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本の森の中で…/CODE:N - (2008/10/01 (水) 22:03:33) の1つ前との変更点
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*本の森の中で…/CODE:N ◆qYuVhwC7l.
殺し合い……俗に『バトルロワイアル』とも呼ばれる、残虐な遊戯の会場となった孤島の北西部。
その場所に存在する、地図上にも記されている施設・図書館の目の前にて、一人の男性が立っている。
鋼の様な肉体を持ち、ブタ鼻にたらこ唇と言ういささか美男子と言うには難のある顔つき、
そして特徴的すぎる額に輝く『肉』の文字を宿しているその青年の名はキン肉スグル、またの名をキン肉マン。
『奇跡の逆転ファイター』と呼ばれ、数々の悪を倒し正義超人たちの中心となって活躍している彼は今、何とも言えぬ表情で地図と目の前の建物を見比べていた。
「ここは……どう見ても図書館じゃのう」
施設の入口のプレートに刻印された『ksk図書館』という文字をマジマジと見つめながら、一つため息をつく。
この会場へと飛ばされ、支給品及び名簿確認、そして今後の行動方針を決定したスグルは、まず北にある都市部へと向かっていた。
理由は簡単、悪魔将軍のような参加者に危害を加えるであろう悪人を退治するにも、自分たち超人とは違い戦う力を持たない一般人を守るにも、
自分の名前を騙る『キン肉万太郎』なる不届き者をとっちめるにも、ともかく誰か他の参加者と合流する必要性があったからだ。
都市部へと向かった理由は単純に『町の中ならば人も集まるだろう』という予測からであり、
そのなかでも全員に配布されているであろう地図に記されている幾つかの施設ならば、そこを拠点とする参加者もいるはずだ、というスグルなりの考えがあっての事だ。
一先ずは自分が最初にこの会場へと移動させられたD-4からすぐ北西のエリアC-03にある施設、中・高等学校へと向かう事にしていたのだが……
「どうやら、少し方角がずれて北北西の進路を取ってしまったようだな……」
どうりで1エリア分にしては歩けども歩けども目的地にたどり着かなかった訳だわい――
やれやれ、と自分のドジっぷりに少し凹んで頭を振りながらも、気を取り直して図書館内部へ侵入しようと足を進める。
どちらにせよ、中・高等学校で人に出会えなければ次は図書館を探索するつもりだったのだ、多少順番が前後した所で構わないだろう。
ガラス戸の入口を押しあけ、無人の貸出カウンターまで歩を進めたスグルは、両手で簡単なメガホンを作り、その場で叫び始める。
「おーーーーーーい!! 誰か、ここにいないかーーーーーーーー!?」
しばらく待ってみるも、帰ってくる声は何も無い。
「私の名はキン肉スグル!! またの名を正義超人キン肉マンだ!! この殺し合いには乗っていない!!」
今度は自分の名前や、敵ではない事をアピールしつつ再度反応を見る。
やはり、声は全く帰ってこない。
「ウォーズマーーーーン!! アシュラマーーーーーン!!! ここにはいないのかーーーーーー!?」
次に呼びかけるのは自分の友であるまっくろくろすけなロボ超人と六本腕の元悪魔超人の名だ。
それでも、帰ってくるのは静寂ばかり。
「そして、キン肉万太郎とやら!! お前には少し話したい事がある!! 隠れてないで出てこんかーーーーーーーい!!」
最後に、正体不明の自分のパチモン超人(超人かどうかすら怪しい部分もあるが)の名前を叫んでみる。
だが、結局はこの場で得られた物は、度が過ぎて逆に耳が痛くなるほどの、物音一つしない静けさだけだった。
「…………ここには、誰もいないのか?」
人の気配すら感じない図書館の中でスグルがポツリと呟く。
もちろん、それに応える音などある筈も無かった。
結局は取り越し苦労だったかのう―――大声を出したという肉体的な疲労と、完全な空振りであった事による精神的な疲労によってやや肩を落としながらも、
何とは無しにカウンターから更に奥へと足を進める。
当たり前のことだが、そこから先の目の前一杯には棚に整然と詰められた様々な本が並んでいる。
「どうにも、こういう堅苦しい雰囲気は苦手だわい……図書館の中では牛丼も食べられんしな」
一度、図書館の中で本を読みながら牛丼を持ちこんで食べようとした時に、相棒のミートにこっぴどく叱られた事を思い出して苦笑しながら棚を見て回っていたスグルだが、
ふと、その中の一角にポツンと置かれた机の上に、奇妙な物体が鎮座しているのを見つける。
「ほー、これは…確かマイコンとか言ったか? 最近の図書館ではこんな物も置いているのか」
机の上のその物体――スグルが過ごしていた1980年代にはマイコンと呼ばれていた『パソコン』をしげしげと見つめる。
詳しい事は知らないが、たしかこの機械は随分と高価な物だったように思う。こんな物を置いているという事は、実はこの島はかなりの都会なのかもしれない。
ミートがいれば操作もできるんだろうが、と呟きながら、目の前に設置されたキーボードを人差し指でポチポチと押して遊んだりもしてみるが、
パソコンの画面には何も映る気配がない。
「やれやれ、何が何だかさっぱりわからんな…こういう頭を使う機械はどうにも苦手じゃわい。そういうのはミートの領分だな」
コンコンと天辺をノックしたりもしてみるが、何の反応も見せない事に落胆したスグルは、やがて興味を無くしてその物体から立ち去った。
マイコンが置いてあったりと、施設は整ったいい図書館ではあるようだが、今現在の状況を考えれば人がいなければ意味がない。
本を読むという事にも特に興味は無いし、そろそろ次の目的地へと進もうかと腕を上げて体を伸ばした所、天井から釣り下がった妙なプレートが目に入った。
画用紙を全体に張った上に、ダンボールの切り抜きで文字を作り縁の部分を綺麗なモールで飾ったそれは、
安っぽくはあったが同時に手作り感を漂わせる、どこか微笑ましい物であった。
何とはなしに、そこに書かれた三行の文字を読み上げてみる。
「何々………『華麗な 書物の 感謝祭』………?」
いまいち意味の通っていない文章に「なんのこっちゃ」と顔をしかめながらも、つつつつっと視線をプレートの真下へと移動させる。
そこには棚が設置されており、十冊の本が上下二段に五冊ずつ表紙が見えるように並べられていた
図書館などで定期的に行われている、オススメ図書コーナーという奴だろうか。
「それにしても随分と妙ちきりんな本がならんでおるが」
パパパッとそれぞれの表紙に目を走らせてみるが、学術書のような堅そうな内容のものから絵本とも漫画とも付かない軽そうな物までてんでバラバラだ。
とりあえず、一冊一冊を個別に見てみる事にする。
まず最初の一冊目の表紙には、緑に青と赤と言う目の痛くなりそうになるエンブレムマーク(ZOZ団?と読めない事も無い)が描かれた皿の上に、
