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Scars of the War(前編) - (2009/03/08 (日) 12:14:34) のソース
*Scars of the War(前編) ◆igHRJuEN0s ――C-3の中学校校舎一階にある保健室。 そこにはまだ年端もない少年と少女の二人がいた。 どうやらこの二人は口論をしているようであり、保健室は険悪な空気である。 「……そんなこと、信じられるわけないだろ」 「私だって、信じられないよ……」 少年・佐倉ゲンキが、少女・『 』(名簿上はキョンの妹)相手に眉間にシワを寄せる。 対する少女・キョンの妹は俯きながらも言葉を返す。 「で、でも、掲示板に書かれてたことが本当ならゼロスさんは……」 「それ自体が嘘かもしれないじゃないか!」 ゲンキの反応はキョンの妹の述べた事の否定だった。 しかし、そんなゲンキにキョンの妹の着ているスクール水着もといパワードスーツに搭載された人口知能・ナビたちが畳みかけるように主張する。 『ゲンキ殿、その情報はおそらく嘘ではないと思うであります』 『名前の書き込み欄には間違いなく『東谷小雪の居候』と書かれてたですぅ』 『東谷小雪の居候で、俺達の記録に該当する人物は一人……ドロロしかいない』 『それにヤツは嘘も言えないくらいクソ真面目だし、おまけにこんな状況で冗談を吐くような野郎じゃねぇ。 殺しあいにのるようなタマでもねぇし、扇動の類も考えづれぇ、信憑性は高いと思うぜ?』 「だ、だけど……」 ゲンキは、胸の中でモヤモヤしたものが溜まっていくのを感じていた。 そして、一呼吸の間を置いてから、自分の中の素直な・率直な、思いの丈を口にする。 腹の中の空気を吐き出すように、強く強く述べる。 「俺は……、一度でも信用としようと思ったゼロスさんが! そんな悪い奴だったなんて、思いたくないんだよ!!」 --- そもそもの口論の発端はキョンの妹がもたらした情報である。 それは、ゼロスが危険人物かもしれないということ。 掲示板に書かれた外見については、間違いなく二人の知るゼロスのものであった。 しかし、他に二人が知らない特徴もあった。 『人を見ると問答無用で襲いかかってくる可能性があり』 『自分の利益にならないとなると女子供でも消し炭する心ない奴』 確証らしい確証こそ二人は持ち合わせていないが、もしこれが本当ならば、ゼロスは間違いなく危険な男である。 ホリィの話についても、自分たちを利用するための、でっちあげの可能性もあるのだ。 となると、ホリィを殺したのはゼロスであるかもしれないのだ。 それでも、ゲンキはゼロスを悪い人間とは思いたくなかった。 自分たちに向けてくれたあの笑顔も。 ホリィが死んだショックで生気を失いかけていた自分に喝を入れてくれたことも。 悲しみを分かち合い、涙を流してくれたことも。 ホリィが何を思って死んだのかを、真剣な眼差しで話してくれたことも。 ――全部、芝居。 ……まだ時間としては短いにしろ、ゼロスを信じていたゲンキとしては、認めたくはなかった。 だが、キョンの妹やナビたちが自分に嘘をつくハズがないし、思えない。 ならば、掲示板の方に何かの間違いがあるのではないか、と思いたかった。 だが、ナビたちの主張によると、間違いではない、らしい。 だから、二人の胸の中は一つの掲示板がもたらした情報に対する半信半疑、ゼロスに対する半信半疑で、モヤモヤしたものがどんどん溜まっていく。 おまけに、ここには危険人物がいるらしいときた。 それがゼロスかどうかは不明だが、とにかくここにいるのは危ない気がした。 よって、保健室は先程のようにゲンキがキョンの妹の生まれたままの姿を見てしまった時とは全く違う意味の気まずい空気が流れていた。 ゲンキは苦悩し、キョンの妹は困惑している。 その重たい空気の中でキョンの妹は口を開く。 「ゲンキ君……もし、もしもだよ? ゼロスさんが本当に殺しあいに乗っていたらあなたはどうするの?」 「……」 ゲンキはしばらく沈黙を保った後に、答えた。 「その時は俺がゼロスさんを、……いや、ゼロスを力づくでも止める」 ギロロ・ナビはその意見に対して、厳しく評価する。 『掲示板の内容を見た限り、ゼロスの実力はかなりのものだ。 おまけにおまえは怪我人。 力づくで止めると言っても、危険な話だぞ?』 「実力なんて関係ない! 