クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.04.26

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart5
長編2/12 1へ2006.03.09
73 :1/11(前スレ506):2006/04/26(水) 17:53:37 ID:TnpmGh+k0

 暖かな日差しが降り注ぐテラスで、アリーナはそば仕えのメイドと向かい合って座っている。ふたりの間の小さな丸テーブルの上には小瓶がいくつか置いてある。アリーナは右手をメイドのほうに差し出し、少し退屈そうな様子だ。
 今日は午後からエンドールの使者がサントハイムを訪れるとのことで、冒険の間していた格好とまではいかないが、普段から動きやすい服装のアリーナも今日はドレスを身に着けている。ただでさえ好んで着ようとはしないドレスを着さされているだけでなく、爪の手入れもするように命ぜられ、アリーナは少々不機嫌そうである。
「ねぇ、まだ?」
「まだですよ、姫様。今は爪の形を整えているだけですから。これから色をつけていくんですもの」
「爪なんてどうでもいいのに」
「もう少し、辛抱してくださいな」
 アリーナが小さいころからの長い付き合いになるメイド、メロは彼女の扱いというものを熟知している。退屈でたまらない様子のアリーナを優しくなだめ、今度は左手を出すようにと促した。
 こうなってはあたりの様子を観察するくらいしかすることがない。さすがにエンドールからの公的な客人とあってか、城内の様子もいつもよりあわただしく感じられる。兵士たちがいつもより大勢警備につき、通路に飾っている色とりどりの花の手入れをメイドたちが行っている。

「あれ…?」
 兵士長と共になにやら話をしているのは、神官服を身にまとった見慣れた彼だ。城内は吹き抜けになっているため、アリーナのいる2階のテラスから大通路の様子はよく見える。城の入り口の警備についてだろう、最後のチェックをしているらしい。しばらく兵士長と話した後、クリフトは頭を下げ足早に通路を歩いて行く。そう言えば数日前に会ったとき、忙しいと言っていたような気がする。
 次にクリフトはアリーナもよく知っている年配メイドと話をし始めた。
クリフトは自分の存在には気がついていないらしい。アリーナは少し楽しい気分になってきた。クリフトの行動を盗み見しているのは悪いことかもしれないが、クリフトの表情やちょっとした仕草がいかにも彼らしくて、少し笑えてさえしまうのだ。
 年配メイドとの打ち合わせも終わった様子で、次に目的とする場所へと歩いて行くクリフト。そこへひとりの小柄なメイドが小走りでやってきた。
「あ」
 先日、そのあたり一面を真っ白に変えてしまったあのメイドだった。何か話をしているようだが、当然その会話の内容まではアリーナのところに届くはずもなく、ふたりの様子がなぜか気になるアリーナはそわそわとしてしまう。心なしか彼女の頬は染まって見える。クリフトはというと、いつものやさしい笑みで対応している。
「ねぇ、メロ」
「はい?」
 アリーナの声にメロは手を止めて顔を上げる。
「……クリフトって、女の子に人気あるの?」

てっきり『まだ?』と尋ねられると思っていたメロは言葉に詰まる。アリーナの視線の先を見遣れば、クリフトがひとりのメイドと向かい合っている様子があった。
「クリフト様は、とにかくお優しいですから。私たち使用人どものことも、気にかけてくださいますし…」
「ふぅん……」
「それに、見た目も素敵ですし。整ったお顔立ちをされていますから、メイドたちの間では憧れの存在ですよ。私も独身のころは気になっていましたわ」
 メロは少し冗談めかしたようにそう言った。そしてまたアリーナの手元に視線を戻し、爪に淡い色を重ねて行く。
「そうなんだ。知らなかった」
 クリフトはメイドと別れ、教会のほうへと向かい歩いて行った。メイドはクリフトの背中をしばらく見送った後、どこかへと行ってしまった。アリーナが最後に見た彼女の表情は何とも言えぬうれしそうなものだった。
 どういうわけか、アリーナの胸の中はざわついている。ざわつきの原因を把握できないアリーナは、妙なもやもやとした感情を抱え表情を曇らせる。自分の知らなかったクリフトの一面を見てしまったようで、先ほどの楽しい気持ちが一変、どうしていいのかわからない複雑な気持ちになってしまった。