ナイフとフォークが置かれた写真が使われている。タイトルは『有機生命体が普遍的に行う栄養摂取方法に関してのレポート』。
「よく分からんが、色々な食事について描かれているようだな…牛丼特集だったらば10冊ほど買っても良かったのだが」
二冊目の表紙には、まるでウォーズマンの様にまっくろくろすけで、真ん丸に目玉がついたような、どことなく可愛らしい生物のイラストが数点使われている。
タイトルは『貴重無機生命体・通称【ススワタリ】の生態について』。
「これは超人……というよりは怪獣に近いの。なんとなくナチグロンを思い出させるわい」
三冊目の表紙には、二人の人物が左右に並んで写っている。右側に移っているのは、白衣を着た紫色の髪に金色の瞳をした、微妙に危なそうな若い男。
左側に写っているのは、黒い髪に、漆黒に染まった妙に胸元が開いている衣装にマントを羽織った妙齢の女性だ。
タイトルは『プロジェクトF ~挑戦者たち~』。
「……何々……プロジェクト………ふぇいと……グムー、さっぱりわからん…パスじゃ、パス!」
四冊目の表紙では、髭もじゃにゴツゴツの肉体を持ちながらも、妙に華美な鎧で着飾っている40がらみのむさいオッサンが、美しい白馬を駆っている。
タイトルは『たたかえ!! 平和主義者・フィル王子!!』。
「王子ぃ~!? どうみてもオッサンではないか!! やはり王子と言うからには、私の様に美しく華麗な容姿をしていなければな!」
五冊目の表紙は、真黒な下地に、真白な楕円の下部分に口の様な突起が付いて、丸い黒目を持つ可愛いとも言えなくないマスコットの顔イラストが載っている。
タイトルは『リリンの極み ~第拾七使徒が選ぶ美しき旋律たち~』。
「ふむ…色々な歌が紹介されているが……なんだ、私の牛丼音頭は無いのか……」
次に、視線を移動させて、下の段においてある六冊目の本を手に取ってみる。
その表紙は、緑色に輝く美しい宝石の拡大写真が貼り付けられているというシンプルな物であった。
タイトルは『超古代国家・ガイア――残された邪悪なる魂と力を秘めし魔石』。
「ム、ムム……ワルモン……ヒノトリ……ファイナルゲート……ダメだ、これもちっともわからんのぅ…」
七冊目の表紙に描かれているのは、妙にトゥーンチックに描かれた、毛糸の帽子を被って背中に小さな翼を付けた少年のイラストだ。
右下に書かれた『623』という数字はイラストレーターのサインのようなものだろうか?
タイトルは『623の俺詩集 ~好きって事さ♪~…Nエディション』。
「イラスト付きのポエム集という奴か。最近はこういうのが流行っているのか?」
八冊目は、今度はSDキャラにディフォルメされた褐色肌に白髪の中年男性のイラストの表紙だ。
中年男性は何故か肩と胸に鎧があるだけの全身タイツを身に包んで、右側には『おはよう諸君!』と文字の入ったフキダシまで載っている。
タイトルは『がんばれ閣下!! 第一巻 あるかんふぇるをぶっとばせ!の巻』。
「これは…マンガか。なんじゃ、最近の図書館はマンガも置いているのか…しかしこの『閣下』とか言う主人公、妙に抜けておるなぁ」
九冊目には、見ているだけで熱気が漂ってきそうな砂漠とボロボロになったビルのような建物を背景に、
古ぼけて朽ちかけているジャージを羽織った「何か」がこちらを不気味に見つめている写真だ。よくよく見れば、この「何か」はロボットのようだが…?
タイトルは『暗黒時代の遺産/白骨都市に眠るモノ』。
「もうこれは中身を見なくとも私には理解出来ん事がわかるぞ! …しかしこのロボットは一体…ウォーズマンのようなロボ超人でも無さそうだが……」
そして、ついに最後の一冊である十冊目に目を向けた瞬間、スグルの精神は軽く一光年ほど吹き飛んだ。
「な、な、な、な、な………!?」
ワナワナと震える手でその本を手に取る。
表紙に移っている人物は、全身が完全に黒づくめにヘルメットとフルフェイスのマスクを被り、熊のような爪がのびた両手を高く掲げている。
この人物……いや、この超人を見間違える筈もない。まさしくこの男は―――
「ウギャァーッ、ウォーズマーーーーーン!?」
…………まさか、探していた友人の姿をこんな処で見る羽目になるとは。
と言っても、ただ本の表紙の写真をこの目にしただけでは何の意味もなさないのであるが。
「し、しかし…なんだってウォーズマンがこんな本の表紙を飾っておるんじゃ!? いったいこの本は……これはーーっ!?」
本のタイトルを確認しようと、背表紙へと視線を動かしたスグルが再び絶叫を上げる。
そこに描かれていたタイトルは………………『ブタ超人でもわかる!ボイルド・エッグ理論攻略法!!』。
「ブ、ブ、ブ、ブタ超人………まさかそれは、私の事だとでも言うのではないだろうなーっ!?」
今でこそ、超人オリンピックを始めとした数々の大会にて華々しい結果を飾っているスグルではあるが、彼が歩んできた過去は相当悲惨な物だ。
初の超人オリンピック出場以前の、怪獣退治を生業としていた日々の中では、大して戦果をあげる事の出来なかったスグルは町の人々に蔑まれ、虐められていた。
顔を合わせればダメ超人だ、ドジ超人だと罵られ、そんな侮蔑の言葉の中にはこの『ブタ超人』という忌々しい仇名も含められている。
「グ、グムーっ!! どこのどいつだ、こんな物を書いて私を馬鹿にしているのはーっ!!」
怒りに震えながらタイトルの文字を見つめていた目を更に動かして、この本の著者の名を調べようとする。
ほどなく、背表紙に書かれたタイトルのすぐ下に著者名と思われる人物の名を発見する事が出来たが、その名前の奇妙さに思わずスグルは眉根を寄せた。
「『YUKI.N』……? なんじゃ、イニシャルでは無いか! 実名も出さずにこんなに人をバカにするような本を書きおって、全くどうしようも……む?」
ぶつくさとしばらく文句を言っていたスグルだが、やがてある事に気づいて手元の本から視線を外して、棚に並べられた九冊の本を調べる。
まず一冊目。二冊目。三冊目、そして四冊目―――――九冊目まで調べ終わったスグルは、低い声で呻くと顎の下に手を当てた。
「ここに並べられている本は、全てこの『YUKI.N』という人物によって書かれているではないか……?」
まさかと思い、特別に用意されたその棚以外に通常通りに収められていた本も幾つか確認してみるが、それらの著者はすべて違う人物であった。
つまりは、この『華麗な 書物の 感謝祭』なるコーナーには、『YUKI.N』という人物が記した図書だけが並べられているという事か…………?
「………………ええい、そんな事はどうでもいいわい!! それよりも今はこの本だ!!」
しばらくは難しい表情でこの事実に隠されている何かを探そうとしていたスグルだったが、早々に匙を投げ捨ててドッカとその場に腰を下ろした。
そして、自分の手の中にある『ブタ超人でもわかる!ボイルド・エッグ理論攻略法!!』を怒りを込めて睨みつける。
「ユキだか何だかは知らないが、ともかくこれだけの口を叩いているからには、私にも完全に理解できるだけの内容が書かれているのだろうな!?
