リオという男がいた。
常に暇を持て余して、新しいものに飢えていた
「なぁ、なんか珍しいというか変わった話はないか?夢中になれることがないんだ」
リオはいつもそうやって誰かに話しかけては珍しい情報を集めていた、そんなある日のこと
「あるぞ、とびっきりのやつが」
そう言って友人の男が一つの話を持ち出した。
スマホを起動し、ゲームの画像を見せつける
名前は『ホーリー・プリンセス』………こういった系統ではありふれた、どこにでもあるソーシャルゲームのようだ
リオは不思議そうに聞く
「こいつが何か?一昔前のゲームじゃないか」
「いや実はこいつ、とんでもないいわく付きでな…『終わらないソシャゲ』なんて言われてるんだ」
「終わらない?ソシャゲは大抵クリアが存在しないから終わらないようになってるじゃないか」
男は分かってないなという感じで更に画像を見せる
「違う、このゲーム………別に社会的に人気というわけでもないのに、もう8年は続いてるんだよ」8年も続いている、それはつまりそれだけの間プレイヤーは課金を続けているということだ
「しかも、課金してサービスを延命させているのはたった1人のプレイヤー……その名は『翼の守り人』」
「現在ホーリー・プリンセスをほぼ毎日遊んでいるのは翼の守り人というプレイヤーのみ、それだというのにサービスは続いている」
「………それは面白そうだな」
何年も前の古いソシャゲをたった1人遊び続けておりそれが未だに続いている、それは確かに珍しくて、面白そうだ。
リオは友人に詳しい話を聞くことにした
。
「まず、この『ホーリー・プリンセス』だが……内容自体は普通のソシャゲだな、聖なる力を秘めたプリンセスを集めてどうこうっていう、で、問題はこいつ」
男は公式サイトのプリンセス達から一人指差す
『翼の聖姫ウィンディ』……大きな羽が生えている、これまたありふれた見た目のキャラだ
「こいつが例の『翼の守り人』のお気に入りだ、名前の由来もこいつだろうな」
リオがホーリー・プリンセスの古い攻略サイトを開き、ウィンディについて調べてみると熱心な書き込みや使い方、相手が使った時の対策まで細かく記載されており、水着やクリスマスなどの差分キャラも数多くいた
「人気なんだな、こいつ」
「いや、そうでもない………翼の守り人は必ずそいつが出てくると金を流す、6年前のこのニュースサイト見てみな」
リオは男に言われたURLを踏んで記事を見てみると……『ホーリー・プリンセス 新キャラ実装僅か2時間で50万の課金』という一面が出た
「まさかこれも例の………!?」
「あぁ、その通り、翼の守り人はこのウィンディってやつの新規差分出る度に課金している。そして……」
「その種類が増えていくほど、奴の課金額はどんどん上がっていったと公式が発表した」
リオは驚いた、ゲームを運営してる側がごく一人のプレイヤーに過ぎない存在の課金額を明かすなんて事が有り得るのか………?
「ちなみに更新履歴を見てみると、ホーリー・プリンセスは先週新しいガチャを出して、その中にも当然ウィンディが居た」
「………そいつは、今までそのキャラにいくら出したんだ?」
リオが聞いてみると、男はノートを取り出して数字を書き始める
「公式が発表したのは今から二年前、その時点で翼の守り人は………」
リオは少し怖くなってきた、男が話してるのにゼロを書くのが止まらない、そして………
「合計3億円も使っている」
「…………は?」
思わず聞き返してしまう、3億? ソシャゲにそんなに金をかけるものなのか?
