こなた仕返し
by、佐賀県
「こなちゃんが臭くってさー」
「確かにそれはありますね」
朝の教室、そんな話をつかさとみゆきがしているときだった。こなたが教室に来た。ただし引き戸を蹴りでぶち壊して。
「っらああああああ!! 全員両手を頭の上に重ねて床に伏せろおおおおおっ!!!!」
登校してきた泉こなたの第一声だった。
般若のような形相をして、気狂いのような奇声を上げながら教室の引き戸を蹴り飛ばして現れた人物を見てクラスの全員が固まった。
こなたの手にはモデルガンらしきものが握られている。まさか本物なわけがないが、それでもモデルガンを片手に教室の扉を蹴り飛ばす行為は、多少感覚のズレた人物として有名な泉こなたといえどもまともな行動ではない。
最初に硬直状態から抜け出したのは男子生徒の白石みのるだった。
「ど、どうしたんだよ泉……?」
「シャラップなんだよファックがあ!!」
白石のある種の度胸の良さが災いした。こなたは意味不明のスラングと共に左手に握った改造エアガンの引き金を引いた。
ぱかん。軽い音と共に白石みのるの頭蓋を特注の鉛製BB弾が貫いた。言うまでも無く即死だった。
頭から血を噴き出して倒れた影の薄かったクラスメートの姿を見て、他の生徒たちは完全に硬直した。人間いよいよとなると悲鳴も上げられない。
「てめえらは散々あたしのことを馬鹿にしてくれやがって!! 全員ブチ殺してやんよぁああああああ!!! あっはははっはあははははh!!!」
泉こなたは最近までクラスで非道いいじめにあっていて、先週から不登校になっていたのだった。まさかその期間に家で改造エアガン製作に勤しんでいたとは誰も知らなかった。
「まずはテメエからだ柊つかさ! 人の皮を被った悪魔が! よくも親しい友人を装って散々にあたしを傷付けてくれたな!」
「ゆ、許してこなちゃん……! 私たち友達だよ……もう一度やりなお……」
つかさの言葉はそこで途切れた。こなたの放った鉛の弾がつかさの脚を撃ち抜いたからだ。
目蓋を大きく見開き、声にもならない悲鳴を上げてつかさはその場に崩れ落ちた。そのつかさの姿をこなたは冷たい目つきで見下ろした。
「友達ィ~? あたしをハブって、パシリにして、かつあげして、両手にタバコを押し付けて、他にも色々してくれたよね? それが友達に対する態度だったっての?」
もはやいつものこなたの声調ではなかった。低く地の底から響くような声色で、それでいて深い怒りに震えて、歯を食いしばりながらこなたが今までの恨み言を読み連ねた。
「調子のイイこと言ってんじゃねえよつかさああああ!!!!」
「ひいっ! ごめんなさい! ごめんなさい!! ごめ……あぎゃあああ!!!!」
ぱかん。ぱかん。ぱかん。こなたの左手にあるエアガンから、おもちゃのような軽いコッキング音が連続で鳴った。弾き出された弾はつかさの全身の肉を穿ち、骨にまで食い込んだ。
激痛に咽び泣きながら、床を這って逃れようとするつかさ。その背後からこなたは容赦ない銃撃を浴びせ続ける。その顔は鬼のような形相で、しかし自分を散々に傷付けた相手に対して復讐できる喜びに震えるほどの笑みを浮かべていた。
「た、助けてこなちゃ……いぎィ!? おねがい……あギャアッ!! 痛いよ……助け……あがァッ!! おねえちゃ……ごほっ…………おねえちゃん…………」
