計画

by岡山県

「もう、本当にこなちゃんは空気読めないんだから~」
「お話も分かり難いですしね」
「……」

 私が虐められ始めて、もう2ヶ月にもなる。
 最近はクラスの人たちも私を無視するようになってきて、いよいよ私の居場所が無くなって来た。
 でも、それ以上に嬉しいことがあった。
 先生が虐めを無くす為の努力をしてくれていることと、かがみが私の擁護に回ってくれることだ。
 かがみに私が虐められていることを知られたときにはもうだめだと思ったけど、かがみは私の味方になってくれた。

「何で相談してくれなかったの!」

 あの時のかがみの言葉を思い出す。
 俯いて顔を真っ赤にしながら泣いているかがみを見て、私はとても申し訳ない気持ちになった。
 ホントは前から、かがみのことは信じてた。
 信じてたけど……やっぱりどこかでばれたらつかさ側に回るんじゃないかっていう不安があった。
 だから、その反動からか気づいたら私がかがみに依存するようになっていた。
 かがみがいる時はつかさもみゆきさんも私に強く言えないらしく、実質的にかがみは私を守ってくれていると言っていい。
 それに加えて、黒井先生がクラスみんなに虐めをやめるように呼びかけてくれている。
 あのフランクな性格からか黒井先生を慕っている生徒は結構多いから、無視程度の虐めで済んでいるのは先生のおかげかもしれない。
 昔みたいな生活に戻るのはもう無理だと思うけど……もしかしたら虐めがなくなるのも時間の問題かも知れない――最近はそんな期待さえ出始めた。

「こなちゃん、私十円しか持ってないけどジュース買ってきてくれる?」
「私もお願いします」

 ……この生活ももう少しで終わるはず。
 そう期待しないと胸が押しつぶされてしまいそうになる。
 ジュースを買っているときに鳴ったチャイムを聞きながら、積極的に希望を持とうと決意した。

「なんや、泉遅かったなぁ。そんなに私の授業はイヤか?」
「えっ!?いや……その……」
「もう受験生なんやから、ジュース買って遅刻するようなマネなんかすな」
「……はい」

 教室へ戻ったとき、開口一番で言われたのがそれだった。
 おかしい。
 先生なら、こんな明らかな虐め、分からないはずがない。
 何か考えがあるんだろうか――そう考えていると、先生が私に問題を当ててきた。

「……を中心に剣奴たちが反乱を起こした。泉、一年の復習やで。答えてみい」

 ……しまった、授業内容を全く聞いてなかった。

「えぇっと~。わかりま……」

 コツン。
 答えようとしたとき、後ろから飛んできた消しゴムが私の頭に当たった。

「あはは、ごめんごめん。消しゴムが手から滑っちゃって」

 投げたのはつかさだった。
 今までつかさたちは先生にばれないように私を虐めてきたから、こんな堂々としたものは初めてだった。
 それもあって、先生はつかさたちに強く言えなかったけど、目の前でこんなあからさまな事をしたら、先生に叱られるのは目に見えていた。
 先生の言葉でつかさが反省してくれたらと思ったけど、次の言葉でその願望は打ち砕かれた。

「……なんや、柊か。気ぃつけぇや」

 ……え?先生……。

「で、泉。答えは何や~?」

 嘘でしょ……先生……。

「泉~」

 先生……。
 世界史の授業が終わるまで、私は魂が抜けたように感じた。
 なんで?
 何で黒井先生が?
 本気で、私を守ってくれるって、約束したのに。 「こなちゃん、さっきはごめんね~」
「……つかさ」
「私、ドキドキしちゃった~。こなちゃんに消しゴムぶつけちゃったから虐めだと思われるんじゃないかな~って」
「黒井先生は虐めに関しては過剰なまでに反応しますからね。でも、先程の反応は変でしたね。つかささんは人一倍黒井先生から虐めに関して注意されてましたので何か言われるのではないかと思ったのですが」
「うん、そうだよね~。私に対して注意できない理由でもあるのかな~?」

 私に対して……?

