クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.05.23

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart5
292 :【結婚承諾秘話】1/18 ◆cbox66Yxk6 :2006/05/23(火) 20:25:43 ID:DpCbqtoT0

渦中の人物が大広間に姿を現した時、そこにいた誰もが息を呑み、そしてざわめいた。
細身でありながらも脆弱さを感じさせない均整の取れた体。不思議な色合いの艶やかな蒼髪と深い青の瞳。真新しい服を颯爽と着こなし瑠璃色のマントを翻して王の御前に向かうは、救国の英雄の誉れ高き青年。
先の魔軍襲撃より三年。
すっかり大人の落ち着きを身につけた彼の名はクリフトといい、先頃まで王宮付神官として、またサントハイムの復興の一翼を担ってきた人物であった。
頭脳明晰、容姿端麗と誉れ高い彼だが、その穏やかな物腰からは想像も出来ぬほどの剣術の達人でもあり、さらに回復呪文や致死呪文といった高等魔法も操る世界屈指の猛者でもある。それに加え、見かけによらぬ堅固な意志と豪胆な実行力を兼ね備え、近隣諸国の老練な政務官を相手に、はたまた海千山千の商人連を相手に一歩も引かない駆け引きのうまさを遺憾なく発揮し、ここ最近敏腕政務官の称号を得、密かに恐れられているという。


クリフトは己に向けられる好意の視線と、それに倍する羨望の眼差し、そして悪意に満ちた眼光をひしひしと感じつつ、ゆっくりと赤い絨毯を踏みしめ、前に進んだ。
彼の見つめる先には、彼の敬愛する王と、彼が何よりも大切に思う姫の姿。
その脇にうっそりと佇む老人は、幼い頃から目をかけてきた青年の晴れの姿に、僅かながらに鼻を赤くさせていた。
やがて大臣の声が響き、クリフトが御前で跪くと広間は水を打ったように静まり返った。
「これよりサントハイム王宮付神官兼政務官クリフトの叙爵式を執り行う」
大臣の声に玉座を立ち上がったサントハイム王は、伝家の宝刀を掲げると、クリフトの肩口に押し当てた。

サントハイム王国における叙爵は、先王のとき以来簡略化が図られ、本人の希望があれば非公開で行うことも可能であったが、この度の叙爵には多くの貴族からの要望があり公開となった。しかしそれは、平民出身のクリフトを公の場で貶めるために意図されたものでもある。いくら王宮の一角で育ったとはいえ、貴族の社会とは無縁の生活をしてきたクリフト。当然のことながら貴族のしきたりなど知りはしないだろうと、高をくくっていた貴族の一派は、衆人環視の中物怖じひとつせず、粛々と儀式をこなしていくクリフトに苛立ちを感じ始めていた。だが、国王の朗々とした声が広間を満たすと、好奇も露にクリフトを見やった。
サントハイムが定める爵位は、公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵の5爵。それに名誉国民に値する準男爵、士爵、騎士の称号がある。本来であれば、式の前にどの位が与えられるのか公表されるのであるが、此度の叙爵ではあえて事前公表をせず、式での発表となっていた。それ故、クリフトがどの爵位を賜ることになるのかは、誰もが注目すべきことであったし、また若い貴族の子息たちにとっては別の意味でも気になることでもあった。おそらく、クリフトの功績から言えば、男爵以上を授与されることは疑いないとは思いつつも、それが伯爵以上であった場合、貴族の未婚の子息にとっては、正直歓迎せざる事態を招くのである。サントハイムにおける伯爵位、それは王族との婚姻が可能になることをさす。

国王の声が響き渡り、クリフトが一段とこうべを垂れた。
「此度の功績を以って、そなたに『男爵』の位を授与する」
その瞬間、アリーナは思わず身を乗りだしかけ、傍らに控えていたブライに無言で止められた。
抗議の声をあげかけたものの、ブライが僅かに首を振るのを見ると、姿勢を元に戻し、心配げにクリフトを見つめた。

己の爵位が明らかにされた時、クリフトは青く澄んだ瞳を伏せ、僅かに身動ぎした。
(間に合わなかった・・・)
国王から言い渡されていた期限は3年。
アリーナが他国と婚姻を結ばなくてはならない状況を回避すべく、寝る間も惜しんでサントハイムの復興に尽力をしてきた。そしていま、サントハイムの復興は軌道に乗り、アリーナの縁談はある程度の自由を得た。しかし、クリフト自身が、それに追いつくことができなかった。

