6-408

「なっ!?」
 デュランダル議長直々に命令を伝えられて、シンは目の色を白黒させた。
「輸送艦を撃沈しろって、どういうことですか、議長!?」
 ────アーモリー・シティからカーペンタリア基地へ向けて移動中の輸送艦『ヴェー
ゲナー』を捕捉、直ちに撃沈せよ。
 それがシン達、ラッキースター3に下された命令だった。
『ヴェーゲナーに謀反の意思があるのだ。場合によっては、深刻な事態を引き起こす可能
性が高い』
 モニターの中のデュランダルの表情は、堅く、そしてどこか哀しげだった。
「それにしたって、撃沈までしなくたって良いでしょう!? 相手は輸送艦ですよ!?」
 軍組織の輸送艦だけに、交易船のようにまったくの非武装と言うわけではないが、それ
でも単独で戦闘艦とやり合う火力があるわけではない。
『説得できる相手なら私もこんな強硬手段はとりたくない。だが、事態は手段を選んでい
られる状況ではないのだよ』
「どういうことですか? それ!?」
 シンが聞き返すと、デュランダルはさらに表情を険しくし、声のトーンを落とし、説明
する。
『あまり名誉な事ではないので、広言したくはないのだが、ZAFTの中にいる不穏分子、
所謂旧ザラ派、彼らの中には、武装蜂起も辞さないという過激派も存在するのだよ』
「プラントが……ZAFTが、ですか?」
 キョトンとして、聞き返してしまう。ヤキン・ドゥーエ戦役が終結してから、プラント
に移住してきたシンは、独立以前のプラント、ZAFTの内部抗争には疎かった。
『そうだ。彼らの望みは、ナチュラルの根絶だ。その為に、プラントと地上の間に新たな
火種を巻く事を常に画策している。おそらく、ユニウス7の降下も、それと無関係ではあ
るまい』
「なんて奴らだ!」
 シンは歯を食いしばり、憤りを露わにする。
『ウェーゲナーは現在、彼らの影響下にある。地上に降りる前に、いや、正確にはその積
荷を行使する前に、阻止しなければならない』
「なんなんです、その積荷って」
『カーペンタリア向けのモビルスーツだが、問題はそのうちの1機、UMF/SSO-3アッシ
ュ』
「はー、最新鋭の水中用モビルスーツだねこりゃ」
「っ」
 突如、シンの背後から、割り込むように声が聞こえてきた。
「覗き込むな! 何考えてんだ!」
 シンはそう怒鳴ってこなたを振り払ってから、モニターに視線を戻す。
『今彼女が言った通りだが、本来カーペンタリアに送られる予定ではなかった物だ。つま
り、彼らは何らかの目的があってこれを持ち出したと言うわけだ』

「目的…………」
 テロ、と言う言葉がシンの頭をよぎる。
『汚れ役をやらせるようですまないが、事によっては世界情勢を一転させる事態になりか
ねない。主力はユニウス7突入の事後に備えて待機中、君達しかすぐに動かせる部隊がな
いのだ』
「了解しました」
 渋い顔をしつつ、シンは応じた。
『すまないシン、よろしく頼む』
 そう言って、デュランダルからの通信は切れた。
「ガブリエル発進! 目標地点まで最大戦速で急行!」
「Aye aye・sir!」
 ガブリエルは月軌道ステーションのアームから離れ、メインスラスターから光の尾を引
き、衛星軌道に沿って進む。アーモリーと地球の直線と、衛星軌道の交差点で網を張るつ
もりだった。
「お前、どう思う?」
「んー?」
 シンは、シートに身を沈めつつ、こなたに声をかけた。
「まぁ、議長のあの様子からしてシロって線はないとして」
「ああ」
「でも、ザクやバビじゃなくてアッシュを盗むって言う事は、水中用モビルスーツじゃな
いと役に立たないって事だよねぇ」
 こなたの言葉に、シンはある可能性に気がつく。
「まさか、オーブへの襲撃!?」
「可能性としては高いと思うけど。でもそれにしちゃ妙なんだよねぇ」
 こなたは自分も悩んでいるのか、眉を下げながら首をかしげる。
「いくら最新鋭って言っても、水中用MS1機で出来ることって限られてるでしょ?」
「そりゃまぁ、そうだけど」
「小規模な破壊活動に使うって言うんなら、わざわざリスクを犯して、アッシュなんか盗
み出さないでも、カーペンタリアにあるグーンやゾノでも充分だし」
「確かに、そうだなぁ」
 シンも顎を抱え、考え込んでしまう。
「そもそもアッシュを盗み出したのは、本当にザラ派なのかねぇ」
「え?」
 こなたの呟くような言葉に、シンはキョトン、として聞き返してしまった。
「うーん、特に確証があって言うわけじゃないからなんとも、なんだけど……」
「おい、どういうことだよ」
 こなたは言葉を濁すが、シンは身を乗り出すようにして問いただしてくる。
「…………どうでも良いけどさシン、どうして私に話振ったの?」

