黒影旅館の仕事中、よく女将のルミナの所に客が沢山集まってくる。
「雪さん、あれは一体?」
「ああ……母さん、あれでも数百歳以上の年長者だしさ、慕ってるお客さんとかも多いんだよね」
「ああ……魔法使いだからなぁ、皆自分より年上だったりするのかな」
「母さんが気にするから普段は言わないけど、これでも私も雪ちゃんも子持ちだからね」
「ちょ、ちょっとラミス姉さん!」
そう言って雪が顔を赤くして恥ずかしがっている。
その様子に思わず俺も苦笑した。
まあ確かに、どう見ても二人ともまだ十代にしか見えないもんな。
そんなことを思っていると、雪が少しだけ表情を曇らせた。
「ただね……私とラミス姉さんの子供、今ここにいないんだ、なんか旅に出ちゃって……」
「雪ちゃんは心配症よ、近頃の私の子なんてもう片手で獣くらいはなぎ倒せるわ、貴方に鍛えられたし」
「でも大地はまだ……」
「あの……子供居るってことは夫さんは」
「私のダンナ1度どこか行くと数年くらいかえって来ないから」
「私の夫……夫かあ……うっ……海斗君……」
この一族の旦那は本当に何があったんだ揃いも揃って謎が深いぞ。
聞いてみたらヤバそうだから、あまり口に出さないでおこう。
「ところで、女将は何を?」
「ああ、母さんはね…さっきも言った通り慕ってるお客さんが多いから、時折お悩み相談に乗ってたりとかしているのよ」
「あの人に聞いて欲しいことがあるだけで宿泊するって人も珍しくないからね」
なるほど、それであんなにも人が集まっているのか。
しかし、女将に相談とはどういう内容なんだろう。
すると、ラミスさんは思いっきり襖の隙間に指を突っ込んでバレない程度に小さく開く。
「母さんは相槌打つくらいしか出来ないから、後から聞くこともできるけど興味深いじゃない?」
「姉さんまたそんな盗撮じみた真似はやめてください……」
「いいじゃない、母さんのお悩み相談の時可愛い女の子とか連れてきてくれる人も多いし……」
この人はもうダメだ。
………
改めて、一体何を聞いていたのか全員がルミナ女将から聞くことになった。
「この辺りの新しい飲食店について?」
なんでも、この辺りに新しい店が出来たらしいのだが、それがとても美味しいらしくて評判になっているとのこと。
話を聞いてみると、それは最近になって開店した店であり、店の店主である男性はとても料理が上手い。
そして、その店で出しているメニューはどれもこれも絶品なのだと言う。
「その店知ってるかも、鍋専門店とかでどのテーブルに鍋が置いてあるの」
「そうそう、出汁は数十種類な上にセルフサービスで好きな具材を取って煮込み放題、雑炊用のご飯やラーメンまで揃ってるって聞くわね」
「へー……鍋の専門店なんて予想出来ないな。」
だが、問題はここからだ。
その鍋専門店が新規開店サービスとして鍋が好きなだけ食べられて1杯無料になる『鍋放題』というサービスが始まったのだが……それが適応されず、料金を支払わされたという事例が多発しているのだ。
「そ、それ……サギ!?」
「ぐを ぜんぶたべないと はらわなきゃだめだって」
「んー……それはまぁ残すのが悪いような、なら腹の具合に気を付けながら完食するように」
「どうやら全部食べても汁が残ってるから払えって言われたらしいのよ」
「なべってしるのむの?」
「飲みませんよラーメンじゃあるまいし!」
俺は女将のボケに即座にツッコミを入れる。
この人は相変わらずの天然っぷりを発揮していた。
しかし、何故近くだからってそんな事をただの女将であるルミナに話に来るのだろう?
「何か出来るんですかね?俺たちは探偵じゃなくてただの旅館の従業員だし……」
「私達もただ聞いて何もやってないわけじゃないんだよ」
「え?何をするんです?」
雪の言葉に疑問符を浮かべると、彼女は自分の胸をポンっと叩く。
すると、彼女の豊満すぎる乳房が揺れ動いた。
思わず目を逸らすと、雪は自分の胸に手を当てていた。
まさか……! 俺の考えを読み取ったかのように、彼女は口を開く。
それは、
「乗り込もう!その鍋屋!」
「あと食べたい!!」
あ、やっぱり信用出来ないかも。
……
そして俺、雪さん、ラミスさんの3人は例の鍋専門の店…『鍋屋』へとやってきた。
店はそこそこ賑わっており、店内は和風な雰囲気を醸している。
店員に案内され、席に着くなり雪さんはメニュー表を手に取り眺め始めた。
その様子を見て、ラミスさんはクスッと笑う。
彼女もメニューを見始める。
「一応聞いておきますけど、ここからどうするんです?」
「それは後、私達は食事を楽しむわよ」
「私、鍋最近食べてなかったから楽しみだよ!本当に鍋放題コースで全部選べるの?」
「それだけ食べてギリギリその脂肪で済むことが奇跡ね」
雪は嬉々としてメニューを見ながら言う。
ラミスさんは雪を見て呆れたようにため息をつく。
確かに雪の身体には無駄なものが全くなく、スレンダーな体型をしている。
だが、それでも女性的な魅力は損なわれていない。
むしろ、余計に磨きがかかって……
「どこ見てるの?」
「すみません」
ラミスさんの声に反応して顔を上げる。
そこには雪の姿はなく、ラミスさんだけが座っていた。
慌てて辺りを見ると、いつの間にか注文を終えたのか雪さんがいないことに気づく。
一体どこに……
「あの……」
「雪ちゃんなら鍋の具でも探しに行ったのよ、多分全部持ってくるから」
「全部」
「あとあの子辛鍋好きだから暑さ対策もしておいて」
「辛鍋」
聞いたことがない名前だ。
そもそもこの世界に辛い食べ物があることすら知らなかった。
そういえば、以前の雪さんの作った激マズ料理も唐辛子が使われていたっけ。
あれより酷いものはないと信じたいが……。
とりあえず、来たものを受け入れて食べるしか無さそうだ。
……
〜五分後〜
「今何月でしたっけ馬鹿みたいに暑いんですけど」
「鍋っていうのはそういうものよ……」
「限度ありません?」
雪さんは汗一つかかずに平然としながら、テーブルに並べられた大量の具材を食べ続けていた。
しかも、雪さんだけではない。
ラミスさんも涼しい顔をして、雪さんと一緒になって食べている、これが家族の慣れというものなのだろうか、少し尊敬する。
「なんかおいしーけど暑くなってきちゃった、少しだけ服……」
「雪ちゃん、ここはウチの旅館じゃないからやりすぎない程度にね」
「んー」バサッ
!! 雪さんは返事をしながら着ていたシャツを脱ぎ捨て、上半身下着姿になる。
俺は思わず目を背ける。
ラミスさんも流石に注意をする。
しかし、雪さんは全く気にする様子もなく、今度はスカートに手をかけた。
俺は思わず立ち上がる。
いくらなんでもはっちゃけすぎだ。
が、ラミスさんに引っ張られる。
「さて、そろそろ私達はずらかるわよ」
「え?ちょっと雪さんはどうするんですか。」
「火照ったあの子は無敵よ、ほっといてもなんとかなるわ」
「えっちょっと!?」
その後日店は潰れていた。
最終更新:2023年02月23日 08:21