鬼滅END68『一味違うよ』

「うっ……あ、あれ、ここは……」

 気がつくとポチは大量に本が積まれた部屋に戻る……ここは時空監理局の地下。
 慌ててマガフォンを操作してニュースを確認するが3つの組織に影響は及ばさなかった……あれは無空、シミュレーションに過ぎない。
 ホッとしたがそれと同時に無力感で押し潰されそうになった。
 無惨に手も足も出ないままはじまりの書も悪用されて完全勝利、そんなことになったのは自分や黒影が余計な介入をしたからだ。
 何の覚悟もなく、ましてや軽々しい動きで炭治郎達の運命を変えた結果がこれだ。

「あーあしかもコンプリートしちゃったよランク低いし、うーん改善点はどこだ?俺はちゃんと巻き返しが効く飼育局を選んだんだけどそこ以外で詰んでたとしたら日輪鋏を売れなかったことか?ポチさぁ、あそこ天元優先したほうが良かったんじゃないのか?」

「……なのに、局長はどうして?どうして平然としていられるの?」

「ポチは無空に慣れてないからだよ、これはあくまで現実じゃないんだ、ノベルゲームをやるみたいに考えればいい、まだ一回だしルートが止まっただけだ」

「……局長、俺は避難訓練はたとえ本物の災害じゃなくても真剣に取り組むべきと考えるよ」

「それもまた正しい答えだね、次は気をつけようか」

 黒影は気に留めずにもう一回機械を起動させようとする。
 ……無空で経験したものは時空に持ち越されないようだ、マガフォンにミリィ(無惨)の着信履歴は残っていないしあんなに気に入っていた日輪鋏もどこにもない。
 日輪鋏ルート以降なら持ち越せるかもしれないがそれ以外では無理というのは前もって聞いている。
 何にしてもまた適当に動いては同じような結末になってしまう、炭治郎達の運命を大きく返る為にやれることは……。

「局長、聞きたいことがあります」

「道具の持ち越し?時空から無空には無理だよ、時空と同じ物が無空に反映されるからそこから持ってくることは出来るね」

「なるほど……今準備しても無駄なのか」

 ポチは切り札がある、密かに自衛のために開発していた世界内で発した言葉を言霊に変えてイベントを強制発生させる道具。
 しかし持ってこれないとなると仕方ないが向こうで用意するしか無いのか?

「だってせっかくの資源を消費したくないじゃん!新しいルート開発本格的にやっていこう!」

 黒影は前回のミスを殆ど覚えているのかというレベルで普通にスイッチを押す。
 黒影は本当にゲーム感覚だ、むちゃくちゃだ……色んな意味で。
 しかしポチは鬼殺隊での僅かな生活を満喫出来たので今度はちゃんとした形で仲良くなりたいとも考えている。
 改めて渦に入るが黒影は今度はボタンを何が弄ってメーターを調節すると時空の渦の色が変化してその上で中に入っていく。


 中に入った先はどうにも妖しい雰囲気……いや違う、血の匂い、争いの痕跡が感じられる。
 刀がぶつかる音、刃が弾ける音、命を懸けているような気迫……!

「もしかしていじったのって突入するタイミング!?」

「うん、ポチの言ってた遊郭編っていうのが気になったからね」

 なんとルート研究開始は遊郭編、もちろんそれ以前は全部原作通りなので日輪鋏は無いし何も見られてない無限列車編で甘露寺模倣が起きてないので天元がそのまま炭治郎達を引き連れて遊郭に突入し、その中で忍び込んでいた十二鬼月『駄姫』と戦闘している最中だ。
 でも何かおかしい。

「駄姫強くね?もう既に妓夫太郎がいてもおかしくないのに頸を切られず1人で天元と炭治郎を相手している……?」

「妓夫太郎っていうのは?上弦の鬼って6人でしょ?」

「駄姫の兄さんだよ、正確には妓夫太郎が上弦の陸というか……まあ二人一組の鬼って覚え方でいいけど」

 ポチの知るタイミングならもう妓夫太郎が戦闘に入っているはず、真の陸である妓夫太郎の戦闘力は駄姫よりはるかに上であり炭治郎達は満身創痍、天元も深手を負って引退するまでになるのだが……駄姫が妙に強い。
 まさか研究所で見た4周目による成長?炭治郎達も強くなっているが駄姫の強化に追いつけて……いや問題ないはずだ、時空の事を考えるとゴッドイベントが発生して元の展開に維持できるように出来ている。
 最低限何もしなければ元の展開通りにはなるはずだが……。