もしも分からない箇所が一つでもあったらば、タイトルに偽りありとして大々的に抗議してくれるわーっ!」
忌々しげに吐き捨てると、スグルはその本を開いて中の文章を眼で追い始めた。
段々と微妙に怒りのベクトルがズレて来ているのだが、残念ながら今この場にその事を突っ込んでやれる第三者は存在していない。
「何々………100万パワーのウォーズマンが、両手にベアークローをはめる事で2倍の200万パワーとなり、そこに2倍のジャンプを加えて400万パワー、
さらにそこでいつもの三倍の回転を掛ける事によって1200万パワーを得る……なんだ、何一つおかしい所がないぞ?
100×2、、200×2、400×3、それぐらいの計算は私にだって簡単に解く事が出来るぞーっ!!」
………既にこの時点でスグルは内容を理解できていない事が明らかでも、残念ながら今この場にその事を突っ込んでやれる第三者は存在していないのだ。
※
十数分、経過。
「ふむふむ……重い物の方が早く落ちる……いや、それも間違ってはいないのではないか?」
※
さらに十数分、経過。
「…………8の字になる阿修羅バスターを……横にしてやれば∞(ムゲンダイ)……うむ、正しいな……ふわぁ~…」
※
さらにさらに十数分、経過。
「………………………これをこうして………こうすれば………物理法則も………むぅ………」
※
さらにさらにさらに、十数分、経過。
「………………………………………ZZZ………ZZZZZ………」
※
プワァー……プワァー……プワァー………
出来損ないのラッパを吹いているような、間の抜けた音だけが静かな図書館の中に響く。
その音の発生源は、カウンターにもたれかかるように座りながら僅かな動きしか見せないキン肉スグル――――の、鼻の穴である。
ブタ超人なる不名誉なあだ名を生み出すきっかけとなった、無駄にでかい鼻の穴からは定期的に鼻ちょうちんが膨張・収縮を繰り返していた。
間抜けな音は、そのまま延々と等間隔で奏でられ続けるかとも思われたが、やがて『パァン!』という派手な音をしたのを最後に鳴り止んだ。
やがて、ようやく眠りから目覚めたスグルがゆっくりとその目を開き始める。
「………む……むぅ……いかん、本が退屈すぎてつい居眠りを………ハッ!?」
起き抜けの寝ぼけた頭でぼんやりと呟いていたスグルだったが、やがてある事に気づいて一気にその脳が覚醒する。
「外が明るい……!? マズい、幾らなんでも寝過ごしすぎたーーーっ!!」
スグルがこの図書館に到着した時に外を覆っていた暗闇はすでにほとんど消え去り、窓からぼんやりと差し込む光が図書館を照らしている。
慌てて壁にかかっていた時計を見れば、時刻はすでに五時すぎ。
自分がここに到着した正確な時間は覚えていないが、軽く数時間は眠っていた事は確かだろう。
「ええい、こうしちゃおれん! さっさと次の目的地へ向かい、他の参加者を探さなくてはーっ!」
眠気を完全に取り去る為にも、自分で自分の両頬を思い切りひっぱたいた後に、ふと自分の足もとに落ちている一冊の本に気づく。
もちろんそれは、表紙にウォーズマンの写った『ブタ超人でもわかる!ボイルド・エッグ理論攻略法!!』である。
「色々と言いたい事はあるが、今は時間が無い……とりあえず先を急ぐぞ!」
それを持ち上げて『華麗な 書物の 感謝祭』の棚へと乱暴に戻すと、スグルはディパックを引っ掴んで図書館から脱出するべく駆け出した。
「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!」
気合いを入れ直す為にも、獣のような雄たけびを上げながらスグルは弾丸のように玄関口から飛び出す。
一先ずの目的地は、図書館のすぐ南に位置する施設である、元々の目標地点―――『中・高等学校』だ。
既に何度も見直して半ば以上頭に叩き込んである地図を思い出しながら、スグルは目的地の『中・高等学校』へと向けてその足を速める。
不本意な事態だったとは言え、十分な睡眠を取ったために体力は有り余っている為、かなりの速度で走り込んでいてもまだ余裕がある。
大小様々な建物を抜き去っていく内に、徐々に特徴的な白い校舎が目に入ってくる。
「あれか…………良し!!」
肉眼で目的地が確認できた事により、さらに足に力を込めて走るスピードを上げ、ようやく正門へと到着するかと思われた瞬間―――――
――――――――ドォォォォォォォォォォォォォォォォォォン!!!!
「ぬおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!?」
突然、スグルの目の前で轟音とともに校舎の壁の一部が吹き飛んだ。
思わず叫び声を上げながら両足に必死でブレーキを掛けて、スグルの体が急停止する。
「何だ!? 何があったと言うのだーっ!?」
いきなりすぎる事態に混乱したような叫びを上げるも、それに応えるものは誰もいない。
もしや中で爆弾でも爆発したのか!?
ともかく何が起きたのかをこの目で確かめようと、スグルが一歩踏み出したのと、壁に開いた穴から奇妙な甲冑を着けた人物が飛び出してきたのは、ほぼ同時だった。
「ゲェー!? 新手の悪魔超人かーっ!?」
「………………………っ……!!」
硬い、奇妙な外骨格に覆われた見慣れぬ超人? は、すぐ傍で喚いているスグルには目もくれずに、自分の手を見つめてワナワナと震えている。
釣られるようにスグルも超人? の手へと視線を向けてみれば……その手は真紅の液体に染まっていた。
息を飲み、更に目の前の存在を確認してみれば、腕どころか全身が血まみれだ。だと言うのに、この超人? 本人に傷があるようには見えない。
と言う事は、まさか――――!?
「おい、お前!! まさか、中で人を―――――――」
「―――――おおおおおおおおおおおおおおおオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッ!!!!!!」
スグルの問いかけは、超人? が突然あげた叫び声にかき消され、そのまま目の前の超人? は絶叫と共に森の中へと向かっていく。
「待て、待たんかーっ!! クソッなんちゅースピードをしとるんじゃ! というか、私の存在に気づいてすらいないのか……!?」
ともかくこのまま見過ごす訳にもいかない。
自分の予想が完全に外れている事を祈りながら、スグルが謎の超人を追いかけようと走り出す。
だが、その移動はわずか数メートルほどで中断させられる事になった。
『おねえちゃあああああああああああああああああん! ママああああああああああああああああ!!』
「なっ……子供の悲鳴!?」
慌てて、今しがた背を向けて立ち去ろうとした中・高等学校へと振り向く。
ほとんど絶叫のような子供の泣き声は、断続的に先ほど開いた大穴の奥から聞こえてくる。
「グ、グムー……っ!!」
あたふたと体の向きをあちこちに変えながら、スグルは必死で頭の中を整理しようとする。
前方には明らかに危険人物に見える、返り血にまみれた謎の超人。
後方には明らかに無力な人物であろう、悲痛な叫び声を上げる子供。
殺し合いに乗っているであろう悪党と、率先して保護すべきであろう一般人。
正義超人キン肉マンとして、今優先すべき存在は――――――
「ええい、今は一般人の保護が先じゃーーーーっ!!!」
逡巡の末に選んだのは、無力な存在をこの手で守ること。
「待っていてくれ、今行くぞーーーっ!!」
聞こえるかどうかはわからないが、ともかく校舎へ向かって一声あげた後に、先ほど開いた大穴から校舎内へと一気に侵入する。
さっきまで聞こえていた絶叫はもう既に聞こえていない。その事に不安を募らせながらも、とにかく声のした方角を思い出しながら手当たり次第に教室を覗き込む。
ここでもない。ここでもない。ここでもない。ここでも―――
「っ…人の気配!」
超人として様々な修羅場をくぐりぬけてきた故か、それこそ超人的な勘で感じた人の動く気配に、ようやく一つの教室に目を向ける。
ここだ、おそらくここにいる!