殺しあいに乗っているなら、最も近くにいる俺が止めなくちゃいけないんだ……それに……」 ゲンキは怒気を込めてナビの言葉を否定する。 しかし、次の言葉を吐き出す前にゲンキの眼には薄く涙が溜まっていた。 「俺はもう、モッチーやホリィのように、仲間を失いたくないから…… まだ会ってもいない良い人たちや『 』が死んだりしたら、悲しいじゃないか!!」 「ゲンキ君……」 その涙は、彼がまだ幼い故に流した涙であった。 ゼロスが殺しあい乗った悪者であり、ホリィを殺した張本人であるということを信じたくなかった。 だが、それが真実なら、自分は一時でも、掛け替えのない仲間を殺した者に騙され心許した事になる。 そんな自分が許せなくて、怒りと悲しみが込み上げてくる。 本当は、もう二度と、キョンの妹の前で泣かないつもりだった。 だが、ゲンキはこらえきれなかったのである。 数適の涙が、ゲンキの頬を伝って落ちていく。 一方のキョンの妹は、今のゲンキを励ます言葉も見つけられず、ただただ自分までゲンキに釣られて泣きたくなるほどに苦悩するだけだった。 だが、ここで状況に変化が起きる。 『あのー、水を挿すようで恐縮でありますが……』 それはナビからの突然の報告である。 『特殊なエネルギーの流れを周辺……この校舎内からキャッチしたであります』 --- 『化け物を皆殺しにして、みんなを救う、加持さんを助ける、ママに褒めてもらう』 その思いを胸に、少女アスカは高校を目指している。 「待ってなさいよ化け物ども! このアタシが必ず殺してあげるから!」 自分を鼓舞するように言った言葉には、ドス黒い殺意に塗れていた。 ただひたすら、化け物がいたら殺すことが第一なのだ。 特にヴィヴィオとガイバー(深町晶)を殺すことには余念がない。 そして、化け物を殺し、今度こそ長門に加持の居場所を聞き出して、彼を救った自分の勇姿を想像すると、自己陶酔に口角を吊り上げてニヤリと笑う。 まだ遠いが、学校が見えてきた。 校舎は二つあるみたいだが、どちらかが高校だろう。 それを見つけ、化け物殺しを意気込むアスカは、心なしか一刻も早く高校へ向かうための駆け足が早くなっているようだった。 --- 突然のハプニングより、二人の口論は一度は中断となった。 しかし…… 「さっきから言ってるでしょゲンキ君! ここには危ない人がいるかもしれないんだよ!?」 『そうであります。 ゼロスが掲示板に書かれた危険人物……かはわかりないでありますが、この周辺は危険かもしれないであります。 ここは校舎から即時撤退を……』 「嫌だ! 俺はここに残るんだ!」 結局は新たな口論が起こっただけに過ぎないのだ。 口論の次はまた別の口論が生まれていた。 キョンの妹とナビたちは、ゼロス・掲示板に書かれた危険人物・エネルギー発生について、この校舎にいるとは危険と判断し、離れるべきだと結論した。 しかし、ゲンキはこれを拒否。 理由は、ゼロスと直接あって掲示板に書きこまれていた事とホリィの死に関する事の真偽を問いただすため。 そして、仮に彼が殺しあいに乗ってる場合は力づくで止めにいくと言い出したのだ。 そのために、ゼロスが戻ってくるまではこの校舎で待つと言って話を聞こうとしない。 「ではこの校舎で起きた謎のエネルギーについてはどうするのか?」、と聞かれると、ゲンキは、「俺が調べに言ってくる」と言いだした。 そして自分のディパックを持ち、保健室から出ていこうとするが、キョンの妹が引き止める。 「止めるなよ『 』」 「ダメだよ! どんな危険があるかわからないのに……例えば殺しあいに乗った危ない人が君はどうするの!?」 『そうですぅ、それにゲンキっちの体はまだ戦っていけるほど治ってはいないと思うですぅ』 「じゃあ、調べに行くだけなら俺一人でも……」 「ダメだってば!」 こんなやり取りが、特殊なエネルギーが発生しナビがそれを察知した時から数十分以上長く続いているのだ。 ゲンキは校舎から離れることにとにかく反対し続ける。 キョンの妹やナビたちがどうにか説得しようとするが、ゲンキはとても頑固だった。 誰が見てもいくらか冷静さを欠いているとわかるくらいに。 「ねぇ、どうしたのゲンキ君? さっきから変だよ!?」 「……」 行動がおかしい事を指摘されたゲンキは黙り込む。 そこを、ゲンキの心情を察したギロロ・ナビは言った。 『おまえ、焦ってるんじゃないのか? 