予感はあった。
クリフトはともすれば虚ろになりがちな己が心を叱咤し、答辞を述べる。
爵位は国王の采配ひとつで決まるものではない。
何人かの重鎮と話し合いを重ね、そして与えられるもの。その重鎮たちが特に何かことを起こすことなく、今日の日を臨んできたことから、おそらくは伯爵位を望めないであろうことはうすうす勘付いていた。そう、下位の爵位をクリフトが得たところで、何もできないことはわかっていたから。
貴族の位は簡単に得られるものではない。頭では理解していた。しかし、現実になると虚しさと憤りで自身が押しつぶされそうな気持ちになる。
クリフトは答辞を述べ終えると、ただ一度だけちらりと愛するものへ視線を送った。
心配げに見守るアリーナと視線が絡まる。
一瞬のうちに胸を満たした苦しさに思わず息を詰まらせ、クリフトはアリーナから視線をはずした。

これ以上彼女を見つめることは到底できなかった。
己の不甲斐なさを彼女の前でさらけ出してしまった。
どの爵位が与えられるかを決めるのはクリフトではない。しかし、徒に彼女を惑わせ、それでいて別離の苦しみを与えてしまったのは、己の罪するところであったとクリフトは自戒する。
先の戦いの折、彼は愛する姫君と共に何度となく死線を潜り抜けてきた。それは辛く苦しい旅路であったけれども、共有する時間が増えるほど、ふたりの距離は縮まっていった。それは、若いクリフトを錯覚に陥らせてしまっていた。姫君と神官、ふたりの距離は縮まっていなかったというのに、縮められるのではないかと、淡い期待を抱いてしまったのだ。そしてそれは、ふたりを相思相愛の間柄に押し上げたものの、立ちはだかる現実の壁の前に敢え無く玉砕してしまった。

クリフトは苦しい息のもと、かすかに唇を噛み締めた。
(姫様に、期待を持たせるべきではなかった)
たとえ彼女から想いをぶつけてきたとしても、かわし続けるべきであったのだ。
クリフトが悔恨の念に囚われている間にも、式は滞りなく進行していき、そして終わりを迎えた。
クリフトは大臣の合図に、ゆっくりと面を上げる。
広間を満たす安堵の空気と、年頃の娘を持つ貴族たちの思惑がクリフトを貫き、その居心地の悪さに、今更ながらに吐気を催した。

それでも、ただひたすらに自制心を働かせ、御前を辞そうと身体に力を入れたその時だった。
妙な緊張感に溢れたその場にそぐわない、飄々とした声がクリフトの鼓膜を打った。

「陛下、この場を借りてひとつ御許しいただきたいことがございます」
それは、長く苦しい旅を共に駆け抜けてきた矍鑠とした老人のもの。
誰もが一目置きながら、その詳細を知るものがほとんどいないという謎の老人。王の教育係として、そして王女の教育係として、はるかな昔からサントハイム王家の傍らに位置してきたその者の発言に、広間の誰もが注目していた。
老人はゆっくりと身体を動かすと、誰にもわからぬようにアリーナに小さく笑みを送り、クリフトのもとへと歩み寄った。そして、クリフトの傍らに立ち、玉座に向かい合うと、そのまま言葉を続けた。
「このクリフトめを、わしの養子として正式に迎えようと思っております」
この発言には、当のクリフトも驚き、不敬に値することも忘れ思わず声を上げていた。
「ブライ様・・・」
小さく呟かれた言葉にブライは呵呵と笑う。
「そんなに驚いた顔をするな。ただでさえ締まらないおぬしの顔が、よけいに阿呆に見えるぞ」
それは妙に威厳を感じさせる笑いで、そして誰かを思わせる顔であった。
クリフトがそれを不審がる暇もなく、広間の一角から糾弾の声が上がった。
「王の御前、無礼であるぞ!!」
それはまだ年若い貴族の青年から発せられた。
彼の言うことは正しい。
王が臨席するその席で、如何に重鎮として扱われていようとも、臣下が王に物申すことは火急の事態でもない限り不敬罪に値する。
この糾弾に勇気を得たのか。もともとこの得体の知れない老人を快く思っていなかった貴族の面々がそれに呼応した。
「越権行為ですぞ」
「なんたる不敬!」
「即刻立ち去られよ!」
非難の的とされたブライは、それでも平然と佇み、国王を見つめていた。