「さっきから聞こえてんだぜなあおい、そこの身なりの良い銀の髪のお前ら、いいよないいよなぁその髪、毟り取ったら金になるんだろうなぁ」

「!?」

 童磨が電話してきた時にも感じた身の毛がよだつような感覚と恐怖に支配されていく脳。
 死なないはずなのに食われないはずなのに……覚えがある、一度エリートバカ五人衆でハイキングに行ったことがある。
 そこでドシャグマに襲われかけたとき怖くて足がすくんで動けなくなったことがあった、それと同じだ……怪物と対峙したら死ななくても怖い気持ちは変わらない。

「そこでノコノコと見物なんかしやがってよお、図々しい奴だなお前らはぁ、鬼がいるのに怯えもしないのが癪に障るんだよなあ」

「そうだね、火事を見れば助けも呼ばずにその姿に見とれるみたいなものさ、光に集まる蝶々みたいなものだね」

「俺はただの野次馬をそんな一丁前に例えられる局長の面の厚さにビックリしたよ」

 しかし状況としてはまずい、妓夫太郎もポチも互いに自分達を殺すことは出来ないが非常にまずい。
 駄姫は死なない、先ほども言ったように妓夫太郎と二人一組、そもそも妓夫太郎は駄姫が頸を切られるほどの絶体絶命の際に家族を守るかのように顕現するのだ。
 駄姫を殺めるのと同じタイミングで妓夫太郎が斬られなければ……駄姫は無限に戦える!
 ここで妓夫太郎が棒立ちしているだけで炭治郎達は絶対に勝てなくなる!
 さっさと食わずに妬ましい顔で黒影の事を調べようとしているのもそれだけ余裕があるということだ、まるでおばあさんになりすまして赤ずきんの油断を誘うオオカミのように。

「局長、こんな時に3つの選択肢とかいってられないですよ」

「オーケー、時間稼ぎだ……我がメイドウィンが魅せるは必殺の一万の技!」

 シャドー・メイドウィン・黒影にはたくっちスノーを相手にしたり人々に喜んでもらうために一万種類の技を持っている。
 全ては自分が主人公として活躍するために!黒影が発動した自慢の技の一つ『メイドヴィン・テージ!自慢の一品』の構え。
 黒影のセルフ説明(脳内)によると、周囲の人間を美食メイドウィン空間と呼ばれる高級レストランのような世界に強制的に誘わせて料理を食わせることで穏便に解決させるというものだ。
 そんなもの化け物に通用するのかとポチは焦る。

(いけるのこの技?)

(大丈夫だよ化け物にも効いた試しはあるし)

 妓夫太郎も変な空間に迷い込んだことに妙な顔をしているが暴れる様子はない、もらえるものはもらっておく性格らしいのだがどう出るか、

「お前料理人だったのか……兎にも角にも食ってみやがれって言いたいわけだよなああ、鳥や豚なんかじゃもう満足できねえんだよなあ、できるもんなら人間ぶっ殺してその肉を振る舞って見ろよなああ」

「ほらやっぱり!鬼は人間の料理は食えないんだよ!」

 実は無惨の力で鬼になった生物は食人することで栄養を補給できるが人間の食べるものは吐き戻してしまう。
 上弦の弐の童磨も人間時代はなかなかの酒好きで知られていたが無理と本にあったので飲料水も無理らしい。
 現にお出しした水を妓夫太郎は口からダラダラと出している、多分あれミネラルウォーターだ。

「はいオーダー入りました!」

「オーダー入りましたじゃねえよ局長!どうするんだ人肉料理なんて作れるの!?しかもこの空間の外地獄絵図!」

「なあに昔からこの技が一番使い慣れてる、任せておけ」

「ま、任せておけって!?」

「ああそうだ、そこで突っ立ってるしょうもねえ顔のお前だよお前、お前何もしねえならとっとと帰れ」

「妓夫太郎にまでディスられた酷い!?」

「そうだねポチ!君は前のルートで自由に動きすぎたし今度は俺が好き放題させてもらう!」

「ぎゃあああああああ!!」

 ポチは黒影に投げられて強制送還、といっても無空から出られないので何処かに送り飛ばされることになるが……黒影は行き先をしっかりしている。
 ズドンと落ちてきた先は万世極楽教。