「どうした、何があったーっ!?」
スグルが絶叫と共にその教室のドアを開いたその刹那、
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
幼い少女の絶叫と、金色に輝く斬撃がスグルを襲った。
※
時は、ほんの少しだけ遡る。
「おねえちゃあああああああああああああああああん!」
ぼろぼろと、美しいオッドアイから大粒の涙を零して、その整った可愛らしい顔立ちを痛々しく歪めながら、
幼い少女――ヴィヴィオは必死で目の前の物言わぬ体をゆする。
しかし、どれだけ揺すろうとも、目の前で寝ている人物は――涼宮ハルヒは目を開けない。
起きて。お願い、起きて。もう一度優しい声を聞かせて。もう一回明るい笑顔を見せて。
少女のそんな悲痛な願いをあざ笑うかのように、ハルヒの体からは赤い液体がどんどん零れ落ちていき、彼女から温もりを奪っていく。
「ママああああああああああああああああ!!」
ハルヒを揺すりながら、ヴィヴィオは今度は天を仰いで自分の一番好きな母親に助けを求める。
お願い、早く来て。ヴィヴィオを……ううん、ハルヒお姉ちゃんを助けて。なのはママ、フェイトママ――――!
それでも、少女の願いは何一つ叶う事は無い。
「やだ、やだよぉ!! こんなのやだぁぁぁぁぁ!!!」
ついさっきまで、ヴィヴィオはまだ幸せだった。
少し怖いけど、本当は優しいアスカとも、可愛くて無邪気なモッチーともはぐれてしまったけれど、明るく元気なハルヒはずっと自分を励ましてくれていて。
それで、今度はそのハルヒがずっと探していたというキョンという人と出会って。
ゴツゴツの外見は、最初は凄く怖かったけど……でも、ハルヒの探している……ハルヒの大事な人であるのなら、きっと優しい人だと思って。
そう思ったらその外見も凄く強そうで頼れそうに見えてきて……きっと、強いなのはママや優しいフェイトママがいなくても、
ハルヒお姉ちゃんやキョンお兄ちゃんと一緒にいられたら、自分も泣き虫なヴィヴィオじゃ無くなる気がしていたのに。
その結果は。
『ヴィヴィオ、早くこの場を離れましょう。先ほどの騒ぎで誰かがこちらへとやってくる恐れがあります』
『同意。32秒前に衝撃及び振動を感知。原因はMr.キョンと思われる。第三者がこちらの存在を認識する可能性・大』
「やだ!! ハルヒお姉ちゃんを置いていくなんてやだぁ!! どこへも行かない!!」
傍らに落ちているデバイス二つがヴィヴィオに進言する物の、けんもほろろだ。
ただでさえ幼いヴィヴィオには、今の状況を理解して、的確な判断を下せるはずもない。
『ヴィヴィオ…もうMs.ハルヒは―――』
「死なないもん!! ハルヒお姉ちゃんは……死なないもん!!」
根拠も確証もない子供の幼稚な考えは、だからこそ強固で崩しがたい。
これで傍にいるのが肉体を持った人間であればまだ無理やりに連れていく等の対処法もあっただろうが、
今ここにいるのは自分で動く術を持たないただのデバイスが二つきり。
口だけの説得では、理論ではなく感情で動く子供相手では余りにも無力すぎた。
それでも二つのデバイスは、決してあきらめようとせずにヴィヴィオへと語り掛け続ける。
その命が消える間際までヴィヴィオの事を案じていたハルヒの感情を、無駄にしない為にも。
『ヴィヴィオ!』
『ヴィヴィオ………』
「………………っ!!!」
これ以上の言葉を拒絶しようと、ヴィヴィオは両手で耳を塞ぎながら全力で首を振る。
認めたくなかった。目の前で、こんなに近くで、自分の大切な人が消えて行ってしまうのを、認めたくなかった。
突然襲ってきた残酷すぎる運命の前では、少女は余りにも無力だった。
だからこそ彼女は、自分を助けてくれる存在に向かってただ助けを求める。
「来て……来てよぉ………なのはママ、フェイトママぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
『――――――生命反応を感知。こちらへと進行中』
「えっ………………」
手元に落ちていたバルディッシュが告げた言葉に、泣く事も忘れてヴィヴィオが反応する。
誰かが来てくれた………………ママ!?
しかし、少女の僅かな希望はあっさりと打ち砕かれる。
『女性――ではありませんね。男性です』
「男の人………」
まさか――――
脳裏に浮かぶのは、先ほどその手で、自分を愛していたであろう少女の命を奪い去ったあの人。
『声紋認識。Mr.キョンとは別人と判断。未遭遇の人物と予測』
―――違う………じゃあ、誰が………なんで……?
『こちらに向かって呼びかけています。間違いなく我々の存在に気づいているでしょう』
『対象の危険度・不明。一時撤退を進言』
『いえ、今からではあまり時間がありません。幸いヴィヴィオの体は小さいですから、適当な場所に隠れてやり過ごした方がいいでしょう』
『…………同意』
二つのデバイスが交わしている言葉も今のヴィヴィオの耳には入らなかった。
その頭に渦巻いてるのはたった一つの疑問だけ。
―――何をしに来るの?
―――ハルヒお姉ちゃんみたいに、ヴィヴィオを守ってくれるの?
―――キョンお兄ちゃんみたいに、ヴィヴィオを殺しにくるの?