その悪びれない態度に、さらなる怒号が重なりそうになる瞬間、玉座に腰掛けていた人物からため息混じりの声が響いた。
「叔父上も、お人が悪い」
「え?」
驚きの声をあげたのは、国王の横で事の成り行きをはらはらしながらも、いつでも飛びかかれる体制で見守っていたアリーナだった。
アリーナの疑問は広間にいた人々の疑問でもあったらしい。口を開きかけていた青年貴族たちはそのままぽかんと口を開けていた。しかしそれは、年若い者たちだけでなく、サントハイムの重鎮とされていた何人かも同様であった。
国王が叔父上とよぶ存在。それの意味するところは、先々王の遺児、先王の兄弟を指す。水面下で囁きが交わされる。先々王の私生児が存在するという噂は本当であったのか、と。そういった噂は以前から囁かれていたけれども、王の側近たちの口は堅く、確証を得るまでにいたれなかったのである。
突如現れた王族。その驚愕の事実も他所に、当の本人たちはいたってのんびりと会話を繰り返す。
「はじめっからそのおつもりだったのですな」
「ほっほっほ」
「またそうやって煙に巻く。どうりで落ち着き払っていると思いました」
「うむ?そうだったかのう」
「本当にお人が悪い。最初からそう言っていただければ、私の気分も幾分か楽でしたのに」
「なんでも楽をしようとするのは、おぬしの子供のときからの悪いくせだったのう。苦労せい、苦労せい」
かっかっかと笑い飛ばすブライに、ばつの悪そうな顔をした国王がわざとらしく咳く。

その様子に目を細めたブライが、言葉を重ねる。
「で、養子の件はお許しいただけるのですかな?」
ピクリと体を震わしたクリフトの肩に手を置き、ブライは問う。
国王は肝心なことを言いそびれていたことに気づき、重々しく頷いた。
「うむ、許そう」
威厳を持って答えた国王ににやりと笑うと、ブライは慇懃に答える。
「ありがたき幸せにございます」
そして目をまん丸にして驚いているアリーナに優しく微笑みかけると、クリフトの肩をバシッと叩いた。
「ほれ、許可が下りたぞ。ということで今日からわしはおぬしの父親じゃ。かっかっか」
クリフトは、しばしどう答えてよいものか迷っていた。展開が速すぎてどう反応していいのか、戸惑っているようでもあった。それでも何かを答えなければ失礼に当たると口を開きかけたところ、またしても抗議の声が上がった。
「陛下、そのような重要なことを何の相談もなしに決められては困りますぞ!」
それはサントハイムの重鎮の中でも保守的な考えを強く持っていた侯爵位の大貴族であった。
彼は立派な髭を震わせながら、憤りも露にクリフトを睨む。
「陛下、物事には秩序というものがございます。このクリフトめは平民の子供。そのようなどこの馬の骨ともわからぬ血の流れているものを、由緒正しきサントハイム王家の血を引くブライ翁の養子になどと・・・正気の沙汰とは思えませぬ」
彼の弾劾は、一時は国王の心を動かしたかのように見えた。なぜなら、国王は彼の方をまっすぐに見据えたから。しかし、国王から漏れた言葉に彼は己の失態を知る。