「ねえ君、天井は入口じゃないことぐらいはさすがに分かるよね?まあ落ちてきたくらいだから何かあったのは分かるけど、話聞こうか?」

「じょ……上弦の鬼、童磨!?」

 童磨が教祖をしている組織である。



「おまたせしました」

「待たせてんじゃねえぞなああ、飯食わせたいなら客が不満に思う前にさっさと提供するのが礼儀ってもんを分かってねえんじゃねえか、ああ?」

 黒影は何食わぬ顔でクローシュで被せた料理を持ってくるが彼は和食でもインド料理でもクローシュ使うのでわりと適当、それなりに時間かかったのか妓夫太郎も苛立っており既に置かれていたナイフを黒影に向けてぶん投げるが全然動じない。
 しかもいつの間にか駄姫まで一緒に参加しており欠伸しながら隣の席で料理を待っている。
 鬼殺隊はどうなったのだろう?はじまりの書をチラ見しているが異常は起きてないし炭治郎死亡によるコンプリート報告も出てないので問題ない。
 だって黒影は本気出した、黒影は無惨にあそこまで舐められたがこの際頭にきて虐殺するのではなく力を見せつけて懐柔させることを優先させる。
 黒影は駄姫も来ていることが分かるともう一品料理を追加してテーブルに置く、クローシュを開けるとそこにはじっくり焼き上げたチキンソテーみたいな料理、もちろん?人肉製。

「鶏肉だとチキンソテーだろ?じゃあこれはヒューマンソテーか、是非ともはいよろこんで!」

「お兄ちゃんこれ大丈夫なの?」

「ああ待ってろよなあ、お前の口に合わねえような糞不味い飯だったらこいつの頸食い千切ってそれを晩飯にすりゃいいんだからなあ」

 妓夫太郎は手づかみでヒューマンソテーを貪る、口に入れても吐き気も感じないので本当に人肉らしい、しかもなんだこの舌触りは?やはり生きたまま食ったり死骸を貪るのとはわけが違う、肉の品質がいいのはもちろんだがこれは……。
 妓夫太郎の反応で食べれることが分かった駄姫もヒューマンソテーを口に入れて……信じられないような顔で黒影を見る。

「どうして!?一体何をしたわけ!?百歩譲って人肉を調理をするやつは昔には居た!鬼でも狂った人間でも!でもお前はどうなってる!?調味料のような味までした!」

「企業秘密、俺はどんな生物でも善悪関係なく平等に振る舞うのが俺流だ、じゃあまた〜」

「お兄ちゃんあいつ怪しすぎない!?捕まえたほうが」

「それどころじゃねえんだよなぁぁコイツのせいですっかり忘れそうになったが鬼殺隊がいるんだよなぁ気に入らねえなあ」
 『あんな奴等後で良い、それよりもあの男興味深い、なんとしても連れて帰れ妓夫太郎』

「ん?ああ、そう言うんだったら従うがなぁ……ま、いいか」

 なんと無惨が妓夫太郎に黒影を生け捕りにしろと言う。
 柱なんて殺して当たり前の上弦の鬼という判断なのでそんなものよりは『鬼でも食える料理』を作れることに興味がある無惨は脳を通して指示を送り……対象を切り替えて空間を血鬼術で切り裂いた兄妹は黒影を逃さず捕まえて首を叩き失神させる。
 ……無論、ここまでが黒影の読み通り。



 本来人間が招かれるはずのない無限城。
 両足を血鬼術で出来た鎖と石で拘束させて黒影の周りには上弦の鬼揃い踏み。
 妓夫太郎はまだ残っていたヒューマンソテーを貪っており、童磨が指でソースをすくいつまみ食いするが本当に吐き戻さないことに驚く。

「こりゃ凄いね、本当に俺達でも問題なく食べられる、ねえ君お酒とかも作れるかな?」

「あまりはしゃぐな、無惨様が連れてこいと命じられた男でなければこんな者……」

 100数年ぶりに上弦の鬼集結、本来なら妓夫太郎死後の会議のため非常にレアな光景だが黒死牟、童磨、猗窩座、半天狗、玉壺、妓夫太郎と駄姫が全員揃い無惨を出迎える。
 洋装に身を包んだ無惨はもちろんこのルートでは黒影とは初対面だが興味深そうに眺める、まるで好きではないが取り柄は認めている程度の付き合いを相手するかのように。

「お前が鬼でも食える料理を出すという男か」

「ああ、料理に関しては神にも匹敵する才能を持って生まれてきたと自負する」

「なるほど口は達者だ……どれ、見せてみろ」

「食材調達にはどれだけ時間をくれる?」

「3人前で1時間、それ以上は許さん」

「簡単じゃないですかあ!」

 黒影にとって1時間など満漢全席を100人分作れる。
 時空の渦から手を伸ばしてその先から無限城に移動させるまでに即座に加工。
 更にあの必殺技は交渉成立と絶対に料理を食わせることが本題の技なので既に注文されているなら問題ない。

「ではこちら酒が欲しいとあったので海外のお酒『ワイン』に合う煮込みハンブルグ、ワインも45年ものの逸品!」

「いいねえ気が利いてる人はすぐ好かれるよ、あの二人の舌を唸らせるくらいだ期待しているよ」

 童磨は黒影が用意したワイン瓶を扇で切って破壊し、黒影の用意したグラスに注いでもらい一気に飲み干す。
 ……一息ついた童磨はどういうわけか作法を知ってたかのようにステーキを綺麗に切って食べる……本当に口に出来る、その上で美味。
 人間は何故わざわざ手間を掛けてまで味を付けるのだろう?美味い方が気分がいいからだ。
 飲めることに気づいた半天狗が慌てて駆け出すようにワインを取り上げて口に含む。

