それはいつも通りの朝だった。
「おはよう、
こなたお姉ちゃん」
「オー、おはようゆーちゃん。珍しくお寝坊だね」
洗面所で顔を洗ったばかりの
ゆたかが、目を擦りながらリビングに入ってくる。起き抜けだからか、少しふらつく足取りが危なっかしい。
「?」
本来ならばこの場にいるはずの居候の姿を求めて、視線を左右に送るゆたか。それに向かってこなたはにやつきながら口を開く。
「愛しのシン君なら、今は二階で着替え中だよ」
「はっ!? い、いや、そんなんじゃ……」
「うんうん。ゆーちゃんにも好きな人が出来たかー。大人の階段を一歩一歩確実に上ってるねぇ。お姉さんは嬉しいよ」
「だ、だから違うってぇぇぇ!!」
「おはよう……ってなにしてんだ二人とも?」
その“愛しのシン君”がひょっこりと顔を出した。なにやら慌てふためいているゆたかと、気持ち悪くにやついているこなたをみて怪訝な表情になる。
「いやぁ、別に。ちょっとゆーちゃんと青春について語らっていただけだよ」
「はぁ……?」
こなたの言葉にシンは眉をひそめた。
「なんかよくわからないけど……いつも通りの戯言だと言うことはよくわかった。もちろんこなた限定で」
「ひど!! それじゃ、普段からあほなことしか言ってないみたいじゃないかね!?」
「何か間違ったこと言ったか?」
「なぬ!?」
「あ、あの……早く朝ご飯食べないと、遅刻しちゃうと思うんだけど……」
おずおずと言うゆたかの声で、二人とも我に返った。
「あー……」
「そだね……早くしようか……」
自分たちがどれだけ恥ずかしいことにしているか気づいた二人は、ため息をついて食卓に着き、それぞれの箸をとる。
『いただきます』
できたての朝食が湯気を立てる食卓に、三人の声がこだまする。
それは、いつもと何も変わらない、いつも通りの朝だった。
母校へと向かう道を、こなた・ゆたかと並んで歩く。夏休みがあけたばかりの通学路には、まだ休み足りない生徒達の倦怠感と真夏の熱気が充満していた。
「暑いな、全く……」
夏服の襟元を動かして服の中に風を送りながらシンはぼやく。
「そう暑い暑い言わないでよ。聞いてるこっちまで暑くなるからさ」
「あー……すまん」
こなたの文句にシンは素直に謝った。ついでゆたかに向き直って口を開く。
「だいじょうぶか? ゆたか」
「うん、これぐらいなら……」
「今日も兄貴風ぴゅーぴゅーですねぇ、この居候」
「……どうしてそうあんたはくだらないことでいちいち話の腰を折るんだ!?」
ゆたかを気遣っているところに割って入られたシンは、思わず大声を上げていた。その後頭部に突然衝撃が走る。
「てっ!!」
「朝っぱらから大声だしてんじゃないわよ」
振り向くと、腰に両手を当てたかがみが立っていた。どうやら手にしている通学鞄ではたかれたらしい。
「この暑い中でぎゃんぎゃんさわがれたら、見てるこっちがよけい暑くなるじゃない。夫婦漫才が好きなのは知ってるけど、登校中ぐらいは自粛しなさいよね」
かがみの容赦ない言葉に、さすがのシンもかちんと来る。
「夫婦漫才ってのは何だ!? 夫婦漫才ってのは!?」
「あんたとこなたの掛け合いよ。ほかに何か的確な表現ある?」
きっぱりと言い切られて絶句するシン。その傍らでこなたが腹を抱えて笑いをこらえていた。
「お、お姉ちゃん、ちょっと言いすぎだよ」
あわてた顔の
つかさが言う。その隣を歩く
みゆきもかなりあわてた表情を浮かべていた。
「何処が言い過ぎよ。毎回毎回同じ様なことでぎゃあぎゃあ……家でも十分やってるくせによく飽きないわね」
「家でも十分って……人を漫才師かなんかと勘違いしてないか?」
「泊まりに行ったときに、さっきみたいなやりとり繰り返してたじゃない」
「ぐ……あれは偶々だ!!」
「……偶々?」
「そう!! 偶々!! ほら、こなたもなんか言ってやれ!!」
「いやぁ、シンとの掛け合いって結構楽しくってさぁ」
「そこで肯定するなぁぁぁぁ!!」
「あ、あの……」
頭を抱えて叫ぶシン。そこに控えめにみゆきが声をかける。全員が注目する。
「もうすぐ予鈴がなる時間だと思うんですけど……」
言った直後に、のどかなチャイムが聞こえてきた。
