クリフトとアリーナの想いは @ wiki

2006.08.23

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kuriari

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クリフトのアリーナへの想いはPart6
長編6/12 1へ2006.03.09
99 :1/9 (前前スレ506):2006/08/23(水) 11:24:15 ID:BkjLGtBX0

 エンドールより帰国して数日、アリーナ姫の様子がおかしい。サントハイム城内ではそんな噂話が飛び交っていた。そば仕えのメイドたちから城の庭師、厨房のコックや下働きの子供にまでそんな話が伝わっているらしい。事実、エンドールを訪問し戻ってきてからのアリーナは、それまで日課であった武術の稽古をしなくなった。訓練場を訪れては兵士たちに手合わせを申し込むこともなくなり、厨房にやってきてはおやつをつまみ食いしたり、庭の水遣りを手伝ったり、子供たちと無邪気に遊ぶこともなくなってしまったのだ。部屋の中にいることが増え、たまに城の中を散歩するのみ。あれほどおてんばだったアリーナがすっかりおとなしくなってしまい、城の中の雰囲気も少し覇気がない様に感じられる。
「いやはや、アリーナ姫をエンドールに向かわせてようございましたな、陛下! 姫のあのご様子から察するに、きっとラスダ殿のことを気に入ら
れたのでしょう」
 そんな場内の様子とは正反対に、王座の間ではアリーナにお見合いを勧めた張本人である大臣の満足そうな声が響く。
「ふむ、そうかのう。わしはアリーナに元気がないようで、少々心配しておるのだが……」
 サントハイム国王は髭に触れつつ、少し渋い顔をした。
「女性と言うものは好意を持った殿方に対しては多少しおらしくなるものです。おてんばなアリーナ姫ももうひとりの女性です。きっと花嫁修業にも積極的に取り組まれるはずでしょう。のう、ブライ殿」
「…そうだとよいがのう」
 所用にて王座の間へ出向いていたブライもその会話に巻き込まれた。心底喜んでいる大臣の様子に水を差すわけにもいかず、中途半端な言葉でその場をしのぐ。

「ラスダ殿がサントハイムへ来ていただければわが国も安泰ですぞ。姫様がその気とあらば、早速具体的な準備にも取り掛からないと」
 大臣は生き生きとした表情で執務室へと向かいその場を立ち去った。
『その気』であるのはアリーナではなく大臣の方だとブライは心の中でぼやいた。ブライには到底アリーナがその気になったとは思えなかったが、
女性の心理は複雑だ。何かの拍子に気が変わったとしてもおかしくはない。
 アリーナが結婚するとなればこんなにめでたいことはない。ブライも大臣と同様にこのサントハイムに長らく仕え、その発展を願ってきていた。
それなのに喜ばしさだけに満たされることのない心に、ブライは妙な胸騒ぎを感じていた。


 教会の奥に与えられた狭く質素な部屋の中。蝋燭に火を灯し、クリフトは静かに本を読みふけっていた。外は真っ暗な夜の闇。真夜中を過ぎているというのに、クリフトはページをめくる手を止めることなく床に就こうともしなかった。
 品行方正な神官の振りをして……自分の欲求を抑えることができなかった。神に仕える者としての自分自身に失望する一方で、ひとりの男としてアリーナを強く想う事実を認識する。それでも日を追う毎に心の中に降り注ぐ後悔の感情に、クリフトは今日も眠れぬ夜を過ごしていた。
 スタンシアラを訪れた小旅行の後、クリフトは意識的に毎日を忙しく過ごし、自らに休息を与えなかった。常に何かしていないと、忙しく何かに取り組んでいないと、ふとした瞬間の思考の隙間にアリーナのことを思い浮かべてしまうからだ。

「はあ……」
 昼間耳にした噂話が気になり、読書に集中できない。クリフトは栞を挟んで本を閉じた。そして重いため息をひとつ。
 アリーナの様子がおかしい。武術の稽古もしなければ城の外へ出たいとせがむこともない。部屋にこもりがちだと聞いた。クリフトは気になって仕方がないのに誰に詳しく聞こうとしなかった。
スタンシアラから帰ってきてから、クリフトはアリーナとほとんど顔を合わせていない。廊下ですれ違うことはあっても、挨拶のみで通り過ぎるだけ。以前のようにどんなに忙しくても少しの間立ち止まり、他愛もない会話をすることを避けてきた。そばにはもう、いられないのだと確信したからだ。自分の心の奥底にある情熱が、制御できなくなってしまうのを恐れて。
 眠れないままただ過ぎる時間はひどく長く感じられ、苦痛に思うようにさえなる。クリフトはおもむろに立ち上がると、風に当たるため外に出て行った。


