。
「はい。私の危険にシンさんは助けて下さいました。それと………」
「……それと?」
「シンさんが私を名前で呼んで下さった事が」
「え?…そんなのが嬉しいのか?」
「はい。それが一番嬉しかったです。これからも、ああいう風に呼んでもらえませんか?」
「き、気づいたらそうする………」
「はい、気づいたらで結構です」
 あの方の言葉に私は笑顔で返しました。

 照れた顔を見られたくないのか、あの方は私に背を向けお話しされました。
「家までもう少しだから、速く行こうぜ。
今度はちゃんと守るから………みゆきを」
「はい!」

    ~fin~



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最終更新:2009年04月23日 20:41
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