自分の仲間を殺したかもしれない奴が近くにいることに』 「……!」 ギロロ・ナビの言葉にゲンキはピクリと反応し、顔を上げて、反論する。 「俺は……焦ってなんかない!」 『そうか……それなら良いが。 だが、聞いてほしい。 焦りと感情任せの行動は自分や仲間に不幸を招く。 おまえの迂闊な行動や我儘が『 』の身を危険に晒すことだってあるんだ』 「……!」 言葉の中にある自分のせいで『 』が危険になるというくだりにゲンキは何かに気づいたように反応する。 ギロロ・ナビが、言葉に電子音声とは思えない真剣みと凄みを含めて続けて語る。 『何事も慎重に行動しろ。 まだ子供であるおまえには難しい話かもしれんが……少なくともおまえのせいで我々の装着者であるこの少女を不幸にすることだけは許さん!』 自身の行動についてギロロ・ナビに説教をされたゲンキは考え、そして思う。 (わかってるんだ……、俺は『 』を守らなくちゃいけないのに…… 怪我をしてる俺はいつもの調子で戦えるかもわからないし、『 』の水着みたいなパワードスーツがあるからと言って、戦わせて危険な目に合わせたくない。 この学校にいちゃ危ない事くらい少し考えればわかること……) だが、確証はないハズなのに、笑顔のゼロスがホリィを焼き殺すイメージがゲンキの脳裏に思い浮かぶ。 さらに、顔のわからない殺人鬼がモッチーを殺すイメージまで想像してしまう。 自分の近くにいる殺しあいに乗った人間を、今すぐに力づくでも止めないといけない気がしている。 さもないと、ホリィやモッチーのような人やイイモンがその者に殺されてしまう気がし、そうなれば自分が見殺しにした気にもなる。 それを強い正義感を持つゲンキは許せなかった。 (ダメだ……どうしても気持ちを抑える事ができねぇよ……) ギロロの言い分はわかる、しかし自分の正義感にも嘘がつけない。 まだ妥協する事に慣れていない子供であるゲンキには、この葛藤はとてもツラすぎた。 そして、自分の中でも答えが出せないゲンキは、保健室にある窓に自分から軽く額をぶつけて悔しそうに呟く。 「ちくしょお……」 キョンの妹はギロロの凄みのある説得の中で口を挟む事もできず、落ち込むゲンキにかける言葉も見つけられず、何もできなかった。 「ゲンキ君……」 言葉を口にできないくらい気まずく、重たく沈んだ空気が保健室を支配していた…… しかし、窓に額をぶつけていたゲンキの瞳が何かを発見することにより、その空気も変化をきたす。 「……グラウンドに人がいる」 「え?」 そこへゲンキは指を指す。 キョンの妹が指を指された先を見ると、広い学校のグランドと、そこを走ってこちら側に、つまり校舎に向かってくる少女がいた。 「『 』の知り合いとかじゃないのか?」 「いや、あんな人は見たことないけど」 赤みのある髪、またはオレンジ色の髪を持つ自分達よりいくつか年上の少女は、二人にとって見知らぬ人物であった。 二人はその少女に、どう対処するかを考え、そして―― 「あの人を良くみると、あちこち怪我をしているみたいだ。 何かあったのかもしれない……会ってみるか?」 ――決断を下したのはゲンキだった。 --- 市街地を走り抜け、そのまま走って校門の内側へと入っていく一人の少女。 (ようやく、高校についたわ。 ……加持さんの命は待ってくれない、早めにやるべき事をやるために、校舎に入りますか) 彼女はその学校の校舎玄関を目指して行く。 ……彼女の間違いを一つ指摘させておこう。 彼女が入ったのは高校ではなく、中学校である。 なんでそんな間違いをしたのか? 普通なら校門に書かれた「私立ksk中学校」という表札を見れば一発でわかることだろう。 だが、彼女はそれすらも失念していた。 原因は化け物を倒すことへの異様な使命感、加持を助けることへの焦り、自分は冷静だという思い込みからだろう。 ――そんな彼女は不幸を呼び込む。 そして不幸が通った後には必ず、沢山の傷を残していく…… --- 怪我を負っているかもしれない少女と接触すべく、保健室を後にした二人は周囲を警戒しつつ、おそらく接触するであろう校舎の玄関を目指す。 ゲンキの手にはリボルバー拳銃・S&WM10が握られていた。 「ゲンキ君それって……」 「あぁ、本当はこんなもの使いたくないんだけどな……」 ゲンキは本来、素手でモンスターと渡り合えるぐらいの運動神経とガッツを持っている。 だが、今は負傷し、元の実力の半分も出せない気がする。 