手紙

by東京都

拝啓、お父さん、ゆいねーさん、ゆーちゃん、つかさ、みゆきさん、そしてかがみん。
このお手紙を読んでいるときにはきっと私はもういないと思います。
先立つ不幸をお許しください。18年間、短いながらも皆さんに会えて私はきっと幸せ
だったと思います。

追伸 かがみんへ
もし、あの時のことで怒っていたなら謝らせて下さい
本当にごめんね。

そんな手紙を残して彼女が私の傍から居なくなったのは、ある冬のよく晴れた日だった。
通学に利用していた電車が人身事故で止まったあの日の朝。
珍しいことがあるものだとは思っていたけど。
それ以外はいつもどおりの一日だった。ただ一つ彼女がいなくなったことを除いて。

もしできるなら、私と彼女の物語が狂ってしまったあの日に戻りたい。
そう何度も思った。


高校三年の夏。私たちはよく皆で集まって勉強していた。
一緒に勉強といっても、こなたやつかさ達が分からないところを私が教えてあげるということが
多かったけれども。

こなた「いやー、かがみん。本当に助かるよ!正直かがみんが居なけりゃ、あたしどうなってた事やら・・・」
かがみ「そう思うなら、少しは自分で努力しなさいよ」
つかさ「そうだよ、こなちゃん。私だって最近はおねえちゃんに頼らずに自分で・・・」
かがみ「・・・つかさ、あんたが自力で解いたところって全部間違ってるわよ」

顔を真っ赤にするつかさ。それを見て笑っていた私とこなた。
正直な話、笑っているだけの余裕は皆なかったけれども、それでも皆で一緒に居ることは楽しかった。
高校を卒業したら、みんなそれぞれ違う道に進むだろう。だから残り半年、出来るだけ思い出を作ろう。
口に出してはいわなかったけど、三人とも同じ気持ちだったと思う。

平凡でとびっきり幸せだった私たちの生活。それが崩れたのが8月の終わりのある日の夕方だった。
ひぐらしの泣き声がやけに五月蝿かったことを今でも鮮明に覚えている。

つかさ「あ、いけなーい。いのりおねーちゃんに買い物頼まれてたの忘れてた!もう帰らなきゃ」
かがみ「結構大切な用事なの?まぁ、あと一問解いてから帰りたかったけど仕方ないわね」
つかさ「んー、私一人でも大丈夫だから、おねーちゃんはもうちょっとこなちゃんの家で勉強してったら?
    何だか凄くはかどってたみたいだし」
かがみ「悪いわね。じゃあもう少ししてから帰るわね。久しぶりに調子が乗ってきたから、正直なところ
    今帰るのがちょっと勿体無いなって思ってたのよ」
こなた「・・・勉強やってて調子が乗ってるから、止めずにまだ続けるってかがみんは変態・・・?」
かがみ「あのなぁ、エロゲばっかりやってる奴に変態なんて言われたくないぞ」

こなた「ねえ、かがみんって何で法学部に行こうとしてるんだっけ?」
かがみ「んー、やっぱり弁護士になりたいからかなー」
こなた「弁護士って、かがみんはどんなドラマに影響されたのかなー?それとも漫画?」
かがみ「う、五月蝿いわね!別に弁護士を目指す理由が何だっていいでしょっ!」
こなた「ははーん、さては図星だね?かわいいなぁ(スリスリ)」
かがみ「ちょ、くすぐったいから止めなさいって!・・・そういうあんたこそ何で大学に行こうとしてるのよ?」
こなた「何でかっていざ聞かれると困るなー・・・。まぁー特にやりたいこともないし大学に行くのもいいかなって
    要は大学に入れればいいんだよ!大学に入って彼氏とか友達とか作って青春をエンジョイするのさっ!」
かがみ「青春をエンジョイってあんた・・・」

そこで会話は一旦終わり、二人ともまた問題を解き始めた。けれども、こなたの言った「彼氏」という言葉が頭から
離れなかった。

かがみ「(まぁ、彼氏ぐらい作るわよね・・・)」

ひぐらしの声がやけに五月蝿かった。

かがみ「ねえ、彼氏って・・・あんた今までいたことあんの?」
こなた「残念ながらいないよー。あ、ここってどう解けばいいの?」
かがみ「へ?あああ、うん・・・こ、ここはね・・・」
こなたの体が私に近づいた。鼻腔に女の子特有の甘い香りが広がる。
ひぐらしの鳴き声はいつの間にか止んでいた。夕日が当たる部屋、ひどく静かだ。
あのときがきっと運命の分かれ道だったんだろう。
かがみ「あんた、いい匂いするわね。何か香水でも使ってるの?」
こなた「・・・へ?別に使ってないけど・・・どうしたのさ?急にそんなこと言って」
かがみ「こなた、本当に彼氏がほしいの?」
こなた「んー、今日のかがみんは嫌に突っかかるねぇ。まぁこんな私だけど人並みに幸せになりたいという
    願望があってだねぇ・・・」
かがみ「・・・私が幸せにしてあげるから・・・」
こなた「何か言った?聞こえなかったんだけど・・・」

