黒影旅館の相場

俺が黒影旅館に入って気が付けば1ヶ月が経った。

雪さんやそれらにそっくりな数百人の従業員。
たまに変にわらわらと大多数で連れてくる客。

何やら何やら面倒なことも多かったが、それらにも慣れてきた。
そして今日も俺はいつも通り仕事をこなしている。

「じゃあ、そろそろ休憩入りますねー」

「はいよ~! よろしく頼むわ!」
厨房の奥からヘレンさんの声が聞こえた。
俺は手早く昼食を食べ終えて、部屋に戻ることにした。

……そして、旅館の広間では雪、ヘレン、ラミスが集まっていた。

「………それで、あの人がここで働いてからもうすぐ1ヶ月になるわけね」

「うん……」


「それで……今まで考えてなかったのね」


「お給料の話……」

今までここで働いていたのは黒影家含めその関係者で住み込み。
完全に外部の人間を雇ったのはローレンが初めてであった。
雪達はほぼ必要な分しか使わず稼ぎは共有していたので、給料という概念が無かった。

「ど……どうしよう、漆黒君に今後どれだけ払えばいいんだろ?」

「資格いっぱいあるからって色々やってくれるからね……たっぷり用意しないと、まずいんじゃないの?」

「そうなんだよな……理想より下の額を出て逃げられるのもちょっとまずくなってきたし」

「というか、あいつは呼ばないのか?女将なのに」

「母さんにお金の扱いとか分かるわけないでしょ!?」

ヘレンと雪がそんな話をしている時、ラミスが口を開いた。
それは雪にとって思いがけない言葉だった。
しかし、よく考えれば当然のことだったのだ。

「………普通に欲しい額を漆黒君に聞けばいいんじゃない?」

「いや………それが漆黒君も今まで仕事に受かったことないから相場が分かんないって……私も連れてく時ここの給料の話しなかったし……」

「一般的な相場についても調べたが、やってる事で時給も違ってくるしな………」

「漆黒君は何してたっけ」

「ロウリュとかマッサージとかイベント企画とかその系統」

「そういうのは載ってないね……どれに当てはまるんだろ……」

雪達はネットサーフィンをして給料の相場を調べていた。
だが、ローレンのやっていることはネットで見ているものには当てはまらない。
部屋の整理や掃除なども全部雪やその関係者がやっているのでローレンがやるまでもないのだ。

「いっそのこと板前にしちまおうかな……あいつ免許持ってるし調理関係なら二十万〜三十万払えばいいらしいから」

「そうなると今後のイベントどうするの……板前は何人居てもサウナのロウリュやら何やら出来るの漆黒君だけだよ!」

「かといって私達には免許取る時間はないわね………」

「一日も休んでないからね、この旅館……」
雪達がそう話しながら考えている中、ラミスはあることを思い出した。
それは、雪達の父が生きていた時の事を……

「カーレッジの遺産?」

「そう、父さんも今はどうあれ稼いではいるはずなんだから」

「そういうのには興味ない人だとは思うけど……それを?」

「もういっその事数年分の先払いで全部漆黒君に……」

「待って、それはそれで色々と面倒になる!まずは額を見て……」

……

「一銭も残ってない……」

「本当に金のこととかどうでも良かったんだ、あの人……」

ラミスから渡された通帳の残高を見た雪とヘレンは呆れ返っていた。
そこに書かれていた額は10万ジーカ程。
家の改装にだいぶ使ったのでそれももうすぐ尽きようとしていた。

「ああもうどうするの……一体漆黒君にいくらぐらい払えばいいのよ」

「この際一般的な相場は考えないようにしようよ……2人はどれくらいが良いと思う?」

「俺は自分でいうのもなんだが五十万貰っていいくらいの働きはしているからな……三十万くらいか?」

「十万二十万じゃ足りない方って聞くし……三十万も不安かな、四十くらい?」

雪とヘレンはそんな会話をしながらパソコンで求人サイトを見ている。
すると、ラミスが何かを思い出したように声を上げた。
それはローレンも知らないことだった。
ラミスは父がまだ生きている時にこんな話をしていたのだ。
それは、「本格的に従業員欲しいなら百万円出しとけ」という言葉だ

「ひゃ……百万?流石に多すぎるんじゃ」

「……百万円出したら、あとは5ヶ月何も渡さないの」

「で、また五ヶ月後に百万円払う」

「さっきの先払い方式か……でもなんで百万円なんだ?」

「5ヶ月ここに暮らして使用する分がちょうど100万だから、その従業員が使用した分を丸々返せばいいとか……」

「何その最悪なリサイクル」

……
あれから結構考えたが、結局結論は出なかった。
ローレンは今日もお客さん達にマッサージをしている最中だったのだが、アレも趣味や善意のみでやってるわけじゃない。

「どうしよ……まさか漆黒君もお金の事とか考えず私が選んだと思ってないし……」

「就活してたアイツより仕事ナメてたかもしれないな俺達、手に職付けてるのに」

「それで漆黒君は今どこに……」



「母さんに給料の話しようとしてるって…」

「は!?どうしよう!!」

………

「おかね……?」

「そろそろここに来て一月ですし、そういう話でもと思って……」

「ん…わかった」
ルミナはいつものようにお茶を飲みながら返事をした。
そして、ルミナは……

戸棚を引っ張って石を何個か出した。

「これでいい?」


「……!!」



「宝石鑑定アドバイザー資格持ちの俺から見て3000万で売れるタイプのやつ……!!」



「えっ」

「ええ………」


ローレン・漆黒黒影旅館永久移住が確定した。

………
今日も黒影旅館は忙しい。
明日も、明後日も間違いなく忙しい。なぜなら、この秘境には温泉旅館がここしかないからだ。
秘境とは言っても、秘境の温泉旅館という謳い文句は嘘ではない。
見える人には見える、魔法使いの温泉旅館。
魔剣士の板前と永遠に歳を取らない女将と曰く付きの従業員と白銀の魔女。
そして……新たに増えた、技を多く持つ新米。
黒影旅館』は今日も繁盛していた。
―完―

___


「まだ見つかりませんか?」

「ええ、完全に反応が無くなりました。」

そして…雪と出会う前、ローレンが居た世界では警察が今もローレン・漆黒を捜索していた。

「女性に連れられて姿を消したと聞きますが」

「もしそうだとしたら……その女性の安否も確認しなくては」

警察は今もあのローレンが居た公園を捜索している。
壁には紙が貼られている。

【情報求む】
【時空特殊詐欺犯 『四黒連/ローレン・漆黒』失踪】
【偽装免許で不正取得罪】

「下手に消えたり死なれたりすると面倒なんですよね、昨今の犯罪者は……」
そう言いながらも警察官はローレンの捜査を続けていた。
――――
最終更新:2023年02月23日 08:24