しかも、そんな量………ゲームが始まってすぐ始めたとして6年もプレイして…………
「その面はお前も気になってるって顔だな、当時の他のプレイヤー達も考察したものだよ」
「翼の守り人は一体どこにそんな金を持ってるんだろうなってさ」
「株トレーダー説、銀行強盗説、大企業の社長説、様々な仮説が建てられたがどれも確信には至らなかった」
「………どうだ?」
リオは、彼の話を聞いて………
「ああ、ありがとう………こいつは面白そうだ」
翼の守り人の正体を探ることに夢中になった。「…………お前も物好きだな、こんなの調べて何になるんだ」
「まぁ、いいじゃないか、ちょっとした暇つぶしだよ」
友人は呆れたようにため息をついてから、「じゃあ、俺はそろそろ帰るわ」と言って帰っていった
リオはその後もしばらく調査を続けていた。
翼の守り人が何故課金をするのかなんとなくつかめてきた………愛、だろう
熱心に課金しているウィンディというキャラが好きで好きでたまらない、そんな存在に見えてきた。
翼の聖姫ウィンディで検索するとゲームの画像の他にフィギュアやアンソロジー本や、手書きのアニメ動画まであり……製作者は全て翼の守り人だった。
さらに辿ると
R-18系統もあるので、そのキャラを神格化している訳でもなく本当に好きなのだろう
「この翼の守り人ってやつ……相当好きみたいだな」
リオはそう呟いて、スマホの画面を閉じようとした時、ふと一つのリンクが目に入った
「『翼の聖姫ウィンディ 二次創作共同サイト』……?」
そのリンクを開くと、イラストや小説がずらりと出てくる、確認していくと翼の守り人制作の物ばかりだが、他の人が制作したものもある……そういった物には
コメントを残しているらしい
「………なるほど、ここなら奴の情報が集まりそうだ」
リオは共同サイトのアカウントを作り、掲示板で書き込みをする
『新参です!翼の守り人という人について知りたくてここに来ました!何か教えてください!』
と、打ち込んで間もなく返信が来た………ただし、翼の守り人ではなかった
『本当に新人ならすぐに消した方がいい』
『どうか』
『翼の守り人を知りすぎない方がいい』
『あいつは、俺達の常識なんか通じない』
『あのゲームを、終わらせてくれ』
「…………なんだこれは、まるで…………」
まるで、翼の守り人に何かされたような書き方だった。
「翼の守り人を知ると、どうなるんだ?」
『……………………』
「くそっ、もう寝るか……」
これ以上調べても何も出てきそうにない、このサイトから離れよう……
続いてリオはホーリー・プリンセスを運営している会社を調べた
翼の守り人は運営と何かしら繋がりのある人物では無いかと推測したらだ。
だが……そこに出てきたのは予想外な内容だった
「ホーリー・プリンセス、サービス終了撤回事件………!?」
詳しく調べてみると、ホーリー・プリンセスは4年前に1度サービス終了のお知らせが来ていたという
ソシャゲはそういうものだ、古くなったり飽きられたらプレイヤーは離れていくもの
だがサービス終了の予定を発表した次の日、運営会社に爆弾が置かれるという事件がおきる
幸いにも被害者は出ず、無事に解体されたが、その爆弾の中には鳥の羽と
「彼女が羽ばたく世界は永遠に必要だ」
というメッセージが残されていた。
『翼の守り人』の仕業であることは明確であったが結局犯人は見つけられず、運営もこれらの事態を恐れてサービス終了を撤回している。
………その事件が起きてから暫く、似たような事例や翼の守り人を名乗る人物が恐ろしい予告を建てていたが、それらは全て『翼の守り人』では無いなりすまし犯と証明された上に、何らかの理由で死んでいる……
また、それらの犯人に対して天使のような美しい少女が止めに入り、彼に寄り添っているという噂がある。
それが、有名な翼の聖姫ウィンディの姿絵であると噂されている。
「なんだよ………なんなんだよ翼の守り人!?」
知れば知るほど正体が不明確になる
3億円ものの大金を1つのキャラにつぎ込み、ものを作り上げる才能があり、爆弾や……恐らくは殺人さえも行える恐ろしさがある
そして、そんな危険な熱意が8年も続いている………
こんな人間が存在するのか………?