心臓が早鐘のように鳴る。首筋を汗が伝った。動悸が止まらない。

かがみ「ねぇ、私じゃ駄目なの?私があんたの彼氏になるから・・・」
こなた「ってかがみんいきなり何を言い出すの?そう言えばこんなシチュエーションって
    エロゲとかでありそうだよね。夕暮れにヒロインと二人きりで・・・」
かがみ「私、あんたの事幸せにするから・・・だから・・・」
こなた「ちょ、かがみんってば目が冗談じゃないっぽいって!それにかがみんは女の子だから
    彼氏になんかなれないじゃんw」
かがみ「冗談じゃないよ」
たまらずこなたをベッドに組み敷いた。彼女は何が起こったのか、理解できていないようで目が泳いでいた。
こなた「へ・・・?ちょ、ちょっと!んぐ・・・」
何か叫ぼうとした彼女の口を私は自分の口で塞いだ。どこかでひぐらしが鳴いている。
こなた「ん・・・、ぷはぁ!かがみんってば、冗談も大概にしてよっ!さすがにこれは・・・」
かがみ「私、あんたの事好きなのよ・・・。もう我慢できない。ねえ、いいよね?」
こなた「いやいやいや、良くないから・・・。ってやめてっ!やめてよ!」
かがみ「やだ。やめない」
こなた「かがみんの事は親友だって思ってるけど、親友と恋人ってのはぜんぜん違うし、それに
    私たち女の子じゃん!こんなのおかしいよ!んぐ・・・」

必死に抵抗するこなた。でも両腕を押さえているから、組み敷いた体勢から逃れられない。
きっと下には小父さんがいるはずだ。あんまり叫ばれるときっと不審に思って様子を見に来るだろう。
だからもう一度彼女の口を塞ぐ。自分の口で。
それでも彼女は声にならない叫びを上げながら、必死に抵抗を続ける。
でも、いくら格闘技経験者と言っても彼女の華奢な体に私を押しのけるだけの力は無い。
左手で彼女の両腕を押さえながら、右手を胸に這わせていく。

こなた「んー、んー!」
かがみ「ねぇ、こんなシチュエーションも何だかエロゲっぽくない?」
こなた「本当にやめっててば!んぐ・・・」

ドン!

お腹を鈍い衝撃が走る。思わず彼女を拘束していた左手の力が緩んだ。
その隙にこなたは全身の力を使って、私を撥ね退ける。体勢が崩れて、私はタンスに頭を強く打った。

こなた「あ、ご、ごめん!大丈夫!?」
こなたが私のお腹を蹴ったのだ。明確な彼女からの拒否。その時私は、自分のしたことに気づいた。
その後のことはよく覚えていない。逃げるようにして、彼女の家から出た私は涙を流しながら自分の家に帰った。
本当に取り返しのつかないことをやってしまった。そんな自分への嫌悪感、そして彼女に拒否されたことへの
深い悲しみが私を襲った。

つかさ「おねーちゃん、おかえりー・・・ってどうしたの?何で泣いてるの!?」
かがみ「放っておいてよ・・・」
つかさ「そんな・・・それに頭から血が出てるし・・・」
かがみ「放っておいてって言ったでしょ!?」

自分でびっくりするぐらい激しい剣幕でつかさに怒鳴ってしまう。
また嫌悪感が襲ってきた。その日はずっとベッドの中で泣いていた。

その日以降、こなたの家での勉強会は開かれなかった。
気を紛らわせるために私はひたすら机に向かった。勉強さえしていれば、全て忘れられるような気がしたから。
幸いと言うべきだろうか?高校三年の夏、受験生であったからやらなければいけない事はたくさんあった。

しばらくすると夏休みが終わって、学校が始まった。
以前は休み時間毎に足しげく通ったこなた達の教室だったが、その頃になると滅多に訪れなくなっていた。

みさお「柊ってヴぁ、最近ちびっ子たちの教室にいかねーな?どうかしたのか?」
かがみ「・・・別に何でも無いわ。さすがにこの時期になると勉強をしなきゃいけないし」
みさお「んー、そうかぁ・・・。まあいいや。質問なんだけどさ、ここってどうやって解くんだ?」