「そなたは、クリフトがアリーナの乳兄弟であることを知った上で、そのような発言をしたのか?」
「え?」
唐突に投げかけられた言葉に、疑問を覚えるも、それを深く追求する間もなく国王が睨んだ。
「確かそなたにはアリーナと同じ年の娘がおったな」
その言葉に、侯爵ははっとする。そしてあいまいな笑みを浮かべると、阿るように言葉をつむぐ。
「はい。しかし、妻は病弱でして・・・」
「アリーナが産まれた時、余は国王に即位して間もなかった」
侯爵の言葉を遮り、国王は滔々と続ける。
「王妃は身分の低く、確たる後ろ盾をもっておらなんだ。それでも、出産で身体を壊した王妃は乳飲み子を抱え毎日必死になって頑張っておった。そう、だれぞに乳母を頼もうとしても、その年に限って『病弱』なものが多く断られ続けていたからのう」
まっすぐに向けられた視線に居心地の悪さを感じた侯爵は、身動ぎをすると俯いた。そんな侯爵に構うこともせず、国王は言葉をつむぐ。
「その時じゃった。エンドールへ遊学していた折に知り合った友人が、妻を連れて訪ねてきたのは。彼は余の窮状を知り、最愛の妻を乳母にと危険も顧みず申し出てくれた。・・・それが、クリフトの父母じゃ」
国王は遠い昔に思いを馳せながら、当時の友人にますます似てきたクリフトに笑みを送る。
そして傍らで固唾を呑んで見守っていた娘に微笑みかけると、打って変わって静かな口調で述べた。

「親子二代にわたる国家への献身を、身分だけで貶めることは許さぬ」

静まり返った広間を見渡すと、国王は件の侯爵の姿に目を留める。
「そなたはクリフトをどこの馬の骨かわからぬ者の子と言ったが、そもそも乳は血液から作られるものと聞く。ならば、その乳を飲んで育ったアリーナはどこの馬の骨ともわからぬ者の血によってつくられていると言ってもよいのであろうかな?」
やや意地の悪さを含んだ質問に、いままで血統至上主義できたものたちは一斉に視線を逸らし、さりげなく後方へ下がった。侯爵にいたっては今にも倒れそうなほど顔色が悪くなっていた。
国王は再度広間を見渡すと、低く押し殺した声で訊く。
「まだ何か異議のあるものはいるか?」
聞くぞ?
旗色の悪さを悟ったものたちは俯いたまま、その視線をやり過ごす。
息をするのも気詰まりなほどの静けさが、あたりを支配していた。
すべてが萎縮する中、ゆっくりと自慢の髭をしごいていたブライが、そのような空気を物ともせず口を開き、クリフトの頭を杖の先で小突いた。
「ほれ、しゃきっとせぬか。そんなんではこのわしの・・・フレノール公ブライの跡を継げぬぞ!」
ブライの声が響くと、貴族の中の何人かが泡を食ったように声をあげた。
「フレノール公!?」
「あの流浪の公爵と言われた?」
「いや、しかし、実在していたのか?」
「私も単なる噂だと思っていました」
それらの言葉を煩そうに聞き流していたブライだったが、己の身分を告げたにも拘らず驚きのひとつもみせぬ養い子に不服そうに眉をひそめた。

「おぬしは驚かぬのじゃな」
つまらぬのう。
心底つまらながっているブライに、それまで畏まってきたクリフトは思わず笑みを漏らしていた。
「確証を得たのはいまですが、薄々はそうではないかと・・・」
「うむ?」
「先の旅の折、フレノールに立ち寄ったあのときから、ずっと疑問に思っていましたから。どうしてこれほどの規模の町が、『姫様』のお顔を存じ上げないのか、と」
例え公式行事に姿を現さない王女の顔が広く知れ渡っていないとはいえ、絵姿ひとつないというのは、少しおかしいのではないか。
まるで誰かが意図的に『姫様』の姿を隠しているかのように。
「あれは、やはりブライ様のお心遣いだったのですね」
姫様が、ただ一人の人間として、ただのアリーナとして存在できる場所を作るために。
そしてそれを行っているのは恐らく姫様を心から大切に思っている人物。
耳に届く『幻のフレノール公爵』、水面下でささやき続けられている『先々王の遺児』の存在。
ブライが時折国王に対してみせていた倣岸な態度。ブライの年齢。それらから推測するは・・・。
「ほっ、まさかそんなことで見抜かれるとは」
侮れぬのう。
そうひとりごち、それでも頼もしい跡取りの誕生に、ブライは相好を崩した。
そしてクリフトの手をとり立ち上がらせると、そっと背中を押した。