カチカチカチカチと、何か硬い物をぶつけ合っているような音が聞こえてくる。
それが自分の歯から鳴っている事に気づくまで、ほんの少し時間が掛った。
怖い。怖い。怖い。怖い。怖い。
自分の目の前に倒れている、ハルヒの顔を見つめる。ついさっきまでは健康的な肌色であったその顔は、青白く染まった死相をしていた。
自分も、こうなってしまうのだろうか。ママ達にも会えないまま、恐怖に怯えきったままで。
―――そんなの……そんなのは……
『…………? ヴィヴィオ?』
『ヴィヴィオ? どうしたのですか?』
クロスミラージュと、突然『掴みあげられたバルディッシュ』がヴィヴィオに対して疑問の声を上げるが、ヴィヴィオは何も答えない。
いや、彼らの問いかけ自体を、今のヴィヴィオは認識していなかった。
ヴィヴィオは元々、ロストロギアである超兵器『聖王のゆりかご』を起動させるためのキー、『鍵の聖王』として用いられるために、
かつて古代ベルカを支配していた聖王の遺伝子を元にして作られた人造生命体である。
一定の条件さえ満たせれば、強大な魔力を持つ魔導士として覚醒し、『エースオブエース』高町なのはと互角以上の戦いを繰り広げられるだけの実力を発揮する。
だが、それはあくまで条件が満たされた時のみ。いまの彼女には、平均以上とは言え普通の子供の域は出ない程度の魔力しか持っていない。
そしてそれは逆を言えば、普通の子供としての魔力は十分にあるという事。
「…………バルディッシュ……セット、アップ…」
『!?』
『ヴィヴィオ!?』
『デバイスの基本中の基本である、待機状態から戦闘形態へのセットアップ』を可能とするだけの魔力は、十分に存在しているという事。
震える声で紡がれたヴィヴィオのコマンドワードに反応して、バルディッシュが金色の光と共にその姿を変える。
光が消えると共に現れたのは『閃光の戦斧』の二つ名が表わす通りの、漆黒に包まれた斧……通称、『アサルトフォーム』と呼ばれる形態。
その大きさに違わないだけのズシリとした重さに少しふらつきながらも、ヴィヴィオはゆっくりと教室のドアへと歩いていく。
『ヴィヴィオ!? どうしたのですか!?』
『警告、戦闘によりヴィヴィオに及ぶ危険度・大。早急な退避を進言』
緊迫した二つのデバイスの声は、ここでは何の意味をなさない。
ヴィヴィオはただ、その震える体を引きずるようにして進む。
その胸の中に渦巻いているのは、目の前でまざまざと見せつけられた、今まで自分に縁の無かった『死』という概念への恐怖だ。
ガタガタと体が震える。
死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。死にたくない。
考えている事はそれだけだ。彼女を死なせまいとする二つのデバイスの必死の呼びかけも、聞こえない。
そして、ヴィヴィオの中で極限まで膨れ上がっていた恐怖は――――――
「どうした、何があったーっ!?」
――――――――――――っっっっ!!!!
突然教室のドアを開けて侵入してきた見知らぬ筋肉質な男を見た瞬間に、一気に爆発した。
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
バチバチとバルディッシュの刃に走る金色の閃光が眩しくて―――否、自分がこの手で誰かを傷つける瞬間を見たくないからか…………
ヴィヴィオは、硬く目を瞑ったままで手に持った戦斧を横薙ぎに振りぬけた。
斧の先から、表面上はやわらかく、その芯は固い『何か』の感触がまざまざと伝わってくる。
狙ったのは自分の背より遥かに上の部分、つまりは人体の急所でもある、『首』だ。
自分が死にたくないから、そして後ろにいるハルヒにも何もされたくないから、ヴィヴィオは恐怖のままに使いなれぬ力を振るった。
敵か味方かも分からない目の前の男を『殺す』ために。
「………っ…」
殺そうとした。自分は今、人を『殺そう』としたんだ。自分が殺されないために人を殺そうとしたんだ。
その事実をはっきりと認識した時、ヴィヴィオの体の震えがより一層大きくなる。
それでも、目の前の男の肉体に食い込んだバルディッシュは離せない。
そして、目を開けて自分の手で作り出した『死体』を見る事も出来ない。
未だ絶え間なく襲い来る恐怖の感情に加えて、幼い少女が抱くには大きすぎる自己嫌悪までもがヴィヴィオの心を犯し始める。
もう泣き声も、『助けて、ママ』という叫び声さえも出す事が出来ないままに、少女は拷問の様な時間を過ごした。
「…………………私は」
ビクンと体が震えた。
嘘。だって、本当に首を狙ったのに。確かに、斧からは体の何処かに当たってる感触がするのに。だって、だって――――
「……聞いてくれ、私は………」
声が聞こえる。ヴィヴィオの声じゃない、男の人の声が聞こえる。
聞き間違いじゃない、囁くように喋ってる。本当に、聞こえる。
恐る恐る、硬くつむっていた目を開けていく。まず見えたのは、堂々と地面を踏みしめて立っている、とても太く引き締まった二本の足。
そこからゆっくりと、視線を上へと上げていく。体を襲う震えはまだ止まらない。
足から腰。腰から腹。腹から胸。胸から……………一度だけ硬く唾を飲みこんで、そのさらに上を見上げる。
そこには、まるで壁の様に組み合わされた、二本の太い腕があった。
右腕部分に、漆黒の斧を食いこませ、電撃によってとその皮膚を痛々しく焼かれながらも、二本の腕は顔や『首』を守る様に微動だにしない。
これこそが、キン肉族の始祖、キン肉タツノリが考案した『キン肉族の至宝』とも呼ばれる伝説の防御技、『キン肉ガード』である。
一部では『肉のカーテン』とも呼ばれるそれは、鋼鉄と同じ硬さを誇り、数々の悪行超人達からキン肉族の戦士の命を救っていた。
そして今もまた脈々と受け継がれてきたキン肉一族の秘技は、この男を………キン肉星第58代目王位継承者・キン肉スグルをしっかりと守り切っていた。
「あ、あ、あ、あ…………」
ヴィヴィオの口からは呆けたような声しか出てこない。
心の隅のどこかでは、目の前の男が生きていた事を喜んでいる自分がいる。しかし、大部分を締める自分はそうではなかった。
二つに組まれた腕の隙間から見えるスグルの目は、今の今まで閉じられていた。
それが今まさにゆっくりと開き始めて、ヴィヴィオの赤と緑の瞳をしっかりと捕える。
目が、合った。
その時、それまでは鳴りを潜めていた心の中のざわつきが、突如復活した。
「私は、君の――――――」
「やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」
バルディッシュを強引に振り戻し、再度斬りかかる。
一度だけではなく、二度、三度、四度、もっと、もっと、もっと!
そうしなきゃ、この男の人を倒さなきゃ、今度はヴィヴィオがハルヒお姉ちゃんみたいに!!
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
だだっこの様に泣きわめきながら、とにかく無茶苦茶に目の前の体を斬りつける。
その目は再び固く閉じられて、すでに自分でもどこを狙っているのかもわからない。
例え目を開けて見ても、絶え間なくこぼれ落ちる涙の所為で視界はぼやけきったままだ。
それでも、時折聞こえてくる呻くような男の声が、ヴィヴィオの攻撃が一定の効果を上げている事を示していた。
そして―――――
唯一、クリアな感覚が残っていた耳に響いた、力強く残酷な鈍い音。
続いて聞こえてきたのは、苦痛に呻くような低い声。
目を開けて前を向けば、涙でぼやけた視界によって輪郭しか見えなくても、はっきりと先ほどまで組まれていた二本の腕が崩されているのがわかった。
自分の手から伸びたバルデュッシュは、スグルの脇腹へと力強く突き刺さっていた。
「………ぐうっ……」
再度呻き声をあげた後に、スグルの体がゆっくりと崩れ落ちていくのが見える。
ズシンと予想以上に大きい音を立てて、その片膝が地面へ突き立てられる。
――――――終わった?