「そうですねえ。色々な予想が出来ます。例えば先生がつかささんを気に入ってる場合など……ですが先生は公私はきちんと分ける方ですし、何より泉さんを一番気に入ってるので可能性は低いかと思われます」
「だよね~、他に何かあるかな?」
「はい、他の理由としては……教育委員会の力が働いたということも挙げられます。最近は厳しいですからね」
「おお~、流石ゆきちゃん。私もそれだと思うな」
「ちょっと待ってよ……なんで黒井先生が教育委員会に?」
「あっはは、こなちゃん自覚ないの?いつもこなちゃん、黒井先生に体罰受けてたじゃない」

 へ……?

「ええ、私もよく覚えていますよ。眠っていたときなど、黒井先生にこぶが出来るくらいに殴られていましたね」
「私、それ見てこなちゃんがかわいそうに感じてさ~」

 うそ。

「ついつい通報しちゃったんだよね~」

 やめて、それ以上言わないで。

「教育委員会に」

 今までの希望が、音を立てて崩れていくように感じた。

「それはいいことをしましたね、つかささん」
「ありがとう、ゆきちゃん。そう言ってくれるとすごく助かるよ。黒井先生に少し悪かったからさ。……あ、結局なんで先生は私に注意しなかったのか分からないや」
「つかささんに注意したら、また通報されると思ったからじゃないでしょうか?虐めの罪を着せられた、などと」
「う~ん、私そんな事しないのになぁ。それはそうとこなちゃん!」

 泣き出したい私の頭を荒っぽくにつかみ、つかさの方に強引に引き寄せられた。
 近くで、しかも向かい合っているつかさの目を見てなおさら泣き出したくなった。

「感謝してね?私のおかげでこなちゃん、つらい思いせずに済むんだから」
「……うん」
「あっはははははははははは!」

 つかさが声高らかに笑い、みゆきさんは対照的にクスクスと笑っていた。
 望みが一つ消えてしまい、私は今までの精神的疲労がどっと押し寄せてくるのが分かった。
 もう何も見たくなくて、私は机に顔を伏せる。

「……かがみ、助けて」

 誰にも聞こえることは無い。
 隣にいるつかさが狂ったように笑っていたから……。


「つかさ、今日かがみは?」
「お姉ちゃん?今日も休みだよ」

 三日間も連続で、かがみが学校を休んでいた。

「……何で休んでるの?」
「一昨日から言ってるじゃない、こなちゃん。ただの風邪だよ」

 嘘だ。
 間違いなく、つかさとみゆきさんが手を回したんだろう。
 つかさの性格上、かがみにはそんな酷いことをしないだろうけど、やっぱり心配だった。
 心配だったけど、携帯に電話も通じないのでどうしようもなかった。
 家に電話したところで、つかさに出られるのがオチだ。
 今の私は、何も出来ない。
 抑止力が無いことによって何時も以上に加速する虐めを、ただ一身に受け続けるしかなかった。

「こなちゃん、私今日お弁当忘れちゃったの。買って来てくれる?」
「私もお願いします」

 ただ、一身に受け続けるしかなかった。

「ただいま」
「おう、お帰りこなた……ってもう上に上がるのか?」
「いや~受験生だから疲れててね~」
「そうか。まあ、あんまり無理はするなよ。かがみちゃんたちと思いっきり遊んで良い思い出を作ると良いさ」
「ははは……本人達にそんな暇があったらね」

 良い思い出……か。
 私にとってはそんなものは未来ではなく過去に期待するしかないのに。
 起きていても嫌な想像しかできないので、最近はさっさと寝るようにしているけど、自分の部屋に入ると意外な人物がいた。

「……ゆーちゃん」
「お帰り、お姉ちゃん……。今日、高良先輩と柊先輩……つかさ先輩が来たんだけど……お姉ちゃんが虐められてるって本当?」
「……ゆーちゃん、何もされてない?」
「うん……わざわざ何もするつもりはないって私に言ってきたの……」
「ならよかった……さっきの話だけど……虐められてるっていうのは、本当」 
「お姉ちゃん大丈夫なの……?そうだ、おじさんに言ったら……」
「それはダメッ!!」