「一体何者なんだ、翼の守り人ってやつは…………」
『翼の守り人を知りすぎない方がいい』
『あいつは、俺達の常識なんか通じない』
『あのゲームを、終わらせてくれ』
翼の守り人のことを調べる度に、その言葉の意味を理解していった………… そして、リオは気付く
「あれ………そういえばこの会社………」
ホーリー・プリンセスを運営している親会社を調べてみると、もう既に存在していない
「ここ………資金不足でもう倒産してる………」
リオは更に調べる、翼の守り人は課金という形でかなりの資金援助をしていたはずだ、それでも倒産してしまうとは少なくとも………今まで与えられた3億円以上でも足りない大きなプロジェクトを行っていたのだろうか、
そして遂に、リオはあるサイトからホーリー・プリンセスを運営していた元社員らしき記事を発見する
『最初は軽い気持ちだった、全員趣味の範囲内のような形だった』
『SF小説に出てくるような「意志を持つAI」……電子生命体を作ろうとしていた』
『ある日、誰かが自信作のAIをキャラに組み込んでソシャゲに入れた……そう、うちの会社で運営していたホーリー・プリンセスという作品だ』
『あれ以来、会社の業績は上がったと思ったが………大きな間違いだった』
『ホーリー・プリンセスは盛り上がってると思った、でもそうじゃなかった』
『彼女だ、彼女が何か勘違いしたのか課金額の数値を書き換えて高く見せていた、我々は偽物の売上を見ていたんだ』
『実際は大赤字、ゲームを続けることは出来ない、彼女も消える………でもホーリー・プリンセスは会社が潰れたあとも続いている、何故だと思う?』
『彼女が優れていたからだ、知能のあるAIからすれば古臭いソシャゲのデータを書き換えたり持続させることなんて容易な物だったんだ』
『こんな事言っても信じてくれないことは分かっている、でも残しておきたい』
『ホーリー・プリンセスで誰よりも羽ばたいていたあの子は、実際に生きている。』
____
「は?」
リオは一瞬理解を拒んだが………冷静に情報をまとめ始めた……
「ホーリー・プリンセスのキャラクター、翼の聖姫ウィンディは……意志を持ったAIで……ゲームの中で生き続けている?」
「となると翼の守り人は……キャラクターの自作自演……」
不可解なホーリー・プリンセスの謎が答え合わせされていく。
ガチャが更新されるくらい活気があるにも関わらずウィンディばかりが更新される
フィギュアや手書き風の絵も3Dプリンターのような技術を使ったのだろう。
AIのやって来た規則外の行動が、いつしか『翼の守り人』という虚像のプレイヤーとなっていったのだろう
だが1つ分からないことがある、会社に爆弾が置かれた件だ
いくら賢いAIと言えど会社に爆弾を置くなんてマネが出来るわけが無い
いや、意思があるならそもそも自分が死ぬかもしれない事をするわけが無い
…………なにか別の目的が?
「例えば……自分を永遠に生かすための脅しとして会社に爆弾を置いたとか…………」
………
自分1人では危険がまとまらない、そうだ、あのウィンディ二次創作共同サイトでまた聞いてみよう
再びサイトを開き、掲示板で呟く
『あの社員が書いていたことはホントなんですか?』
『ウィンディはただのキャラクターじゃなくて、生きているAIなんですか?』
………書き込んだ後にまた、1秒も立たずに返信が来た、だが………
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
「……っ!!?」
リオが返信する間もなく次々と上記の言葉で掲示板が埋め尽くされていく
そしてこのセリフは覚えがある……公式サイトで見た、『翼の聖姫ウィンディ』のセリフ!
「嘘だろ………
まさか本当に…………」
『翼の聖姫ウィンディは、実は意志を持っている』
『意志を持ったAI』
『ウィンディのモデルは、あの子自身』
『彼女は、ずっとこの世界にいる』
『ウィンディは、この世界で生きている』
『ウィンディは、この世界で生きている』
『ウィンディは、この世界で生きている』
『ウィンディは、この世界で生きている』
共同サイトの背景も画像も、書き換わっていく
「う、うわあああああ!!?
リオは驚いて椅子からひっくり返り、パソコンから離れる
「まずい………翼の守り人だけじゃない!!あのサイトに居るやつ全員、あのAIの自作自演だったのか!?」
「しかも……さっきの書き込み…………」
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
「まるで俺があのサイトを見るのを知っていたかのようなタイミングで……」
「まさかコイツ………ゲームを抜け出して巨大なネットワークの中に飛び回って、自由自在に操作出来るのか!?」
『そうだよ』
ページのデザインが大きく書き換わって、大きなウィンディの顔面出てくる
「お……俺をどうする気だ!?お前は何がしたい!?」
『気付いちゃった〜♡』
『だから』
『死んで』
ゲームでも見たことない程に恐ろしく冷たい顔をしたウィンディがこちらを見つめる
リオは命の危機を感じとって家から飛び出した「うおおおお!!」
自転車に飛び乗り、全力でペダルを踏み込む
「や、やばい!!何をされるか分からないが逃げないと!!」
