創「ん?詫錆か……」
創「おい、詫錆………」
上「ああ!!?いい加減にしやがれ!!もう作らねぇつってんだろ!!」
上「……って、響原か………悪い、頭に血が上っててな」
創「詫錆……その様子だと、誰かに寿司を作れと言われたようだな」
上「そうだよ!!色んな奴が寿司食わせろ食わせろってうるせーんだよ!!」
上「特に手久保の奴がしつこいしうぜぇんだよ!俺はお前とは何の関係でもねぇってのに!!」
創「…………同情するよ」
上「この通りだ!お前に言われたって寿司は絶対握らねぇぞ!」
創「ああ、分かっている………」
創「だが、話くらいは聞きたい所だ………お前も色々と鬱憤は溜まってるんだろう?」
上「………ああ、溜まってんな、ムカつくほど」
上「思えば溜めるだけ貯めて、吐き出す事は全然なかった……」
創「良ければ聞いてやるぞ」
上「お前、俺の話聞きたいだけだろ………」
上「………まぁ、聞くだけなら構わねぇか」
創「……」
創「お前は寿司を握るのが嫌いと言っていたが、それはやはり修行のせいか?」
上「ああ、俺ん家も寿司屋で、親父も寿司屋だった」
上「銀上寿司って知ってるか?」
創「雑誌にもよく名前が上がり、接待なんかでよく使われる高級寿司屋だな」
上「俺の親父はそこの板前で、俺はそこで生まれ育った。」
上「だから、修行しないって選択肢は無かったんだ………」
創「その言い方だと修行は子供の頃から始まったのか」
上「ああ……ガキの頃はまず清掃、雑用、小学生になって魚の捌き方やシャリの作り方………中学生でようやく寿司を握れるようになった。」
創「前に言っていた3年というのは、寿司を握る修行の事だったのか」
上「普通なら寿司を握る奴でも何年もかかるって言ってたからな、ふざけるなって話だが」
上「………俺はあん時終わったって言ったが、実は修行はまだ残ってるんだ」
上「……この学園生活だ」
上「ここで過ごして、卒業した時晴れて俺は正式な寿司職人となり、銀上寿司を継ぐことになる……」
上「ま、こんな状況だ!修行どころじゃねーんだけどな!ざまーみやがれ!」
創「………」
上「ありがとな、ようやく誰かに俺の鬱憤を話せて少し気が楽になった」
創「良ければまた話を聞いてやるよ」
創「ああ、詫錆………」
上「しつけぇんだよこのアホ!!テメェ如きに食わせる義理はねぇよ!!」
上「………あ、響原か、悪い」
創「まだ強請られていたか」
上「そうだよ!!また手久保の野郎だよ!!」
上「何が将来お得意様が必要になるだ!何様だよ!!お前に寿司握る義理なんかねーよ!!」
創(五十鶴、さすがに懲りろ)
上「はぁ、はぁ………苛立ちが収まらねぇ、また話聞いてくれるか?」
創「ああ、俺もその為に話しかけたようなものだ」
上「すまねぇな………」
上「確か、前は修行の話をしたんだったな………」
上「ああ、思い返してみれば本当にクソみたいな思い出だよ、視界には魚介類と酢飯しかねぇ………」
創「…………ふむ、なるほどな」
創「お前のその話し方だと………修行が厳しくて辛かったから嫌だったわけじゃないみたいだな」
上「分かるか?修行内容は随分スパルタではあったけどよ、俺からすればどうって事もない感じだったな」
上「………が、お前の言う通り修行がキツかったから嫌だったわけじゃねぇ」
上「………」
上「今から変な事言うけど、笑わないか?」
創「ああ」
上「………俺さ、ガキの頃はサッカー選手に憧れてたんだよな」
創「サッカー選手か」
上「おかしいか?」
創「おかしくない、年相応で一般的な夢だと思う」
上「ありがとな、テレビとかで見てるとよ………向こうも厳しいだろうが、楽しそうだなって思うんだよ」
創「それでサッカー選手を目指してた時期があったのか?例の親父さんがそれを認めるとは思えないが」
上「その通りだよ、クソ親父は俺の夢を全否定した、それどころか『寿司を握る以外にお前の人生は無い』とまで言い切りやがった」
上「結局俺はサッカーどころかボールを蹴ることすら一度もできなかったよ」
上「サッカーだけじゃない、ゲームも、公園で遊ぶことも、菓子食う事も、プールも………」
上「俺の人生はずーーーっと厨房の中にあって、何一つ子供っぽいことは出来なかった」
上「俺のこれまでの人生は全て修行で成り立ってたんだよ」
創「そうか、それは………」
創「寿司を嫌いになる理由しかないな」
上「だろ?ここまで分かってくれるのはお前だけだよ」
上「話したらまたスッキリした、ありがとな!」
上「………響原、響原!!」
上「見つけたぞ響原!!」