「お、おお……甘い、甘いぞ!血とは喉越しが違う、鮮度のいい酒!ああ有り難や有り難や」

「な……なんだと!?そんなわけがない!俺達鬼は人間の食物は口にも出来ないはずだというのに、肉はまだしも酒が飲めるなんてことが!」

 猗窩座は当然今までにない事象に驚きを隠せないが起きたことが事実。
 童磨、半天狗、妓夫太郎も認めるこの味……それを眺めていた無惨もハンブルグステーキの添え物の野菜を食べるが、あることに気付く。

「なるほど、人間の素材を使っているのは変わらないようだな、あの穴から拝借している間に何らかの加工を行ったようだな」

「うん!食品偽装なんて今どきどこでもやってるし、高度なものになれば人間からどんな食材も作れるよ!」

 笑顔でサラッととんでもないことを口走る黒影。
 はたから見れば正気の沙汰ではないがここにいる十二鬼月含めて大半が狂っているので何の問題もない。
 要は人間を捕まえて魔法で生きたまま変化させる、分かりやすい例で例えるとドラゴンボールの魔人ブウが人間をお菓子に変えてしまうのと原理は一緒。
 なお黒影はこういう時に『食材』にはこだわるが物語に影響が及ばないように処理している『つもり』である。
 今は野菜や乳製品でも元が人肉ならセーフというなんともガバガバ判定、無惨の身体もなりそこないの変異なので問題ない。

「いい働きをしたお前に特別な料理を作る権利をやろう、この私が1000年ぶりに口にするものだ」

「薬膳料理ってわけだね?」

「ただの薬膳ではない、必ず薬の中に『青い彼岸花』という花を入れろ、無論人間から加工せず生そのまま……それが出来たなら生かしてやらんこともない、ああそれと加工する人間は耳飾り……」

 童磨達への振る舞いは至極当然のものであるとして無惨の目的である完全なる不老不死に向けて青い彼岸花を差し向けろという指示、なお当然ここで成功しなければ話にならんそれでいて味も良くしろ時代が時代ならクソみたいなクレーマーである。
 しかし黒影は動じない、これが狙いだったのだから。
 青い彼岸花が比喩表現でなければただの青色の彼岸花でいいはず。
 それらに有名な薬草や薬味をささっと加えて人間を渦ですりつぶして米にする。
 そして完成したのが無惨の肉体に合うように作られた『青い七草粥』だ。

「米を食卓として眺めるのはいつ以来だったか、この色合いこの花弁……間違いない、これこそ青い彼岸花!」

 無惨は目が血走って追い求めていたものをじっくり味わう、米を噛んでも吐かないことにも驚いたがこの肉体の感覚……。
 ちょうど夜が明けてきた、無限城に軽い穴を開けて日光を差し、指を入れると……。

「おお、おお!!見事だ!!私は遂に太陽を克服した!!素晴らしいぞこの粥は!!腹に入るたびに生の実感が湧く!私はようやく完全なる生物へと還ったのだ!」

「ま、まさかそんなことが……」

 無惨はいともあっけなく?いや神の示しのように目的を果たしてしまった。

「褒美を取ろう、どんなに苦労しなくとも店を構えられるようにするというのは?」

「感謝!」



 黒影が料理の力で一方的にやりたい放題してから一月経った。
 黒影は飯屋を作るとたちまち大繁盛していった、雰囲気に合わせて和食オンリーにしたが時折洋装の男が様子を見に来る。
 ……鬼殺隊はというとかなりやることが少なくなった、当然である、太陽を克服した無惨はもう鬼を増やす必要がないため利用価値がない存在は殆どその場で殺害した。
 そう、元はと言えば妓夫太郎が彼に食べさせてもらったのが始まりなのに兄妹揃って始末、上弦であっても例外はない。
 それとポチはどうなったんだろうか?まあこのルート終われば帰ってくるだろ。
 それに……なんだか話してて違和感を感じる。
 黒影はというと板長としてニコニコしながら『かつて鬼と呼ばれた男』や『何も知らない人間』に飯を振るまい続ける。

「ここの料理はすっごく美味しいって近頃評判なんですよ」

「……鮭大根」

「簡単に作れるね!」

「では、いただきま……」







「あなた、本当に冨岡さんですか?」

 ただし、バレるのは結構時間の問題だろう。

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最終更新:2025年08月11日 06:48