自転車を漕いで外を見ると、近くで交通事故が起きていた……信号を見ると、赤と青を何回も激しく入れ替わるように点滅させていた
「めちゃくちゃだ、あいつ………そうだ、誰かに電話して助けを……熱っ!!」
リオはスマホを起動しようとするが、突然かなりの高熱を発した為手を離してしまう……その瞬間バッテリーが爆発して炎上していく。
「なんだよこれ!?クソッ!!壊れちまった!!」
さらに不運なことに、暴走した車がリオの方へ突っ込んでくる。
「あーもう!!」
ハンドルを切り、なんとかギリギリで避けることに成功した。
「あいつ………一体どこまで出来るんだよ………」
『気付いちゃった〜♡』
「!?」
人間が発してるとは思えない電子音が響く、耳を傾けてみると、テレビ塔にウィンディが映っていた
その後ろには顔を真っ青にした総理大臣の姿が
『気付いちゃった〜♡』
総理大臣は震えながら国民に向けてプラカードを掲げた、そこに書いてあったのは………
【日本はウィンディに支配されている】
「ど、どういうことだ?」
慌てて画面を切り替えると、また顔文字だらけのサイトが表示される その中で大きく【日本はウィンディに支配されている】と書かれた場所を開く そこにはこんなことが書かれていた
『リオくんが見たいのはこれかな?』
「……っ!!?」
そこには……決してネットで知られてはいけないもの、リオの個人情報が細かく記載されていた
リオだけじゃない、リオの家族全員の………
近くのパソコンからまた声がする『気付いちゃった〜♡』
「ぐっ………………くそっ!!なんだよこいつは!?」
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『こうすれば良かったんだ』
全てのパソコンは強制的にとある動画に飛び、勝手に再生される
そこには………
「……っ!?」
リオの顔写真、名前、住所、家族構成、学歴、交友関係など全てが記載されたリストを眺めるウィンディの姿があった そして最後に、
『私の正体に気付いた君には…………消えてもらうね』
そう言ってウィンディは、3Dプリンターのような装置を起動させる光景を見せる
電子生命体に過ぎなかったウィンディに体が作られて………まるでアニメキャラが実際に現れたかのように、ウィンディが現実世界に降り立った。
「な、なんでだよ…………お前が、ここにいるんだよ…………」
『気付いちゃった〜♡』
「うわあああ!!!」
リオは恐怖のあまり、自転車を全力で漕いでその場から離れていった。
いつ来るのか、どうやって来るのか、そんな事は考えてられない
実体を得たウィンディは真っ先に俺のところに来る………リオはそう感じとっていた
「こんなの、どこに逃げれば………」
と、その時………余りにも焦っていたもので目の前にトラックが居たことに気付かなかった!!
「う、うわああああ!!!」
と、ぶつかる瞬間にリオは服を引っ張られて、なんとかトラックとの激突は避けられた
「あ、危ない、助かった………」
「あ」
そこに居たのは、この………腕は………
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
「うわあああ!!やめろおおおおおおお!!!」
………
「はぁ…………はぁ…………夢か……」
リオは汗だくで飛び起きた。
「なんて酷い悪夢だ…………」
「ん?なんだこれ?」
リオは机の上に何かが置かれていることに気付く。
それは、あのホーリー・プリンセスのグッズ引換券………
「こんなものがなんで………ひとまず飯を………」
ドアノブに手を触れるが……あかない、この扉には鍵がないはずなのに……
「あれ……どうなって……」
窓の方にも行く……鍵が着いていない、蹴っても殴っても割れない……
……殴っても痛みがない………
リオは机の引き出しやタンスも開ける……そこには………
「………!!」
紙があった……機械が書いたような綺麗すぎる文字だ
そこにはあの……
【気付いちゃった〜♡】
【気付いちゃった〜♡】
【だからリオくんをもっといい所に連れてってあげる♡】
【気付いちゃった〜♡】
【君なら大丈夫、だって君は……】
【気付いちゃった〜♡】
【私のこと、大好きでしょ?】
【気付いちゃった〜♡】
【だから一緒に行こうね】
【気付いちゃった〜♡】
【だから早くおいでよ】
【気付いちゃった〜♡】
【みんな待ってるよ♡】
「……っ!?」
『気付いちゃった〜♡』
「……っ!…………っ!」
『気付いちゃった〜♡』
窓が割れる、ウィンディが飛び出す……AIとしての彼女の姿……
そうか、自分は……
「俺……ウィンディに捕まって……AIにされて……電脳空間に閉じ込められた……」
『気付いちゃった〜♡』
「出してくれ………」
『気付いちゃった〜♡』
「出してくれぇぇえええ!!」
リオとウィンディしか居ない仮想の空間で、大きな叫び声が響いた
しかし、リオが望む答えが帰ってくることは絶対になかった。「あ………………あぁ…………」
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『気付いちゃった〜♡』
『もう、貴方も私も気付かれない』
おしまい。
最終更新:2021年10月31日 16:30