僅かな喜びと大きな絶望と、さらには虚無感すらも生みだしていたその予想は、しかしあっさりと打ち砕かれる。
「……………!!!」
ゆっくりと。スグルの大きな腕が、自分の『首』へと伸ばされてくる。
「……!!………!!!!」
叫びそうになっていたのに、いや実際に叫ぼうとしていたのに、声が出ない。
それでも体だけはしっかりと動き、その腕をバルディッシュで振り払おうと必死で自分の腕に力を込めるが、びくともしない。
スグルの片腕が、自らの脇腹に突き刺さっていたバルディッシュを抑え込んでいた。
両手を離して、この場から逃げようとする。しかし、ヴィヴィオの小さな手は丸で磁石にでもなってしまったかのように、黒い取っ手から離れない。
そうしている間にも、水の中の様な最悪の視界の中でもはっきりとその太さが見て取れるほどにまでスグルの腕が近付いていた。
殺される。
その腕で、首を絞められて。
ううん、そんな事しなくても、きっと力を少し入れるだけで首の骨が折られちゃう。
やだ。
やだ。やだ。やだ。やだ。やだ。やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだやだややだ!!!!
死にたくない!! ヴィヴィオ、まだ死にたくない!!
折角、怖い事件も終わって、ママ達と一緒に幸せに暮らせると思ったのに!!
ママ達と………大好きなママ達と………!!!
(なのはママぁっ………………!!!)
声にならない叫びと共に、痛みと恐怖に耐えるために身をこわばらせ、今までで一番強く目をつぶる。
そして、ヴィヴィオの体を衝撃が襲ったのは、その刹那。
ぽふんっ。
分厚くて、ゴツゴツとしてて、太くて、硬くて、大きくて――――温かくて。
今まで、ヴィヴィオが触れ合った事のないような大人の男の手が、優しく少女の『頭』へと乗せられた。
「え……………………」
目を開けて、片膝を付いている所為でヴィヴィオと同じ高さにあるスグルの顔を見ようとする。
それでも、消えない涙に邪魔されて、輪郭こそ見える物の肝心な目の前の表情は全く確認できない。
「大丈夫だ、私は君の敵じゃない」
低くて、ほんの少しダミ声だけれど、穏やかさも感じさせる不思議な声がヴィヴィオに話しかける。
カランカランと硬い物が落ちる音がした。スグルがもう片方の手を離して、バルディッシュを解放したのだ。
あれほど強引に吸いついていたヴィヴィオの手のひらも、いつの間にやら漆黒の斧から離れていた。
そして、自由になったスグルのもう一つの腕がヴィヴィオの顔に伸び、少しだけ強引に目の辺りをゴシゴシと拭う。
涙の霧はほんの少しを残して消えていき、ようやくヴィヴィオはスグルの顔をまともに見つめた。
豚さんの様にでかい鼻に、鱈子みたいに太い唇。変なトサカみたいな物を頭に生やして、額には……たしか、なのはママの世界の言葉…『おにく』、だっけ。
決して、普段ヴィヴィオの周りにいるカッコイイ男の人たちと一緒とは思えない、どちらかと言えばブサイクな顔のつくり。
だけども、その表情は凄く優しく微笑んでいた。
「私は、キン肉星第58代目王位継承者……正義のために働き、弱い物を助けて悪をこの手で倒す者………
名前はキン肉スグル。またの名を…………正義超人、キン肉マン!」
そこまで言い終わった瞬間、浮かんでいた微笑みは太陽の様な笑顔へと変わった。
だけどそれは、やっぱり綺麗な笑顔とは言えない。
きっと、ついさっきの攻撃の痛みが残っているのだろう。その眼尻には涙が微妙に浮かんでいる。よくよく見れば鼻水さえも垂れている。
それでも――――
『大丈夫よ、ヴィヴィオちゃん』
優しい声が聞こえた気がした。ついさっきまで何度も自分を励ましてくれた、優しくて明るいお姉ちゃんの声。
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*本の森の中で…/CODE:N ◆qYuVhwC7l.
殺し合い……俗に『バトルロワイアル』とも呼ばれる、残虐な遊戯の会場となった孤島の北西部。
その場所に存在する、地図上にも記されている施設・図書館の目の前にて、一人の男性が立っている。
鋼の様な肉体を持ち、ブタ鼻にたらこ唇と言ういささか美男子と言うには難のある顔つき、
そして特徴的すぎる額に輝く『肉』の文字を宿しているその青年の名はキン肉スグル、またの名をキン肉マン。
『奇跡の逆転ファイター』と呼ばれ、数々の悪を倒し正義超人たちの中心となって活躍している彼は今、何とも言えぬ表情で地図と目の前の建物を見比べていた。
「ここは……どう見ても図書館じゃのう」
施設の入口のプレートに刻印された『ksk図書館』という文字をマジマジと見つめながら、一つため息をつく。
この会場へと飛ばされ、支給品及び名簿確認、そして今後の行動方針を決定したスグルは、まず北にある都市部へと向かっていた。
理由は簡単、悪魔将軍のような参加者に危害を加えるであろう悪人を退治するにも、自分たち超人とは違い戦う力を持たない一般人を守るにも、
自分の名前を騙る『キン肉万太郎』なる不届き者をとっちめるにも、ともかく誰か他の参加者と合流する必要性があったからだ。
都市部へと向かった理由は単純に『町の中ならば人も集まるだろう』という予測からであり、
そのなかでも全員に配布されているであろう地図に記されている幾つかの施設ならば、そこを拠点とする参加者もいるはずだ、というスグルなりの考えがあっての事だ。
一先ずは自分が最初にこの会場へと移動させられたD-4からすぐ北西のエリアC-03にある施設、中・高等学校へと向かう事にしていたのだが……
「どうやら、少し方角がずれて北北西の進路を取ってしまったようだな……」
どうりで1エリア分にしては歩けども歩けども目的地にたどり着かなかった訳だわい――
やれやれ、と自分のドジっぷりに少し凹んで頭を振りながらも、気を取り直して図書館内部へ侵入しようと足を進める。
どちらにせよ、中・高等学校で人に出会えなければ次は図書館を探索するつもりだったのだ、多少順番が前後した所で構わないだろう。
ガラス戸の入口を押しあけ、無人の貸出カウンターまで歩を進めたスグルは、両手で簡単なメガホンを作り、その場で叫び始める。
「おーーーーーーい!! 誰か、ここにいないかーーーーーーーー!?」
しばらく待ってみるも、帰ってくる声は何も無い。
「私の名はキン肉スグル!! またの名を正義超人キン肉マンだ!! この殺し合いには乗っていない!!」
今度は自分の名前や、敵ではない事をアピールしつつ再度反応を見る。
やはり、声は全く帰ってこない。
「ウォーズマーーーーン!! アシュラマーーーーーン!!! ここにはいないのかーーーーーー!?」
次に呼びかけるのは自分の友であるまっくろくろすけなロボ超人と六本腕の元悪魔超人の名だ。
それでも、帰ってくるのは静寂ばかり。
「そして、キン肉万太郎とやら!! お前には少し話したい事がある!! 隠れてないで出てこんかーーーーーーーい!!」