 半分に欠けた月がサントハイム城を照らし出す。細切れになった雲がゆっくりと動いていく様子が城壁から確認できた。この様子では明日もきっといい天気になるだろうと、思いをめぐらせながらクリフトは城壁を歩く。
夜風がクリフトの夜着をくすぐって遠くへと吹き抜けていく。
 城壁を一周したら部屋に戻ろうと決めて歩いていたクリフトは、ふと何かが視界の隅にちらついたような気がして、立ち止まりその方向へと視線を向けた。南西の城壁、場内へと降りる階段の踊り場付近。ひらりと何かが翻っている。

「姫さま!」
 そこにはアリーナの姿があった。薄く頼りない夜着に身を包み、明るいオレンジ色の髪を風に弄ばれるまま海のほうを眺めている。クリフトの視界の隅にちらついたのは、肩に羽織ったケープだった。
「クリフト?」
「姫さま。こんな時間にこんなところで、何を……」
「クリフトこそ、何してるのよ」
「私は、……少し、眠れなかったものですから」
「あら、わたしと一緒ね。なんだか眠くならなくて、ずっと部屋にいるのも退屈だから出てきちゃったわ」
「お戻りください。見張りの者が心配します」
「ちょっとくらいいいじゃない。それに、クリフトがいてくれるなら危ないことなんてないって、みんな思ってくれるわ」
 クリフトのほうを向き直り見上げながらそうやって言葉を交わした後、アリーナはまた海のほうへと視線を向けた。音の消えた城に波の音が微かに届いてきている。
 部屋に戻るよう促すもそう簡単に言うことを聞いてくれるような姫ではないことをクリフトも重々承知している。かといってこのままほうっておくわけにもいかず、クリフトも階段を降り踊り場へと移動する。
「クリフトとおしゃべりするの、なんだか久しぶりね」
「そうですね。姫さまは元気がないご様子だと、城の者が噂をしております。お身体の具合でも、悪いのですか?」
「ううん。そんなことないわ。わたしは元気よ」
 そう言ってアリーナはにこっと笑った。その笑顔にクリフトは安心する。
しかしその笑顔も一瞬で、すぐにどこか不安げな表情に変わる。

「……わたし、きっとラスダと結婚するのね。好きなのかどうなのか、わからないのに」
 結婚、という言葉にクリフトの身体が竦む。それなのに、アリーナはまるで他人事のようにその言葉を口にする。
「結婚して、毎日一緒にいたら、わたしはラスダのこと好きになるのかな」
「………」
「好きに、なるのかなぁ……」
 一国の姫という立場においては、恋愛も決して自由ではない。エンドールのモニカ姫とボンモールのリック王子の結婚が世界中を駆け巡る大きなニュースになったのも、王家というものがいかに格式高く在り、恋愛において個人の感情や自由のないことの裏返しであるからだ。
「どうやったら、好きになるのかな。どういう風に思うことが、好きになるってことなのかな」
「ラスダ様はよいお方です。先日サントハイムを訪れた際対応いたしましたが、私のような者にもお優しく礼儀正しい方でした。きっと、姫さまを大切に思ってくださいますでしょう」
「でも、わたしはわかんないんだもん。わかんないのに、大臣やお父様が言うように簡単に結婚することが、正しいって思えないの。納得できないの!」
「陛下や大臣殿は簡単に結婚を勧めておられるのだとお思いですか? 姫さま。あなた様のために大臣殿はいくつもの国と連絡を取り合い、姫さまにふさわしいお相手をずっと探してきておられたのですよ」
「そんなこと言ってるんじゃないの。そういうことはわたしにだってわかってるの」
「ならば何に納得できないとおっしゃるのですか? ラスダ様はエンドール王の甥にあたるお方。サントハイムに移り住むことも快諾してくださっています。こんなによいお方、他にはおられないと思いますが…」

「だから! そんなこと言ってるんじゃないって言ってるのよ!」
 アリーナは少し涙目になりながらクリフトを睨み上げた。
 ラスダの気持ちを真剣に受け止めているからこそ、アリーナはどうしたらいいのかわからなくなる。結婚するのなら自分もラスダのことを好きにならないと。でも、その感情の所在を確かめられずに、それ以前に、その感情自体がどういうものなのかをわからずにいる自分自身が不安で不安で、しかたなくなる。
 一方クリフトは、少々冷たく言いすぎたと今し方の発言を悔やんだ。けれども、そんな風に冷たく言い放ちでもしない限り、自分の心も抑えられない。好きな女性に違う男を勧めるなど、心を冷たく凍らせないとできはしないことだ。しかし、そうした行動が結果的にアリーナの心に傷を負わせた。 アリーナをなぐさめることよりも、自分の心が傷つくのを防ぐことを選んでの言葉。アリーナの瞳に涙が浮かぶのを見ていられず、クリフトは俯き唇を噛んだ。
アリーナはきつくクリフトを睨み、また海のほうへと視線をそらす。
「姫さま……」
「説明してよ、好きになる気持ちを。それがわかってたら、とっくに結論は出てるわ」
「………」
「そんなに一方的に言うんなら、クリフトがわたしに教えてよ。ちゃんとわたしが理解できるように、教えなさいよ!」