だから不本意ながら、ディパックから一度も使った事がない銃を持つ事にした。 もっとも、ゲンキにはこの銃で相手を殺す気はない。 「脅しくらいにしか使う気はないけど…… 『 』の水着……じゃなくてパワードスーツは充電に時間がかかるからできるだけ使わせたくないし」 「……ゴメンなさい」 パワードスーツが動かなければ、自分はただの女の子もとい足手まとい。 そう思ったキョンの妹はうなだれ落ち込む。 それを見たゲンキは、微笑みかけつつ彼女を励ます。 「気にするなって、『 』の良いところはパワードスーツだけじゃないし、それ以外で『 』に助けられた事はある」 「え……それって……」 キョンの今は自分の何が彼を助けたのかがわからず、首を傾げる。 「『 』がいなかったら、俺はモッチーやホリィの死で冷静さを失ったり、落ち込んだ時に『 』がいたおかげで立ち直れる事ができたんだ。 おまえが居てくれただけで、俺は頑張れるんだ」 「ゲンキ君……」 「だからそう落ち込むなよ。 おまえが支えてくれて、俺は感謝しているんだ。」 「それは――」 ――私はたいしたことはしていない。 ――こっちだって君がいたから救われたんだよ。と、言いかけた所で、ナビの報告が入る。 『例の人物が接近してくるであります』 どうやら、保健室の窓から見た女性が近づいてきているらしい。 「そうか」 『……先に言っておくでありますが、無理や無茶は禁物でありますぞゲンキ殿』 『こっちはパワードスーツがあるとはいえ、手負いも一人いる。 戦闘になったら逃げるつもりでいろ。 幸いにも、ここは一階で窓から外に出られるなど、退路は多いからな』 「あぁ、わかったよ」 保健室にいた時とは違い、ゲンキは幾分か素直にナビの提案を聞き入れていた。 『さっきと比べれば、やけに素直ですなゲンキ殿?』 「ギロロのおかげで少し頭を冷やせたから……」『ほう』 どうやら、ギロロの言葉はゲンキに通じたらしい。 または、新しく起きた出来事に気持ちを切り替えたようだ。 「目の前にいる大切な仲間を、自分の焦りや我儘で『 』を死なせるような真似は絶対にしたくないんだ。 そうなったら俺が自分を許せないから」 「ゲンキ君……」 ゲンキのその言葉はキョンの妹にとって頼もしく思えた。 何よりも大切な仲間だと言ってくれた事が嬉しかった。 『接触まで30秒足らずだな。 見た限り、怪我はしてたみてぇだが、殺しあいに乗ってなきゃ良いけどなぁ~? 警戒はしとけよ~? ク~ックックック~』 最も性格の悪いクルル・ナビが皮肉じみた口調で報告する。 もう、余計なお喋りをする暇はない。 ナビの忠告通りに二人は警戒を強め、下駄箱を盾がわりに身を隠す。 そして、彼女はやってきた。 --- アスカが学校の玄関に入ると、そこには規則正しく並んだいくつかの下駄箱と、それを遮蔽物にこちらを伺っているゲンキとキョンの妹がいた。 アスカと接触を試みたゲンキだが、念のため警戒し、拳銃を構える。 できれば使うどころか、人に向けるのも嫌なためか、ゲンキは険しい顔をしている。 いきなり拳銃を向けられたアスカの方は、舌打ちしながらも両手を上げて無抵抗なそぶりを見せる。 様子を見ているキョンの妹は緊張しているのか、少し震えている。 この緊迫した空気の中で先に口を開いたのはゲンキである。 「ごめん、もし殺しあいに乗っていなかったら驚かせた事を謝るよ。 俺達はこの殺しあいに乗ってない、アンタの方はどうなんだ?」 アスカはディパックから手を抜き、友好的そうな態度で質問に答えた。 「私も人殺しをするつもりはないわ。 私としては同じ仲間に会えて良かったわ」 「まだ信用できない……」 ゼロスの事もあり、二人はまだ警戒を解かない。 そこでアスカは提案する。 「それじゃあ、こうしましょ。 このディパックの中に私の武器が入ってるわ」 そう言うと、アスカは自分のディパックをゲンキたちの足元に向けて投げる。 自分から、武器や道具を捨てることで、無抵抗と信頼の証を立てようとしたのだ。 もしもの場合は自分が殺されるかもしれないのに。 アスカの意外な行動に、ゲンキとキョンの妹は驚き、互いの意を求めたかったのか、一度二人で顔を合わせる。 そして再びアスカに向き合う時は、二人は今度こそ警戒を解く。 「わかった、銃なんて向けて悪かった」 ゲンキは拳銃をズボンのポケットにしまい、アスカは両手を下ろすと友好の笑顔を向ける。 重苦しく緊迫した空気がフッと軽くなった。 