「ほれ、姫様のところへ行かんか」
「え?」
ブライの意図することがつかめずクリフトが首を傾げると、ブライは眉をあげて「よもや・・・」
と呟く。
「おぬし、まだ自分のおかれた立場を理解しておらんのか?」
わかっておらんようじゃのう。
へんなところで頭が切れるくせに、自分のこととなると全く頭の働かなくなるクリフトに深々とため息を漏らすと、疑問符で頭をいっぱいにしている青年に問いかけた。
「クリフト、貴族の爵位についてはある程度知識はあろうな?」
突然問われた内容に戸惑いつつも頷くと、ブライはにやりと笑った。
「父親が公爵の場合、息子の爵位は?」
「爵位を受け継ぐまでは一階下の侯爵を名乗ることができます。また、養子など特殊な事情を持っている場合は、正式に爵位を譲られるまでは二階下の伯爵・・・」
そこまで言って思い当たったのか、クリフトははっと顔を上げた。

「そう、おぬしは今日から『フレノール伯クリフト』じゃ」

駄目押しとばかりに突きつけられた事実に、クリフトは僅かに体を震わせた。
ちらりと玉座を窺うと、国王が傍らに腰掛けていた娘になにやら囁いている。
アリーナが弾かれたようにこちらを見た。
正面から視線が絡む。
アリーナの瞳が揺れ、声にならぬ呟きがクリフトに届く。
「クリフト・・・」
「姫様」
欲しくて得られなかったもの。
全身全霊をかけて求め続けてきた存在。
それがいま・・・。
「ほれ、行った行った」
女人を待たせるものではないぞ。
くだけた調子で急かすブライの目尻にも、僅かな光がともる。

ずっと二人を見守ってきたブライは、彼らの知らぬところで何度となく心を痛めてきた。
クリフトを養子に迎えることは容易い。しかし、実績が伴わなければ認められない。
度重なる苦難と葛藤。ブライが見守る中、それらを乗り越え、クリフトは自力で爵位を手に入れた。それは、男爵という格下ではあったけれども、何の後ろ盾もない青年が得るには並大抵の努力ではなかったであろう。だからこそブライは、自力で爵位を手に入れたクリフトだったからこそ、己の養子に迎える決断を下した。それでも、クリフトを取り巻く苦難は形を変えて襲いかかってくるであろう。たとえどんなに本人が努力をしても、それが通用しない相手も存在するからだ。
しかし、とブライは思う。
ひとりであったらくじけてしまう道のりであろうとも、ふたりであったならば乗り越えてゆけるかもしれない。
教育係として長く仕えてきたアリーナは、多少破天荒なことろはあるものの、その実芯の強い女性である。彼女ならば、クリフトを支え、共に苦難の道を乗り切ってくれる。そう信じている。
衆人が固唾を呑んで見守る中、蒼髪の青年が歩みを進めた。
アリーナが椅子から立ち上がり、クリフトのもとへと駆け寄る。
大臣が、どうしたものかと窺うと、国王は目線だけで頷き、黙認を決め込んだ。

後に、この場に居合わせたものたちは、物語の一節を読み上げるかのようにうっとりと語る。
それはまさにロマンス。

「姫様」
「クリフト」
互いに距離をつめ、手を取り合ったふたりは暫し見つめ合い、微笑んだ。
やがて蒼髪の青年は片膝をつき、王女の手を取ったまま真摯に語りかけた。
「姫様、ずっとずっとお慕い申し上げておりました」
紡がれる一言一言に万感の意を込めて、青年は愛する姫君を見上げる。
姫君は緋色の瞳を微かに潤ませ、小さく頷く。
「もし、お心に叶いますれば、私と永久の契りを交わしていただけませぬか?」
それは、クリフトがずっとずっと告げたくて告げられなかった想い。
初めは苦しい片恋だった。
次に待っていたのは、すれ違う心だった。
そして互いの想いを知りつつ、ただひたすらに想いを隠し続けた日々。
両想いゆえの苦難の数々。
それでも、そこに諦めという言葉はなかった。
ずっとずっと求め続け、喘ぎ続けた。
アリーナの手が震えていた。
それを支えるクリフトの手も。
ふたりの想いが交錯し、そして形を結んだ瞬間だった。

「喜んで、お受けいたします」
桜色の唇から紡ぎだされた言葉。
クリフトはアリーナを見つめた。
アリーナはクリフトに微笑みかけた。
クリフトが立ち上がり、アリーナがそれに寄り添った。
アリーナの手にクリフトの唇が落ち、アリーナがはにかんだ。
穏やかで幸福な時間が流れ、緊張を繰り返してきた広間に、不思議な安らぎを与えた。

