たくっちスノー、弟子の戦いを眺める。

デニが戦いを1つ終えた頃。ライチとコンドルマスクの戦いは今始まろうとしていた。

お互い、1歩も出ずに手を探りあっている。
そんな感じだ。
この場から動くことが出来ない。だって、動いたらやられそうだ。それに……
向こうも動かない。だから、ライチも動かなかった。


しばらく、膠着状態が続いた時だった。
先に動き出したのはコンドルマスクだった。
タックルのように飛び出してライチをつかみ上げ、空高く舞い上がる。

「うっ……!!」
突然の出来事にライチの声にならない声が漏れた。
そのまま地面に叩きつけるように急降下した。
ドスンッ!! 鈍い音が響いた。
土煙が上がり、ライチの姿が見えなくなる。
だが、コンドルマスクの攻撃はまだ終わらない。
今度は上空から飛び上がり、膝を曲げて落下する。
コンドルマスクの得意技の1つ『フリーフォール・ドロップ』だ

「今だ!」

だがライチもただやられてばかりではない。
空から落ちてくる僅かな隙をついて、鞭を飛ばし足を狙う。
デニが言っていたことを思い出す。
(相手を拘束してぶん投げるなら、基本的に足を狙え、投げられなくても相手のバランスを崩すことは出来るからな)
ライチの放った鞭がコンドルマスクの右足に巻き付く。
しかし、それすらも想定内だったのか、コンドルマスクは勢いよく体を回転させる。
そして鞭を引っ張った。
その反動でライチが転んでしまう。

「くっ……ライチが手も足も出ないとは、『コンドルマスク』、ただものじゃないな。」

戦いを観戦していたデニは目を潜める。
コンドルマスクについてはデニもある程度別世界に居た時に聞いたことがあった。
ある世界のプロレス団体であっという間に勝ち上がりチャンピオンベルトを手にしたが、即座にそれを放棄。
その後別世界に旅立ち、そこで今でも強さを求めているという。
そして彼は別世界での経験を活かし、技を作り上げた。
それが彼の代名詞でもある『スカイハイ・ドライバー』なのだ。

デニは思った。
このまま流れが変わらなければライチが負けるだろう。
「どうすればいいんだ……」
ライチがそう呟きながら拳を握る。
その時だった。
「ねぇ、ししょー!」
ライチはそばに居るデニに話しかける

「ししょーは戦う時、一撃で倒そうとしていますよね」

「いやそれは戦いとか長引くと色んな意味でめんどくさいからであってな」

「てお前まさか」

デニもライチもさすがに気付いた。
迂闊に長引かせても不利になるだけだ、なら……短期で決着をつけるしかない。デニがライチの考えを読み取ったかのように言う。
するとライチはニコッと笑って答えた。
ライチは思う。
今まで僕は師匠であるデニに頼ってばかりだった。
でも今は違う。僕もようやく力を手に入れたのだ!
ここで決めよう。
何かを感じとったのか、コンドルマスクも一気に詰め込んでライチを抱えて上空に飛び立ち、クラッチをかける。
スカイハイ・ドライバーの体勢に入った。
ライチは体を丸め、衝撃に備える。
「来る!!」
コンドルマスクが叫ぶ。
「ヤー!!ハ!!」
コンドルマスクがスカイハイ・ドライバーを放つ瞬間、それこそパフォーマンスで唯一言葉を発する時。
2人の叫びが重なり合い……

地面へ急降下していくわずかな時間、ここから本当の決着へと向かっていく。

「いけっ!!ライチ!!」

デニの声援が飛ぶ中、ライチは覚悟を決めていた。
今だ!! ライチの体が一瞬にして黒い影に包まれていく。
「!?」
コンドルマスクが驚くのも無理はない。
黒い影が形を変えていき、黒い翼となった。

……時を試験開始から数週間前まで遡る。
修行をしていた頃、ライチはデニの体をまじまじと見ていた。
デニの指先から黒い液体が伸びたり、変化したりする。
「どうした?これが気になるのか?」

「あ、えっと……それは……?」

「先に言っとくとお前には出来ないぞ、技術とかじゃなくて生物学上、人には出来ない行為だからな」
「そうなんですか……?」
「まぁ、これは俺だけが出来ることだからな……といっても、結局の所大した技でもない………」


「あ、もしかしたらアレだったらお前にも出来るかもな」

「え?」
ある日、ふと思ったことライチに伝えた。
ライチはまだ子供でありながら、教えた格闘技術を身につけ、既に推測上は並大抵の大人なら歯が立たない程に強くなっていた。
だが時空はレベルが高い、別世界人が冒険者試験に参加するならそれでも合格出来ない可能性もある。
だからこそ、この技を授けようと決めたのかもしれない。

ライチがどこまで強くなれるか確かめてみたくもあったから………

………そして、時を今に戻して。

「成功させやがった、土壇場で……あの技を!」
あれからデニがライチに教えられた唯一の技
『ブラック・セラフィム』……黒い成分を大きな翼に変換させて、空を飛ぶ技。
人間のライチにどうやってそれを行うのか……それは生物に皆備わったもの、影……
影ぐらいのサイズなら羽根を作るくらい出来ると考えたのだ。
だが、それをまさかこんな場面で使うとは思わなかった。
ライチの背中に生えた黒く輝く羽を見てコンドルマスクは動揺する。
ライチはそのまま鞭を使いながらコンドルマスクを抑え込む!

「いいぞ!!そのままコンドルマスクへ逆にスカイハイ・ドライバーを叩き込んでやれ!!」
デニが叫ぶ。
ライチはスカイハイ・ドライバーを放つため、コンドルマスクを持ち上げようとするが……
突然、コンドルマスクが暴れ始める。
コンドルマスクが体を回転させてライチを振り回し、逆に地面に叩きつけようとする。
これはもう、どちらが先に頭部を激突させるかの空中乱戦だった。

そして……遂に、地面に激突した。
土煙で周囲が見えなくなる。
「ど……どっちだ!?どっちが落ちてきた!?」

「おい!見ろよ、あれはあの子供の頭じゃない……」

「……ってことは!?」

ライチが鞭を引っ掛けながら、コンドルマスクの頭部を地面に叩き落として……技をかけていた。
ここは柔らかいマットではない、こんな技を土に叩きつけられたらコンドルマスクでも動けるわけがない。

「スカイハイ・ドライバーを成功させやがったんだ!!」
「うおおおおおぉっ!!!」


遂に、遂にライチは。

人生で初めて、勝利したのだった。
ライチは歓喜して、笑顔でこちらに向かってくる。
その顔は今まで見たことがないほど嬉しそうであった。
ライチは俺の前で止まり、両手で俺の手を握った。
ライチの体温が手を通して伝わってくる。
俺は優しく握り返した。

少なくとも、これでライチは1歩進めたのだ。ようやく。
最終更新:2023年02月14日 17:06