アスカが殺しあいに乗っていないと認識した二人は、下駄箱の影から姿を現し、そして名乗った。 「俺の名前は佐倉ゲンキ」 「私は『 』……なぜか名簿は『キョンの妹』になっているけど……」 「アンタの名前は?」 たしか、名簿に佐倉ゲンキとキョンの妹という名前があった気がする・・・・・・キョンの妹とつけられたのはツッコミどころがあるけど。 そう思いながらも、向こうが名乗りあげた以上、こちらが名乗らないのは失礼だと思い、アスカも名乗ることにした。 「私はアスカ、惣流・アスカ・ラングレーよ」 次にキョンの妹はアスカに近づき、心配な面持ちでアスカに尋ねる。 「それにしても、あちこちボロボロですよ。 誰かに襲われたんですか?」 アスカの身も服もボロボロであり、右手に至っては人差し指を失っている(傷は塞がっているが)、痛々しい姿である。 アスカはこれを苦虫を噛んだような顔をして、経緯を語りだす。 「化け物に襲われたのよ……深町晶という怪物やカエルみたいな化け物に」 「深町晶? カエルみたいな化け物?」 その時、アスカにとって聞き覚えのある、そして滅したハズの声が耳に入った。 『深町晶? 確か名簿にあったような…… カエルのような怪物……ってまさかケロン人のことでありますか!?』 今までナビたちは、余計な混乱を招かないように様子見をしていた。 そして、アスカに危険がないと判断した今、ナビたちはようやく喋り始めたのだが…… それがアスカのスイッチを入れてしまったとは人口知能でも予想できなかったであろう。 アスカは血相が、みるみる内変わっていく。 「…………」 『 』はナビたちの会話に気を取られて、目の前のアスカの変化に気づいていない。 「それじゃあ君たちの本物の誰かが殺しあいに乗ったってこと?」 『わ、わからないであります! タママ辺りが乗りそうな気がするけど……』 『酷いですぅ、僕のオリジナルはそんな悪いヤツじゃないですぅ』 キョンの妹より少し後ろにいたゲンキは、アスカの豹変に気づき初めていた。 「……!?」 「なんで……」 「?」 アスカの口から言葉が漏れたのを、聞いたキョンの妹はアスカを見上げる。 そこには怒りの眼差しを自分に向けたアスカがいた。 なぜ、自分を睨んでいるのか? そう思った時にはもう手遅れだった。 「なんでアンタが生きてるのよぉぉぉぉぉ!!」 アスカは叫びと同時に、襟首に隠したアーミーナイフを手に取りキョンの妹の首を目掛けて、横に振った! 凶刃が迫る。 あまり突発的すぎて反応できないキョンの妹は、避ける事も叶わず―― 「あぶねぇ!!」 そこへ、いち早く察知できたゲンキが、彼女のジャージの襟首を掴んで引っ張ることにより、刃は首を斬りさく事なく、『位置をそらす事』はできた。 ジャッ 肉を裂くような音と同時に、血が飛散した。 だが、彼女の首は無事であった。 彼女の『首は無事』であった。 「きゃあああぁあああぁあああぁあああぁあああ!!」 「『 』ッ!!」 『妹殿!?』 斬られてすぐに彼女の顔に焼けるような痛みが走る。 それは彼女が生まれて初めて体感した、刃物で斬られる痛みであり、パニックを引き起こしていた。 ゲンキが彼女の顔を見ると、鼻より上の位置に横一線の刀傷ができていた。 ゲンキが彼女を引っ張った時に刃の位置がズレて、刃が顔を横にえぐってできた結果である。 その傷から生々しくダラダラと血が流れ、『 』は痛みに悶え苦しみながら涙を流し、傷口を抑えている。 泣き叫ぶキョンの妹を抱えつつ、ゲンキとナビは襲い掛かってきたアスカに対して怒りを露にする。 「いきなり何すんだよ!! 殺しあいに乗ってないんじゃなかったのか!?」 「私は『人殺し』はしないわ。 でも人間じゃない怪物は殺しても良いハズよ? だから怪物の仲間であるアンタたちは殺すべきなのよ!!」 「何をわけのわからない事を!」 『理不尽であります!』 アスカの言動は、小学生であるゲンキでもわかるくらい目茶苦茶であった。 「化け物はさっさと死ねぇ!!」 追撃を仕掛けてくるアスカ。 ゲンキはパニックですぐに動けないキョンの妹の前に立ち、相手の足を止める目的で、ポケットに挿してある拳銃を取り出そそうとするが、アスカがそれを許さない。 銃口を向けられるより早く、横薙ぎのナイフが放たれる。 勢いよく振られたナイフと拳銃がぶつかり、鋼同士のぶつかる音と火花を立て、拳銃はゲンキの手元から弾かれる。 「しまったッ!」 弾かれた拳銃が、床に落ちる。 