『運命』が決まった日

ウィーーン

『ようこそ、愛と平和のエンタープライズへ、ごゆっくりどうぞ』

入り口を抜けて、飽きるほど聴いた機械音声を無視して、いつも通りの道を行く。

……『愛と平和のエンタープライズ』 か

確かに、プライズ・サービスによって選ばれた一流ヒーロー達は人々の安らぎとなり、希望となり、街の至る所で活躍している。

その証拠に、その全てのヒーロー達が今も尚事務所に帰らず、活動をしている。

この部屋を除いて………


「………」

膝を着いてパスコード画面の方に頭を下げて、パスワード打ち込むが……

ピーッ

『パスワードが間違っています』

「え……?」

「今のパスワードは、『幸福』です」

扉の後ろから声がすると共に、ゆっくり扉が開く。

……グローリースターは、そこにいた。

「フレン……さん?」

………

グローリースターのトレーニング室は、広さに反してかなり物静かになっていた。

「変えたんだ、パスワード」

「内側からなら変えられると、前に聞いてましたので……」

「設備も、大分無くなったように見える……」

「全部売りました、欲しい人に譲ったりして………それでも、ランニングマシン1個買うのが、限界でした。」

「………それで、パトロールにも出ず、テレビ出演もしないで、している事は……」

「も、もちろん……トレーニングです、ここでやることなんて、鍛えるぐらいで……」

「といっても、あそこにある重たいものを持ち上げることも出来なくて……」

目の前のグローリースター……ロートルは隣にあるバーベルを見ながら呟く、見たところあれはせいぜい50kg程度しか無い。
それなのにロートルは腕に力を込めながらプルプル震えている。
無理だ。今の彼ではとても持てるものではない。
そう思った瞬間、ロートルは息を切らしながらバーベルを下ろす。
ロートルの体を見ると、汗まみれのTシャツに……自分とは対極な痩せ細った体、あんなものでは、初心者用のダンベル、いやボウリング玉ですら持ち上げるのがやっとだろう。

「………フレンさ…キングバニーは、そんなに大きな体してますし、そちらの所長さんの娘さんだし……凄いトレーニングとかして……そんなふうに」

……違う、そんなことはない。
記憶に古いのは十歳の頃に父にドーピング薬を大量に与えられた。
その結果、体が異常成長し今現在、『キングバニー』という2番手になるまでに行ったのは父や他者による異常なまでの訓練。
だから、私の体は普通ではない。
でも……

「シルバー、シルバー・ニアンは元々技術者としてRRRに来たわけじゃない」

「私の……その辺で会ったトレーニング相手だった。」

シルバーとの出会いは本当に突拍子も無く唐突な物だった、少し戦っているのを見ただけでろくにトレーニングをしていないことを見抜き、何かと指南…いや、口出しをしてきた。
奴は昔、アスリートのトレーナーをしていたと自称するだけはあり単なる陸上選手のカリキュラムに過ぎなかったが、効果は絶大だった…気がする。

「アレで鍛えられたかは分からない、だが……実態感はあった。」

「出来るだけやった後にあの男がやったのはヒーロースーツへのダメ出しだった」

『なんだよお前のスーツは!!ケツの肉が丸出しだし腰や肩といった急所が剥き出しだ!』
『え?皆そんな感じ?技術者の趣味?じゃあ俺がマトモなスーツを作ってやる!お前の組織に行かせろ!!』


「し、シルバーさん……あの人、そうやってRRRに……」

「シルバーに会って、私は一つ信条にしている事が出来た」



「味方を持たず、1人でがむしゃらに足掻くだけでは強くなれない」

「私はシルバーに出会わなければ今のキングバニーにはなれなかった」

「偶然だとしても、必然だとしても、出会いを逃してしまえば一生そこで終わってしまう。」
「だから……あなたも、諦めないで」
「僕も、ですか?」

「シルバーと出会って、私の人生が変わったように、きっとあなたの人生だって変わるはず。」

「僕も、変われるでしょうか……」

「出来る限りのことはする、協力する……」


「貴方が『グローリースター』を騙る上で、それなりの事情があったことも、何となくわかっていた。」

「!!」
なんとなく知っていた、今ここに居る彼がグローリースターではないことも。
最初は違和感に過ぎなかったが、今確信した。
今、彼が必死にトレーニングをしているのは前に渡したテロリスト組織殲滅の為の協力をする為だろう。

グローリースターはスーツも着ずにトレーニングをしようとしない。
グローリースターはあんなに大事にしていたくだらない私物を捨てたりしない。
そして……グローリースターは絶対にパスワードに『幸福』なんて入れない。

グローリースターの事など知ったことでは無いが、彼やこの組織にも何かあったのだろう。
そしてそれを表沙汰にすれば、組織どころか世界すら揺るがす事態になるかもしれない。

「………やめて、ください……僕のことを……詮索しないで、今の僕は、グローリースターなんです……」

「本当にグローリースターになる気なの?」

「世界がそれを望んでますから………何より」

「兄さんは凄くて、誰からも好かれて、強くて……街の希望なんです、僕なんかより、いなくなっちゃ……ダメなんです」

「………」

「凄くて、誰からも好かれて、強い……それが貴方から見たグローリースター……」

「そうです、それに比べたら僕なんて……」

………

「あと5日」

「え?」

「私が見つけた組織が動き出すまでこれくらいの想定」


シルバーは狙って私に話しかけたわけじゃない。
ただの好奇心で、お節介で、気紛れで私に色んな事をしてくれた。

「この5日間で私が貴方を正真正銘のグローリースターに変える。」

だから、私もただシルバーと同じ気持ちで彼に同じ事をしよう。
私のやり方が正しいかは分からないけど、やれるだけの事は全てやろう。
例えどんな結果になろうとも。

「改めて、私の名前はフレン・ミッシュだ」

「ロートル・アルタイルです……」
―――
――

……
「で!」

「なんでそれでRRRに持ち帰ってくるかな!!」

とりあえずロートルを連れて帰り、シルバーの所に置いた。
ロートルもシルバーには懐いている、私もここなら安心して会話が出来る。

「お前ほんと暇さえあれば俺のラボ来るよなぁ……別にいいけど、お前は別にいいけど!なんでエンタープライズのナンバーワンヒーローが友達の家に連れていく感覚で来るんだよ!!」

「め、迷惑でしたら……来ないように……」

「いやいいんだよ別に?俺もお前来ると仕事しなくて済むし」

………
しばらくして、シルバーにロートルの事情を話した、勿論RRRの他ヒーローや父に聞こえないように通信手段は遮断して……
「ふーん、なんか動きが変と思ったら、グローリースターの影武者ね」

「………驚かないんですか?」

「つっても俺、お前が言うような本物のグローリースターを知らないからな……」

傍から見れば冗談かもしれないが、これは事実だ、グローリースターは誰もが知るトップヒーロー、その例外がシルバーだ。

「で、お前と協力する仕事の為にそいつを強くするのは俺としてはいい!」

「で、それをなんでエンタープライズでやらないんだよ、所長さんに話つけりゃお前ぐらいなら出入り自由だろ?」

「シルバーも、ロートルも……詳しい事を知らないなら、無理は無い……かな」



グローリースターの味方は、あそこには無い』
最終更新:2023年01月02日 23:19