「え?」
 まじまじとシンを見つめてきたこなたに、シンは間抜けな声を出してしまう。
「普段は口出すなーとか、やかましいーとか言ってばかりのくせに、なんで今は私にそん
な話振ったのかなー、って」
 こなたがそう言ってくくっ、とほくそえむ。シンは、顔を紅潮させて、不機嫌そうに正
面を向いた。
「なんでもない、ただの暇つぶしだ! 雑談だ!」
「おぅおぅ、素直じゃないんだから」
「シンはツンデレですね♪」
 パティがそう言うと、その傍らに座っているこうまでも笑い出した。
「違いないねぇ~」
「うるさい、お前ら、静かにしろ! こなた、お前は自室へ戻ってろ!」
 シンはムキになって、声を張り上げた。

「捉えました。LHB-LU01、ヴェーゲナーです」
 少し緊張感に書いた声が、シンに報告してくる。
「ニュートロンジャマーの反応なし。突入軌道に入るようです」
「解った。みゆき、あっちに繋いでくれ。できれば、呼びかけて止めさせたい」
 ゆかりほどではない物の、のんびりした雰囲気のオペレーター、高良みゆきに、シンは
そう伝える。
「了解、繋がりました」
「LHB-LU01ヴェーゲナーへ。自分はFAITH所属シン・アスカだ。貴艦に対しデュランダル
議長から捕捉の命令が出ている。停止させてこちらに従え」
 数秒待つ、だが、それが数十秒になっても、返答の気配はない。
「本当に繋がってるのか?」
 不機嫌そうに、シンが問いかける。
「そのはずです、あ、えっと」
 みゆきは慌てたように、コンソールを再確認した。
「いえ、間違いなく繋がっています」
「それじゃあ……」
 どうなっているんだ、と、シンが言おうとした時。
「ヴェーゲナー、増速します」
 パティが声を上げた。
「なっ……逃げる気満々かよ!」
 シンも面食らう。
「あらら~、どうしましょう……?」
「追っかけるに決まってるじゃないですか! 全速!」
 おろおろするゆかりに怒鳴りつつ、指示を飛ばす。
「Aye aye・sir!」
「ゴットフリート起動! 主砲戦用意!」
「りょーかい」
 ガブリエルはゴットフリートをせり上がらせつつ、スラスターの軌跡を引いて、ヴェー
ゲナーを追う。
「こう、射撃自由だ、なんとしても止めるんだ!」
「やってるよ! でもそろそろ、重力と大気の干渉が激しくて」
 ゴッドフリートがヴェーゲナーに向けて火を吹く。伸びる粒子ビームの火線は、しかし
不愉快な曲線を描き、ヴェーゲナーよりも地球側へと逸れて行く。
 影響を受けているのは、ビームだけではない。ガブリエルも、小刻みに振動を始めてい
る。おそらく、ヴェーゲナーも同様だろう。
「すぐに修正できるだろう、これぐらい!」
 シンは不機嫌そうに言う。

「じゃあ、マトモに命中させちゃって良いか!?」
「あ!」
 シンは、なぜこうが命中させられなかったのか、そこで気付いた。ピンポイントでスラ
スターを狙っていたのだ。ずっと艦橋にいたのだから、デュランダルとの会話で、シンが、
しかも味方の、輸送艦を撃沈する事に抵抗を示していた事に、気遣っていたのだ。
 シンがそのことに、逡巡した僅かな隙。
「ウェーゲナー、Mobile Suit 発進させています」
 パティが言う。
「識別は、ザク・ウォーリア2機、ゲイツR 2機です」
 みゆきが言う。
 ウェーゲナー輸送艦であり、本格的なMS運用の為のカタパルトは持っていない。だが、
その気になれば、ハッチから自力で飛び立たせる事ぐらいは可能だ。
 とは言え、ただでさえ不安定な、突入軌道進行中にやるのは狂気の沙汰に等しい。
「くそっ、この状況で正気かよ!?」
 シンは毒つくように言う。
 シンのコンソールのアラートが鳴り、艦内の通信が割り込んできた。格納庫。
『MS出てきたんだろ! 出させてくれよ!』
 いつになく険しい表情のみさおが映しだされ、発進を催促する。
「だめだ!」
 シンはそれを、一言の下に却下した。
「今からじゃ、回収できないかもしれない! オマケに相手はこっちより新型だぞ!」
 すると、相手のモニターの正面が、みさおからみなみに入れ替わった。
『大丈夫……ザクは私が、なんとかします』
 みなみがそう言ってから、再度みさおが、割り込むようにして現れる。
『このままだってどっちみちやられちまうし、アレにも逃げられちまう!』
 ギリ、と歯を食いしばり、シンは険しい顔で僅かに逡巡する。
「解った、その代わり俺も一緒に行く! いいな!」
『ひゃっほぅ! 了解だぜー』
 モニターの前のみさおのはしゃぎ様は癪に障ったが、そんな事は今はどうでも良い。
「ゆかりさん、艦を頼みました」
「はい、いってらっしゃいませ」
 シンが格納庫に入ったときには、すでに2機のジン・ウィザード、そしてシャドゥスト
ライクが、出撃の準備を整えている。
「あたしのはブレイズ! あやのはガナーでお願いしていいかー!?」
「うん、OKー!」
 キャットウォークから叫ぶみさおの声に、どこからかあやのの声が返ってきた。
 ジン・ウィザードに厳しいランチャーの付いたブレイズウィザードが装着される。タラ
ップからみさおがコクピットに飛び込む。