 突然の大声に、ゆーちゃんは驚いたようだった。

「あ、ご、ごめん、ゆーちゃん。でも私、お父さんにだけは心配かけたくないの。絶対責任感じちゃうだろうから……」
「わかった……」

 ゆーちゃんはしょぼくれるように答えた。

「ゆーちゃん、一応言っておくけどあの二人に関わっちゃダメだよ……?何もしなかったらゆーちゃんは大丈夫だと思うけど、関わったらなにされるかわかんないから……」
「う、うん……」
「それでよろし~い。じゃあゆーちゃん、私はもう寝るから。お休み~」
「うん、お休み……」

外で鳥が鳴いている。
 もう、朝か。
 もっと寝ていたかったけど、時間がそれを許してくれなかった。
 今日はかがみは来てるかな?
 そんなことだけが気になって、学校に行くまで上の空だった。

「お姉ちゃん?今日も来てないよ」
「そう……」

 なんとなくはわかってた。
 やっぱり今日も、昨日までと変わらない日か……少しだけ、偶には違う一日が来たって良いのに。

「ああ、そういえば泉さん」
「……どうしたの?」
「先ほど小早川さんがいらっしゃいまして、私たちに言ったんですよ」
「お姉ちゃんを虐めないで~ってね。あはは、良い子だね。ゆたかちゃん」
「ゆーちゃんが来たの!?何もしてないよね?何もしないよね!?」
「ええ、約束したとおり、何もするつもりはありませんよ」
「あ~、でもゆたかちゃんとっても調子悪そうだったよ~?」
「まだ一時間目も始まっていないのに保健室に行きましたからねぇ」
「大丈夫かな~、ゆたかちゃん。今頃保健室で一人、泣いてるんじゃないかなぁ?」

 つかさの言葉を聞き終えると同時に、私は保健室に向かって走り出した。

「あれ~、こなちゃん何処行くの?」
「何処でしょうかね?」

 白々しい。
 ゆーちゃんの身に何かあったら絶対、許すつもりはないからな。

「ゆーちゃん!」
「あ、お姉ちゃん……」
「大丈夫?何もされてない?」
「え?うん……何もされてないけど……」

 それを聞いて安心した。
 ゆーちゃんが嘘をついているようには見えないからだ。 

「それよりごめん、お姉ちゃん……あの二人を説得したんだけど……途中で具合が悪くなっちゃった」
「ううん、ゆーちゃん……ありがとう」

 小さなミスをした子供のように、ゆーちゃんは言った。
 多分、すごく辛かっただろう。 
 虐めをしている上級生二人を説得しようとしたんだから。

「ゆーちゃんから勇気をもらえたよ。私、これで今日はいつもよりがんばれるよ」
「あはは……ありがとう、お姉ちゃん。授業まで時間がないから、そろそろ戻った方がいいよ?」 
「おお、本当だ。じゃあね、ゆーちゃん。お大事に~」
「うん、またね。お姉ちゃん」

 ゆーちゃんに別れを言って、保健室から出る。
 本当はもう少し、つかさたちがいない空間にいたかったんだけど……。

「って、あれ?」

 つかさたちのいない空間?

