県東部家畜保健衛生所の次長で、獣医師の資格も持つ家畜防疫員だ。今月14日、家畜伝染病の「口蹄疫(こう・てい・えき)」が広まった宮崎県に入った。
感染が見つかった農場などで、豚や牛の殺処分に追われた。通気性のない二重の防護服を着て、マスクをつける。すき間のあるところは粘着テープでふさいだ。長靴には、体中の汗がたまった。
豚の後ろ脚に、症状の一つである水疱(すい・ほう)の割れた後が残っていた。土で汚れていてもわかるほど、赤くなっていた。殺処分用の荷台の密封された空間にガスを注入する。バタバタと聞こえた豚の暴れる音がしだいにしなくなる。
過酷だった。作業は予想以上で、雨が土砂降りの日もあった。消毒用の石灰がまかれ、雪が舞ったように床を真っ白に染めていた。「必要とされていることを一生懸命やる。ただそれだけ」。だけれど「理屈ではわかっていても、なぜこんなことをしなければならないのか。これは本当に現実なのか」。心は複雑だった。
出荷が止められ、予定より大きく育っていた豚。農家の人はエサを与え続けていた。生後10~20日くらい子牛のそばには親牛が寄り添っていた。
「どうか、子牛と親牛を一緒に埋めて欲しい」。農家の願いが、現場の指導官から伝
えられた。「苦しませずに殺してやろう」。集中した。「農家の方と接する機会がなかったのが、せめてもの救いでした」
生物にも化学にも、学生のころから興味があった。病気やけがを治す医療の道にも魅力を感じた。家畜防疫員になってから、いつも「農家のためになるか」を考える。
宮崎で達成感はなかった。「動物の死が無駄にならないように」と戻ってきてからも思う。「山梨で農家が被災する姿を見たくない。予防に努めることが大事なんです」。言葉に力が入った。
2010年06月27日
最終更新:2010年07月18日 00:00