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トラウマというものは人生においてプラスに働くもんじゃない。
俺自身、家族の死がトラウマであり今でも夢に出てきてしまうくらいである。
自覚しているトラウマはいい。気をつけていればある程度は回避できるのだから。
だが……無自覚なトラウマというものは時として人を傷つけてしまうものなのだ。


俺がこの世界にきて一週間、あまり人付き合いが得意でないと自覚はしていたが、それでも友達と呼べる人が出来た。
泉こなた。俺が厄介になっている家の一人娘であり、俺がこの世界で初めて出会った少女だった。
それから彼女の友達の柊姉妹、高良みゆきを紹介され、俺自身彼女達とも仲良くなれると思っていた。が……
「高良みゆきです。よろしくお願いしますね、シンさん」
にこやかに挨拶をされ手を差し伸べられた。
その仕草、包み込むような笑顔、そして……ピンク色の長い髪。俺の脳裏にはある女性が浮かび上がる。
歌姫、教祖、女帝――数々の二つ名を持つ「あの人」を……
「ひっ……」
その瞬間――
「……?」
俺の体は条件反射のように――
「よ……寄るな!」
彼女から逃げ出していた。


「で、説明してもらおうかね?」
学校が終わり家に着いた俺を待っていたのはこなたの説教だった。
「寄るなと言ってしかも逃げ出すなんて……みゆきさん凄くショックを受けてたよ!どういうつもりなのさ!?」
「……俺にもよくわからない」
正直に述べる。俺自身なんで彼女から逃げ出したのか分からなかった。
あの時浮かんだ女性、ラクス・クライン。最後の戦いにおいて突如現れ、MSに乗って戦うわけでもなく、放つ言葉のみでザフト兵の士気を

下げ瞬く間に形勢を逆転させた。
……ひょっとしたら俺は知らず知らずのうちに彼女に対してトラウマを持っていたのかもしれない。
「トラウマ、か」
そんなものは家族の死だけだと思っていた。そして別にそのままでもいいとも思っていた。
乗り越えられるとも思っていなかったし、傷つくのは自分だけだから、と。
または悲惨な過去を持つ自分は可哀想だ、と自分に酔っていたのかもしれない。
が、俺の新たなトラウマは俺だけでなく他人、高良みゆきをも傷つけてしまっていたのだ。
「謝らないと……」
そして乗り越えなければならない。これは俺一人の問題ではないのだから。



次の日、教室に入った俺は真っ直ぐ高良の席に向かった。

「高良……みゆきさん」
俺にしては珍しく敬語で話しかける。彼女は一瞬吃驚したがすぐにいつもの笑顔に戻った。
「おはようございます、シンさん」
ピンク色の髪をふわりと揺らし挨拶をする高良。そして気づく。俺の体が震えていることに。
「昨日泉さんから電話で聞きました。その……に、苦手なんですよね、私のこと」
困ったように笑う高良を見てグッと奥歯を噛みしめる。そんなことを本人に言わせるなんて……俺は大馬鹿者だ。
「……い、今はトラウマのせいで、あ、あんたと話すのは少しつらい」
最初の敬語はどこへやら、結局いつものしゃべり方になってしまう。高良は俺の言葉を聞き悲しそうに俯いた。
「でも……ちゃんと克服するから!た、高良と普通に話せるように努力するから!」
だからそれまで待っててくれ、とは言えなかった。自惚れるな、立場をわきまえろ!と心の中の俺が叫んでいた。
そう、俺には待っててくれと言う資格はなかった。一方的に相手を拒絶し、治すからそれまで我慢してくれ、なんて言えるわけがない。
「はい。楽しみに待ってます」
それでも――
彼女は待ってると言ってくれた。いつもの笑顔で。
その言葉を聞いて俺は不覚にも涙が出そうになった。




それからの毎日はつらかった。
何せトラウマになるほど強烈な人物に慣れる、というのだ。一筋縄ではいかない。
こなたに頼んでありったけの高良の写真を借り、部屋の至る所に貼っておいた。
携帯の待ち受けはもちろん、パソコンのデスクトップやiPodにも高良の写真や声をぶち込んだ。
「頑張ってるのはわかるけどさぁ、アイドルオタクみたいでキモイね……」
こなたをはじめ周りの嘲笑や偏見にも耐え、俺はただひたすらに高良への耐性をつけていった。
また学校では進んで高良に話しかけ、飯の時はできるだけ高良の隣に座るようにした。
高良もまた、休み時間に散歩に誘ってくれたり、勉強を教えてくれたりと色々とコミュニケーションを取ってくれ、
気がつけばあれから1ヶ月、次第に高良に触れても大丈夫な程、俺のトラウマは克服されていったのであった。


「んふふ。最近はみゆきさんといー感じじゃん」
「おう、まさに一皮剥けたって感じだな。昔の俺から考えたら有り得ないくらいに進歩してるよ」
こなたとゲームをしながらする会話も心なしか弾んでいた。
もはやすっかりこの世界の空気に慣れ、最初の頃にあったトゲトゲしさも無くなった、とつかさが言っていた気がする。


そしてトラウマがほぼ完全に消え去ったかという頃、俺は「高良」から「みゆき」へと呼び方を変えた。
他のやつらも名前で呼んでいたし彼女もそれを望んでいたためでもあるが、やはり最初の頃は妙に恥ずかしかったのを覚えてる。
また、勉強の他にも色々なことを相談に乗ってもらった。
物知りであり、また贔屓目で物事を見ないので、こなたやかがみと喧嘩をした時などはよくお世話になった。




「はぁ……」
桜が舞い散るこの季節の夜はまだ寒い。
手に持った買い物袋はかじかんだ指と相まっていつもより重く感じてしまう。
「どうすっかな……」
いまだ俺は何かと彼女に相談する癖がとれていなかった。
最初に会った時と変わらないあの笑顔で俺が考えもしなかった答えを導き出す彼女はカッコ良く、また頼もしくも見えた。
とはいえ今回は俺一人の問題ではない。二人でじっくり相談できるのがいつもと違うところなのだが。
俺はポケットに入れていた左手を出し薬指にはめられた指輪を見つめる。

「子供の名前なんて当分先だと思ってたよ」



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最終更新:2009年08月05日 22:28
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