あるものは思った。「これは天の采配だ」と。
あるものは思った。「赤い糸は存在するのだ」と。
あるものは思った。「運命だったのだ」と。

どこからともなく拍手が沸き起こり、ふたりを包み込んだ。
驚いたふたりが、自分たちの世界に浸っていたことに改めて気づき、赤面する。
そんな初々しいふたりをある老夫婦は微笑ましげに見つめていたし、アリーナの婿の座を狙っていた青年貴族はむっとしたように視線を逸らした。

劇的な展開にため息を禁じえなかった大臣が、国王に耳打ちすると、重々しく頷いた国王が、玉座から立ち上がりふたりのもとへと向かった。
それに気づいたふたりは国王の方へ向き直ると、礼をとる。それを片手で制しながら、国王は問いかけた。
「アリーナ、彼でいいのだな」
まっすぐに射抜くように見つめてくる父王に、アリーナは迷いのない目で答える。
「はい」
アリーナの言葉に、「そうか」と短く頷くと、クリフトの方へ向き直る。
片膝をついて畏まろうとしたクリフトの手を握ると、僅かに首を振り立ち上がるように促す。
クリフトは若干の戸惑いを見せたものの、国王の意図に従い背筋を伸ばして姿勢を正した。
「クリフト、立派な青年になったな」
それは父親から息子にかけられる言葉のように情愛に満ちていて。
背の高さからやや見下ろす格好となってしまった国王にクリフトは改めて親愛の情を覚えた。
国王はクリフトの気持ちを察したか、少しだけ人懐っこい笑みを見せ、そして真剣な眼差しを向けると厳かに告げた。
「娘を、頼む」
「はい」
それは、クリフトがアリーナの婚約者として正式に認められたことであり、長年サントハイムの首脳部を悩ませてきた問題が解決した瞬間でもあった。

胸にこみ上げてきた思いに、思わず涙したブライだったが、その直後に響いた声に激しい頭痛を覚えた。
「よかった~。ほんとどうしようかと思っていたのよ。クリフトが相手なら喧嘩しても手加減する必要はないわね~」
万が一負傷しても、クリフトなら自分で治せるしね。
アリーナの切実な言葉はしかし、多くの者たちにさまざまな反応を呼び起こした。
事実、父親であるサントハイム国王は眉間を押さえて深々と嘆息したし、クリフトは「それはよかったですね」とやや引きつった笑みを浮かべた。また、クリフトとアリーナの婚約にいつ異議を唱えようかと画策していた青年貴族たちは皆、一様に視線を逸らし、一拍おいてクリフトとアリーナに惜しみない祝福と盛大な拍手をおくった。
アリーナの意図がどこにあったかはわからないが、期せずして反対派を押さえ込むことに成功したようである。
こうしてクリフトの叙爵式は、一部波乱の様相はみせたものの終了し、近日中に国内外にアリーナとクリフトの婚約の報が伝えられた。

後日、旅の仲間たちがふたりを祝福するために駆けつけた。
当初はからかう気満々だった面々だったが、次のクリフトの言葉に誰もが押し黙る。

「皆様の『あたたかい』ご協力のおかげで、姫様と婚約することができました。本当にありがとうございます。そして、これからも『よろしく』お願いしますね」

ソロは、「友情」という名のもとの、辛く苦しい無償労働の日々を思い、マーニャはカジノのコインに釣られて、分厚い岩盤を吹き飛ばすため攻撃呪文を連呼した日々を思った。
また、ミネアは「ミネアさんしか頼ることができないのです」と真摯に訴えかけてきたクリフトを思い出して頬を赤らめ、ライアンは「とある調査」のためにクリフトと共にイムルを訪れた時のことを思い返して思わず咳払いをした。
そして、トルネコは・・・・・・いつもの陽気さを潜め、ただ一言呟いた。
「もうこりごりです・・・」

それぞれの胸に何を秘めているのかそれはわからなかったが、ブライはこの様子を見て少しだけ
胸が痛んだ。
「クリフト・・・おぬし」
一体何をやらかしたのじゃ?

破竹の勢いで進められたサントハイム復興の裏側で、何が起こったのか。
関係者の口は堅く、その内容は杳として知れない。
                                    (終)
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