「どうして、そんなことをお尋ねになるのです?」
 終わりましたよ、と言う言葉の後にメロはそう続けた。
「どうしてって……、なんとなく」
 アリーナはきれいに整えられ上品な色をつけられた自分の手を眺めながら曖昧に返事をした。
「姫様がそんな質問をするなんて、初めてです。私、少し驚きました」
「そうかな?」
「ええ。姫様も、男性に興味をもたれるようになられたのかな、と」
「そんなんじゃないわ! だってクリフトは、ずっと前から一緒だから…違うの」
 何が『違う』のかよくわからないまま、ただ否定だけをしたくてアリーナはそう言う。
ずっとずっと昔から、アリーナが物心ついたときにはすでにクリフトがいた。サランの教会で育った彼は勉学が非常に優秀であり、神父の勧めと国王の希望もあって、神学校に通いながら城にも出入りするようになった。
アリーナの勉強の面倒を見、時には勉強以外の面倒を見るハメにもなった彼と、世界中を旅したのはもう1年以上も前になる。世界が平和になりサントハイムにも人々が戻り、アリーナにはまた退屈なお姫様暮らしが始まった。それまで毎日一緒にいたクリフトは、冒険の間アリーナを補佐したという功績を認められ、城の庶務を任されることが増えた。もちろん、神官としての勤めも果たしているのだから、なかなか忙しい立場になったとは聞いている。
今になってアリーナは気づく。旅に出る前のほうが、旅をしているときのほうが、クリフトが近くにいてくれたような気がすると。

「絶対に、違うの」
焦ったように言うアリーナにメロは小さく笑う。そして立ち上がるように促すとアリーナの背後に回りドレスの襟を整える。座っている間に形の崩れてしまった背中で結えられているリボンもしっかりとその形を直して行く。
「今日お見えになる方、姫様のお気に召されるとよろしいですね」
「え? なんのこと?」
 自分の言葉にまったく何のことかわからないという、きょとんとした表情のアリーナを見て、逆にメロが驚かされる。
「姫様? お聞きになっていないんですか?」
「だから、何が?」
「今日エンドールから来られるお方は、姫様のお見合い相手だと私たちは大臣様から言われているんですけど……」
「そ、そんなこと聞いてないわ!」
 ドレスを身に着けるよう言われ、さらには爪の手入れまで。大臣からは『エンドールからの使者が来る』とだけしか聞いていない。無論、父王からも何も聞いてはいない。今朝会ったブライも『失礼のないように』としか言わなかった。
「大臣の奴、だましたわね!!」

 こうなってしまうとアリーナには手がつけられない。
 もちろん、アリーナも冒険後は彼女なりに姫として勤めを果たしてきた。
お見合いを大臣がしきりに勧めてくるのも、何のためであるかはわかっている。それでもとてもそんな風な気にはまだなれないと大臣には何度も伝えてきた。それなのに自分に嘘をつき見合いを強引に押し進めるやり方がアリーナは気に入らない。
 いっそ城から抜け出してお見合いをすっぽかしてやろうと思ったが、今日は警備の兵士が多い上に動きにくいドレスを着ている。アリーナにとって不利な状況ばかりが重なってしまっている中で、できることはと言えば立てこもりしかない。
「姫!もうお時間ですぞ!」
「出てきてくださいませ、アリーナ姫様!」
 数名のメイドと大臣がアリーナの部屋の前でしきりに呼びかけている。
扉には鍵がかかっていて開かないうえに、アリーナが中から鏡台やベッドを扉の前に寄せてしまっているため強行突破もできない状況だ。
「姫!聞こえておられるのですか?」
「聞こえてるわ!でも、お見合いなんて話は聞いてないの!」
「お相手はもうお待ちになっておられるのですぞ?」
「だから聞いてないって言ってるの!だますなんて許せないわ!」
「姫!」
 騒ぎを聞きつけたブライもメイドとともにアリーナの部屋の前にやってきた。アリーナの部屋の前には大臣をはじめ、数名のメイドに兵士まで集まっていてちょっとした人だかりができてしまっている。
「困ったもんじゃのぅ…だからワシは反対じゃと言うたのに……」
 ブライは髭を触りながら深いため息をついた。
「……奴を呼んでまいれ」