でたらめに放たれた弾丸はことごとく急所を外した。虫のように床を這うつかさとこなたの鬼ごっこは教室の端から端まで続いたが、ついに痛みと出血に耐えられなくなったつかさが、その大きな眼を開いたまま崩れ落ち、動かなくなったことで終了を告げた。
その間、クラスメートたちはただただその地獄の光景を見ているだけだった。逃げ出そうと考える者はいなかった。
今までもそうだった。泉こなたがクラスでいじめを受けているときも、ただ傍観しているだけの行為は自らの被害に結びつかない、経験が彼らをそう行動させていた。
だが、ここにその例から外れた存在が一人いた。ウェーブがかったロングヘア、メガネを乗せた顔を恐怖に歪め、ガタガタと震えているのは高良みゆきだった。
逃げなければ。次は間違いなく自分の番だ。だが恐怖で脚が竦んで、もはや立っているだけで精一杯だった。膀こうが空でなければ確実に失禁していただろう。
逃げ出さなければ殺される。しかし逃げ出せばその場で後ろから撃たれる。その恐怖がみゆきを金縛りにさせていた。論理的思考は一切働かない。優れた頭脳も非常事態下においてただ恐怖を加速させるだけでちっとも役に立たない。
「さて、と……それじゃ次みゆきさんの番だね」
落ち着き払った声で、足元から腰までべっとり返り血を浴びたこなたが振り返り言った。人を一人殺した。その後戻りできないところに来てしまった自覚が、かえってこなたを冷静にさせていた。
「あははは、処女より先に童貞捨てちゃうなんてすごいねあたしって……死んでるんだよそこのそれ……もう動かないんだよ…………あははははははははははははははははは」
壊れた人形のような顔でこなたが笑う。体は小刻みに震え、それでも顔は笑っている。
今やこなたを支配するのは怒気と狂気だけだった。そして、そんな相手に命乞いなんて無意味。それよりさっさと背中を向けて逃げ出すべきだ。
しかしまともに追いかけっこをすれば早いのはこなたのほう。運動音痴のみゆきが走って逃げ切れる相手ではない。
「……た、助けて……ください…………。お願いします助けてくださいぃ……!」
結局出て来た言葉は命乞いだった。明らかな無為。しかし最早それ以外に取る方法がなかった。足腰をガクガク震えさせながら、目から大粒の涙をこぼしてみゆきはひたすら命乞いの言葉を繰り返した。
「助けて下さい泉さん! ごめんなさい! 許して下さい! 今までの事は本当に申し訳なく思っています!! お金なら親がいくらでも払います! だから…………」
駄目だ。駄目だ! 駄目だ駄目だ駄目だ!! こんな言葉が通用する場面ではない!
最初にこなたが教室の扉を蹴飛ばしてからまだ時間にして1分も経っていない。しかしもうすぐ他のクラスから人が集ってくるだろう。状況を知った教師らが警察を呼ぶだろう。
そうなれば泉こなたは捕まる。そんなこと本人も最初から承知している。
そしてこなたは逃げ出すことを考えていない。自分をいじめていた柊つかさ、そして高良みゆきを殺したら、後はどうなってもいいと考えている。この場で頭を撃ちぬいて自殺する気かもしれない。
そんな相手に何を言っても通用するわけが無い。そう思っていたが、信じられない奇跡のような事態が起こった。
「…………そう、みゆきさん反省してくれてるんだ。……だったら、みゆきさんは殺さないでおいてあげても、いいかな?」
そう言って、こなたは持っていた改造エアガンを傍らの机の上に置いた。
え? みゆきは事態の異常さを理解できない。なぜ? 自分を助ける? 殺さない? どうして? どうして?