「あ、そうだ!今電話かけたらかがみと話できるじゃん!なんで今まで気づかなかったんだろ!」

 かがみと久しぶりに話が出きるというだけで、心が躍る。

「ごめん、ゆーちゃん!もうちょっとだけここにいるよ!」
「え、ええ?いいけど……どうしたの?」

 携帯を取り出して、かがみの家に電話を掛ける。
 早く出て、早く出て……一刻一秒も惜しい。
 この時間帯なら、叔父さんと叔母さん、そしてお姉さんがいるはず……。

『はい、柊ですけど』

 繋がった!
 声からして、出たのは叔父さんのようだ。

「あ、もしもし!泉ですけど、かがみと、かがみと代わってください!」
『泉……?』

 優しげな声から、一変してトーンの落ちた声になる。 
 まるで、私の名前に反応したかのように。

『悪いけど、君にかがみと話をさせるわけにはいかないな。悪いけど、もううちに電話を掛けてこないでくれ』
「へっ……?」

 がちゃ、つー、つー。
 電話の切れた音は、私の感情なんて知ったこっちゃ無いというくらいに冷酷だった。

「な、んで……」

 いや、そんなことはすぐ分かる。
 こうなるのを、初めから予測済みだったんだろう……。

「つかさ……」

 私は、本気でつかさを怒らせたみたいだ。
 普通、自分の家族にまで手を回さないだろう。
 恐ろしい……。
 つかさへと感じた新たな感情を前に、私は何も考えることが出来なかった。
 ガタンガタン、ガタンガタン。
 今日は何時も通り学校が終わって、何時も通り駅から家に帰ろうとしている。
 ……もう、私はどうすればいいの?
 あんなに楽しかった学校に居場所が無い。
 唯一の在り処のかがみもいない。
 次の電車まで時間があるので、私はもう一度、トイレの中で今度は携帯の方に掛けて見た。
 ……繋がらないと分かっている電話なんて、ただの気休めだ。
 五日も繋がって無いのに、繋がるはずもない。
 そう思っていたとき。

「はい、もしもし」

 ……繋がった。
 驚きで何を喋ればいいかわからない。

「あ、かがみ、その……」
「あんた……こなた……よね。携帯にもそう表示されてるし」
「うん……。かがみ、何で学校に来ないの?」

 愚痴ならいくらでも聞いてあげよう。
 弱音ならいくらでも励ましてあげよう。
 そう思っていた私に突きつけられたのは、そのどちらでもない言葉だった。

「あんた、いいご身分ね……。自分が助かったからって私に学校に来いって?」
「え?何言って……」
「虐めが終わった人はいいわね~。他人のことを考える余裕ができるんだから」
「かがみ、何言って……」
「で、何?今日私に電話を掛けたのは哀れみ?」
「ち、違……」
「私をこんなのにした原因はあんたなのにいまさら学校に来い?はっ、何それ?本当ならあんたの変わりに私がそこにいるはずなのに……」
「……っ」
「あんたが居なかったらこんなことにならずに済んだのに!私が代わりに虐められずに済んだのに!ふざけないで、声も聞きたくない!」

 がちゃ、つー、つー。
 電話が切れる。
 そっか、全部分かった。

「なぁんだ、全部私が悪いんじゃん……」
 ゆい姉さんは言ってた。
 ゆーちゃんは病は気からという言葉を地で表すような娘だって。
 私が心配掛けたから、ゆーちゃんは具合が悪くなったんだ。
 私がいたから、かがみは虐められたんだ。

 私が生まれたから、お父さんの大好きなお母さんが死んだんだ。

 涙さえ流れなかった。
 携帯電話をしまって、駅のホームへ向かう。
 どうやら話をしている間にいい感じの時間になっていたようで、電車が来ることを知らせるアナウンスが入る。

「……番線に電車が入ります。危険ですので白線までお下がり下さい」

 とうとうかがみにまで嫌われて、居場所はおろか、心の在り処さえも無くなった。
 こんな私に生きる価値ってあるのかな。
 ……もう、どうでもいいや。
 これから、あの世に行くんだから……。
 じゃあね、みんな……次は、前みたいに仲良く、一生を終えようね。

 グ シ ャ 



 ――朝
 学生はあわただしく登校の準備をし、社会人もまたあわただしく出社の準備をする時間。
 生憎、ここ柊家の大黒柱は多少普通ではない仕事なのでいつも世間一般と比較してのんびりとしたものだが、今日は違った。
 三女である、柊かがみが三日連続で学校へ行きたくないというのだ。

「つかさ、かがみは学校で何かあったのか?」

 いつもとは違う、多少きつい表情で柊ただおはつかさに聞いた。
 つかさはと言えば、その目線に何も感じることもなく答えた。

「こなちゃんのせいだよ」
「こなちゃん……っていつもつかさたちと仲良さそうにしているあの子か?」
「そうだよ」
「それは……本当かい?つかさ」
「……本当だよ?嘘だと思うならお父さんがお姉ちゃんに聞いてみたら?」
「……わかった。ありがとう、つかさ」