こなた達の教室に行かなくなるようになっても、別に寂しくは無かった。
日下部や峰岸たちとは普通に話していたし、何より夏休みが終わってとうとう受験が目の前に迫ってくると、
そんなことを忘れるぐらい勉強に追われていたから。

つかさ「おねーちゃん、最近こっちの教室に来なくなったけどどうしたの?」
かがみ「勉強してるから、中々行く暇がないだけよ」
つかさ「こなちゃんも、夏休み以来元気が無いし・・・。もしかして二人とも喧嘩してる?」
かがみ「そんなんじゃないってば」
私とこなたの仲を気遣うつかさの優しさが妙に苛立たしかった。
つかさ「二人とも、前みたいに仲良しにもどってよ。一体どうしたの?」
かがみ「別に、あんなやつとは最初から仲良く無かったわよっ!私は忙しいの!
    あんなチビに構ってるヒマなんてないのよ!もう、あいつの話は金輪際しないでっ!顔も見たくないんだから!」
苛立ちがつい口に出てしまった。
こなた「・・・ごめんね、かがみん。それにつかさ・・・」
つかさ「こなちゃん!?今の聞いてたの!?」
こなた「・・・嫌、聞くつもりは無かったんだけどね。あ、かがみん。これ、前に借りてたソフト・・・。
    返しておくから。じゃあねっ!」
かがみ「ちょ、ちょっとこなた!」
そう言って走り去っていくこなた。彼女の目が濡れて光っていたのは気のせいだったろうか?
つかさ「・・・おねーちゃん、こなちゃんを追いかけなくていいの?」
かがみ「別にいいわ。もう私たちの事は放っておいて。お願いだから・・・」
精一杯の強がりだった。本当は直ぐにでも追いかけていきたかったけど、何故か足が動かなかったのだ。

その日以降、つかさも私とこなたの仲については何も言わなくなった。
当然のことだけれども、以前のようにこなた達と寄り道をしてから家に帰ると言うこともなくなった。
学校が終わればまっすぐに帰って勉強をする日々。
そんな日々を続けていた性だろうか?気分はいつもどこかモヤモヤしていたけれども
成績だけはどんどんと良くなっていった。

桜庭「・・・いやー、娘さんの成績ならきっと第一志望に行けますね。柊は弁護士志望だったか?」
みき「まぁ!良かったわね、かがみ」
かがみ「うん・・・」
桜庭「最近成績が上がってるなぁ。それなのに、元気が無いけどどうしたんだ?何か悩みがあるなら
   今言ってもいいんだぞ?」
かがみ「大丈夫です・・・大丈夫ですから」

三者懇談も終わって冬休み。だけれども受験生に休みなんてない。こなたにはもう大分会ってなかったけど
そんな事を忘れてしまうぐらい勉強に励んだ。いや、忘れたかったのかもしれない。
そんなある日、携帯電話が鳴った。この人から電話が来るのはずいぶん久しぶり。そう、こなたからだ。

かがみ「・・・どうしたの?」
こなた「あっ、かがみん久しぶりだね。勉強ははかどってる?」
かがみ「大丈夫だから・・・。何か用なの?」
こなた「いや、大した用ってわけじゃないんだけどさ、久しぶりに皆で遊ばない?」
かがみ「悪いけど、勉強で忙しいの。もうしばらくは掛けてこないでね。じゃ」
こなた「あっ、ちょっ・・・」

ツーツーツー
素っ気なくこなたからの電話を切る。一体どんな顔をして彼女に会えばいいと言うのだろうか?

光陰矢のごとしと言うべきか、あっという間に冬休みも終わって3学期の初登校日だ。
いつものように駅に向かうとやけに騒がしい。

アナウンス「糖武日光線で人身事故がありました関係で、糖部鉄道全線で大幅にダイヤが乱れております。お客様には・・・」

人身事故か。こんな田舎で珍しいこともあるもんだな。
そう思いながら何とか学校に向かう。学校に着くと、やはりそこも妙にバタバタとしていた。
糖武線は生徒の中でも使う人が多いから大変なんだろう。
走り回る先生たちを横目に見ながら、教室に入る。

かがみ「おーっす」
みさお「おー、柊おはよー」
かがみ「あんた、電車大丈夫だったの?」
みさお「あたしんとこは大丈夫だったんだけど、大分遅れてるから一時間目は自習らしいぜ?まぁクラスのやつも半分ぐらい
    来てないから当然だろうけど」

やっぱり授業がないというのは嬉しいのか、みさおはニコニコしていた。
かがみ「あんた、ちゃんと勉強しなさいよ。自習って遊んでいいって事じゃないんだから」
そう言って席に着く。昨日の数学の問題の続きでも解こうか。問題集を広げたとたんに、桜庭先生があわただしく
教室に入ってきた。
桜庭「お前らー、席に着けー。・・・すごく言いにくいんだけど、今朝の糖武鉄道の人身事故なんだけど、この高校の生徒
   がどうやら列車に飛び込んだらしい」

え・・・?教室が大きくざわめいた。私の心臓も大きく脈打つ。・・・日光線ってどのあたりだっけ?