「本当はね。ずっとあの頃に戻りたかった。だから、いくらいじめられても、みゆきさんもつかさも、心から憎いと思えなかった……ただ悲しかった…………ひぐっ……すごく悲しかった…………」
静まり返った教室で、こなたは泣いていた。目から涙をこぼし、返り血にまみれた両手で顔を覆って、泣いていた。
「でも、もう戻れない。そう気づいたときに、今までの悲しい気持ちが、まとめて全部殺意に変わった。……本当はずっとあの頃に戻りたかったのに…………」
こなたは泣いている。嘘でも誤魔化しでもなく、本当に涙を流して泣いていた。
みゆきに背を向けて、おぼつかない足取りで教室の中央に向かって、両手をだらりと下げたままふらふらと足を進める。目線は宙をぼやっと見たまま、嗚咽にむせび泣いていた。本当に、本当にただ悲しそうに。
そのこなたの姿を見ながらみゆきは考えた。
泉こなたは間違いなく異常者だ。今は狂った頭脳がもう一度狂って、わけのわからない感傷に襲われているだけ。いつまた心変わりして自分を殺そうとするかわからない。
そして、この状況下で泉こなたを殺せば自分は殺人者か? いや違う。彼女はすでに人一人殺した犯罪者。そして自分も殺されるところだった。正当防衛の成立余地は十分にある。
だからもし仮に自分がこの場で泉こなたを殺しても、警察は自分を逮捕しない。なに、もし面倒なことになれば親が金でなんとでもするだろう。
思考1秒、みゆきにさっきまでの恐怖はもう無い。全て吹っ切れた。みゆきは笑いを堪えるような表情で目を細め、机の上に置かれていた、つかさを殺した改造エアガンを手に取った。
銃口をこなたの背中に向けた。クラス中の人間が息を呑んだ。そして、なんのためらいもなく、みゆきはその引き金を落とした。
かしゃん。乾いた音が鳴った。
「…………やっぱり……だめだよね…………」
こなたは、みゆきに背中を向けたまま。低い声で言った。
「……えっ!?」
みゆきは動揺した。もう一度引き金を絞る。かしゃん。弾は発射されない。
かしゃん。かしゃん。かしゃん。何度やっても同じだ。空撃ちの乾いたコッキング音が鳴るだけ。弾切れだ。弾装に弾が一つも残っていないのだった。
「…………嘘は言ってないよ。あの頃に戻りたい、それは本当の気持ち……私をいじめてた人間は憎くて憎くて仕方が無い……でも、『つかさ』や『みゆきさん』が憎いんじゃあない…………本当に、殺したくなんてなかった…………」
そう言いながら振り返ったこなたの目には光が失われていた。全てをあきらめたように、黒く濁った目でみゆきを見て、懐からもう一つ改造エアガンを取り出した。
「さよならみゆきさん…………私もすぐ行くから。もしあの世で……会ったら……また仲良くできるといいね」
とめどなく溢れる涙に溺れるように声を詰まらせながらこなたは言った。
もう全ておしまい。いや、本当はとっくの昔に終わっていた。だけど気づきたくなかっただけ、私たちはまだ仲良しなんだと、自分だけが思っていたかったのだ。
その勘違いを終わりにしよう。そう思って、こなたは引き金を絞った。
びしゃ。教室の窓ガラスが赤く染まった。額から後頭部までを貫いた8mmの弾痕、そこから噴水のように赤い液体が噴きだした。みゆきの体はその場に崩れ落ちた。
そしてすぐにまた同じ音が鳴った。今度は机が赤く染まった。その傍らにこなたの小さな体が横たわっていた。長い髪を赤に染めてなお頭からだくだくと血を流していた。
血に染まったその机は、ここ数日座る者の無かった、泉こなたの席だった。
いつもここにみんなで集っていた。4人で他愛のない話に花を咲かせていた。
もうあの日々は戻ってこない。血で汚れた机は教室から撤去されるだろう、同時に、誰の記憶からも失われていくだろう。そのうち、誰も思い出さなくなるだろう。
この席の回りはいつも明るかった。素朴に、しかしはっきりと輝いていた。
星のように。
『夕方のニュースです。今日午前8時過ぎ、埼玉県陵桜高校で銃乱射事件が発生。18歳の女子生徒が同級生の柊つかさ、高良みゆきの2人を改造エアガンで射殺し、その後自らもその銃で頭を撃ち抜き死亡した模様です。警察は事件に対し…………』
完
最終更新:2022年04月17日 12:07