 そう言うとただおは、つかさに背を向けて立ち去った。
 ただおは顔には出さなかったが、つかさは父親に怒気が満ちあふれているのをありありと感じた。
 そのつかさはというと……今にも吹き出しそうになるのをこらえていた。

 すべて、つかさのシナリオ通りなのだから。

 勿論、不登校の原因がこなたのせいというのは真っ赤な嘘だ。
 事実、ただおがかがみに聞いていれば間違いなく否定しただろう。
 だが、つかさはただおがかがみに問いつめることはないと100%――確信していた。
 ただおの性格上、気を遣ってかがみ本人にいじめについて聞いたりはしない。
 プライドの高い人間にそんなことを聞いたら、間違いなく心に深い傷を負うことをただおは知っているからだ。
 ただおの性格上……いや、つかさの性格上、ただおに信じられるのは当然だった。
 なぜなら、つかさは「悪意なんて一つもないいい子」なのだから。
 そして自分の愛娘がいじめられるなどという今まで経験したことのない問題に直面して、ただおのようなお人好しが平静でいられるはずがない。

「ふふふふふふ……っははははははは……」

 そう、これは全部――

「あっはははははははははははははは!!」

 ――つかさのシナリオ通りだった。

「お姉~ちゃん」

 かがみの部屋の前で、猫撫で声でつかさが言った。

「……話しかけないでくれる?」
「そんなこと言わないでよ~。せっかくいい報告があるのに」

 クスクスと、つかさは笑い出すのがこらえきれないようだった。

「……いい報告?」
「こなちゃん、虐められなくなったよ~。お姉ちゃんのおかげでね」
「……そう」

 安堵、驚愕、喜び、嫉妬……ただの二文字に、様々な感情が入り交じっていた。
 もちろん、こなたのいじめが無くなったというのは全くの嘘だが。

「虐められなくなった……か。虐めの張本人がよく言うわね……」
「え~?私も少し反省したんだよ~?」

 この大嘘つき――かがみは反射的にそう感じた。
 最も、今の心理状況では先ほどの嘘は見抜けなかったようだが。

「信じてないみたいだね、お姉ちゃん。わかった、これ返したげる」

 つかさはかがみの怒りに触れないよう、そっと、少しだけ扉を開け、あるものを投げた。

「これ……私の携帯?」
「そう、充電もしておいたよ~。お姉ちゃんが暇にならないようにね」
「何考えてるのよ……」
「……反省したのに」

 ぐずったような声とは裏腹に、扉の前のつかさは笑っていた。
 これから起こることが楽しみで仕方ないといった風に。

「じゃあ、お姉ちゃん。私時間無いから学校行くね?いってきま~す!」
「……」
「あ、そうそう」

 つかさが立ち止まる。
 再び扉に近寄り、かがみに言った。

「こなちゃんが言ってたよ。学校、とっても楽しいからかがみも早く来なよ、ってね。じゃあ行って来るね~」
「……っ!ま、待ちなさいつかさ!私からもこなたに伝言伝えて!」
「あっはは~。お姉ちゃん、何のために携帯電話返したと思うの?言いたいことがあるなら自分で言えばいいのに」
「ちょ、つかさ!」
「行ってきま~す」

 一人取り残されたかがみは、苛々した気持ちを人形にぶつけた。
 それだけでは足りなかったので、壁に人形を思いっきり叩きつけた。
 それでも、まだ足りない。

「……なにがかがみも早く来なよ、よ。誰のせいでこんな事になってるとおもってんの……」

 初めはとても小さなものだった。
 だが世の中には、初めに怒りを爆発させるタイプと、時間が経つ毎に怒りが貯まっていくタイプの二種類がいる。
 不幸だったのは、かがみが後者だったことだ。

「こなちゃん、いつ電話するかな~」

 つかさには解っていた。
 その電話がこなたの自殺スイッチであり、かがみの命のカウントダウンを宣告するものであるということを。

「お葬式、面倒だなぁ~」

 ま、ご馳走食べられるからいっか――
 そう考えて、つかさはこなたが自殺スイッチを押すのはいつかを考えていた。
最終更新:2022年05月05日 10:42