「先に行かせてもらうよ~、ウサギ司令官殿~」
 そう言って、みさおはコクピットを閉めた。
「そのウサギ司令官ってのはよせって言ってるだろーが!」
 思わず怒鳴り返すシン。ウサギ司令官と言うのは、シンの緋色の瞳を見て、口の悪いと
言うか軽いと言うか、みさおがつけた呼び名だ。困った事に、整備班内ではやってしまっ
ているらしい。
「くそっ」
 シンも大急ぎでパイロットスーツへと着替える。ブリーフィングルームから格納庫に飛
び出したときは、すでに3機目、シャドゥストライクが飛び出した後だった。
「待て、俺が先に出る!」
 残りの機体に待機させて、シンは自分用の紅いゲイツRに飛び乗った。補充で搭載した
4機のジン・ウィザードに先んじて、ゲイツRを出す。
「これが、コイツに乗る最後になるはずなんだがな!」
 アーモリー1強奪犯追撃の際、敵のエース格らしいダガーLに、なすすべもなかったこと
から、軌道ステーションに立ち寄った際、シンは自分用にザクシリーズを1機配備しても
らえるよう、ダメ元で上申したのだ。すると、意外にも、司令部はニューミレニアムシリ
ーズから1機回すと約束してくれたのである。
 …………またけったいなコンセプトモデルを回される可能性も高いが、それでも性能寿
命を迎えかけているゲイツRよりはマシだ。
 ────閑話休題。
「シン・アスカ、ゲイツR、出るっ」
 ガブリエルのリニアカタパルトが、シンのゲイツRを宇宙空間に押し出す。
 ガブリエルの周囲では既に戦闘が始まっている。
 シンが状況を把握しようと周囲を見渡すと、オルトロスの閃光が走った。それはガブリ
エルに接近しようとしていたゲイツRの股関節あたりに命中し、ゲイツRは下半身が泣き分
かれの状態で後ろへと流れていった。性格には、ガブリエルの方が猛スピードで前進して
いるのだが
『っ……、ごめんなさいっ』
 あやのの哀しげな声が聞こえる。コクピット直撃はしていないはずだが、この状況では
脱出は望めない。現に、破壊されたゲイツRは、その下半身と2つの火の玉になり、地球の
重力へと引きずり込まれていった。
『っ……!!』
 もう1機のゲイツRがあやの機の目前に迫る。シールド一体のビーム刀でジン・ウィザー
ドをなぎ払おうとするが、すんでのところでジン・ウィザードのシールドがそれを受け止
める。アンチビームコートと刀身ビームがぶつかり合い、バチバチと火花が散った。