最後に、正体不明の自分のパチモン超人(超人かどうかすら怪しい部分もあるが)の名前を叫んでみる。
だが、結局はこの場で得られた物は、度が過ぎて逆に耳が痛くなるほどの、物音一つしない静けさだけだった。
「…………ここには、誰もいないのか?」
人の気配すら感じない図書館の中でスグルがポツリと呟く。
もちろん、それに応える音などある筈も無かった。
結局は取り越し苦労だったかのう―――大声を出したという肉体的な疲労と、完全な空振りであった事による精神的な疲労によってやや肩を落としながらも、
何とは無しにカウンターから更に奥へと足を進める。
当たり前のことだが、そこから先の目の前一杯には棚に整然と詰められた様々な本が並んでいる。
「どうにも、こういう堅苦しい雰囲気は苦手だわい……図書館の中では牛丼も食べられんしな」
一度、図書館の中で本を読みながら牛丼を持ちこんで食べようとした時に、相棒のミートにこっぴどく叱られた事を思い出して苦笑しながら棚を見て回っていたスグルだが、
ふと、その中の一角にポツンと置かれた机の上に、奇妙な物体が鎮座しているのを見つける。
「ほー、これは…確かマイコンとか言ったか? 最近の図書館ではこんな物も置いているのか」
机の上のその物体――スグルが過ごしていた1980年代にはマイコンと呼ばれていた『パソコン』をしげしげと見つめる。
詳しい事は知らないが、たしかこの機械は随分と高価な物だったように思う。こんな物を置いているという事は、実はこの島はかなりの都会なのかもしれない。
ミートがいれば操作もできるんだろうが、と呟きながら、目の前に設置されたキーボードを人差し指でポチポチと押して遊んだりもしてみるが、
パソコンの画面には何も映る気配がない。
「やれやれ、何が何だかさっぱりわからんな…こういう頭を使う機械はどうにも苦手じゃわい。そういうのはミートの領分だな」
コンコンと天辺をノックしたりもしてみるが、何の反応も見せない事に落胆したスグルは、やがて興味を無くしてその物体から立ち去った。
マイコンが置いてあったりと、施設は整ったいい図書館ではあるようだが、今現在の状況を考えれば人がいなければ意味がない。
本を読むという事にも特に興味は無いし、そろそろ次の目的地へと進もうかと腕を上げて体を伸ばした所、天井から釣り下がった妙なプレートが目に入った。
画用紙を全体に張った上に、ダンボールの切り抜きで文字を作り縁の部分を綺麗なモールで飾ったそれは、
安っぽくはあったが同時に手作り感を漂わせる、どこか微笑ましい物であった。
何とはなしに、そこに書かれた三行の文字を読み上げてみる。
「何々………『華麗な 書物の 感謝祭』………?」
いまいち意味の通っていない文章に「なんのこっちゃ」と顔をしかめながらも、つつつつっと視線をプレートの真下へと移動させる。
そこには棚が設置されており、十冊の本が上下二段に五冊ずつ表紙が見えるように並べられていた
図書館などで定期的に行われている、オススメ図書コーナーという奴だろうか。
「それにしても随分と妙ちきりんな本がならんでおるが」
パパパッとそれぞれの表紙に目を走らせてみるが、学術書のような堅そうな内容のものから絵本とも漫画とも付かない軽そうな物までてんでバラバラだ。
とりあえず、一冊一冊を個別に見てみる事にする。
まず最初の一冊目の表紙には、緑に青と赤と言う目の痛くなりそうになるエンブレムマーク(ZOZ団?と読めない事も無い)が描かれた皿の上に、
ナイフとフォークが置かれた写真が使われている。タイトルは『有機生命体が普遍的に行う栄養摂取方法に関してのレポート』。
「よく分からんが、色々な食事について描かれているようだな…牛丼特集だったらば10冊ほど買っても良かったのだが」
二冊目の表紙には、まるでウォーズマンの様にまっくろくろすけで、真ん丸に目玉がついたような、どことなく可愛らしい生物のイラストが数点使われている。
タイトルは『貴重無機生命体・通称【ススワタリ】の生態について』。
「これは超人……というよりは怪獣に近いの。なんとなくナチグロンを思い出させるわい」
三冊目の表紙には、二人の人物が左右に並んで写っている。右側に移っているのは、白衣を着た紫色の髪に金色の瞳をした、微妙に危なそうな若い男。
左側に写っているのは、黒い髪に、漆黒に染まった妙に胸元が開いている衣装にマントを羽織った妙齢の女性だ。
タイトルは『プロジェクトF ~挑戦者たち~』。
「……何々……プロジェクト………ふぇいと……グムー、さっぱりわからん…パスじゃ、パス!」
四冊目の表紙では、髭もじゃにゴツゴツの肉体を持ちながらも、妙に華美な鎧で着飾っている40がらみのむさいオッサンが、美しい白馬を駆っている。
タイトルは『たたかえ!! 平和主義者・フィル王子!!』。
「王子ぃ~!? どうみてもオッサンではないか!! やはり王子と言うからには、私の様に美しく華麗な容姿をしていなければな!」
五冊目の表紙は、真黒な下地に、真白な楕円の下部分に口の様な突起が付いて、丸い黒目を持つ可愛いとも言えなくないマスコットの顔イラストが載っている。
タイトルは『リリンの極み ~第拾七使徒が選ぶ美しき旋律たち~』。
「ふむ…色々な歌が紹介されているが……なんだ、私の牛丼音頭は無いのか……」
次に、視線を移動させて、下の段においてある六冊目の本を手に取ってみる。
その表紙は、緑色に輝く美しい宝石の拡大写真が貼り付けられているというシンプルな物であった。
タイトルは『超古代国家・ガイア――残された邪悪なる魂と力を秘めし魔石』。
「ム、ムム……ワルモン……ヒノトリ……ファイナルゲート……ダメだ、これもちっともわからんのぅ…」
七冊目の表紙に描かれているのは、妙にトゥーンチックに描かれた、毛糸の帽子を被って背中に小さな翼を付けた少年のイラストだ。
右下に書かれた『623』という数字はイラストレーターのサインのようなものだろうか?
タイトルは『623の俺詩集 ~好きって事さ♪~…Nエディション』。
「イラスト付きのポエム集という奴か。最近はこういうのが流行っているのか?」
八冊目は、今度はSDキャラにディフォルメされた褐色肌に白髪の中年男性のイラストの表紙だ。
中年男性は何故か肩と胸に鎧があるだけの全身タイツを身に包んで、右側には『おはよう諸君!』と文字の入ったフキダシまで載っている。
タイトルは『がんばれ閣下!! 第一巻 あるかんふぇるをぶっとばせ!の巻』。
「これは…マンガか。なんじゃ、最近の図書館はマンガも置いているのか…しかしこの『閣下』とか言う主人公、妙に抜けておるなぁ」
九冊目には、見ているだけで熱気が漂ってきそうな砂漠とボロボロになったビルのような建物を背景に、
古ぼけて朽ちかけているジャージを羽織った「何か」がこちらを不気味に見つめている写真だ。よくよく見れば、この「何か」はロボットのようだが…?