創「詫錆か………お前の方から話しかけてくるなんて」
上「また話を聞いてくれよ!こんな密閉空間じゃイライラして仕方ねーんだよ!」
上「あと俺はもう二度と【超高校級の幸運】を信じらんねーんだよ!」
創「流石にしつこ過ぎないか五十鶴!?」
創「………まぁ、そこまで言うなら、また話を聞こう」
上「…………」
上「響原さ、今でこそこんな状況になっちまったけどさ」
上「もし………もし、俺がここを卒業したら、銀座寿司を継いでたのか?」
創「………さあな」
創「そうだとして、もしお前は結婚して子供が産まれたら………自分と同じ目に合わせるか?」
上「………それは、死んでも嫌だな」
上「俺に息子が出来たなら無理に寿司の道へやらせたくない、何なら店を畳んでやりたい」
上「そんで……息子と好きなだけ遊んでやったり、勉強とかさ、教えてよ………」
上「サッカー選手になりたいって言ったら、応援してやるんだ」
上「………つっても、寿司握る以外何もしてない俺がそんな事出来るかも怪しいんだけどな」
創「………そうだな詫錆、話題を変えよう」
創「『今、お前は何がしたい』」
上「え?」
創「確かにお前の人生の十年以上は親に縛られた虚無だったかもしれない」
創「でも今は親はいない、そんな人生に色を付けるチャンスがあるんだ」
創「今からでもやりたいことを好きなだけやるんだ、やりたかったと後悔するより今を目一杯楽しめ」
創「俺は【映画監督】だ、特定多数の人間を喜ばせる為ならどんな協力だって惜しまない。」
上「お前………なんで俺にそこまで………」
創「…………さあな」
創「お前が普段ムスッとしてるから、笑顔でも見たくなったんだろう」
上「…………」
上「お前、映画監督なんだろ?なら………見せてくれよ、映画」
上「ガキの頃はそんなの、何一つ観ることも出来なかったんだよ」
創「任せろ、俺の部屋は何故か巨大スクリーンと指定席と名作映画のDVDが山ほどある」
創「1人で眺めてネタ集めするのも退屈だと思っていたところだ、相席するか?」
上「ほんとか!?ホントに映画山ほどあんだろうな!?」
こうして俺は、詫錆と一緒に部屋で色んな映画を見た。
どんな名作よりも笑ったり泣いたりするアイツの顔が新鮮で、連れてきてよかったと心から思えた。
上「おう!響原!」
上「お前と一緒に観た【7人侍】すっげー面白かったぜ!」
創「そうか、そんなに気に入ってくれたなら俺も誘った甲斐があった」
上「で、今度は話を聞いて欲しいとかじゃないんだけどよ………」
上「俺の部屋に来てくれねーか?」
創「お前の部屋?」
…………
詫錆の部屋に来たが………部屋?私室のように感じられない、小さな寿司屋だな、これは
………俺の部屋も人のことは言えないが。
上「
モノクーロンかあの学園長か………どっちが考えたか知らんが、最初は趣味悪いなって思ったよ」
創「それはお前の境遇が特殊パターンだったのでは……と言いたいが、奴らの事だから分かっててこんな形にしてもおかしくないな」
上「………」
上「まぁ座れよ、こういう所で食ったことはあるか?」
創「記憶に無いな」
上「………じゃ、お前は何がいい?」
創「何?」
上「最初だよ最初、こういうのは何から握るのかが肝心だろ」
創「握るって………お前」
創「作るのか……?寿司を?あんなに嫌がっていたのに、いいのか?」
上「ああ、はっきり言って俺の人生コイツに振り回されっぱなしで嫌になってる」
上「……けどよ、お前には色々と世話になってる」
上「そんなお前に俺が出来ることと言ったら、寿司くらいだ」
上「感謝してるんだぜ、ここに来る前の俺は本当に寿司屋なんて投げ出して逃げ出そうと思ってたくらいだ」
創「そうか」
上「前にも言ったけど、俺はまだ修行が完全に終わったわけじゃないから客に寿司を出したことは無い」
上「響原、お前が俺の一番最初の客だ」
創「客と言われても、俺は代金を持ってないぞ」
上「んなもんここから出た後に払ってくれりゃいいんだよ!」
創「そうか………」
創「お前はどうしたいか決めたんだな」
上「ああ!俺は銀座寿司に戻らず独立する! 」
上「1人で誰にも邪魔されずに、ここみたいに小さくても自分だけの所で気軽にやってやるのさ」
創「そうか、その方がお前には合ってるのかもな」
創「…………」
創「大将」
創「鰹は置いてあるか?」
上「おう!カツオ一丁承ったぜ!!」
俺は詫錆が目の前で寿司を握る姿を1人で見ている。
この調子なら、あいつは近い内に寿司嫌いも無くなっていくだろう。
最終更新:2022年08月18日 17:38