 こんな状況になればお呼びがかかるのはクリフトだ。
 アリーナがなかなか来ないこと、大臣もメイドに呼ばれどこかへと行ってしまって戻らないことを不審に思えども、大臣からエンドールご一行の接待を任されてしまっては様子を見に行くこともできない。そろそろ接待のためのネタも尽きてきて、アリーナがいまだ姿を見せないことに対する言い訳も苦しくなってきた頃。
「申し訳ありません、アリーナ姫は少し気分が優れず……」
 大臣が戻ってきてクリフトが何度も繰り返した言い訳を、また今更のように先方に申し訳なさそうに言い始めた。
「大臣殿?」
「クリフト、交代じゃ」
「は?」
 メイドに耳打ちをされ、ようやくこの事態の原因を知ったクリフトは、先方に向けて愛想笑いをして一旦その場を離れることにした。向かう先は当然、アリーナの部屋だ。先ほど上の階でなにやら物音がすると思ったが、メイドからあらかたのことを聞きクリフトはすべてを把握した。物音はアリーナがバリケードを作っていたときのもの。このお見合いをアリーナが聞いていなかったと知り『やりかねないな』とクリフトは思った。
 階段を上がりしばらく廊下を歩けばすぐに人だかりが見えた。メイドたちが必死に呼びかける声と、それに反抗するアリーナの声。
「ブライ様」
 人だかりからは少し離れたところに佇み事態を見守っていたブライにクリフトは近づいて行った。

「待っておったぞ」
「はぁ…」
「この状況じゃ。お前に任せたからの」
 そう言うとブライは『やれやれ』と腰をさすりながら下の階へと向かっていった。おそらくはもうこれ以上間が持たないであろう大臣に代わり、接待をするためだろう。
「すみません、ちょっと失礼します」
 ブライを見送ったあとクリフトは、人だかりをかき分けてアリーナの部屋の扉の前に立った。ドアノブに手をかけるも鍵のせいで抵抗があり開かない。
 クリフトはひとつ息をついた後、ドアをノックした。
「姫さま」
 応答はない。あたりのメイドや兵士たちも、静かにアリーナの返事を待った。
「姫さま、私です」
「……クリフト?」
「はい。下で皆さんがお待ちです。出てきてください」
「イヤよ」
「姫さま」
「イヤったらイヤなの! わたし、お見合いだなんて知らないわ!」
 アリーナの言葉はかたくなな気持ちを表している。今回は手強そうだとクリフトは苦笑いを浮かべそうになった。
 いつだったかもこんなことがあった。あれは何かの行事だったか、習い事だったか。アリーナがどうしても嫌だと駄々を捏ね、クリフトが説得に入ったのだ。まだ子供だったその当時のことを思い出すと、アリーナが立てこもった理由はかわいらしいもので、今は理由が『お見合い』と言う、クリフトにとってもなんとも言えない深刻なものだからたちが悪い。