 アリーナは今にも涙が出そうになるのを必死の思いでこらえた。なぜだかわからないが、ひどくイライラして仕方がない。いつだってアリーナの最大の理解者であり味方であったクリフトが、自分の言うことを正面から受け止めることなく、一方的にアリーナも十分に承知している当たり前のことをまくし立てることが腹立たしかった。不安でたまらないのに、そしてどうしたらいいのかわからないと訴えているのに、話は噛み合わずまったく取り合ってくれないクリフトの態度に大きな溝を感じてしまう。
 最初はさざ波のように小さかった不安が、クリフトと話したことによって大きな津波のように姿を変える。クリフトと話せば少々の不安は大きくなることなく小さなままでアリーナの心に留まり、いつしか消えていくことが当たり前だったのに。今はクリフトの言葉ひとつひとつがアリーナの繊細な心に細やかな傷をいくつもつけていく。
「……っ!?」
 突然、アリーナの身体は強い力に包み込まれた。心の中の幻であるはずの津波に、本当に飲み込まれてしまったのかと思うほどの強い力に。
「私は…っ!」
「クリフトっ?」
「姫さま、私はずっと…ずっとあなたのことが好きでした」
 冷ややかに凍らせていたはずの感情は、クリフトが自ら心の一番奥底に押し込めたはずの情熱に一気にとかされてしまった。気がつけばその腕にアリーナを抱き、強く自分のほうへと引き寄せる。クリフトの頭の中からはあらゆる理性と常識が消え去り、アリーナを強く抱きしめることだけを考えていた。
 心が、ひどく焼けつく。

「あなたのことを、想っていました。こんな風に抱きしめたいと、何度も何度も思いました。私が姫さまに教えられる『好きだ』という感情は、こ
れがすべてです。お許しください…!」
クリフトの腕の中で、アリーナはほとんど呼吸もできないほどの緊張を感じていた。力強く自分の身体に巻きつくクリフトの腕。こんなにも上ずったクリフトの声は普段と全然違っていて、今まで聞いたこともない。急にアリーナの心臓が高鳴り始めた。薄い夜着越しにクリフトに伝わってしまいそうで、それがとても恥ずかしいような気がして、アリーナは逃れようと小さく身じろぎをした。しかしクリフトの腕は解けることなくアリーナを捕えて放さない。
「姫さまにお見合いの話が舞い込むたび、私はあきらめなくてはいけないと思っていました。姫さまにふさわしいのは私ではないと、わかっているのです。仕えているだけのただの家臣という立場であることも自覚しております。それでも、あなたを想わない日はないのです。昨日も、一昨日も、ソロさんと旅をしている間も。毎日あなたを愛しいと思います。毎日あなたの笑顔に安心するのです」
 今まで何年も感情を押し殺してきたせいだろうか。何のために気持ちを抑えてきていたのかわからなくなってしまったように、クリフトは内に潜めていた激しい想いをアリーナにぶつけた。
「お許し、ください……」
 その腕とは裏腹、力ない声となりそう許しを請う。
 叶わないことはわかっている。アリーナとの間にある絶対に踏み越えられない線があることも。それでも今この瞬間だけは、そんなものを全部無視して、誰にも渡すものかと力強くアリーナを抱きしめる。

「誰かいるのですか?」
 突然、強い光がふたりの姿を照らし出す。夜間警備の兵士がたいまつを片手に城壁からふたりのいる踊り場を見下ろしていた。
「姫様! クリフト殿!」
 兵士の声に我に返ったクリフトはようやくアリーナから離れる。
「クリフト殿……あなたは、今何を……」
 この恋は叶うはずもない泡沫のようなもの。
 誰に認められることもない、許されることもない、禁じられた感情。
 まだアリーナを抱きしめた感覚の残るその腕をやり場なく垂らしたまま、クリフトは呆然と自らを見下ろす兵士の姿を見上げていた。


世界を救った英雄のひとりが、ある国のお姫様と結ばれるなど。
昔々の、御伽噺。



                         END.

2006.08.11   続き2006.09.28

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