ゲンキとアスカはその拳銃を拾おうとし――先に拾ったのはアスカだった。 『武器を捕られたですぅ!』 『逃げろ! ここは撤退するんだ!!』 ナビたちはゲンキと『 』に逃げるように促す。 「痛い、いたいょぉ……」 「クソッ、しっかりするんだ『 』!」 ゲンキはそれに従い、痛みに悶えるキョンの妹の手を引っ張り、逃げようとする。 「逃がすかぁ!!」 アスカは奪った拳銃を左手に持ち、銃口を逃げる二人に向け、撃鉄を引いた後にすかさず発砲する。 パァン、と銃音と共に弾丸が放たれた。 しかし、弾丸は二人には霞めるだけて、当たらず、先にある壁に穴を開けるだけで済んだ。 外れた弾丸に、アスカは悪態をつく。 「くそっ、右手が無事なら左手で撃つ必要はないのに」 人差し指が深町晶にもがれてなければ、右手でトリガーが引けただろう。 あまり慣れない左手で銃を撃たねばならない事に、アスカは悔やみつつも、逃げる二人を追いかけながら再度射撃を実行しようとする。 「ヤバイ……ん、あれは?」 一度は向こうから外れてくれたが、次もそうとは限らない。 それを感づいていたゲンキの目に、あるものが入る。 学校の廊下に備え付けられた「消火器」だった。 それを見て閃いたゲンキは、すぐに消火器を手に取り、ピンを外してノズルをアスカに向ける。 本来、消火器は火を消すための非常用の物品なのだが、今は違う意味で非常事態である。 ゲンキはアスカがトリガーを引くより早く、消火器のトリガーを引いた。 ノズルから勢いよく、粉が飛び出した。 「喰らえ!!」 「わっぷ!」 粉が少しばかり口の中に侵入し、目への侵入を防ぐために視界は粉に覆われ、アスカは怯む。 「今だ!!」 相手が怯んだこの隙にゲンキは、消火器を捨ててキョンの妹の手を引っ張って、一目散に逃走する。 「ゲホッゲホッ、ペッペッ」 口の中に入った粉をアスカは苦しそうに吐き出す。 そして次に目を開くと、そこには二人の姿はなく、あるのは積もった粉と、床に転がった赤い消火器、そして粉まみれのぶざまな自分。 業を煮やしたアスカは、腹いせに消火器を蹴り、鬼のような形相で吠える。 「クソッタレぇぇぇ!!」 消火器の白い粉でつけられた二人の靴の後を見つけた。 それは校舎内へと向かって延びている。 玄関は自分が塞いでいたため、内部へ逃げるしかなかったんだろう。 「上等よ! 絶対に見つけだして殺してやるわ……!」 先程、自分で投げたディパックを拾いあげ、校舎の内部に逃げ込んだ二人を追い掛ける。 右手にナイフ、左手に拳銃を持って、鬼ごっこが始まった。 --- 危なかった…… 化け物の意表をつくためにナイフをディパックでなく、襟首に隠したのは正解だった。 まんまとディパックに武器が入ってると騙すことができたわ。 それでも少しは人間だとも思っていた。 信頼が示したくてディパックを渡したの本当よ。 だけど、化け物は草壁サツキみたいに人間に『擬態』する奴もいる事という事を奴らは思い出させてくれたわ。 結局ヤツらも化け物の仲間だったのよ。 ……ヤツらが化け物の仲間である根拠? それはあの耳障りな声、殺したハズのカエルの化け物・ケロロと、もう一匹の黒いカエルの化け物・タママの声がしたからよ。 特にケロロ、アイツが死んでいれば私は加持さんを捜すことができたのに、よりによって生きてやがった…… もちろん、周りにケロロはいなかったし、声がしたのは『 』からだった。 おそらく無線か何かで連絡を取っていたのね。 無線を取り合う中なら仲間じゃないハズがないわ。 多分、奴が私に『成敗』されかけた腹いせに、あの『二匹』を使って殺そうと企んだのね? でも、アタシはそれを逆手に取ってやった。 あの二匹は私がディパックを捨てて無抵抗になったと油断した。 『ゲンキ』は弾が勿体ないのか、銃をしまい。 『 』が心配するフリをして、近づいてきた。 隙を見て、爪やら牙やらで襲い掛かるつもりだったに違いないわ。 逆に私は油断してるヤツらに手傷を負わせ、武器を奪う事もできたわ。 さて、後はヤツらを殺すだけ。 化け物を殺すカウントが4になって、長門から加持さんの居場所を聞き出す分には一匹分あまっちゃうわね。 だけど、ここで殺しておかないと、加持さんや副指令、その他の『人』たちに危害が及ぶわ。 だから『みんなのために』私が化け物を殺してあげるね! 頑張るから応援してね、ママ! --- 時間は少し遡る。 ――きゃあああぁあああぁあああぁあああぁあああ!!―― 甲高い少女の悲鳴が耳に入り、同じ校舎の一室で気を失っていたヴィヴィオと朝倉は覚醒する。 二人が、バッと身を起こし、すぐに周囲に目を通して状況を確認する。 「ゼロスさんとスグルさんがいない……!」 次に気づいたのは、ゼロスとスグルがこの場にいなくなっている事実を朝倉は口にした。 スグルがSOSマークが映っていたパソコンにぶつかった時に発生した光……朝倉はそれを観測しきれなかったが、とにかくエネルギーらしきものが発生したと思われる。 おそらく、それが原因でゼロスとスグルの二人はこの場から姿を消したのだろう。 (死んでなければ良いけどね……) 朝倉は二人の所在と生存を疑った。 そんな朝倉にヴィヴィオが心配そうに顔を合わせる。 「涼子お姉ちゃん、何か悲鳴が聞こえなかった……?」 自分達を覚醒に導いた悲鳴についてヴィヴィオが問いかける。 しかし、朝倉が答えるよりも早く、状況の方が変化していった。 パァン 銃声。 他にも騒々しい物音。 ヴィヴィオはビクンと体を震わせ。 朝倉はカードから拳銃に変化させたクロスミラージュを構えて警戒する。 そして、先程のヴィヴィオの問い掛けに、朝倉に変わってバルディッシュが返答する。 『この校舎の一階において、戦闘が発生している模様!』 「そのようね……」 朝倉は銃声が聞こえた時点で、あらかた検討がついていたようである。 だが、次の出来事まで検討がついていたであろうか? ――※※※ーーー!!―― 「アスカお姉ちゃん!?」 「アスカってあなたが言っていた仲間の?」 ヴィヴィオは一瞬、耳を疑ったが、それは間違いなくはぐれてしまった仲間であるアスカの声だった。 言葉の内容がイマイチ聞き取れなかったが、何やら慌てている印象を感じとった。 そうとわかると、ヴィヴィオはすぐに立ち上がり、今いる部屋を出ていこうとする。 「どこへ行くつもりなのヴィヴィオちゃん!」 「アスカお姉ちゃんが戦いに巻き込まれてるのかも! だから、いかなきゃ!」 その台詞には今までになく、力が入っており、ついさっきまでゼロスの雰囲気に怯えていた子供とは思えない勇ましさを朝倉は感じた。 それは置いといても、ヴィヴィオの関係者は助けてやりたい。 殺しあいに乗っている者も、危害が及ぶ前に倒しておきたい。 そう考えたから、朝倉もヴィヴィオと同じように戦闘が発生している一階へと向かう事にした。 「私もついて行く。 殺しあいに乗った人間との戦いはこの私に任せて」 「うん、わかった。 それじゃあ早く行こう!」 意見を承諾したヴィヴィオは急かすように朝倉に言うと、先に教室を出た。 一方の朝倉は、教室を出る前に時計を見る。 あの現象から一時間近く気絶していたらしい、殺しあいに乗った者に発見されなかった事は一番の僥倖だ。 次に、チラリとパソコンを見る。 パソコンに写っていたSOSのマークはもう消えていた。 あのマークの意味や、スグルとゼロスの行方が気になったが、それを調べるのは殺しあいに乗った者を撃退してからでも遅くない。 そう思った朝倉は視線をパソコンから外し、教室を後にした。 それから二人は駆け足で一階に向かう。 (それにしても……) ふと、朝倉は思う。 (声に殺気のようなものが混じってたのは気のせいかしら?) --- 一方、ゲンキはアスカから逃げる途中で一階の適当に入った教室の窓を開け、そこから校舎を出てアスカから離れようとした。 キョンの妹のディパックから異星人の乗り物・KRR-SPを急いで取り出し、操縦は自分で、後ろには彼女を乗せて、逃げる準備を整える。 エンジンをかける。 そのついでに彼女の顔を見る。 「うぅ……ゲンキ君、顔が……いたいよぅ……」 「『 』……!!」 彼女の顔にできた傷は実に生々しいものだった。 傷口から赤い血がダラダラと流れ続け、未だに止まる気配がない。 相当深く刻まれた傷のようだ。 しかも、彼女はただの小学生の女の子。 普通に生きてればこんな傷は負わなかっただろうに、ひょっとしたら一生消えないかもしれない顔傷を負わされてしまった。 「可哀相に……ごめんよ『 』。 俺、君を守るって言ったのに……」 ゲンキは自分の不甲斐なさと、悲しさで泣きたい衝動に駆られる。 今はろくに武器も体力もないため、銃を持ったアスカ相手に戦っても、彼女を守りきる自信がない、故に逃げる事を選んだ自分が情けなく思えた。 本来はポジティブで元気な少年は、この時ばかりはネガティブで落ち込んでいた。 