「姫さま。そうおっしゃらず……。大臣殿も、姫さまのことをお考えになってのことですから」
「わたしに何にも言ってくれなかったのに、何でわたしのためなの? お見合い、クリフトから断っておいて!」
「そんな無茶をおっしゃらないでください」
「絶対にイヤ!」
 クリフトはため息をついた。アリーナの言っていることももっともだ。
だがもう既にエンドールから客人がはるばるやってきており、しかもそう短くはない間待たせているのだ。アリーナにはかわいそうだが、これ以上待たせるのは当然失礼に当たる上、国家同士の関係にもヒビを入れかねない。
「姫さま。これ以上わがままをおっしゃるのであれば、私も怒らなければなりません」
「………」
「今回のこと、姫さまは詳しいことをお聞きになっていなかったと。私も今メイドより聞きました。大臣殿が勝手に決めたことだと姫さまがお怒りになる気持ちもわかります。ですが、もうエンドールからお越しになられているのです。お迎えする側として、失礼に当たることだと姫さまもおわかりになるでしょう?」
 扉の向こう側で、少し語気の強くなったクリフトの声にアリーナは何も言えなくなってしまう。クリフトの言っていることが揺ぎ無く正しいからだ。それはアリーナもわかっている。
「わかってるわ。でも!」
「でも、じゃありません!」

 きっぱりと言うクリフトに、アリーナは泣きたい気持ちになってしまう。
勝手に話を進めたのは大臣だ。自分は何も悪くないのに。
「姫さま、出てきてください。ひとまずは出てきて、お会いになってください。王様も大臣殿も心配しておいでですよ」
「………」
「この度のこと、大臣殿には私からよく申し上げておきます。姫さまのお気持ちを無視してお見合いの話を進めたこと、王様にもお話しておきます。
代わりにと言っては何ですが、姫様に数日どこかお出かけできるようにして差し上げてくださいと、頼んでみます」
 クリフトの声はいつの間にか、いつもの優しいそれになっていた。
「……お願いですから、姫さま」
 そう言うとクリフトも黙った。アリーナが怒るのは当然で、もちろんクリフトもアリーナの肩をもってあげたい。それなのに、傷ついているアリーナを説得し、お見合い相手に引き合わせなくてはならないとは、情けなくもあり、悔しくもあり。
 しばらくの間あたりは静まり返り、妙な緊張感に包まれた。
 そうしてもうどのくらいか経った後、部屋の中からガタガタと物音がして扉が開いた。
「姫さま!」
 そこにはふくれっ面のアリーナが立っていた。クリフトの説得に応じる気になったのだろうが、やっぱり納得がいかず面白くないからであろう。
不機嫌さを隠すことなく見事に表している。
「上手に言い訳してよね!」
 アリーナは少しきつめの口調でそう言うとクリフトを睨んだ。
 その様子にクリフトはほっとした様子で微笑むと『はい』と返した。

 そしてアリーナは不意にクリフトに向かって手を伸ばした。立てこもりを決行したことで、せっかくきれいにした爪も無残なことになってしまっている。
「連れて行って。ひとりで行くのはイヤだから」
 突然のことにクリフトは少々戸惑いの表情を浮かべるも、少し間をおいて意を決したようにうなずくと、アリーナの手を取った。
 アリーナの手は小さい。アリーナの手を取ることなど、旅の間もそうあることではなかった。自分の手が汗ばんではいないか、おかしな緊張感を覚えながらその手を引いて歩いて行く。
 あの階段を下りてしまえば、アリーナはお見合い相手と対面することになる。本音を言えばそんなことはさせたくもなくて、ずっとずっと、この手を握り続けていたい。
「クリフト、痛いわ」
「あっ、申し訳ありません」
 物思いにふけるあまりに、つい手に力が入ってしまったようだ。慌ててクリフトは力を緩める。それに対しアリーナはにっこりと笑って無言の返
事をした。切なくなる気持ちを抑え、クリフトも笑顔でそれに応えると、ゆっくりと階段を下り始める。
「さぁ、皆さんがお待ちですよ」


                              END.

2006.03.09  続き2006.05.01

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