 その構造から、ゲイツRは格闘戦になるとどうしてもモーションが大きくなってしまう。
その隙をついて、あやのはジン・ウィザードにオルトロスを格納状態にさせる、肩のシー
ルドが回転して傾くと、その先端から、装備されているフォールディングレイザー・対装
甲ソードを抜く。
 インパルスやシャドゥストライクに装備されているナイフ状の物と同じだが、刀身は長
く、その代わり直線的で単純な意匠をしている。
『はぁっ!』
 あやのが今度はゲイツRを薙ぐが、これもまた逆に、ゲイツRに避けられてしまう。
「させるかっ」
 ジン・ウィザードから間合いを取ったゲイツRに、すかさずシンはビームライフルの射
撃を浴びせた。レールガンでジン・ウィザードを狙うつもりだと判断したからだ。
 ビームライフルを上手く避けるゲイツRだったが、シンはそのままスラスターを全開に
してゲイツRへと向かっていき、スライディングをかけるように蹴飛ばした。
「あやの!」
『はいっ』
 あやののジン・ヴィザードがオルトロスを構え、空間に放り出されたゲイツRを撃ち抜
く。
『…………ふぅ……』
 あやのの、重いため息が聞こえてきた。
 だが、シンが余韻に浸る暇はなく。
『あやのぉっ、そっち片付いたんなら、こっち手伝ってくれっ』
 みさおが怒鳴り声を上げる。
 ガブリエルの艦橋の、天頂方向で、2体のブレイズ・ザク・ウォーリアと、みさおのジ
ン・ウィザード、それにシャドゥストライクが切り結んでいた。
『くそっ、やっぱザクの攻撃はおもてぇっ』
 ビームホークをシールドで受け止めながら、みさおが毒つく。
 軽量級のダガーLには機動力の割りに質量が伴わないウィークポイントもあるが、同じ
ZAFT製、それもより新世代のザクに、さすがにジン・ウィザードではやや不利らしい。
『みさおちゃん、離れて!』
『無茶言うなって、のっ!』
 無茶だと言いながらも、みさおは既にボコボコになったシールドでザク・ウォーリアを
圧しながら、器用に蹴飛ばした。
 しかし、質量と推力の差で、ジン・ウィザードの方が離れていく結果になる。だが、そ
れでも結果的には構わない。
 オルトロスのビームがザクのブレイズウィザードに命中した。さらにその内側のパワー
パックまで破壊され、バチバチと紫電が飛ぶ。
「…………」

 みなみはシャドゥストライクでもう1機のザクを追い詰めていた。ビームホークをシー
ルドで受け止めると、そのままビームサーベルでザク・ウォーリアの右腕を切断する。格
闘戦用の武器を失ったザク・ウォーリアは、シャドゥストライクにタックルを仕掛けてき
た。みなみは軽く捻って交わすと、空中ドロップキックをかけて、ザク・ウォーリアをガ
ブリエルから払い落とす。
 ちょうど、隣のザク・ウィザードがオルトロスの命中を受けたのを見て、それめがけて
シールド・タックルを入れた。同じように、ザク・ウィザードは後ろへと流れ落ちて行っ
た。
「ふぅ……なんとかなったか……?」
 シンは呟くように言い、そして4機が一斉に、前を行くヴェーゲナーへと視線を向けた。
『全機! 安全回収可能地点を過ぎてます! ただちに帰還してください!』
 悲鳴のような、みゆきの声が、4機のレシーバーに飛び込んできた。
 ヴェーゲナーもガブリエルもさらに加速し、下面は既に赤熱をはじめている。
『けどっ、ここまでやったのにっ』
 みさおが不満そうに言う。
『ダメだしょうがねー、こうなったら、ローエングリンで吹き飛ばす! いいだろ、シン!?』
 こうの、残念そうな声が聞こえてくる。
「…………」
 また、シンはぽかんと口を開けて、僅かに逡巡したが、しかし、すぐに決断する。
「解った。許可する」
『ウサ目!』
 批難するような、みさおの声。
「お前達の安全を優先するのが、俺の仕事だ。あと何度も言うが、ウサ目はやめろ」
 シンはそう言って、自分のゲイツRに真っ先にきびすを返させた。
「全機帰艦、反抗は許さない!」
 そう言って、着艦デッキへと向かう。ジン・ウィザードの2人も、あやのはすんなりと、
みさおは渋々と、したがってついていく。
「…………」
 みなみは、みさおよりさらに躊躇った姿勢を見せてから、それに続いた。

「全機、収容確認」
 みゆきが宣言する。
 ガブリエルはは、突入シークエンスで、かなり振動が激しくなっていた。
「ローエングリン、起動……!」
 こうの隣でパティが、軸線をヴェーゲナーから逸らさないよう、必死に操縦桿を抑え続
ける。
「発射!」
 こうがトリガーを押し込む。ローエングリンの2重砲身の内側から陽電子ビームが、そ
れを外側の粒子ビームが覆うようにして、ヴェーゲナーに向かって一直線に伸びた。
 僅かにヴェーゲナーの中心を外したが、それでも充分だった。大爆発が置き、ヴェーゲ
ナーの一部がざっくりとかじりとられたようになった。さらに、連鎖的な爆発が起き、徐
々に厚くなる大気の抵抗とで、ヴェーゲナーはバラバラに四散した。
 シンがブリッジに踊りこんだ時、まさに分解したヴェーゲナーが金属片とガスになって
消え去る瞬間だった。
「…………」
 パティを除く全員が、ヴェーゲナーの最期に、呆然としていた。
「再離脱不可能、……ガブリエル、突入シークェンス、開始、しますっ」
 ガブリエルは地上へと降下をつづけた。
 まだ下に見える、青いはずの地球の空は、なぜか、赤黒く澱んで見えた。

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最終更新:2007年12月02日 10:31
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