「ゲンキ君の……せいじゃないよ」 『むしろゲンキ殿は頑張ってるでありますよ』 『おまえがあの時、咄嗟の判断で『 』を守らなければ、『 』は首の動脈を斬られて死んでいただろう』 『だから気負う必要はないですぅ』 「……ありがとうみんな」 しかしキョンの妹とナビたちは、ゲンキに感謝をし、励ましてくれた。 そしてゲンキは彼女たちのためにも、今は落ち込んでいる場合じゃないと自覚する。 エンジンはかかった。 操作はキョンの妹が動かしていた時を覚えているため問題ない。 ちなみに校舎に残っているかもしれないゼロスの事が気になるが、掲示板の件があるし、また実力が掲示板の通りならかなりの実力者のハズ。 生存については信じるしかないと、ゲンキは思った。 校舎の3階で起こった事も気になるが、今はキョンの妹の命を守るのが先決だ。 とにかく、今は逃げるに限る。 そして二人を載せたKRR-SPは発進し、早く学校から離脱しようと可能な限りスピードを上げて進んでいた時だった。 「逃がさないって言ってるでしょ!!」 そこに、二人を追ってきたアスカが、ゲンキたちが外へ出るために開けた教室の窓から、逃げる二人に目掛けて発砲する。 パァン ガキンッ 銃弾はゲンキにもキョンの妹にも当たらなかったが、その代わり乗っていたKRR-SPに被弾。 風穴を開けられたKRR-SPがスパークを放つ。 そして突然の急停止、弾丸を受けてKRR-SPは故障したようだ。 さらにKRR-SPの急停止による反動により、二人は投げ出される事になる。 「うわああああああ!!」 「きゃああああああ!!」 投げだされた二人は宙を舞い、ほんのしばらくして別々の位置の地面に激突した。 「痛ぇ……!」 「うぅ……」 落下時のダメージで、二人共すぐに起き上がる事ができなかった。 そんなことには構わず、アスカが迫り、そして・・ 「鬼ごっこは終わりよ」 「あ……あぁ……!」 倒れているキョンの妹の喉元に右手のナイフが突き立てられる。 「『 』!! やめろ!!」 離れた位置に落ちたゲンキは、キョンの妹の危険を察知して即座に起き上がるが、アスカがそれを許さないように左手の銃を向ける。 「動かない方が良いわよ。 こいつの首をかっ斬るか、あんたに鉛弾をぶち込むから」 「クソッ……!」 ゲンキの逃げる目論みは失敗し、アスカに自分とキョンの妹の命が握られてることがたまらなく悔しかった。 キョンの妹は先程自分を顔えぐったナイフが、今度は自分の喉元を狙ってる事に、恐怖し震えていた。 ナビが必死でアスカの暴挙を言葉で止めようとする。 『ア、アスカ殿、やめるであります!! ここで殺人をしたら戻れなくなるであります、人間的に!』 「煩いわよ、化け物は殺さなきゃならないのよ!!」 ナビたちの言葉もアスカを苛立たせるしか効果はなく、アスカを余計に激昂させた。 だが、アスカも無線ごし(と思っている)の化け物たちに聞きたい事があった。 「それにタママだっけ!? アンタ加持さんをどこにやったのよ!! 無事なんでしょうねぇ?」 『タママは僕のオリジナルですけど、加持さんなんて会ってないし僕は知らないですぅ』 「すっとぼけんじゃないわよ!! コイツを殺してやっても良いのよ!?」 『だから、僕たちは本当に加持さんなんて知らないですってば!!』 タママは加持の居所を知っていると踏んだアスカは聞き出そうとしたが、期待した返答は返ってこず、余計に青筋を立てて怒号する。 キョンの妹はただアスカに脅えるばかり。 もはや、ケロロやタママたちと話しても意味がないと思ったアスカはとうとう、キョンの妹を殺そうとする。 「もう良い、コイツを殺すわ」 「ヒィッ!」 「やめろぉ!!」 『やめるでありまーす!!』 キョンの妹はもうすぐ訪れる死の恐怖に顔を引きつらせる。 ゲンキとナビはアスカを止めようとするが、言葉だけではどうにもならない。 そこへ、別の者が新たに介入してきた。 「やめて! アスカお姉ちゃん!!」 少女の声がした。 その声にアスカは確かに反応し、一時的に殺す作業をやめて、声がした方向--ゲンキの後方へと視線を向ける。 ゲンキもまた後ろを、つまり校舎側を振り向くと、そこには一人の少女とメイド服を着た女性がいた。 「ヴィヴィオ……」 アスカは探し求めていた少女の姿を見つけて、思わず声を漏らす。 **[[中編へ>*Scars of the War(中編)]]