タイトルは『暗黒時代の遺産/白骨都市に眠るモノ』。
「もうこれは中身を見なくとも私には理解出来ん事がわかるぞ! …しかしこのロボットは一体…ウォーズマンのようなロボ超人でも無さそうだが……」
そして、ついに最後の一冊である十冊目に目を向けた瞬間、スグルの精神は軽く一光年ほど吹き飛んだ。
「な、な、な、な、な………!?」
ワナワナと震える手でその本を手に取る。
表紙に移っている人物は、全身が完全に黒づくめにヘルメットとフルフェイスのマスクを被り、熊のような爪がのびた両手を高く掲げている。
この人物……いや、この超人を見間違える筈もない。まさしくこの男は―――
「ウギャァーッ、ウォーズマーーーーーン!?」
…………まさか、探していた友人の姿をこんな処で見る羽目になるとは。
と言っても、ただ本の表紙の写真をこの目にしただけでは何の意味もなさないのであるが。
「し、しかし…なんだってウォーズマンがこんな本の表紙を飾っておるんじゃ!? いったいこの本は……これはーーっ!?」
本のタイトルを確認しようと、背表紙へと視線を動かしたスグルが再び絶叫を上げる。
そこに描かれていたタイトルは………………『ブタ超人でもわかる!ボイルド・エッグ理論攻略法!!』。
「ブ、ブ、ブ、ブタ超人………まさかそれは、私の事だとでも言うのではないだろうなーっ!?」
今でこそ、超人オリンピックを始めとした数々の大会にて華々しい結果を飾っているスグルではあるが、彼が歩んできた過去は相当悲惨な物だ。
初の超人オリンピック出場以前の、怪獣退治を生業としていた日々の中では、大して戦果をあげる事の出来なかったスグルは町の人々に蔑まれ、虐められていた。
顔を合わせればダメ超人だ、ドジ超人だと罵られ、そんな侮蔑の言葉の中にはこの『ブタ超人』という忌々しい仇名も含められている。
「グ、グムーっ!! どこのどいつだ、こんな物を書いて私を馬鹿にしているのはーっ!!」
怒りに震えながらタイトルの文字を見つめていた目を更に動かして、この本の著者の名を調べようとする。
ほどなく、背表紙に書かれたタイトルのすぐ下に著者名と思われる人物の名を発見する事が出来たが、その名前の奇妙さに思わずスグルは眉根を寄せた。
「『YUKI.N』……? なんじゃ、イニシャルでは無いか! 実名も出さずにこんなに人をバカにするような本を書きおって、全くどうしようも……む?」
ぶつくさとしばらく文句を言っていたスグルだが、やがてある事に気づいて手元の本から視線を外して、棚に並べられた九冊の本を調べる。
まず一冊目。二冊目。三冊目、そして四冊目―――――九冊目まで調べ終わったスグルは、低い声で呻くと顎の下に手を当てた。
「ここに並べられている本は、全てこの『YUKI.N』という人物によって書かれているではないか……?」
まさかと思い、特別に用意されたその棚以外に通常通りに収められていた本も幾つか確認してみるが、それらの著者はすべて違う人物であった。
つまりは、この『華麗な 書物の 感謝祭』なるコーナーには、『YUKI.N』という人物が記した図書だけが並べられているという事か…………?
「………………ええい、そんな事はどうでもいいわい!! それよりも今はこの本だ!!」
しばらくは難しい表情でこの事実に隠されている何かを探そうとしていたスグルだったが、早々に匙を投げ捨ててドッカとその場に腰を下ろした。
そして、自分の手の中にある『ブタ超人でもわかる!ボイルド・エッグ理論攻略法!!』を怒りを込めて睨みつける。
「ユキだか何だかは知らないが、ともかくこれだけの口を叩いているからには、私にも完全に理解できるだけの内容が書かれているのだろうな!?
もしも分からない箇所が一つでもあったらば、タイトルに偽りありとして大々的に抗議してくれるわーっ!」
忌々しげに吐き捨てると、スグルはその本を開いて中の文章を眼で追い始めた。
段々と微妙に怒りのベクトルがズレて来ているのだが、残念ながら今この場にその事を突っ込んでやれる第三者は存在していない。
「何々………100万パワーのウォーズマンが、両手にベアークローをはめる事で2倍の200万パワーとなり、そこに2倍のジャンプを加えて400万パワー、
さらにそこでいつもの三倍の回転を掛ける事によって1200万パワーを得る……なんだ、何一つおかしい所がないぞ?
100×2、、200×2、400×3、それぐらいの計算は私にだって簡単に解く事が出来るぞーっ!!」
………既にこの時点でスグルは内容を理解できていない事が明らかでも、残念ながら今この場にその事を突っ込んでやれる第三者は存在していないのだ。
※
十数分、経過。
「ふむふむ……重い物の方が早く落ちる……いや、それも間違ってはいないのではないか?」
※
さらに十数分、経過。
「…………8の字になる阿修羅バスターを……横にしてやれば∞(ムゲンダイ)……うむ、正しいな……ふわぁ~…」
※
さらにさらに十数分、経過。
「………………………これをこうして………こうすれば………物理法則も………むぅ………」
※
さらにさらにさらに、十数分、経過。
「………………………………………ZZZ………ZZZZZ………」
※
プワァー……プワァー……プワァー………
出来損ないのラッパを吹いているような、間の抜けた音だけが静かな図書館の中に響く。
その音の発生源は、カウンターにもたれかかるように座りながら僅かな動きしか見せないキン肉スグル――――の、鼻の穴である。
ブタ超人なる不名誉なあだ名を生み出すきっかけとなった、無駄にでかい鼻の穴からは定期的に鼻ちょうちんが膨張・収縮を繰り返していた。
間抜けな音は、そのまま延々と等間隔で奏でられ続けるかとも思われたが、やがて『パァン!』という派手な音をしたのを最後に鳴り止んだ。
やがて、ようやく眠りから目覚めたスグルがゆっくりとその目を開き始める。
「………む……むぅ……いかん、本が退屈すぎてつい居眠りを………ハッ!?」
起き抜けの寝ぼけた頭でぼんやりと呟いていたスグルだったが、やがてある事に気づいて一気にその脳が覚醒する。
「外が明るい……!? マズい、幾らなんでも寝過ごしすぎたーーーっ!!」
スグルがこの図書館に到着した時に外を覆っていた暗闇はすでにほとんど消え去り、窓からぼんやりと差し込む光が図書館を照らしている。
慌てて壁にかかっていた時計を見れば、時刻はすでに五時すぎ。
自分がここに到着した正確な時間は覚えていないが、軽く数時間は眠っていた事は確かだろう。
「ええい、こうしちゃおれん! さっさと次の目的地へ向かい、他の参加者を探さなくてはーっ!」
眠気を完全に取り去る為にも、自分で自分の両頬を思い切りひっぱたいた後に、ふと自分の足もとに落ちている一冊の本に気づく。
もちろんそれは、表紙にウォーズマンの写った『ブタ超人でもわかる!ボイルド・エッグ理論攻略法!!』である。
「色々と言いたい事はあるが、今は時間が無い……とりあえず先を急ぐぞ!」
それを持ち上げて『華麗な 書物の 感謝祭』の棚へと乱暴に戻すと、スグルはディパックを引っ掴んで図書館から脱出するべく駆け出した。
「うおおおおおおおおおおーーーーーーーーっ!!」
気合いを入れ直す為にも、獣のような雄たけびを上げながらスグルは弾丸のように玄関口から飛び出す。
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