桜庭「今、警察に確認を取ったところ・・・その生徒の身元が分かった。その生徒だけどな・・・」



それから数日間のことはよく覚えていない。お葬式で憔悴しきったこなたのお父さんから渡された手紙。
手紙の中でこなたは私に謝っていた。本当に謝らなければいけないのは私の方なのに。
いったいどこで間違ってしまったんだろうか?たった半年間の間に全てが間違った方向に進んでしまった。
できるならば、やり直したい。どこからやり直せばいいだろう?
こんな話の終わり方、私は大嫌いだ。
ただお「泉さんのことは本当に気の毒だったな。かがみも大分落ち込んでるし」
みき「そうね・・・。ここ数日はご飯もろくに食べてないみたいだし・・・。
   そういえば、かがみってば随分お風呂が長いわね。あんなことの後で心配だから、ちょっとつかさ様子を見てきて」
つかさ「うん、わかった」
ここ数日のお姉ちゃんの落ち込みようは見てるこっちが可哀想になるぐらい酷かった。
気持ちは痛いほど分かるけれど。

つかさ「おねーちゃん、大丈夫?こなちゃんの事は大変だったけど、その・・・元気出してよ」
精一杯明るく浴室のお姉ちゃんに話しかけてみる。たぶん、私にできることなんかないんだろうけど
いつかまた明るいお姉ちゃんが見たいから、私はなんだってするつもり。
浴室の中のお姉ちゃんから返事は無かった。心臓が早鐘のように鳴った。どうしたんだろう?
まさか倒れてるんじゃ・・・。

つかさ「おねーちゃん、返事ないけどどうしたの?開けるよ・・・」
何だか嫌な予感がする。意を決して私は浴室の扉を開けた。

バスタブに溜まったお湯は不自然なほどの緋色をしていた。

泉さんとかがみさんが居なくなられてから、もう半年が経ってしまいました。
本当に月日が流れるのは早いものです。二度も続けて、大切な友人を無くしてしまわれまして
つかささんも本当に落ち込んでしまいました。
もう8月。今日はお盆です。私も半年ぶりに、高校三年間通い続けたこの埼玉に戻ってきました。
待ち合わせば場所では、先につかささんが来て待っていました。
つかさ「あ、ゆきちゃん!こっちこっち」
みゆき「お待たせいたしました」
つかさ「全然待ってないから、大丈夫だよ。大学生活はどう?医学部って大変なんでしょ?」
みゆき「はい、本当に勉強続きで・・・。正直なところ受験生時代よりも勉強しているという感じですね」

二人でお墓参り。久しぶりに会った友達と行くのが友達のお墓というのも変と言えば変な話ですね。
泉さんのお墓を回ったあとに、かがみさんのお墓に行きました。
線香と蝋燭に火をつけて、しばらく黙祷を捧げます。あの世というものがあるなら、お二人ともそこで元気でやっているでしょうか?
黙祷が終わって目を開けると、つかささんが日記帳を私に見せてくださいました。

みゆき「・・・これは?」
つかさ「おねーちゃんの遺品を整理してたら見つけたんだ。おねーちゃんの日記帳」

日記帳には去年の8月から、亡くなられるまでのかがみさんの思いが綴られていました。

つかさ「・・・おねーちゃんって本当にこなちゃんの事が好きだったんだね。私が気づいてあげていれば・・・」
みゆき「あんまり自分を責めるのもよろしくないかと・・・。私は、こんな事しか言えないですけど」
つかさ「うん、ありがとうゆきちゃん」

つかささんの目には涙が浮かんでいます。本当にお優しい人なんですね。できることなら大学に行かずに
もっとつかささんの傍に居てあげられれば良かったのですが・・・。きっとつかささんも3人の親友が突然いなくなって
相当つらい思いをしたのでしょうか。その表情には憂いが見えます。

そういえば、今年はやけに暑いですね。それに蝉の声が妙にうるさいです。本当に・・・。

みゆき「・・・つかささん。こんな時にこんな事を言うのは不謹慎だと分かっているんですが、私、高校時代からずっと
     貴女のことが・・・」

おわり めでたしめでたし
最終更新:2022年04月18日 18:16