「やばっ……急がないと!!」
かがみの声を合図に、その場の全員が駆けだした。
「ああもう、あんた達の体張ったぼけに付き合ってるから遅刻しそうじゃない!!」
「それはギャグで言ってるのか!?」
「はいはい、口じゃなくて足を動かす!!」
焦るどころか、この状況を楽しんでいるらしいこなたの言葉をバックに、朝の通学路を六人は駆けた。
それは、いつも通りの朝だった。
いつも通りの朝の通学路に、普段なら存在しない、いわば異分子と呼べるものが駐車していた。
その異分子……黒塗りの2トン半トラックのコンテナの中で、モニターをのぞき込んでいた男は鼻を鳴らす。
「ふん……朝から同級生でコント、か……学生さんはのんきだねぇ」
そうつぶやく男がのぞき込むモニターには、外の様子……陵桜学園への通学路が映し出されている。
「人生で数少ない自由の身分だからな、学生は。友達とはしゃぐくらいは誰でもやるさ」
別の男が、この国で普通に暮らしているならまず触れる機会のない代物……自動小銃を手入れしながら答える。
「そうはいっても、さすがにあんなの見せつけられちゃむかつくってもんだぜ。今の男、周りに五人も女侍らせてたぜ。自由の身分つったって、やっていいことと悪いことがあるだろ」
「ひがむなひがむな。この計画がうまく行きゃあ、あのモテモテくんよりもさらに女侍らすことも出来るんだぜ?」
「おしゃべりはそこまでだ」
それまで通信機に向かって難しい顔でしゃべっていた、車内にいる人間ではもっとも年若い男が声を上げる。
「導師から正式に命令が下った。予定通り1200時に決行だそうだ」
若い男の言葉に、その場の全員の表情が引き締まり、姿勢も正される。
「諸君、ついに我らはこの時を迎えた。欺瞞で塗り固めた平穏に身を置く民の道を開くために、我らの意志を世界に知らしめるのだ」
薄暗い車内は、男達の鬨の声で埋め尽くされた。
その日、昼休み。
いつものように机を寄せて、こなた達とチャーハンパンをかじっていたシンは、突然校内がざわめきだしたことに眉をひそめる。
「なんか騒がしいねぇ」
「有名人でもきてるのかなぁ?」
「……何処の有名人がこんなところに用があるのよ」
「それに、これは戸惑っているだけで、そういう人がきたというような感じは受けませんが……」
「グラウンドに何かきているらしい。見てみよう」
四人それぞれの感想をシンが提案で締めくくる。それに従って五人は窓辺に近寄り、外のグラウンドを見下ろした。
そこには、大量の『異分子』がなだれ込んできていた。
「トラック?」
「何でグラウンドなんかに? それも六台も」
それぞれのトラックの運転手が、次々と車を降りて後部のコンテナの扉を開ける。そこから、六人ずつの人影が次々とグラウンドに降り立ち、統率のとれた動きで校舎へと近い付いていく。
「お、おいおい!!」
「今の連中、銃持ってたぞ!!」
「どういうことなのこれ!!」
「なんか、撮影かぁ!?」
動揺は一瞬にして校内全土に広がっていく。こなた達も例外ではなかった。一人を除いて。
「警察だ」
突然発せられた低い声に、こなたはシンの方を向き、絶句した。
シンの顔から、完全に表情が……いや、感情が消えていた。彼の凛々しい顔はこれまで何度か見たことはあったが、このような全く感情を感じさせない表情は見たことがない。ほかの三人も同様だった。
「誰でもいい……早く警察を……」
シンの言葉、突然の炸裂音に遮られた。一瞬にして校内の動揺が混乱に変わる。
その中でも、シンの行動は迅速だった。こなた達四人を体全体を使って、まとめて押し倒す。その次の瞬間に、教室の天井で蛍光灯が破裂音を立てて砕け散った。
銃声、フルオート、30口径……記憶の片隅で埃をかぶっていた単語の数々が、蘇っては消えていった。
四人を押し倒した格好のまま、教室に押し入ってきた完全武装の男をにらみつける。
「静かにしろ!!」
シンの視線を無視した男の野太い声が教室内に響き渡る。
「この学園は、我ら開道教が占拠した!!」
いつも通りの日常は、銃声と共に砕け散った。
最終更新:2007年12月02日 13:58